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328 幻獣様が伝えたいこと

 ガルドマンジェとルークの激しい死闘が繰り広げられている中、一匹のウサギが飼い主の周りをぐるぐると走り始めた。


「ンッンッ! ンッンッ!」


 チョコレートカラーのモフモフボディを揺らすのはイングリッシュロップイヤーのルナだ。

 長いウサ耳を踏まないように短い四本の足を器用に使いながらマサキの周りを駆けている。

 そんな様子のルナを青く澄んだ瞳に映したネージュが口を開く。


「ルナちゃんも怖いのですかね?」


 そのように見えたのも無理はない。死と隣り合わせのこの状況、生き物なら誰しもが恐怖する場面であって怖がっていると思うのは当たり前だ。

 それが草食動物で狩られる側のウサギなら尚更のことであろう。


「兄さんに撫でられたいんじゃないッスか?」と答えるダール。

「発情期がきてしまったのかもしれませんよ」と答えるビエルネス。

 ネージュの意見も含めてどれも可能性はある。


 しかし、ルナは怖がっている訳でも発情しているわけでもない。撫でられたいという気持ちは少しあるが、それは少しだけ。ルナが慌てて走り回っている本懐ではないのだ。

 その答えを正確にそして真っ先に見極めたのはマサキだ。


「怖がってるならもっと大人しくしてそうだよ。発情ならカクカク腰を動かすはずだし……撫でてもこの通り反応はなし」


「ンッンッ」


「いや、少しだけ喜んでるかも。でも伝えたいことはそれじゃない気がするんだが。俺は……焦りとか慌ててるって感じだと思う」


「慌ててるですか……確かにそうですね」


 マサキの考えを聞いてネージュは納得した。

 納得したことによって新たな疑問が生じる。何に焦っているのかだ。

 それは目の前で繰り広げられているガルドマンジェとルークの戦いにだろうか?

 誰しもが真っ先に浮かぶのがそれだろうが、マサキが真っ先に浮かんだことは違かった。


(白き英雄の……)


 ルナは幻獣。そして今は大戦争の真っ只中。白き英雄の物語を、そして白き英雄である聖騎士団白兎団長のアンブル・ブランシュのことを真っ先に思い浮かべてしまうのだ。

 マサキは兎人族の元神様であるアルミラージ・ウェネトからの伝言を預かっている。それならば白き英雄のことを思い浮かべるのも尚更のことだ。


 そんなマサキの気持ちを、表情を読み取ったのか、ハクトシンが静かに口を開く。


「どうしたんだい? 幻獣様」


「ンッンッ! ンッンッ!」


「うんうん」


「ンッンッ。ンッンッ」


「なるほどなるほど」


「ンッンッ」


「それは一体……」


「ンッンッ!」


 ルナと会話をするハクトシン。

 以前も月の古代都市モチツキでルナとハクトシンは会話をしていた。

 ただ適当に相槌を打っているのではなく、ルナの言葉を理解して会話をしていたのだ。

 そのシーンをマサキは見ていない。見ていないけれど、ルナとハクトシンが言葉を理解しながら会話をしているように感じていた。内なる魂がそうさせているのかもしれないが……。


