41 監視の目
雪のように白い肌、青く澄んだ瞳、白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女は、怪鳥の羽毛が詰まっているもふもふの布団の中で、すやすやと眠っている。
その美少女を抱き枕にしながら寝ている人間族の青年が目を覚ました。
「か、可愛いな………………って近い! ちょっと仮眠するつもりがいつの間にかネージュを抱き枕に……でもそのおかげで上質な睡眠が取れた……ってそうじゃなくて、お、おいネージュ起きろ。ネージュ」
眠る美少女に見惚れながらその美少女の名を呼ぶマサキ。同じ布団の中でマサキはネージュの肩を優しく揺さぶり眠りから覚まさせてあげようとしているのだ。
「ぅぅ……あぁぅ……マ、マサキさん……」
掠ている声と共にネージュは目を覚ました。そしてすぐに意識が覚醒した。
意識の覚醒とともにクダモノハサミを食べて気絶をしてしまっていた事実に慌て始めた。
「わ、私、ど、どれくらい寝ちゃってましたか? どどどどどどうしましょう…………まだ調理の途中で……あわわわ、どどどどどどしましょう」
「そんなに慌てるなって……大丈夫だよ。俺が全部やっておいたぞ」
部屋の中央にあるウッドテーブルへと視線を向けるマサキ。そのままネージュは視線をウッドテーブルに向けた。
ウッドテーブルの上には袋や容器に詰められた無人販売所に並べるはずの商品が置かれている。
ネージュがクダモノハサミを食べて気絶をしてしまった後、マサキは一人で無人販売所を営業するための準備をしていたのだ。
ネージュの作りかけの『ニンジングラッセ』とネージュが気絶するほど絶賛した『クダモノハサミ』の調理を終わらせた。そして袋に詰めるまでの作業も終わらせていたのだ。
あとは完成した商品を商品棚に陳列するのみ。営業開始前まで仮眠をとり時間通りに起きることに成功したマサキはネージュを起こして一緒に陳列しようと考えていたのだ。
「袋詰めまでしてくれたんですか!? お、起こしてくれればよかったのに……」
「本当は俺一人で陳列してさ、もう少し寝させてあげたかったんだけど……どっちにしろ一人で外に出れないからな。外に出れないと看板を変えれないから起こしたってこと。だから陳列も手伝ってくれ」
「やりますやります。私にやらせてください。寝てしまった償いをー! 埋め合わせをー! 全部私がやります!」
「お、大袈裟だな……それに寝たというか気を失ったって感じだし……」
ネージュはすぐに布団から飛び出しウッドテーブルの上に置かれている商品を腕いっぱいに抱き抱え運び始めた。
落とさないように慎重に歩くネージュ。部屋から店内に移動する。そして商品棚の前に立ち商品を並べた。
氷のキューブが置かれた商品棚の段には『クダモノハサミ』と『ニンジングラッセ』を置く。それ以外の段には『二種類のラスク』と『新鮮なニンジンの葉』を置いた。
ネージュが並べている時にマサキも商品を持ってゆっくりと歩いてきた。その手に持つ商品をネージュは奪い取る。
「マサキさんは休んでいてくださいー!」
「お、おう……」
「寝てしまった分、私が……私が並べます」
ネージュは寝ていたのは事実だがあれは不可抗力だ。クダモノハサミの美味しさに気を失ってしまったのだから仕方がないこと。
それでもネージュはマサキに迷惑をかけてしまったと思い埋め合わせをしようと張り切っているのだ。
ネージュの張り切りと並べる商品が少ないこともあってすぐに陳列は終わった。
ニンジングラッセは予定通り三十三個。新鮮なニンジンの葉は四パック。シュガーラスクとカレーラスクもどきのラスク二種セットは十パック。そして新商品のクダモノハサミは二十個。
合計六十七個だ。オープン初日の二百五十個と比べたら商品の数はかなり減少している。しかし調理時間も食材も少ないので仕方がないのだ。
「それにしてもマサキさんのクダモノハサミの断面すごく可愛いですね」
陳列中にネージュはクダモノハサミの断面に感動していたのだ。
