56 突然の面接
「いやいやいや待てよ。なんで面接みたいな流れになってるんだよ」
ダールが突然言い出した『この店で雇ってくれ』という言葉からアルバイトの面接のような流れになってしまいマサキとネージュは困惑し始めた。
「働かないとお金がないからアタシは働きたいッス……それにここで働けば毎日美味しいクダモノハサミが食べられるからッス。だからアタシをこの店に雇ってほしいッス」
「俺たちも貧乏人だった時代があったからその気持ちはわかるんだが……うちはもう間に合ってるんだよね。雇ったらうちが崩壊するかもしれん……」
「兄さん。そこをなんとかお願いしますッス!」
「う〜ん……お願いって言われても……」
「兄さん、この通りッス」
誠心誠意ダールは頭を下げている。オレンジ色の髪色と小さなウサ耳がマサキの視線に入る。
その姿を見たネージュはマサキと目を合わせて頷いてから口を開いた。
「マサキさん。ダールさんの話、もう少しだけでも聞いてあげましょうよ」
「そ、そうだな。少しだけ話聞いてもいいか……クレールに続いて珍しく平常心で話せる相手だしな……」
「兄さん、姉さん、ありがとうございますッス!」
下げていた頭を思いっきり上げて元気よく感謝の言葉を述べるダール。その姿にクレールも微笑む。
直後マサキは質問を始めた。
「んでだ、さっき仕事をクビになったって言ってたよな。どんな仕事してたのかとクビになった理由を聞かせてくれよ」
マサキが質問をした事によって本格的に面接が始まった。
「工場で働いてたッス。仕事内容は妖精が作った商品が不良品じゃないかを確認するのと商品名のシールとかを貼ってたりしてたッス」
「おぉ、なかなかいい仕事じゃないか。人と接する機会が少ないだろ。俺も無人販売所とか現実的に無理だったあの頃は就職するなら人との関わりが少ない工場とかにしようかと思ってた……って俺のことはどうでもいい。なんでクビになったんだ?」
「クビになった理由は仕事をサボったからッス」
「却下だ! 不採用だ! 不真面目な人材を雇えるわけないだろ!」
クビになった理由を聞いた瞬間マサキはダールを真っ先に不採用にした。これで面接が終わると思いきや引き下がらないダール。何やら理由があるらしい。
「待ってくださいマサキの兄さん! これには深い深い事情があるッス」
「なんだよ。サボるのに深い事情って……」
「それはですね仕事に飽きたからッス」
「不採用不採用! 仕事舐めんな!」
「兄さん〜違うんッスよ〜」
マサキの足にしがみつき離れようとしないダール。顔も擦り付けて媚びている。
そんなダールを頬を膨らませたネージュとクレールが引き離そうとする。
「姉さんたちもアタシを追い出そうとするんッスかー?」
「当たり前ですよ。雇えるわけないじゃないですか。それにマサキさんから離れてください」
「そうだぞー。おにーちゃんから離れて!」
ヤキモチのようなものだろう。マサキにベタベタくっつかれる行為を二人は嫌がっている。
しかしダールはなかなか離れない。マサキの足にしがみつき抵抗する。
そんなダールにマサキは口を開いた。
「あのなダール。他にたくさんお店はあるだろ。だから他に行ってくれよ」
「兄さん。もうここしかないんッスよ。他は全部落とされちゃったんッスよ。もうここでしか働けないんッスよー」
「だろうな。だって仕事をサボるんだろ? しかもその理由が仕事に飽きたときた。落とされて当然だろ。だからここでもダールを落とします」
「違うんッスよ〜兄さん」
「だから離れろって……」
ここでようやくマサキの足はダールから解放された。ネージュとクレールが引き離すのに成功したのだ。
そのまま涙目になり再びマサキの足にウサギのように跳んで抱き付こうとするダールだったが、再びネージュとクレールに阻止される。
「ここで働きたいんッスよ。美味しいクダモノハサミがあるここでー! 兄さんと姉さんと一緒に働きたいんッスよ!」
必死に説得を試みるダールにため息を溢すマサキ。
引き下がらないことがわかったマサキは優しい言葉をかけて諦めてもらおうと考えた。
「熱意だけはすんごい伝わるけど……俺たちにも夢があってだな、その夢のために頑張ってるんだ。だからごめんな」
「うぅ……うぐっ……わ、わかりましたッスよ……」
「あ、あれ? 案外とすんなり諦めてくれた。もう少し手強いかと思ったが……」
「でも最後に一つだけいいッスか?」
「いいけどまた雇ってくれって言う無限ループは無しだからな」
「もちろんッス。最後に聞きたいことは……さっき兄さんが言った夢ってのを教えてくださいッス」
すんなりと引き下がったダールは最後の質問という名目で夢について聞いた。
マサキは自信満々にそして夢を絶対に叶えるという強い意志で答える。
「俺たちの夢は無人販売所を経営しながら三食昼寝付きのスローライフを送ることだ。俺たち三人の夢だぜ」