 ルナとハクトシンの会話が終わりを迎えたと悟ったマサキは、会話の内容を聞くためにすかさず口を開く。


「ハ、ハクトシンさん。ルナちゃんはなんて?」


「誰かに呼ばれているらしい」


「だ、誰に? そんな声聞こえないですよ……」


「声は直接脳内に語りかけているのだろう。その人物が誰なのかは幻獣様もわからないと言っているよ」


「そ、そうなんですね……それじゃどうしたらルナちゃんは落ち着いてくれるんですか?」


「幻獣様を呼んでいる者に会いにいくしかないね。セトヤ・マサキ、キミと二人で」


「え? 俺と二人で?」


 二人とはマサキとルナを指す。

 慌てているルナが落ち着きを取り戻すためには、その者に会いにいくしかないのだ。

 どこにいるかもわからない。誰なのかもわからない。その人物に。


「ダメです! 二人で行くだなんて!」

「いやです! どこにも行かないでください!」


 ハクトシンとの会話を聞いていたビエルネスとネージュが同時に叫んだ。

 ビエルネスは自分も連れて行けという主張だ。ネージュはマサキにそばにいてもらいたいという主張。

 その二人の主張にジェラ三姉妹は首を縦に振り激しく同意する。行くならみんなで。行かないのならそばにいてほしいということ。どちらにせよ離れたくないというのが共通の意見だ。否、望みだ。

 透明スキルの効果で透明状態になっているクレールもジェラ三姉妹と共に頷いている。


「俺だってもうここから離れたくないよ。みんなから離れたくないよ」


 マサキも同じ気持ちだった。

 数時間前までミオレと死闘を繰り広げ、その後元盗賊団でミオレの手下となったアンドウとも戦ったのだ。これ以上の戦闘は望まない。そして何より家族と離れるのを拒むのは当たり前の感情なのだ。

 しかし、それを許さないのがハクトシン。


「キミは行かなくてはいけないよ。セトヤ・マサキ」


「ンッンッ!」


「そう幻獣様が言っている」


 ルナだ。ハクトシンではなくルナが許さなかった。


「そ、それなら私も! 私もマスターと共に行きます! どこまでだってついて行きます!」


 挙手するのはマサキの心の相棒である妖精族のビエルネスだ。彼女がいれば心強いのは確かだ。


「だったら私もマサキさんと一緒に行きます! 足手まといになるかも……いいえ。なりません! 私はマサキさんの、ルナちゃんの役に立ってみせます!」


 ネガティブ発言を首を振りながら訂正するネージュ。胸の前で小さくガッツポーズを取り、力強い言葉に変えて伝えた。しかし彼女の体は正直で小刻みに震えていた。

 戦争の真っ只中でどこかに移動するという恐怖心とマサキから離れる怖さの両方が彼女を小刻みに震えさせているのである。

 しかしその震えは最小限に抑えられている。いつものようにガタガタと震えてしまえば、同行できなくなってしまうのは目に見えているからだ。


 ネージュの発言に心を動かされたのか、拳を強く握りしめたダールも口を開く。


「アタシもどこまでもついて行くッスよ! 俊足スキルを使えば誰よりも早く目的地にたどり着けるッス!」


 彼女もまたマサキのためならなんでもするタイプの性格だ。

 そして何より彼女は正式な手続きはしていないもののマサキの第二夫人だ。マサキのために動こうとするのは当然といえば当然なのである。


「デールも行く!」

「ドールも行く!」


 姉であるダールに心配をかけまいと、小さく細い腕をピーンと伸ばした。それも合図なしに同時だ。

 デールとドールの双子のシンクロ率は、この状況においても高いままである。


『クーも! 一緒に行くぞ!』


 姿を現さないクレールも皆と同じ気持ちである。

 透明状態で声に出しても誰にも聞こえないが、それでも声に出して気持ちを伝えようとしたのである。


 これで全員の意見は一致。

 マサキと一緒なら危険な場所であってもついて行きたいのである。

 それが家族というもの。血は繋がっていなくとも心は、魂は繋がっているのだ。


「みんな……」


 ネージュ、クレール、ダール、デール、ドール、そしてビエルネスの全員がマサキの体のどこかしらに触れた。

 その行動の意味は誰もわからない。けれど触れたくなったから触れたのだ。ただそれだけ。意味などなくてもいい。この世は意味のないことだらけなのだから。

 時にその意味のないことが勇気になったり、力になったり、人の気持ちを動かす時だってあるのだから。


「よし。わかった。みんなでルナちゃんのことを呼ぶ誰かのところに行こう!」


 マサキの気持ちもこの瞬間動かされたのだ。

 全員で行けばなんとかなる。協力すればどんな壁だって乗り越えられる。

 いつだってそうだったから。今回も大丈夫だ、とそう考えてしまったのである。

 その判断が正しいかどうかは実際にやってみなければわからないこと。未来視スキルで未来を視ればわかるかもしれないが、そのスキルの所持者はここにはいない。そして未来視スキルはそこまで万能ではない。

