IF1 ウサ耳メイド喫茶
IF短編ストーリーです。
これは異世界に転移したセトヤ・マサキのあり得たかもしれない可能性の物語。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
店内に響き渡る萌え萌えな甘い声。
ここは、ウサ耳メイド喫茶『もふっと♡ぴょんぴょん』だ。
オーナー兼料理担当は黒髪黒スーツの人間族の男セトヤ・マサキだ。夢は異世界で一番のメイドカフェを経営すること。
しかしただのメイドカフェではない。ウサ耳メイドカフェだ。
マサキはオーナーでありながら料理担当でもある。料理担当ということで黒スーツに相応しくないニンジン柄のエプロンを着用し、お客様に提供する料理やドリンクを一人、厨房で調理している。
「お、お、おいしくな〜れ。ぴょんぴょんもふぅ〜!」
顔を赤面させながら客におまじないをかけているのは、ウサ耳メイド喫茶『もふっと♡ぴょんぴょん』のメイド長のフロコン・ド・ネージュだ。
白銀色の髪をしていて垂れたウサ耳、そしてメイド服から溢れんばかりの豊満なおっぱいが特徴的なネージュ。恥ずかしがり屋な一面もあり、メイド長としてのギャップがまた人気呼ぶ。
客に提供したなんでもないただのニンジンジュースに定番のおまじないをかけるネージュ。そうすることによって美味しくなる? のだ。
ネージュは両手でハートを作り胸の前でポージング。なんとも可愛らしい姿に週八回も通う常連客がいるほど。
ちなみにネージュのここでの呼び名は『ねじゅねじゅ』だ。親しみやすい愛称で、つい呼んでしまいたくなる。
「おにーちゃん、おにーちゃん! もっとお話聞かせてほしいぞー」
上目遣いを巧みに使いながら客を『お兄ちゃん』と呼ぶのは、妹系メイドのクレールだ。
薄桃色の髪をしていて右側のウサ耳が顔半分を覆い隠すほど大きい。左側のウサ耳は薄桃色の髪に埋もれて少ししか見えていない。そんな貴重なウサ耳をするクレールにはファンが多い。
しかしそれ以上に妹属性に、どハマりする客が多いのだ。低身長で甘い声どこぞのお姫様のようなメイド服の着こなし。可愛いを具現化した妹属性のウサ耳メイドなのである。
ちなみにクレールのここでの呼び名は『クー』だ。一人称も『クー』なのでとても可愛らしい。
「えー、めんどくさいッス。疲れるからやりたくないッスよ」
客からのチェキをめんどくさがり断っているのは、オレンジ色の髪をしていて小さなウサ耳が特徴的なジェラ・ダールだ。
本当にダルそうな顔で客を見下している。普通の接客業なら失格の態度なのだが、ここはウサ耳メイド喫茶。コアなファンがダールを推している。むしろこのダールの態度こそ完璧だと布教する客もいるほどだ。
「でもどうしてもって言うなら一回だけッスよ」
粘りに粘った客に折れたのか、ダールはチェキを受け入れる。ここまでがダールのいつもの流れ。そう、ダールはツンデレ系メイドなのである。
ツンツンしている時でも小さなウサ耳は嘘をつかない。ピクピクと動き嬉しさを隠し切れていないのだ。そこがダールのかわいいところでもあり推しポイントでもあるのだ。
ちなみにダールのここでの呼び名は一文字で『ダ♡』である。
「待っている間は、くじ引きなんてどうですか〜?」
薄緑色の髪をした子ウサギサイズの小さな妖精族フェ・ビエルネスが並んでいる客に声をかけている。ビエルネスはウサ耳メイドカフェの案内係だ。
妖精族のビエルネスだが、頭には髪色にあった長いウサ耳がついている。これはマサキ特製のカチューシャで、兎人族以外でも働けるように作ったものだ。
その結果、兎人族以外の種族がウサ耳をつけているという破壊力のある姿にメロメロになる客が多い。
そしてビエルネスが客にすすめているくじ引きは一回五百ラビのくじ引きだ。景品はサービス券やチェキ無料券など、絶対に損しないものとなっている。
しかしこれにはカラクリがある。くじ引きしなければチェキも商品も頼まない客、頼みづらいい客がいる。その客の背中を押し魅力を知ってもらいハマらせるのが、カラクリだ。
しゃべりも上手で妖精族の中では豊満な胸、さらに可愛らしい顔のビエルネスには案内係は最適な役割なのである。
ちなみにビエルネスのここでの呼び名は『ビーちゃん』である。