その夢はダールにとって輝いて見えた。あまりの輝きに心が奪われたのだ。そしてこの瞬間ダールは本心から『ここで働きたい』『ここがアタシの働く場所』だと感じた。
直感。野生の勘とでもいうのだろうか。だからこそ引き下がろうとした体が止まってしまった。
「アタシも兄さん姉さんの夢のお手伝いしたいッス。お願いッス! どうかこの通り。この通りッス〜」
頭を下げて深く土下座をしている。しかし人間不信のマサキには土下座のようなものは通用しない。
なぜなら土下座は敬意を示したり謝罪をしたりするときの姿勢であって相手の本心自体は本物かどうかがわからないからだ。
嘘ならいくらでもつける。実際に居酒屋時代に後輩たちが何度も嘘の土下座をして上司の機嫌取りをしていたのを目撃していたからだ。
そしてマサキ自身も土下座をやらされることが多かった。大きなミスをするたびにやらされていたのだ。
そのときのマサキもそこまで謝罪の気持ちは持っていない。むしろこの場を凌ぐためにやっていたと言っても過言ではなかった。
だからマサキは形だけの謝罪である土下座を信用していない。
「残念だけどダメだ。今の経営状況じゃ雇えない。だから諦めてくれ」
「うぅ……は、はい……わかったッス」
土下座の大勢からゆっくりと立ち上がるダール。その瞳は涙で濡れて少しだけ輝いていた。その輝きにマサキの心は騙されそうになったが強く堪えた。
ダールが本気で土下座をして想いを伝えていたかもしれないと、思ってしまいそうになったからだ。
他人の本心は分からない。だからこそ騙されないためにも信じない、そして考えないのが一番だ。
けれど……
(そんな悲しそうな顔するなよ……自分のこの気持ちを疑っちまうだろ……でもこれでいいんだ。実際に雇えるお金なんてない。それにクレールがいるおかげで間に合ってる。だから本当に雇う余裕がないんだ……許してくれダール)
言葉にすればいいものの自分の言葉すら相手に伝わらないと思い心の中だけで留めた。
ダールは寂しげな背中を見せて立ち去ろうとする。ゆっくり一歩一歩進みながら。その姿には胸がチクチクと痛む。
「あ、あの……ダール」
このまま帰らせればいいもののマサキはダールの姿に耐えられなくなり呼び止めた。
マサキの呼びかけに足を止めるダール。そのまま悲しげでなんの期待もしていない表情のまま振り向いた。
「なんッスか?」
「な、何かの縁だと思ってこのクダモノハサミ持っていけよ。一個だけだと腹いっぱいにならないだろ」
腹ぺこで倒れていたダールはクダモノハサミを一個しか食べていない。
流石にそれだけでは腹は膨れないだろう。だからこそクレールが小さな腕で精一杯持ってきてくれた残りのクダモノハサミを持って帰らせようとしたのだ。その数五個。
それで少しでも腹を満たして次の仕事探しに役立てて欲しいと思ったのである。
他人に親切にする日本人の血がマサキにもある。だからダールの姿を見てマサキの心は少しだけ動いたのだ。
『情けは人のためならず』という言葉があるように人に情けをかけておけば巡り巡って自分に返ってくる。そんな期待も少しはあったのかもしれない。
「兄さん……でもお金が……無いッスよ……だから受け取れないッス……」
「いいよ。これくらいは……それにこれ全部食べさせてあげようとしてたし。というかダールが一日中倒れてたせいで客が入れなかったんだぞ。このままだとクダモノハサミ売れ残るかもしれないしさ……あとうちのクレールが持ってきたクダモノハサミだぞ。小さな腕で一生懸命持ってきたクダモノハサミだ! 受け取ってくれ。あっ、それと賞味期限は四日後ね」
「そうだぞー。大事に食べるんだぞー」
置いてあるクダモノハサミをマサキとネージュとクレールの三人がそれぞれ拾ってダールに渡した。
受け取ったクダモノハサミはダールの腕からこぼれ落ちそうになる。しかしダールはクダモノハサミが潰れない程度に優しく抱えた。
「兄さん……姉さん……ありがとうッス。このご恩は一生忘れないッス。クダモノハサミ大事に食べるッス。きっと喜ぶッス。ありがとうございましたッス」
(きっと喜ぶ……?)
自分ではなく第三者に対する言葉に引っ掛かったマサキだったが首を突っ込むことなく笑顔で見送った。
「……お、おう。仕事が見つかって給料入ったら買いに来てくれよな」
「はいッス!」
オレンジ色のボブヘアー、黄色の瞳、むちむちな太ももが出ているショートパンツを履いた兎人族の美少女は、ゆっくりと寂しそうに歩きながら帰っていった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ダールの面接は不採用に終わりましたね。
サボってクビになるような人材は普通採用されないです。
それ以前にマサキたちは間に合ってますからね。仕方がないです。
今回は小ネタらしい小ネタはありませんがダールのチャームポイントは太ももにしたいです。