 だから実際にやってみなければ正解なのか失敗なのかわからないのだ。


「ダメだ」

「ンッンッ!」


 それを拒むのはハクトシン。そしてルナだ。


「な、なんでですか?」


 当然ながらその質問は来る。

 質問に答えなければいけない場面だが、ハクトシンは質問を質問で返す。


「お爺さまからの伝言の話は覚えてるかい?」


「あ、は、はい! 多分……」


「ん?」


自信なさげなマサキにハクトシンは冷たい視線を送った。

その視線に驚き慌てて返事を返す。


「も、もちろんです!」


「ではその時の登場人物は誰だった? 誰と共に伝言を伝えろと言われた?」


「登場人物……」


 マサキは髪の毛と髭をもじゃもじゃに生やした元神様アルミラージ・ウェネトと会話した記憶を辿って行く。

 そしてすぐに思い出す。その思い出したことを忘れないためにすぐに口にする。


「『白き英雄』のところに幻獣様と一緒に行ってもらいたい……だったと思います……」


「それならキミはやはり幻獣様と二人で行くべきだ」


「で、でも、誰がルナちゃんを呼んでるのかわからないんですから、白き英雄とは関係がないじゃないですか!」


「まだわからないのか?」


 その瞬間、空気が凍てついた。

 それだけハクトシンは真剣な声と真剣な表情で言ったということだ。

 だからマサキたちはハクトシンの次なる言葉を静かに待った。


「お爺さまがキミと幻獣様で行かせようとしているのは、彼女たちに危険が及ぶからではないのか? キミたち二人ならその危険を回避できるのではないか? 私はそう思うがキミはどう思う。セトヤ・マサキ」


「……そ、それは……」


 マサキは黙り込んでしまう。ぐうの音も出ない。そんな状態だ。


(そうだ。ハクトシンさんの言う通りだ。俺はなんてバカなんだ。みんなと一緒がいいってだけの理由でみんなを危険に……本当にみんなといつまでも一緒にいたいなら……俺はみんなを連れて行かないべきだ。ルナちゃんを呼んでいるのが白き英雄、真っ白な団長さんならそれで問題ない。むしろこの戦争を終わらせてくれるかもしれない。けど仮に違う人物だとしたら……ルナちゃんを幻獣だと知って誘い込んでいるやつだとしたら……その時は…………)

「俺がなんとかすればいい! そうだ。初めからそうだった。俺はみんなを守るんだ。それがどんな形であっても。絶対に! だからハクトシンさん。ルーネスさん。それとガルドマンジェさん。お願いします」


 マサキはハクトシンとルーネス、そして死闘の最中であるガルドマンジェを交互に見てから頭を下げた。

 そして頭を下げたまま思いを告げる。


「ネージュを、クレールを、ダールを、デールを、ドールを、ビエルネスを守ってください。お願いします」


「約束しよう。この命をかけてキミの大事なものを守るよ。だからセトヤ・マサキ、キミも約束してくれ。無事に帰ってくることを。キミが帰ってこないと彼女たちを悲しませることとなって約束を果たせなくなる。だから約束してくれ」


