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346 ロイが唯一恐れるもの

 ブランシュの斬撃が透明状態のロイに命中する数分前に遡る。


「意外と早く着くものだな」


「はぁ……はぁ……そ、そうですね……」


 息を切らしながら答えるマサキ。顔色は真っ青だった。


「随分と顔色が悪いが、大丈夫か?」


「だ、誰のせいで……は、吐きそう……」


 マサキは今にも嘔吐しそうになっていた。原因はもちろん彼女。アンブル・ブランシュだ。

 急ぐ気持ちが彼女の移動速度を上げていき、マサキが耐えられる浮遊感の限界をいつの間にか超えての移動速度で移動していたのである。

 ただ抱えられているマサキにとっては、どんなジェットコースターよりも居心地が悪く、恐怖が何倍にも増幅するものだったのである。

 しかしそれでも気を失わなかったのは、胸に愛兎(あいと)であるルナがいるからだ。

 気を失ってしまえば、その愛兎を離してしまうかもしれない。もしも離したとしてもルナは空を飛べて無事だろう。もしも気を失ったとしても無意識にルナを掴み続ける可能性もある。

 そういった『もしも』に頼りたくないのが、セトヤ・マサキという人間不信な性格の男なのである。


「……あそこの……でっかい木に……ガルドマンジェさんたちがまだ戦ってるかも……」


「わかった」


 マサキが指を差しながら伝えた木は、自らの家、そして無人販売所イースターパーティーでもある大樹だ。

 空に向かって堂々と聳え立っている大樹。夜空の下でも目立つほど立派な大樹である。

 マサキがすぐに自分の家である大樹だとわかったのは、以前月の古代都市モチツキに連れて行かれた際に行きと帰りでこの大樹を上から見た事があるからである。

 その時の記憶と土地勘など様々な要因が重なり、自分の家である大樹だとわかったのである。

 そしてマサキはガルドマンジェとルークの戦いの結末を知らない。まだ戦っている可能性があると踏んでいるのだ。

 しかし現実は違う。今戦っている敵は悪の組織の親玉であるジングウジ・ロイだ。

 マサキとブランシュが、この世界が、倒さなければいけない敵である。その敵が目的地に、目と鼻の先にいるのだ。


「馳せ参じたいのは山々だが、まずは大樹に身を潜めて様子を見るとしよう」


「で、ですね……不意打ちできた方が何かと良さそうですし」


「ああ、その通りだ」


 二人の意見が一致。

 二人はマサキたちの家である大樹の草が茂っている箇所に身を潜めた。

 そして二人は様子を伺い始める。


「ンッンッ」


「しー。ルナちゃん。静かに。敵にバレる」


 まるでかくれんぼでもしているかのような声量でルナを注意した。


「その敵が見当たらないな」


 眉間にシワを寄せながらブランシュが小声で言った。

 その後マサキも敵の存在の確認を始める。


「なんか俺がここを離れた時と比べると人が多くなってる気がするんですが……あれ? もしかしてスクイラルさんかな?」


 状況は大きく変化している。

 人数もマサキがいた時と比べると七人も増えているのだ。


「鹿男もいるのは予想外だ」


 そう呟いたブランシュだが、それに対してマサキは返事を返さなかった。

 返す言葉が見つからなかったのは確かだが、鹿男という人物を知らないというのが一番の理由かもしれない。

 マサキの返事がない代わりにブランシュには別の人物が、声が返事をしていた。


 《個体名アセディ・フレンム、個体名ズゥジィ・エームもいます。しかし敵の存在を確認できません》


(ああ、それが一番変だな。鹿男を倒すほどの敵なのだろうが、どこにいるかが全くわからない)


 《気配も人数通りです。しかし今もなお戦っているように見えます》


(ああ、そうじゃなきゃ血飛沫を上げてない)


