6 問題は山積み
無人販売所とは野菜や果物などの農産物、その他の商品を販売するための無人の販売所である。
農家で採れた新鮮な野菜や果物などの農産物を直接販売所に置いて販売。買い手は商品を自由に選び料金箱に指定された金額を支払う。支払い完了後、商品は買い手のものとなるのだ。
買い手側のみで完結する過程から、良心的な客を前提に考えられた販売形式なのである。
そして近年、農産物の他に加工食品や冷凍食品、調味料など様々な商品を販売する無人販売所も増えてきている。
売り手がいない『無人』というシステムが老若男女どの世代にも好まれ人気を博したのだ。
無人販売所を経営する売り手も自由に買い物を楽しむ買い手も増加し、今や最先端ビジネスと言っても過言ではないほどまできている。
「と、まあざっくりそんな感じ。俺がいた日本ってところでは最近流行り出してるビジネスだよ」
人間不信に陥ったマサキは人と関わらない無人販売所という商売に興味を持っていたのだ。
せっかく転移した異世界だ。働かなければいけないのなら自分に合った仕事がしたい。
そう思ったマサキは恥ずかしがり屋のネージュに無人販売所の経営を持ちかけたのだった。
「無人販売所ってそういうことなんですね。なんとなくシステムはわかりました。それなら人前に出なくて済むので、私でもできそうです!」
「そう。そこが重要。人前に出なくて済むってのが最大のメリット。だから俺たちに向いてる仕事。つまりビジネスってことよ」
マサキとネージュの二人は部屋の中央にあるウッドテーブルの前の席について無人販売所の話をしていた。
目の前には先ほど完成したばかりのニンジングラッセが置いてある。
生活に苦しんでいる貧乏兎のネージュがマサキに出せる料理はニンジングラッセの一品のみ。真っ白で綺麗なお皿に一本分のニンジンが調理され盛られているだけだ。
そしてその横にはピカピカに輝いたフォークとナイフも用意されている。
そんな一品しかない夕食でもマサキは豪勢な料理に見えた。生活に苦しんでいるはずのネージュがもてなしてくれたのだから。その分の気持ちが料理にも現れたのだろう。
それにネージュと出会わなければ、今頃マサキは腹を空かして森の中を食べれる物を探して彷徨っていたに違いない。だからこそマサキはネージュに感謝しても感謝しきれないのだ。
マサキは美味しそうな匂いに誘われ、フォークとナイフを手に取った。
「いただきます」
バターの煮汁で煮たので、ニンジンにはつやが出ている。そのつやは鏡のように反射して自らの顔を映し出すほど輝いている。
さらにバターの風味豊かな香りは鼻腔を通り脳を刺激し食欲をそそる恐ろしい香りだ。早く食べたい。早く食べたい。そう思わせるほどだ。
ではニンジンの煮込まれ方はどうだろうか。
輝きを放つフォークでニンジンを刺しナイフを入れる。切っている感覚がないほど柔らかいが、形が崩れるほどの柔らかさではない。程よい完璧な柔らかさだ。
ここまでは完璧だ。では肝心の味はどうだろうか。
マサキは一口サイズからさらに小さく切ったニンジンを口へと運ぶ。口元に近付くにつれてバターの香りがより強くなりより一層食欲をそそる。
口の中へとニンジンが入り咀嚼。フォークで刺した時や、ナイフを入れた時に切っている感覚を感じなかったように、咀嚼した感覚もない。それほど上品に柔らかいのだ。
そしてニンジン本来の甘みと砂糖の甘みが絶妙に絡み合っている。これは足し算ではなく掛け算だ。甘ければ甘いほど美味しくなる不思議な甘さ。
そんなニンジングラッセを一口食べたマサキは思わず泣き出してしまった。
「……ぅぅう、ぁう……」
「ど、どうしたんですか。マサキさん。お口に合いませんでしたか?」
「ち、違うんだ。す、すんごくすんごく……美味しいんだよ……うぅ……だから……勝手に……ぁぅ……涙が」