「はい! もちろんです!」


 頭を上げてからそう言った。

 そして恐る恐る振り返り同行を断った者たちの顔を見る。

 ネージュは涙と鼻水を流し、ダールは唇を噛んで拳を強く握りしめていた。そしてビエルネスとデールとドールは納得いっていない表情をしていた。

 けれどマサキの判断に誰も文句は言わなかった。マサキの判断に従うこと、それが最も全員が幸せになれる方法だとみんな知っているからだ。

 だからこの一時の別れを我慢しなくてはならない。涙を流しても、唇を噛んでも、拳を強く握りしめても、納得がいかなくても、我慢しなくてはならないのだ。


「うぅ……マサキしゃん……ぜったいにぃ……ぐすっ……ぜったいにぃ……うぅ、あぅ……」


「わかってる。絶対に……うぅ……絶対に帰って、ぅぅ……かえってくるから」


 もらい泣きをしながら答えるマサキ。悲しみもすぐに伝染してしまうのが彼なのだ。


「兄さ〜ん! 兄さ〜ん!! あぁああああうぅうあぁああう」

「マスタぁあああああああ、マスタぁあああああああ」

「お兄ちゃんー」

「お兄ちゃんー」


 泣き叫びながらマサキに抱きつくのはダールとビエルネス。

 静かに泣きながら抱きつくのはデールとドールだ。

 そしてもう一人マサキに抱きついている人物がいる。

 その人物は薄桃色の髪と左右非対称のウサ耳が特徴的なマサキの大事な家族クレールだ。


「うわぁあああああああんっ」


 泣き叫びながらマサキに抱きついていたところ突然姿を現したのである。

 感情の起伏が激しすぎて透明スキルの維持が困難となり姿が現れてしまったのである。

 透明状態の時には一切聞こえることのなかったクレールの泣いている声が、マサキの鼓膜を振動させたのだ。


「ぞ、ぞんなに、ながれるど、うぎぅ……うぐっ……うぅぁあぁう」


 もらい泣きで涙を流していたマサキだが、クレールの登場と涙によりさらに激しく泣いてしまうことになる。

 そのままクレールの垂れた右側のウサ耳を優しく何度も撫でて落ち着かせようとした。

 クレールが誰よりも泣いてしまっているというのもある。そしてクレールが泣き止まない限り自分も泣き止むことがないと思ったから。さらに他の者へ伝染しかねないと思ったからだ。

 だからクレールの頭とウサ耳をこの場の誰よりも優先的に撫で続けたのである。マサキだけでなくネージュも同じようにクレールの頭とウサ耳を何度も撫でていた。


 そんな泣きじゃくるマサキたちをルークは見ていた。

 そして驚愕していた。


(あの桃色の獣人……さっきまで気配すら感じなかった……まさか奴がキングが求めている悪魔の力の……ミオレの手下が言っていた透明の……)


「よそ見とは余裕だな!」


 ルークの視界が歪んだ。ガルドマンジェに腹を殴られたからだ。

 それほどクレールの姿を見て驚愕していたという証拠だ。

 そのままルークは殴られた痛みを忘れて笑い始める。


「ふふふっ。はっはっはははははっ!!!」


 大笑い。その言葉が一番ふさわしい笑い方だ。

 しかし、すぐにその笑いは止まり静かな声で呟き始める。


「キングの勝利が確定した」


 先ほどまで大笑いしていたとは思えないほど冷静な声と冷静な表情。

 そしておもちゃに飽きてしまったかのような瞳でガルドマンジェを見る。


「もう遊びはここまでだ。俺はキングの世界のために任務に移る」


 その瞬間、ルークの左腕から左半分の顔にかけて彫られている刺青が光り出した。

 それとともにルークの体に異変が生じる。


「だから貴様を殺す」


 ルークの体は禍々しいオーラに包まれ、周りに雷雲を発生させながら膨張、否、巨大化していった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


ルナの脳内に直接呼びかける声。

その正体が誰なのか。

ハクトシンは白き英雄ことブランシュだと思っている。

マサキもブランシュだと思っている。

しかし何者かの罠の可能性もありますよね。

さてどちらなのでしょうか?

その答えはこの章の最後になります。

お楽しみに!

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