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兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが  作者: アイリスラーメン
第1章:異世界生活『無人販売所を作ろう編』
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21 ニンジン炒め

 探検服を泥だらけにしたロシュは元気よく洞窟から出てきた。左手で持っているピッケルは紫色の液体がベッタリとついている。これはタラテクトの血だ。


「ごめんなさいね。タラテクトがいたからちょっと遅れちゃったわ。でもちゃんと鉱石を持ってきたわよ……って寝てる」


 ロシュは目の前の光景を見て声が徐々に小さくなっていく。

 ロシュの目の前。ロシュを待つと言っていた青年と兎人族の美少女は疲れ果てて星空の下、半月に見守られながら子供のように眠りについていた。


「スハースハー」

「フヌーフヌー」


 肩を寄せ合い寝息を立てる二人は夢の中だった。眠っている間も繋いだ手をしっかりと握っている。


「あらま。可愛い寝顔だこと。起こすのも悪いからそっとしておきましょう。ホホホホッ」


 ロシュは二人のために採取してきたノコギリの材料の鉱石を繋いでいる手の横に置いた。

 そして眠っている二人に手のひらをかざしだした。その手のひらからは、幻想的な緑色の光が放出され二人を優しく包む。


癒しの波動(ヒールパルス)! ゆっくりおやすみ」


 それは回復魔法だった。月の光に照らされながらすやすやと眠っている二人の表情は回復魔法をかけられた事によってさらに穏やかになった。


「スハースハー……マフマ……マフマフ……マフマフが……スハースハー」

「……ダメですよ……そんなに触ったら……フヌーフヌー……」

「ご、ごめ……スハースハー……マフマッフ……」


 寝言を言っている二人だがまるで話をしているかのように会話が成り立っている。同じ夢でも見ているのだろうか。だとしたら夢の中まで同じの二人は仲が良すぎる。

 そんな光景を微笑みながら見ているロシュも魔法にかけられたかのように癒されていた。


「よし。残りの調査もがんばっちゃおうかしら! ホホホホッ」


 左手にピッケルを持ちながら両腕でしっかりとガッツポーズをとる。そして再び洞窟の中へ元気よく入っていった。



 夢の中にいる二人が目を覚ましたのはそれから六時間後の太陽が昇り始めた頃だった。回復魔法の影響か、しっかりと睡眠をとってしまったのだ。


「……んぁ……あ、あれ? いつの間にか眠ってしまいました。マサキさん。起きてください。朝になってますよ。かなり眠っていたみたいです」


「マフマ……んぁあ……んー、よく寝た。って朝になってんじゃん……」


 真っ青な空と静かな風の音で二人の意識が覚醒した。

 そして意識の覚醒と同時に親切なおばあさんのロシュの顔が浮かんだ。マサキとネージュが採取できないと諦めていた鉱石を採ってきてくれると言った親切な兎人族(とじんぞく)のおばあさんの顔を。