 ブランシュの瞳には血飛沫を上げて倒れるフレンムとスクイラルの姿が映っていた。

 不意打ちどころか助太刀に行きたい気持ちはあるのだが、敵がわからない以上下手に動けずにいるのだ。

 そんなブランシュにマサキは声をかける。


「真っ白な団長さん! 早く不意打ちを! 何やってるんですか! スクイラルさんたちがやられちゃいましたよ! 魔法でも斬撃でもいいから早く!」


「わかってる。わかってるんだが、敵がどこにいるかがわからないんだ」


「敵? 敵ってあの真ん中にいる黒くてもわもわしてる何かでしょ? 明らかにそいつですよ!」


「黒くてもわもわ……?」


「見えないんですか? 存在感やばいあの真ん中の! 黒いやつですよ!」


 どうやらマサキとブランシュが見ているものは違うらしい。

 小首を傾げながらその黒くてもわもわしている何かを確認するブランシュだが、やはりブランシュの深青の瞳にその存在は映らない。

 もちろんブランシュのうちに秘めたる加護『月の声』にも存在が確認できない。


「セトヤ・マサキ。その得体の知れない何かの位置を教えてくれ。大体でいいから」


 自分が見えないのなら見える者に位置を教えてもらえばいい。ただそれだけのこと。

 ブランシュは立ち上がり月の剣を構えた。それと同時に右手に光の剣を出現させて、それも構えた。


「あ、えーっと、倒れてるスクイラルさんの近くの……あ、スクイラルさんてわかりますか? 小柄で獣耳小さくて――」


「ああ、彼のことは知っている。それでスクイラルの近くというのは」


「スクイラルさんの右足の先です! 3メートル? 4メートルくらい先の! って! なんかめちゃくちゃ大きくなってますよ! 頭か? 頭なのかあれは!? 頭が風船みたいに膨れ上がってます!」


 めちゃくちゃ大きくなっているといいながら焦っているマサキだが、やはりその言葉通りの光景はブランシュには映っていない。

 けれどブランシュはマサキが教えた敵の位置に向かって斬撃を放つ構えを取った。


「出し惜しみはできないからな。本気でいくぞ。月影流奥義――朔月(さくげつ)!!」


 放たれたブランシュの斬撃は音を置き去りにした。


「当たった!」


 命中したことによって嬉しさが堪えられず大きな声をマサキは出してしまう。


 ブランシュにも自分の斬撃が何かに命中したように見えていた。月の声にもだ。


「どうやらセトヤ・マサキにしか見えない何かが本当にいるみたいだな」


「ま、マジで見えないんですか?」


「ああ。だからガルドマンジェたちも苦戦しているのだろう。それとこの場所はもう敵にバレた。ここを降りてみんなを助けにいくぞ」


「え、あ、ちょ――」


 ブランシュはマサキを雑に抱える。

 ルナのことはすでにマサキが大事そうに抱えているので問題がないとブランシュは判断。そのまま身を潜めていた場所から跳躍。

 そしてスクイラルとフォーンのちょうど間の位置に見事に着地して見せた。


「ス、スクイラルさん! 大丈夫ですか?」


 顔色の悪いマサキは真っ先に知人であるスクイラルに駆け寄る。

 それと同じでブランシュも倒れているフォーンの隣にまで跳躍した。


「鹿男、大丈夫か?」


「……ッ……ブラン……」


「喋らなくていい。生きることだけを考えろ」


「わか……てらぁッ……」


 今にも死にそうなフォーンだったが、ブランシュの姿を見た途端、安堵の表情を浮かべていた。

 それだけブランシュを信頼し期待しているのだ。そしてブランシュなら、ブランシュにしかロイを倒せないとも思っている。

 そんな強者が、希望が目の前に現れたのだから、死にかけていても安堵せざるを得ないのだ。


 《個体名セルフ・フォーンは己の腹に開いた傷口と大樹に結界を張っています。消耗が激しいです》


(ああ、さすがに鹿男でもこれは乗り切れそうにないな)