「ンッンッ! ンッンッ!」
ウサ耳メイド喫茶『もふっと♡ぴょんぴょん』の出入り口付近にあるレジには、チョコレートカラーのもふもふボディーにメイド服を着用しているイングリッシュロップイヤーのルナがいる。
ルナはここでの看板娘、否、看板ウサギなのである。
イングリッシュロップイヤーの長いウサ耳はウサ耳メイドカフェには欠かせない存在だ。そして誰もを虜にする愛くるしい見た目。短い手足と大きなマフマフ。ひくひくと動く小さな鼻。撫でられるたびに漏れる声。どれをとっても世界一のウサギなのである。
そんなルナを目的に来店する客も多いほど。特に子供や女性に人気だ。
ルナのここでの呼び名は、そのまま変わらず『ルナ』である。
「いってらっしゃいませ。ごしゅじんさま」
「いってらっしゃいませ。ごしゅじんさま」
小動物のように小さく幼い双子の姉妹ジェラ・デールとジェラ・ドールが笑顔で客を見送った。その二人の笑顔に客も最後まで満足して帰ること間違い無いだろう。
双子で可愛いそして幼いのだ。その道の者ならば、この笑顔ひとつで命を落とすだろう。それほど笑顔の破壊力は凄まじい。
デールとドールは、まだまだ幼く接客業などできないが、それでもお手伝いということで、皿洗いやテーブルの片付けなどをやってマサキたちの負担を軽減している。なんともできた双子の姉妹だ。
もちろん二人もメイド服を着ている。若干、コスプレ衣装のように見えてしまいまだまだ馴染んでいないが、それも立派に着こなすまでの成長過程を見届けられる特権だと思ってくれてもいい。
クレールほどの年齢になる頃には彼女ら双子の姉妹が『もふっと♡ぴょんぴょん』のエースになること間違いない。
「マスターマスター!」
案内係のビエルネスがオーナーであるマサキの元へと慌てながら飛んできた。
「どうしたんだ? ちょっと今、手が離せないんだけど……ネージュ、いや、ねじゅねじゅのところの鹿人族のお客さんが『もふんもふんオムライちゅ〜ウサ耳を添えて〜』を二つ注文したんだ。二人だからな。だから手が離せん!」
「え? ねじゅねじゅ推しのご主人様たちみんな注文したんですか。さすがねじゅねじゅですね。すごい人気だ……ってそうじゃないんですよー! マスター聞いてください!」
ビエルネスは羽をブンブンと羽ばたかせながらここに来た理由を――本題に入るために口を開く。
「この後、入られるご主人様の注文にアレがあるんですよ!」
「マ、マジで? だ、誰がアレを頼んだんだよ? ネージュ推しの鹿人族は今俺が作ってる『もふんもふんオムライちゅ〜ウサ耳を添えて〜』を注文したもんな。そんじゃクレール推しの鼠人族のお客さんか?」
マサキはフライパンを二刀流で振りながらビエルネスとの会話を続けた。
「それがですね。聖騎士団白兎の団長さんなんですよー!」
「えぇええええ!?」
驚くマサキ。そのタイミングでフライパンでとろとろに焼いていたタマゴを宙に浮かせてしまった。
すかさずフライパンを離し、皿を両手で持った。皿の上にはすでにチキンライスが乗っている。そしてそのチキンライスの上に宙に浮いたタマゴが着地する。その着地と同時にタマゴに切れ目が入り半熟部分がとろっと現れる。
どれほど驚いていたとしても料理人として体が勝手に動くのである。
そのままノールックでケチャップを両手で持ち、一瞬でウサギの顔を描く。マサキの見た目からは想像もできないほどの可愛らしいウサギの絵だ。
「お、お見事です。さすが私のマスター。やっぱり私のご主人様はマスターだけですぅ。ハァハァ」
マサキの凄腕に興奮を覚えてしまうビエルネス。外では絶対に見せないメスの顔だ。
「そういうのはいいから。とりあえずアレの準備に取り掛かるから、外のことは任せた」
「了解です!」
敬礼をしながら持ち場に戻るビエルネス。
ビエルネスと入れ違いでデールとドールがタイミングよく戻ってきた。
「ねじゅねじゅお姉ちゃんの席に運ぶねー」
「ねじゅねじゅお姉ちゃんの席に運ぶねー」
提供する料理が置かれるカウンターに置かれたネージュ推しの客が注文した『もふんもふんオムライちゅ〜ウサ耳を添えて〜』を小さな手で手分けしながら運ぶデールとドール。