イチゴだけが並んだ断面。バナナだけが並んだ断面。ミカンだけが並んだ断面。そして三種類の果物を合わせた断面。どれもシンプルな断面だ。
しかし果物というものは不思議で断面が可愛く見えてしまうもの。それが二十個も並んでいたらなおさら可愛く見えてしまうものだ。
「これぞ断面萌えってやつだな。でもまだ練習中だぞ。今度、花柄とか動物の顔とか作ってみせるぜ。コツは掴んだ!」
歯を光らせてサムズアップするマサキ。そんなマサキを見てぴょんぴょんとネージュは喜んだ。
「た、楽しみです! でもすごいですよね。クダモノハサミを置いただけでこんなに華やかになるんですね」
「だろだろ。味だってネージュが気絶するほどだから自信あるぞ! 売れるのが楽しみだ」
「これは大ヒットの予感がします!」
クダモノハサミの断面を眺めながら心躍らせている二人。
「それじゃ営業開始といきますか」
「はい!」
マサキは右手をスッとネージュの左手の前に出した。その出された手に吸い込まれるようにネージュは左手を出す。そして二人の手は繋がれる。
手を繋いだ理由は外にある看板をクローズからオープンに返すためだ。
二人は恐る恐る入り口の横にある小窓から外を確認する。外には無人販売所イースターパーティーが開店するのを楽しみに待っている客の姿がある。
オープン初日ほどの大行列ではないが、ざっと二十人くらいは並んでいるだろう。
「並んでる。よかった。昨日は臨時休業だったから今日は客が来ないかと思ったわ」
「でも看板を変えてる姿を見られるのは恥ずかしいです……」
「だよな……並ぶの早すぎんだよ。でも大丈夫。俺たちなら十秒でいけるはずだ」
「そ、そうですね。いきましょうマサキさん」
二人は目を合わせた。黒瞳と青く澄んだ瞳の視線が交差する。その後、二人は同時に玄関から飛び出した。
打ち合わせも飛び出す合図もない。手を繋いでいる二人にそんな合図は必要ないのだ。
玄関を飛び出して三秒が経過。看板の目の前に到着。
そこからさらに二秒が経過。看板をひっくり返しクローズの文字からオープンの文字に変えた。
そして玄関に向かって逃げるように走り出す。扉は開いたまま。吸い込まれるように家の中へと飛び込んだ。
ここまでにかかった時間はわずか八秒。二人は八秒で看板を変えて戻ってくることに成功した。
「はぁ……はぁ……し、しんぞ、うが……バックバック……はぁ……はぁ……」
「マ、マサキさん、お客さんが……はぁ……はぁ……来ちゃいます……はぁ……はぁ……」
「んぐっ……は、早く俺たちの……はぁ……はぁ……部屋に……」
店が開店したことによって並んでいた客が一斉に歩き出した。その客から逃げるべく息を切らしながらも部屋へと逃げ込む二人。
息を整える間もなく覗き穴から店内の様子を確認し始めた。
「はぁ……はぁ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……んぐっ……はぁ……はぁ……」
息を切らしながら覗き穴を覗く姿は、この状況を知らなければ、喘いでいるただの変質者にしか見えないだろう。
二人は客の行動を覗き穴から監視している。なぜならオープン初日の失敗を繰り返さないかどうかをこの目で確認したいからだ。
兎人族にとっては未知の販売形式の無人販売所。平和ボケが過ぎる兎人族たちは無人販売所を無料だと勘違いしていた。
なので料金箱を目立つように改善したり特別な貼り紙を貼ったりと改良を重ねてある。
あとは客が間違わないかどうかを見守るだけなのだ。それでも勘違いしてしまうのなら、さらに改良が必要となる。
「ネージュの書いた貼り紙ちゃんと見てるぞ。バッチリじゃんか」
「マサキさんが塗った料金箱も見てますね」
「見た目がニンジンだからな!」
無人販売所に来店した兎人族の客は無料だと勘違いすることなく商品を購入していった。二人が改良を重ねた結果だろう。
「あら!? 無料じゃないのね。でも美味しかったから買っちゃおうかしら」
驚いた様子でお金を支払っている客もいた。オープン初日に来店して無料だと勘違いしていた客だ。