 ブランシュはフォーンをゆっくりと持ち上げた。そして――


「神足スキル!」


 瞬きの刹那、結界に守られているエームの正面へと到着する。まるで瞬間移動だ。


「団長!」


「エーム、鹿男を頼む」


「はい! もちろんですよ。でもこの結界、出ることができないんです。何度か試したのですが、相当強く張られてまして……」


「それなら問題ない。発動者本人なら自由に行き来できるはずだから」


 その言葉通り、フォーンの体はなんの障害も受けずに結界内に入ることができた。


「任せたぞ」


 そう言って再び『神足スキル』を発動しようとしたブランシュのウサ耳に最も信頼をおける人物の声が届く。


「ブランシュ」


「ハク様」


「敵は悪の親玉、ジングウジ・ロイだよ。気配を完全に消す力を手に入れた。これは運命を大きく分ける最終決戦だよ。気を引き締めるように」


「はい」


 ブランシュは一言だけ返事をしてマサキの元へと戻っていった。

 彼女の瞳の奥には覚悟の灯火が燃え滾っていた。

 それを見たハクトシンは安堵の表情を浮かべて、神足スキルを使う彼女の背中を見送った。


 ブランシュがマサキの元へと戻ったのとほぼ同時に、透明の呪いで姿と気配を消していたロイがその呪いの効果を解除して姿を現した。

 そして開口一番に出た言葉が――


「すごく、すごく会いたかったよ! ()()()()()()()()()()()()()()!!!!」


 再会を喜ぶ声だった。


「え?」


「ん?」


 ピンとこない名前にマサキもブランシュも小首を傾げた。


「まさかこんな事があるなんてね。一億年ぐらいぶりだね。あ、一億三千年ぶりだってさ。呪いの声が教えてくれたよ。嬉しいな。キミとまたこうして出会えるだなんて。それにしてもキミの相棒はとても小さくなったね」


「誰のことを言ってるんですかこの人?」


「私もわからん」


「ンッンッ……」


「僕の世界を見にきてくれたのかい? それともあの時と同じで邪魔しにきたのかい? キミは僕が視た未来にはいなかった。つまりそれはキミという存在は僕の脅威にはならないということ。あはっ!」


 思いっきり笑顔を溢すロイにマサキは背筋が凍るような悪寒を覚えた。

 ただでさえ嘔吐感が残っているのに、ロイから感じる異質さでさらに具合が悪くなっていく。


「またキミは何も答えてくれないんだね。ニシキギ・ギン!」


 ロイは明らかにマサキに向かって言っている。それをマサキ本人も気付いているのだが、同時に人違いであることにも気付いている。

 だからこそマサキは嘔吐感を押し殺しながら口を開く。


「ひ、人違いでは? その、()()()()()()、あ、噛んだ……()()()()、言いづらっ!」


 その言葉にロイも冷静さを取り戻した。


「……確かに……確かにそうだ。人違いだ。容姿や雰囲気は僕が間違えてしまうほど酷似してる。けど……キミは違う。キミはニシキギ・ギンじゃない。それじゃキミは何者なんだ? なんでキミみたいな弱い者がここにいる。ここはキミのような者には相応しくない。消えてもらうよ」


 落ち込んだかのような声でロイは言った。

 最も会いたかった人物と奇跡の再会を果たしたと思い込んでいた直後、人違いだったという結末で終わったのだ。それは世界を手に入れようとしている直前であっても、落ち込んでしまうものである。

 ロイは言葉を言い終えるのと同時に『透明の呪い』を発動する。

 そして己を落ち込ませた人物に向かって呪いの剣を突き刺した。


 しかしそれはあっさりと防がれてしまう。


「私のことを無視するだなんて悲しいな」


 ブランシュが呪いの剣を防いだのだ。

 透明状態のロイが見えていないはずなのにロイの攻撃を防げたのは、マサキの行動を見ていたからである。

 マサキはロイから呪いの剣の攻撃を受けそうになっていた時、それを躱すため身を捻ろうとしていたのである。

 マサキの黒瞳もしっかりと呪いの剣を見ていたのだ。

 ブランシュには見えなくてもマサキの行動や目線でどこに何があるのかなど大抵の予想はできるのである。

 そして今回ロイの攻撃を防いだことによって、ブランシュには姿や気配がわかるというブラフをロイにかけたことにもなる。

 そのブラフが効いているうちは、ブランシュが有利に働く事がある。だからこそその機会を逃さないために、ブランシュはマサキとスクイラルを担いで透明状態のロイから距離を取った。

 逃げたのではなく、スクイラルを避難したという形を見せたのだ。

 これもブランシュならではの心理戦といえよう。


「へぇ〜、キミには見えるんだ。どうしてだろう。いや、そんなことよりも、ごめんね無視しちゃって。懐かしい宿敵に会ったものだからさ。ついつい興奮したちゃってさ。でもそれも勘違いでさ……なんだかぐちゃぐちゃにしたい気分だよ」