「気をつけて運んでね。熱かったりしたら近くの席に置いて休憩してもいいからな。それとすぐにお姉ちゃんたちに助けを求めなよ」
「だいじょーぶー」
「だいじょーぶー」
双子の姉妹の笑顔。同時に放たれる笑顔はまさに破壊光線。心に張り付く負の感情を全てなぎ払ってくれる。そして癒しを与える強力な笑顔だ。
マサキはそのまま小さな背中が見えなくなるまで見送った。そして見えなくなった瞬間に、アレの作業に移る。
「まさかアレを注文する客が現れるなんてな。そりゃそうか。真っ白な団長さんだもんな。注文してもおかしくないか……ビッグな兎人はビッグな注文を。ってな」
マサキは独り言を呟きながらアレの準備に取り掛かる。
その時――マサキの耳に銀鈴が届く。
「マサキさん。デールとドールから聞きましたよ。開業以来初となるアレを作るんですか?」
「おっ、ネージュ、じゃなくてねじゅねじゅ! そうなんだよ。やっとアレが作れるんだが、タイミングが悪すぎる。今日はただでさえ忙しいからな」
「そうですよね。いつもよりも忙しいですよね。私も手伝いますよ」
「いや、すごーく嬉しいんだけど、ネージュはお客さんの対応を頼む。うちの一番人気が外にいなきゃお客さんも寂しいだろうしな」
「で、でも……」
マサキのアレ作りをどうしても手伝いたいネージュ。アレを作るのが大変だから。ただそれだけの理由ではない。マサキの手伝いをしてマサキの役に立ちたいとそう思っているのだ。
しかし激務は許してはくれなかった。
「ねじゅねじゅおねーちゃん。おにーちゃんたちが『ジャンケンピョン』の注文をしたぞー」
厨房に顔だけを出すクレールはネージュに向かって声をかけたのだ。
「ほらな。俺は大丈夫だから行って来い」
優しく微笑むマサキ。内心焦り困っているが、一切顔に出さない。むしろカッコつけて強気でいる。それがオーナーとしての務めだからだ。
しかし一切顔に出さずともネージュにはマサキの気持ちが自分の気持ちのように読み取ることができる。だからこそマサキの気持ちを汲んだネージュは業務に戻るために歩きだす。
(信じてますからね。かっこいいところ見せてくださいよ。マサキさん)
(任せてくれネージュ。必ずアレを完成させてみせる)
ネージュとマサキのアイコンタクトだ。このアイコンタクトだけで以心伝心したかのように相手の心を読み取ったのである。
それから三十分後――ようやくアレが完成した。案内席で待っている時間も合わせれば妥当な時間だ。
「我ながら見事な出来栄え。俺、前世パティシエだったんじゃね? いや、この場合天職って言うのか?」
マサキが完成させたアレとは、マサキの目の前にあり黒瞳に映っているもの。
そう――ウサ耳メイド喫茶『もふっと♡ぴょんぴょん』の看板ウサギであるイングリッシュロップイヤーのルナの等身大チョコレートケーキだ。
ルナの写真を見ずに作り上げたその腕はまさに神業。そしてウサギ愛の結晶だ。
ルナの全てを頭の中にインプットしているマサキだからこそ作れた芸術作品なのだ。
食べるのがもったいない。その言葉が一番合っているものこそがこれなのである。
「すごーい。すごいぞー。本物みたいだぞー」
「す、すごいッス! ルナちゃんッス!」
様子を見にきていたクレールとダールが口を大きく開きながら驚いている。そして偽物でチョコレートケーキだとわかっているのだが、あまりの出来に脳内がそれを否定し、混乱を始めていた。それほどの出来栄えなのだ。
「ちゃんとしたカメラ、いや、シャメラか。で、撮りたかったがそんなものはうちにはないからな。チェキだが、記念に撮っておこう」
チェキで一枚撮影してから『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』は、注文した聖騎士団白兎団長のアンブル・ブランシュの元へと運ばれる。
「じゃあ席まで運んでくれ〜。運んでる最中に転……いや、これ以上はフラグが立っちまうか……」
危うくフラグめいた言葉を口にするところだったマサキは口を塞いだ。その姿をクレールとダールの二人は小首を傾げながら見ている。そしてそのまま『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』は二人の手によって運ばれる。