 そして二人は同時に、繋がれている手の横に置いてある茶色い布袋を見た。


「これって……ロシュさんが置いていってくれたのかな?」


「多分そうですね。私たちが渡した紙もありますね」


 二人が渡した紙の表面には壁を作るため道具屋で購入しようと思っていた材料が書かれている。裏面にはその材料のノコギリを作るための材料が書かれている。

 そして材料が書かれている裏面の空白のところに新たな文字が加わっていた。その文字をネージュが読み上げる。


「アナタたちの寝顔に元気をもらったわ。おかげで鉱石をたくさん採取できたから多めに受け取ってちょうだい……って書いてありますよ」


「ロシュさん。なんていい人……いや、いい兎人なんだ」


 茶色い布袋の中を覗くネージュ。中にはノコギリの材料に必要な鉱石が二倍……否、三倍ほどの量が入っていた。


「うぉすげー。ノコギリ二個作れんじゃないか? マジでロシュさんは女神だった」


「そうですね。女神ですね!」


 嬉しさのあまりニヤニヤと笑ってしまう二人。ここまで親切にされると自然に笑顔が溢れてしまうのだ。

 マサキはロシュが置いていってくれた鉱石の入った茶色い布袋を持った。その後、二人は同時に立ち上がった。


「……すっかり朝だな。道具屋やってるかな?」


「まだやってないと思いますよ。一旦家に帰って朝食でも食べましょう」


「そうだな。帰ろうか。なんかいっぱい寝たせいかお腹空いてきちゃった」


「私もです」


 二人は兎人族の洞窟(ロティスール)に背を向けた。そして朝食を食べるために家へと向かっていった。

 家の中へ入り玄関の扉を閉めるまで二人は繋いだ手を離すことはなかった。

 ロシュを待っている間、つまり寝ている間も手を繋ぎっぱなしだったので繋いでいた時間は今までで最長記録を更新しただろう。


 そんな長い時間繋いでいた手も家の中ではさすがに繋がない。解放された気持ちになると思いきや逆だ。手を離すと寂しさが心を支配する。そして相手の温もりを探してしまう。

 ずっと繋いでいたい。手を離したくない。そう思うほど繋いだ手に安心するのだ。まるで自分の体の一部のように。


 そんな手のひらの温もりを求めたい気持ちを紛らわすため、調理に取り掛かかろうとネージュは真っ先にキッチンへと向かった。

 マサキは店舗スペースと居住スペースを分ける壁のイメージを膨らませるために部屋の中央をじっくりと観察し始める。そこがちょうど壁を作る場所だからだ。


 ネージュがいるキッチンではトントントンと包丁がまな板に何度も当たり何かを切っている音がする。食材はニンジンしかないのでネージュが切っているものはニンジンだ。

 リズミカルなその音は静かな部屋のBGMにふさわしい。

 その後、熱された雪平鍋にニンジンが放り込まれジューッと音を鳴らした。香ばしいバターの香りがマサキの嗅覚にまで届く。

 調理場にいなくても聴覚と嗅覚の両方が十分に楽しめる。これはレストランなどではなかなか味わうことができない料理の楽しみ方の一つである。


「マサキさん。できましたよー」


 あっという間に料理が完成した。

 音と香りを楽しんでいたマサキの耳にネージュの鈴の音色のような優しい声が届いた。そこでマサキは壁作りのことに対して集中できていなかったことに気付く。

 そしてネージュは完成した料理をウッドテーブルの上へ置いた。


「朝食はさっと作っちゃいました。ニンジン炒めです」


 ウッドテーブルの上に置かれている料理はニンジン炒めだ。

 千切りされたオレンジ色のニンジンが、さらに濃いめのオレンジ色になっている。そしてバターで炒めたことによってツヤを出して照明に反射して光り輝いている。


 千切りされたニンジンの厚さや長さは不揃いだがそこがニンジン炒めの良いところだろう。

 それによって均等に火が通ってないのでそれぞれ異なった食感のニンジンが一つの皿に千切りされたニンジンの数だけある。食感をより一層楽しむことができるのだ。

 さらに少量のゴマと刻んだニンジンの葉がふりかかっており、見た目や盛り付けは百点満点、星三つでは足りないほどの出来だ。


 魔法をかけたかのように簡単でさっと作れるニンジン炒め。手間をかければかけるほど美味しくなるという常識をこの一品が覆すほどの絶品料理。


「いただきます。ネージュは本当に料理が上手だな。そんで味も美味しいんだもんな」


 喋りながら席についたマサキは真っ先に箸を取った。そして千切りにされたニンジンを十本ほど箸で掴み口へと運んだ。


「う、うまぁ。千切りにされたニンジン一本一本をバターがしっかりコーティングしてやがる。こういう炒め物はごま油が定番ちゃ定番なんだが、ごま油じゃこんなに優しくニンジンを包み込めないし口溶けの良い食感を表現することができなかっただろう。それに一本一本にバターの香りが染み込んでいて、もはや棒状の芳香剤として部屋に置きたいくらいだ。なんて美味さなんだ……」


 マサキは一口食べただけで嵐のように味の感想を早口で言った。そんなマサキをネージュは唖然としながら見ていた。


「もう褒めすぎですよ。それに棒状の芳香剤って褒め方、独特すぎて褒めてるんですか?」


「それくらい香りもいいってことよ。マジで美味しい。俺たち人前に普通に立てたら無人販売所じゃなくてレストラン開いてたかもな」


「レストランですか。ふふっ、そうかもしれませんね。無人販売所じゃニンジン炒めは商品としては置けないですしね」


「そうだな。あー、もったいない。この類の料理は注文受けてから調理しないとしなしなになって美味しさが激減しちゃうもんな……」


 味は美味しいが時間が経つにつれて状態が変わってしまう炒め物類は無人販売所で提供できない。そんなもどかしさを感じながらも皿の上のニンジン炒めをペロリと完食した。

 冷蔵庫の中には大量のニンジンが入っているが朝食はこれだけだ。

 しかし、つい最近まで一日一食、夕食にしか食べることができなかった二人にとっては、朝食を食べれることは本当にありがたいことであった。


「ご馳走様でした」


 唇に残ったバターの脂分を舌でひと舐め、ふた舐めし食後に言う感謝の挨拶をする。

 その後、食器を持って外へ出るマサキ。

 二人はしっかりと役割分担がある。ネージュは料理担当。マサキは片付け担当だ。なのでマサキは食器を洗うために外にある井戸へと向かったのだ。

 ただ役割分担があると言ってもネージュもマサキの皿洗いに付いていく。二人は離れることができなくなってしまっているのだ。


 食器洗いに向かうために家を出た二人だが手は繋いでいない。外に出たのに手を繋がない理由は、食器を持っているからだ。そして家の付近だからだ。

 里の中心から離れている二人の家はマサキとネージュ以外の人や兎人は滅多に来ない。なので手を繋がなくても大丈夫なのである。


 食事が終わも片付けも終わると道具屋に行くのにちょうど良い時間になる。

 二人はロシュに採取してもらった鉱石が入った茶色い布袋を大事そうに抱え手を繋ぎながらレーヴィルが待つ道具屋へと向かうのであった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


プロローグの時も紹介しましたが、兎人族は胸をマフマフと呼びます。

マフマフは実際のウサギの首回りにできた肉垂のことを言いメスウサギの特徴でもあります。

なので兎人族の女性の胸はマフマフと呼ぶんです。

マサキの寝言のマフマフとは胸のことを言ってます。


次回は再び道具屋に行きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロシュさんは本当、2人にとっては女神ですね。何かの形でお返しができればいいのですが。
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