 姿を現したロイは凶悪な表情をマサキとブランシュに向けていた。

 マサキは恐怖心から小刻みに振出しそうになり、無意識に視線を外しかけた。

 しかし視線を外さなかった。外せなかったのだ。

 マサキの視線の先、ロイの背中にいる人物を見てしまったから。


「おい」


 マサキは小さく唸った。

 その後、もう一度「おい!」と怒号する。


 何事かとロイは意識をマサキに向ける。

 隣に立っているブランシュもロイと同じようにマサキに意識を向けた。


「お前、クレールに何をした」


「ああ、何を怒り出したのかと思えば、兎人(とじん)の娘は僕がもらったよ。それよりもキミの怒った顔、やぱっり似てる! 似すぎてるよ! キミの前世はニシキギ・ギンなんじゃないか? それはそれで再会とも呼べるじゃないか!」


 今度は喜びの声をあげるロイ。

 マサキの前世がギンならば、勘違いだと思っていたこと自体が勘違いだったということになるからだ。

 そんなロイの感情など知らないマサキは一歩踏み出した。


「クレールを返せ」


 家族を守ると誓った男は恐れを知らない。

 それは無謀とも呼べるかもしれないが、今のマサキにとっては関係のないこと。

 家族が苦しめられているのだから、恐怖など後回しでいいのだ。


 そんなマサキに臆したのか、ロイはマサキが一歩踏み出すのと同時に一歩後退していた。

 それに対してロイ自身も驚いていた。この大戦争において一度も臆したことなかった心が、死すらも恐れない心が、初めて恐怖というものを感じたのだ。

 そして無意識に体が反応し後退してしまったのだから。


(遺伝子レベルで僕が、僕の呪いが彼に怯えている……いや、怯えているのは、恐怖しているのは彼になんかじゃない。ニシキギ・ギンにだ……)


 一歩後退したロイだったが、怯えている対象がマサキではないと理解したため、これ以上後退することはなかった。

 しかしギンに対する恐怖は本物。その恐怖を断ち切るためにロイは行動に出る。

 クレールを拘束している呪いの触手以外の六本の呪いの触手を全てマサキに向けたのだ。そして『透明の呪い』を発動して姿と気配を完全に消した。

 マサキを殺すことこそ、恐怖を断ち切る一番の方法だと判断したのだ。


「まずい」


 危険を察知したブランシュは再びマサキを担いで走り出した。マサキが大事に抱えるルナごとだ。

 そして見えない攻撃を躱すために予測不能な動きで地や空を駆けた。


「真っ白な団長さん! 離してください! クレールが! 俺の家族が!」


「わかってる。しかしだ。落ち着け。怒りに任せたら勝てるものも勝てなくなるぞ」


「そんなこと言ったって! クレールは俺の大事な、大事な家族なんだ! クレール! 待ってろ! 今助ける!」


 マサキはジタバタと暴れて抵抗する。本当に助けに行こうとしているのである。

 そんなマサキを落ち着かせるためにブランシュは、水面に落ちる一滴の雫のように静かに口を開く。


「私が必ず助ける」


 それはシンプルな言葉。

 しかしそのシンプルな言葉の中には様々な感情が含まれていることにマサキは気付いた。

 何故気付いたのか、それはブランシュの深青の瞳を己の黒瞳に映したからだ。

 ブランシュの深青の瞳が語っていたのだ。『必ず助ける』と。

 言葉でも瞳でも訴えられてしまえば、怒りに身を任せるマサキでも冷静さを取り戻していくのは必然である。


「そのためにもセトヤ・マサキ、キミの……いや、()()()の力を貸してほしい」


「は?」


 冷静さを取り戻しかけたタイミングでマサキの頭は混乱が始まった。

 『ニシキギ・ギン』に続いて『黒き者』と身に覚えの無い名前に困惑の表情を隠せずにいた。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


ここにきてマサキの主人公らしい部分が見えました。

というか前世のギンの主人公らしい部分なんですけどね。


ロイの遺伝子や心にはギンへの恐怖がしっかりと残っていましたね。

ですが、そのせいでマサキが狙われる羽目に。


クレールもそうですが、マサキもピンチです。

それをどうやって乗り越えるのか!

次回もお楽しみに!

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