運ばれる際に、全員の目が一点に集まった。クレールの可愛らしいウサ耳でもダールのひらひらのスカートとソックスの間から見えるムチムチな太ももでもない。もちろん『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』を見てるのだ。
歓声や拍手が飛び交うほど、その場にいた全員が驚いている。立ち上がり席から身を乗り出してまで見ている客もいる。
そして――
「ンッンッ!」
漆黒の瞳でじーっと見ているルナ本人が一番驚いていた。
「これはすごい……」
注文した張本人アンブル・ブランシュの口から出た最初の感想だ。思わず言ってしまった自然と口から溢れたような感じだ。
ブランシュの席の上に『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』が置かれたが、これで終わりではない。ここまでは序章に過ぎないのだ。
ブランシュの席を囲むように、メイドたちが集まりだした。案内係のビエルネスや手伝いのデールとドールも。そしてネージュに抱っこされながらルナも。マサキ以外の全員が集まったのである。
「こ、これは一体……どういうことだ」
戸惑うブランシュ。ウサ耳メイド喫茶のメイドが全員が集まりそわそわしているのだ。客のブランシュが戸惑うのは当然だろう。
「えーっとですね。『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』のオプションです」
「オプション?」
「はい!」
笑顔で答えるネージュは、抱っこしているルナの前足を動かし、ルナが喋っているかのように見せている。これはルナのファンからしたら堪らないファンサービスだろう。可愛くて仕方がない。
「他の席のご主人様たちも立つッスよ!」
「おにーちゃんおねーちゃんたちも立つんだぞー」
ダールとクレールが他の客に向かって声をかけている。客たちは嫌がることなく、むしろワクワクした表情で立ち上がった。
ざわざわとした空気の中、メイド長のネージュが口を開く。
「えーっと、えーっとですね……」
もじもじと体を動かし照れた様子のネージュ。体が揺れるたびに抱っこされているルナは鼻をひくひくとさせ声を漏らす。
「ンッンッ」
「み、みんなで、お、お……おまじないをかけます!」
おまじない。ここでそう呼ばれるのは一つしかない。胸の前でハートを作り『美味しくなーれ。ぴょんぴょんもふぅ』と言って、胸の前で作ったハートから料理に向かって目に見えない魔法のようなものを放つもののことだ。
「さぁさぁご主人様も」
「ご主人様も〜」
「ご主人様も〜」
ビエルネスと双子の姉妹デールとドールがブランシュの腕を動かし、胸の前でハートの形を作らせた。
「わ、私もやるのか!?」
「もちろんですよ。オプション内容は店内にいる全員が対象ですからね。全員のおまじないで『ルナちゃん等身大チョコレートケーキ』はさらに美味しくなり完成するんです!」
困惑するブランシュに完璧な説明をいれるネージュ。
説明を終えた後ふと厨房を見たネージュはマサキと目が合う。青く澄んだ瞳と黒瞳が交差しアイコンタクトをとった。
「そ、それでは、みんなでいきますよ〜!」
オプションが開始される。この場にいる全員がこの瞬間、息を吸った。そしておまじないを発した。
「「「美味しくな〜れ! ぴょんぴょんもふぅ〜!」」」
「ンッ! ンッンッ! ンッ! ンッンッ!」
《美味しなーれ。ぴょんぴょんもふぅ》
ウサ耳メイド喫茶『もふっと♡ぴょんぴょん』がひとつになった。
人間族も兎人族も妖精族も鹿人族も鼠人族もウサギもステレオチックな機械音も、みんながひとつになった瞬間だった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
もしも無人販売所ではなくメイド喫茶を経営したらどうなってたかというストーリーです。
恥ずかしがり屋や人間不信は人並み程度という精神面ではありますが、マサキとネージュがこんな感じに異世界ライフを送っていたかもしれません。
その場合もクレールやダールたちも一緒だったらいいですよね。
とりあえずウサ耳メイドのみんな可愛過ぎ〜
書いてて楽しかったです。