ニンジングラッセを一口食べ終えたマサキの感想だ。お世辞ではない。心の底から美味しいと感じたのだ。
泣きながらマサキは最後の一口を食べ終え完食する。そして涙を乱暴に拭き取り鼻をすすってから再び感想を述べた。
「こんなに美味いニンジングラッセは生まれて初めてだよ。もうニンジングラッセがメインでステーキとハンバーグが付け合わせレベルだわ。このニンジングラッセが日本に上陸したらハンバーグのプレートの比率が逆転するぞ。こんなに美味いなら無人販売所で出せる」
泣き止んだ後の鼻声で絶賛するマサキ。そんなマサキの絶賛の声にネージュは頬を赤らめ皿の上のニンジングラッセをフォークで突きながら照れ隠しをしている。
「ニホンってところは知りませんが、そ、そんなに私のニンジングラッセ美味しいですか?」
「ああ、最高だよ。美味しすぎる」
「う、嬉しいです。私、おばあちゃん以外に料理を振る舞ったことがなくて……ちょっと不安でした」
「マジか。こんなに美味しいニンジングラッセが世に出たことがないなんてもったいなさすぎる。そしてこれを食べれないだなんて人生何回分損してるんだよ。美味すぎだわ。無人販売所ができたらみんなに食べてもらおうぜ。これはかなりの行列ができるかもしれないな」
「ほ、褒めすぎですよ。でも行列ができるくらい頑張って作ります!」
ネージュはテーブルの前で小さくガッツポーズをとった。その後、残りのニンジングラッセを丸ごと口の中に放り込んだ。
「それで無人販売所をやるための場所とかお店はどうするんですか?」
もぐもぐとニンジングラッセを食べながら無人販売所を経営する場所や店舗について聞いた。
生活に困るほどお金がない貧乏兎のネージュの気がかりは、やはり場所と店舗だ。
どんなに美味しい料理が作れたとしても、販売する場所を確保できなければ意味がない。
土地を借りるにしても、店舗を借りるにしても、お金のやり取りが発生する。そのお金はどこにもない。
お金を稼ぐには働かなければならないが、それができないから生活に困っているのだ。
「それが問題だよな。それにお金があったとしても不動産屋に行って相談しなきゃいけないだろうし……俺はそういうの無理だ……喋れん……」
「私も無理ですよ。不動産屋の中にすら入れないです」
「金の問題だけならともかく、不動産屋で相談することすらもできないなんて……俺たちには最初の壁がデカすぎる……」
人間不信と恥ずかしがり屋のコンビにとって、不動産屋で相談するという簡単な事ですら高すぎる壁なのだ。さらにそこに金銭問題が絡むと絶望的すぎる。
「でも明日不動産屋に行ってみようぜ? 二人で行けばなんとかなるかもしれないぞ。そうでもしないと俺たちが飢え死にする未来が近い……」
そんなマサキの妥当な意見を聞いて、ネージュは震え上がった。
「ひ、ひぇ、こ、怖いです……まだ死にたくないですよ」
「だよな。飢え死には勘弁だよな……」
「いいえ、そっちじゃなくて明日の不動産屋が怖いんですよ。もう今から震えてきましたよ……」
「えぇ! そっち? いや、でもその気持ちわからんこともないが……震えるの早すぎるんじゃ…」
ネージュは飢え死にすることよりも、不動産屋に行くことの方が怖いのだ。
もはやそれは恥ずかしがり屋を通り越して対人恐怖症。人前で何かする時、強い不安と恐怖を感じてしまう精神的な病だ。
二人は明日不動産屋に行くというプレッシャーに呑まれて塞ぎ込んでしまった。楽しかった夕食から一変、空気が重たくなってしまった。
そして言い出したマサキも不安と恐怖を感じ、ネージュと同じく体が小刻みに震え始めてしまう。
気が合う二人はそれだけ負の感情の伝染が一瞬。そして負の感情は大きく膨れ上がり心を蝕んでいくのだ。
