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205 学舎エコール

 二人っきりになったマサキとダール。正確にはマサキの頭の上にはルナがいるので二人と一匹だ。

 授業参観へ参加する目的があるが、ダールがマサキとの距離を縮めるには絶好のチャンスだ。そして告白されてからダールのことを意識するようになったマサキもさらに意識してしまうような状況。

 ましてや父親役と母親役。もうカップル、否、夫婦同然なのだ。


 ――しかし、二人はそれどころではない。


(デールとドールのために完璧な親を演じてみせる。他の親御さんから見られても違和感がないように……絶対にデールとドールには恥をかかせないからな。俺たちが頑張らなきゃ、将来に影響が出る!)


(完璧な姉を……いや、完璧な母親を演じるッス。誰が見てもおかしくないように、授業参観を成功させてみせるッス)


 マサキとダールの二人はプレッシャーに駆られてた。

 学舎に到着するまで一度も会話することなく、頭の中だけで様々なシチュエーションを想像したり、理想の親とはどんなものかを考えたりしていたのだ。


 そして時間が経ち……


「着いたッスよ」


 そんなダールの声に、自分だけの世界に入っていたマサキは、目の前の景色を黒瞳に映した。


「……す、すげー」


 マサキの黒瞳に映った景色は、門の端から端を太い幹の大樹が何本も並び、半円状になっている景色だ。

 人工的に計算されて育てられたであろう大樹。その一つ一つにはマサキたちが住む家の大樹のように扉や窓が設置されている。

 そのことからマサキは、一つ一つの大樹が教室のような役割を担っているのだとすぐに気が付いた。否、日本での知識を基にそう関連づけたのだ。

 そんなことを考えていると、ダールは門にいる兎人族(とじんぞく)の女性に声をかけた。


「あのー、授業参観に来たんッスけど……」


「あっ、はい。お子様のお名前は?」


 彼女はここの教師だ。メガネをかけ黒髪ツインテールでいかにも教師らしい見た目をしている。

 髪色と同じく黒色のウサ耳は、ネージュのウサ耳のように垂れている。


「ジェラ・デールとドールの双子の姉妹ッス」


「あー、デールちゃんとドールちゃんの保護者様とウサギ様ですね。この度は学舎(エコール)にまで足を運んでいただきありがとうございます。私はデールちゃんとドールちゃんの担任のポムです」


「あっ、どうもッス。いつもありがとうございますッス」


「いえいえ。こちらこそいつもデールちゃんとドールちゃんには元気をもらってますよ。それに二人ともすごく賢くてこちらが助けられてます」


「そ、そうなんッスね。なんか、褒められると嬉しいものッスね。ありがとうございますッス。ところでアタシたちはどこに行けばいいッスか?」


「はい。デールちゃんとドールちゃんの年少組は、右から三本目の大樹となってます」


「ありがとうございますッス」


「時間になれば大樹の中に入れますので、それまでは大樹の前で待機していてくださいね。さあさあどうぞどうぞ」


 デールとドールがいる大樹、すなわち教室を教師から教えてもらったマサキとダールは、門を通り二人が待つ教室へと向かった。


「まるで大樹の壁だな。どうやって育てたんだろう」


「う〜ん。育てたというよりも植えたって感じッスかね? ほら、アタシの家みたいに」


「あー、なるほど。それは納得」


 ネージュの先祖が残した大樹の木。その大樹の木にネージュとマサキとクレールそしてルナが住んでいる。

 その大樹の木の隣りにダールたち三姉妹の家である大樹の木があるが、その大樹の木は途中から植えられたものだ。

 この世界では大樹の木を植えることなど容易い。そして、植えられた後も枯れることなくそのままを維持することが可能なのである。

 そのため、計算的に植えられたと思われていた学舎の大樹の木々は、育った後に今の形になるように植えられたものだったのだ。


「それにここの学舎は、兎人族の里(ガルドマンジェ)の避難所? みたいなのにもなってるみたいッスよ」


「は、初耳だ……」


「だから兄さんが言ったように大樹で壁みたいなのを作ったのかもしれないッスね」


 学舎は兎人族の里(ガルドマンジェ)に住む住人たちの避難所として利用される。平和な世界で、尚且つ自然災害も少ないので避難所としては滅多に利用されないが、兎人族(とじんぞく)の常識として子供の頃に学舎は兎人族の里(ガルドマンジェ)の避難所だと教えられる。

 異世界転移して二百五十七日目のマサキが知らないのも無理はない。そもそも先祖代々恥ずかしがり屋の家系のネージュがマサキに伝えなかったのは、学舎が避難所という常識が恥ずかしがり屋には不要だからだ。

 人が多く集まる場所に行くのが恥ずかしいということだけで、どんなことがあろうとも家に残ることを選択するのがネージュの先祖。その先祖の意思が、DNAが、遺伝子が根強く残っているネージュには、避難所へと避難する選択肢は、はなっからない。

 だからマサキに避難所のことを伝えることがなかったのだ。


「……ところで、俺たちが向かってる三本目の大樹……デールとドールの教室なんだが……人、というか兎人族(とじんぞく)がいっぱいなんだが……」


「授業参観ッスよ。当然じゃないッスか。でも他の種族の学舎と比べると少ない方だと思うッスよ。ほら、兎人族(とじんぞく)って人口少ないじゃないッスか」


 デールとドールが待つ大樹の木の教室の周りには十四人の兎人族がいる。男女比は男七人女七人の五対五だ。父母の両親で参加しているので当然だ。

 この十四人の保護者たちをマサキは多いと感じ、ダールは少ないと感じている。感じ方が違うのはコミュニケーション能力の差が原因であろう。


「やべー、また緊張してきた……どうしよう」


 マサキは緊張しやすい。そして人間不信のせいで他人の目がすごく気になってしまう。そのせいで余計なことを考えさらに緊張と不安が増える悪循環を繰り返すこととなる。


(でもよかった……)