しっかりと代金を支払って商品を買って退店した。
「ワンコイン……五百ラビね。計算しやすくて助かるわ」
他の客も代金を支払ってから退店する。
貼り紙と料金箱の改良のおかげで平和ボケが過ぎる兎人族の客が無料だと勘違いすることはもうなくなったようだ。
これで安心……安心してもいいはずなのだが……
「人間不信の俺はまだまだ安心できん。まだ改良の余地があるかもしれんしな。下手したら床にも貼り紙を……いや、店名すら変えなくてはならない可能性だってある」
「そ、そこまでですか!? でも私も心配なのでまだ覗きます。それに気を失って寝てた分はここで監視の目を光らせます!」
「よし! 今日は気が済むまで覗き続けるぞ」
「はい。私もどこまでも付き合います!」
二人は覗き続けた。
不安定な営業で客は少ない。客がいない時間帯もあった。それでも二人は覗き続けた。
覗き穴を覗く二人の間には余ってしまったイチゴとシュガーラスク、そして食事用に残しておいたニンジングラッセがある。
つまみながらの監視。その姿は張り込み調査をする刑事のようだ。
「イ、イチゴ〜」
イチゴに手を伸ばすネージュ。マサキはこの時、嫌な予感を感じた。
「お、おい。ネージュ……イチゴで気絶とかしないよな……」
「し、心配しすぎですよ。イチゴだけで気絶なんて……」
口にイチゴを入れて一度咀嚼した途端、急に動かなくなったネージュ。
その姿を見たマサキは昨夜の出来事がフラッシュバックした。
「お、おい……またか……」
再びネージュが気を失うのではないかと思ったマサキはネージュを受け止めるために腕を伸ばす。
しかしネージュは倒れなかった。
「う、うまぁ〜」
満面の笑み。頬が落ちないように両手で頬を抑えている。
そして子供のようにぴょんぴょんと跳ねてイチゴの美味しさを体全体で表現した。
口にはイチゴの果汁が付いていて無垢で可愛らしい。
「よ、よかった……倒れるかと思ったわ……」
「だから心配しすぎですよ。それにクダモノハサミよりも美味しいものを食べないともう気を失ったりしないと思いますよ」
「それって俺的結構嫌な予告なんだが……あはは……」
世の中にはまだまだ美味しい食べ物がたくさんある。貧乏生活から脱出できた後にその美味しい食べ物と出会う機会が増えるだろう。
なので今後もネージュが気を失ってしまう可能性があるのだ。それも何度でも。
そんな予告をされたマサキは未来を想像して愛想笑いをするしかなかった。
「さあマサキさん。このまま監視を続けましょー!」
「お、おう……元気だな……」
「たくさん寝ましたし美味しいものを食べれたので元気モリモリです。あっ、マサキさんは寝ても大丈夫ですよ。一睡もせずに準備してたんですよね?」
一睡もしていないマサキを心配に思うネージュ。しかしそれは勘違いだ。マサキは人差し指を左右に振り「チッチッチ」と舌を鳴らした。
「実は上質な仮眠を取ったから心配いらないんだぜ」
「そ、そうだったんですね。私が寝ている間に仮眠を取るなんてさすがです。でも上質な仮眠とは一体……」
「い、いやー。本当に上質な仮眠だったよ。俺もまだまだ元気モリモリ!」
マッチョポーズをするマサキ。ひょろひょろな男の上腕二頭筋は少ししか筋肉が膨らまなかった。
ネージュはマサキのマッチョポーズを無視して小首を傾げている。マサキがどんな上質な仮眠をとったのか気になって考えているのだった。
そんな二人は覗き穴から客が無料だと勘違いしないかどうかの監視を続けたのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ネージュはおばあちゃんが亡くなってからニンジンしか食べてません。
なので美味しさに耐えられずに気を失ってしまうことがあるそうです。
その気を失う最低ラインがマサキが作ったフルーツサンドもといクダモノハサミです。
どんどん耐えられる最低ラインが変わっていきます。
そして次回で営業開始編が終わるかも。というか終わらせて話を進めたいです。