重たい空気を変えるため、ネージュは震える手で空いたお皿を片付けようとする。
「お、お皿洗いますね……」
「ご、ごちそうさまでした。お、俺が洗うよ。一応居候の身だし。それくらいはやらせてくれ」
「そ、それじゃ一緒にやりましょう」
「へ? 一緒に?」
洗う食器は二枚の皿と二本のフォークとナイフ、そして二個のコップ。
常識がないところをたくさん見せたマサキだが、さすがに食器洗いくらいは一人でできる。むしろ居酒屋で働いていた頃に先輩にこっぴどくやらされ、皿洗いには自信があるくらいだ。
しかし現代知識が通用しないのが異世界だ。もしかしたら異世界知識が必要な皿洗いなのかもしれないとマサキは思った。
「こっちです」
ネージュはシンクがあるキッチンとは真逆の位置にある扉の方へと向かって行った。
その扉は二人が家に入った時の扉。つまり出入り口だ。その扉に向かうということは外に出るつもりだ。
「こっちって……そっちは外だぞ」
「はい。外で洗うんですよ」
マサキの想像は正しかったのかもしれない。
キッチンにはシンクがあるのに食器洗いを外でやるのだ。現代知識のみでは困難な食器の洗い方があるのだろう。
それでも異世界知識を教えてもらえると思い、負の感情に支配されていたマサキの心はいつの間にかワクワクと弾む心へ変わっていた。
自分の食器は自分で持ち、ネージュの後ろを付いていくマサキ。
時刻はすでに二十一時を回っている。里の中心から離れているネージュの家の周りは薄暗い。ただ夜空に浮かぶ月は大きな満月だった。その満月がマサキとネージュを照らしている。
もしかしたら亡くなったおばあちゃんが見ているのかもしれない。そう思わせるほど満月は輝きを放っていたのだ。
「あそこの外灯のところに向かいますよ。足元気をつけてくださいね」
ネージュが指差す方には外灯が一本立っている。
二人は足元を照らす灯りを持たずに外灯を目指して歩いていく。
「着きました。ここで洗います」
目的の外灯に到着したことをネージュが小声で知らせた。
夜だから迷惑にならないように小声なのか、恥ずかしがり屋で他人に見られるのが嫌だから小声なのか、どちらなのかわからない。
「こ、これって井戸だよな?」
外灯が照らしていたのは井戸だ。
ネージュは木製のバケツを使い、井戸の中の水を汲み上げ始める。
マサキはその姿を見てすぐに理解した。
「異世界知識関係ねぇ。昔話の世界だ」
マサキは想像していた異世界知識ではなく、昔話のような世界に期待を裏切られて落ち込むが、すぐにその気持ちを切り替えてネージュの皿洗いの手伝いを始める。
小さい石鹸とスポンジを使い、油汚れを落としながら丁寧に洗う。マサキの元いた世界と変わらぬやり方だ。
「家にシンクがあったように見えたけど、もしかして水が出ない感じ?」
「いいえ。水は出ますよ。でも水を使うのはお風呂とトイレの時だけです。それ以外はここの井戸水を使います」
「あー、もしかして水道代が払えなくなるとか?」
「その通りです!」
図星だった。
外灯に照らされたネージュはなぜかドヤ顔をしている。
「こりゃ、一刻も早く無人販売所を経営しなきゃまずいな。まさかここまで貧乏兎だったとは……」
マサキは想像以上に深刻な事態である事を改めて実感し、焦燥感に駆られたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
おばあちゃんがいた頃は部屋に本がたくさんありました。
友達がいなく外にも出ないネージュは本をひたすら読んでいました。
その本の中に料理本もあって、ある程度の料理は作れます。
ただしニンジン料理のみ。なぜならその料理本はニンジン料理専門の本だったからです。
ネージュの家の近くにある井戸のイメージは小鳥と歌う姫様が使ってそうな井戸です。