 そんなマサキでも安堵することがあった。


(きちんとした服装じゃなくて)


 そう。他の保護者たちの服装が一番に気になっていたのだ。

 家を出る際、全身黒ジャージでも何も言われなかったマサキは、そのままの流れで家を出た。左隣にいるダールもいつもと変わらずパーカーにハーフパンツ姿だ。

 だからあえて何も言わなかった。否、服装のことを言ったとしてもスーツのようなビシッと決めた服を用意することができないため言うことができなかったのだ。

 しかし幸いにも十四人の保護者たちの服装はバラバラ。逆にスーツのようなビシッと決めている服装の兎人族は誰もいない。もしもここでマサキとダールがスーツを着てビシッと決めていたら目立っていたに違いない。それほど全員ラフな格好をしている。

 ビシッと決めているのは、門にいたポムと名乗るデールとドールの担任や他の教師と思われる兎人族だけである。


 そんな十四人の保護者の中で一人だけ目立っている人物がいた。


「なぁ、ダール。右側にいる()()()()()()()の人って……しか、しか……ん? なんか違うな」


「あぁ、鹿人族(ろくじんぞく)ッスね」


「そうそれそれ。鹿人族(ろくじんぞく)


 マサキとダールの話題の的になった人物は、鹿人族の男。隣には兎人族の女性がいることから二人が夫婦だということがわかる。そして子供の授業参観に来ているということも考えずともわかる。


「俺たちみたいな父親役かな?」


「ん〜、どうッスかね。アタシには夫婦に見えるッスよ」


「鹿人族と兎人族の夫婦か。ってことは子供はハーフ?」


「そうなるッスね」


「獣人族のハーフか〜。なんか見てみたいなぁ。ツノとウサ耳両方生えてるのかな?」


 マサキは純粋に鹿人族と兎人族のハーフがどのような容姿をしているのかが気になっていた。

 そんなマサキに現実的な言葉をかけるのがダールだ。


「両方はないッスね」


「え? なんで? ハーフだったらあり得そうじゃない?」


「たとえハーフでも、どちらかの種族の容姿になるんッスよ。こればかりはどう説明していいかわからないッスけどね。」


「へー、そうなんだ。男女の二択のように両方の性別を持って生まれたりとかしないのと一緒か」


「そんな感じッスね」


「だったらどっちの種族になるとか決まってたりはすんの? 種族的に血が濃いとか遺伝子が強いとか。もしかして母親側の種族とか?」


「それも決まってないッスね。男の子か女の子どちらかが生まれるみたいに、どっちの種族に生まれるかっていうのは決まってないッスよ」


 どの世界でも未だに解明されていない謎。男が生まれるか、女が生まれるか、それはその生命が誕生するまでわからない。技術が進歩し、赤子が誕生する前から性別を判明することが可能になったが、どちらかを決めて産むことはできないのである。

 それと同じ原理で種族間の違う者同士の赤子も、どちらの種族に生を授かるかは、生まれるまでわからないのだ。だから種族の違う兄弟なんかも存在したりするのだ。


「そうなのか。まだまだこの世界は知らないことたくさんあるもんだな」


「そうッスね……」


 感心しているマサキの左横でダールは顔を赤らめもじもじくねくねとし始めた。


「も、もしもッスよ、もしもの話ッスよ」


「ど、どうした急に!?」


「えーっと、その……」


「ん?」


「もしも、アタシと兄さんの子供ができたら……わんぱくな兎人族の男の子が生まれそうッスねって思ったッス」


「なんでそう思ったんだ? 俺は双子が生まれそ――」


 生まれそうな気がすると、マサキが言おうとしたが、言葉を止めた。その言葉がどれほど恥ずかしいものなのかを理解したからだ。

 その瞬間、マサキの耳が一気に赤くなり、顔面全体も赤らめていった。


「いやいやいやいや、何を言ってますの、ダールさん!」


「そ、そうッスよね。そうッスよね。変な話して申し訳ないッス。ささ、始まるまで待つッスよ」


「お、おう……」


 マサキとダールはこの瞬間まで忘れていた。否、授業参観を成功させるために集中していて意識がそっちへ向かなかったのだ。

 自分たちが『告白した側』と『告白された側』だということを。そしてその返事がまだだということを。

 それを意識してしまったら授業参観どころではなくなる。

 そんな時――


『ニーンジーンダーイコーン、ニーンジーンダーイコーン――』


 学舎のチャイムが鳴った。


「ニンジンダイコン!?」


 聞き覚えのあるリズムと聞き慣れた言葉が、同時に流れ、新たな音となった。それに対してマサキは驚いていた。


「学舎のチャイムッスね。そろそろ始まるッスよ」


 そんなダールの言葉通り、学舎の門の前で受付をしていた教師のポムが、待機中の保護者たちに向けて声をかけた。


「では、授業参観を始めますので、中へお入りください」


 いよいよ始まる授業参観。

 告白の件で頭いっぱいだったのが、嘘のように切り替わる。


(や、やべ、始まった……き、緊張する)


 マサキは内心ビクビクでビビっていた。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


デールとドールが通う学舎の名前はエコールです。

エコールはフランス語で学校という意味です。


そして担任の先生の名前はポムです。

これはフランス語でりんごの意味です。

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