160 三千年前の亜人戦争
『いずれ来る大戦争』について話が切りのいいところで終わろうとしている中、マサキだけが腑に落ちずにいた。
(白き英雄と幻獣については、なんとなく理解した。なんとなくだけど……そんで、全然話題に上がらない『黒き者』がめちゃくちゃ気になるんだが……見た目と立場からしてハクトシンさんがそうなんじゃないかなって思うんだが。もしくはガルドマンジェさん? 謎多い執事だし……でもやっぱりハクトシンさんのほうが可能性あるよな。神様だし……)
マサキは目の前にいる輝く金色の髪をした兎人族の神様を見ながら思考を続ける。
マサキが『黒き者』を気にしてしまうのには理由がある。
温泉ランドでの帰り道で、ただならぬオーラを放っていた『黒女』から『黒き者』について尋ねられたからだ。その記憶が鮮明に残っており、どうしても『黒き者』が気になってしまうのである。
(白き英雄のことを教えてくれなかったから、たぶん教えてくれないんだろうな。でも話題に上がらないってことは、自分自身のことだからって説もあり得るよな。ってことは、ルナちゃんで予言の登場人物は揃っちゃったってことだよな……やばっ、本当に大戦争が目の前まで来てんじゃん……)
予言の登場人物とは『白き英雄』『黒き者』『幻獣』のことだ。この三人が大戦争を終わらせる重要人物なのである。
『白き英雄』は確実にいることがハクトシンのセリフから判明している。
そして『幻獣』は確定ではないが、ルナの可能性が高い。
そこにマサキの目の前の神様だ。暗闇のような黒の瞳、黒いドレスのような衣装、神様という立場。『黒き者』と呼ぶ材料は十分にあるのだ。
神様を超える人物が『黒き者』なら、『黒き者』はどれほどの実力でどれほどの存在なのだろうか。マサキの頭では想像することすら出来なかった。
(……とにかくだ。ハクトシンさんが『黒き者』で間違いないはず。あっ、だからルナちゃんをここに連れてきたのか! これなら辻褄が合うんじゃないか? 『白き英雄』とも知り合いみたいだし……)
思考を続けるマサキ。意識を思考に集中していたせいで、目の前の神様に見つめられていることに気が付かずにいた。
「考えごとかい?」
ハクトシンの言葉が思考していたマサキの耳に入る。そして集中していた意識が戻る。
吸い込まれてしまいそうな暗闇の瞳に気付く。暗闇の黒瞳と日本人らしい黒瞳が交差する。
「気になることがあるみたいだね。ボクの予想だと『黒き者』についてのことかな?」
まるでマサキの心を読んだかのように、的確にマサキが気になっていることを言い当てた。
(怖いくらいいいタイミングだな……でもこの機会を逃せば二度と聞く機会が来ない! 聞くなら今だ!)
マサキは絶好のタイミングだと思い、口を開いた。
「『黒き者』ってハクトシンさんですか?」
それはとても真っ直ぐな質問だ。この質問によって終わろうとしていた『いずれ来る大戦争』の話が延長される。
ハクトシンは間を作ることなく即答する。
「違うよ」
「……ぇ」
予想が外れてしまったマサキから情けない声が漏れる。
いつものマサキならここで人間不信の面が発揮されて、ハクトシンが嘘をついているのではないかと疑い始めるのだが、今のマサキは疑うことをしなかった。
振り返ってみればマサキは、初めからハクトシンを疑おうとしていない。一度もハクトシンを疑っていないのだ。
それはハクトシンの神様としてのオーラやカリスマ性がそうさせているのである。
「『黒き者』はまだ見つかっていない。だからこそ奴らも動けないんだろうね。存在がわからないのは一番の恐怖だからね。でもまあ、準備が整えば動くんだろうけどね」
「……奴ら? 奴らってまさか」
「ああ、『いずれ来る大戦争』を引き起こす連中のことさ」
ハクトシンは敵の情報をある程度掴んでいるが、決定的な情報はまだ掴んでいない。不明点が多い敵だ。そして大戦争を引き起こす強大な敵。ハクトシン側からも動けないのはまた事実なのである。
「この世界は大きく三つに分けることができる」
「三つ?」
「簡単さ。正義と悪とその他の三つさ」
ハクトシンは紅茶を一口飲み喉を潤わせてから三つに分けられたものについて説明を始める。
「正義は予言の登場人物や聖騎士団、世界を守ろうとする者たち。悪は世界を壊そうとする者たち、魔獣も含まれるね。その他は、戦争が起こることを知らない一般人のことさ」
(な、なるほど……普通だ……)
「普通だと、単純だと、予想できると、そう思ったかい?」
(バ、バレてる……神様だから心読めんのか?)
再びマサキの思考を的中させるハクトシン。
マサキは心が読まれて動揺し始める。それが表情に出てしまい、目が泳ぎぎこちない表情へと変化する。
「こ、心が読めるんですか?」
「いや、心は読めない。しかし表情から大体のことはわかる」
「さ、さすが神様だ……」
見た目が幼く可愛い顔しているハクトシン。しかし少女の実態は兎人族の神様。見た目以外は神様として相応しいのだ。
「重要なのはここからだよ。悪側の種族がどれほどいるのか。今わかってるだけでもエルフと龍人族がいる。三千年前の亜人戦争で滅んだとされる種族だね。その時の生き残りだろう。『いずれ来る大戦争』は『復讐』が目的だとボクは考えてるよ。でも尻尾が全く掴めないんだよね」
三千年前の亜人戦争とは、人間族側と悪魔族側で起きた大戦争だ。そこに兎人族や犬人族、龍人族などの獣人族が全種族加わった争い。
結果は神様たちの力や獣人族の活躍のおかげで人間族側の勝利で大戦争は終結する。
敗北した悪魔族側についていたエルフと龍人族は悪魔族と共に滅んだとされている。その滅んだエルフと龍人族が復活し、復讐しようとしているのである。
「亜人戦争では神様たちがいたからこそ人間族側が勝利することができた。けれど戦争が終結した後、神様たちは滅びかけた世界を元に戻すために力の全てを使い果たした。結果、世界はさらに豊かになったが、神様という存在は私しか残らなかったのさ」
兎人族以外の神様は、この世界にはもう存在しない。力の全てを使い滅びかけた世界を再生させたのである。
それが各国にある森や洞窟、湖、大樹といった不思議な力が宿る自然のことだ。
前兎人族の神様のアルミラージ・ウェネトだけは、他の神様とは違かった。力のほとんどを国にではなく『月の力』というものに注いだのだ。
だから兎人族の国だけ他の国よりも発展が遅れている。その証拠に兎人族の森の『そっくりニンジン』や荒れた土地などができてしまったのだ。
「この世界に残ったボクには使命がある。お爺様の意思を受け継いで『いずれ来る大戦争』の被害を最小に、望みが叶うのならば未然に防ぐということさ。亜人戦争のときと同じ規模の戦争が起きてしまえば神様たちがいない分、ボクたちが敗北することは確かだからね。だから慎重にならないとね」
「そ、そうなんですね……黒き者が見つかるといいですね。あ、あとルナちゃんは渡しませんよ」
「ああ、わかってるよ。セトヤ・マサキ、キミは幻獣様との約束を果たせばいいさ」
「は、はい……」
戦争とは無縁の青年。青年のわがままで戦争を終結させることができる幻獣を戦争には参加させないと決めて約束をした。
それは本当に正しいことなのか。神様の話を聞いて青年の心は揺らぐ。
(そもそもルナちゃんが予言の幻獣って決まったわけじゃないしな……大戦争か……規模が大きすぎて俺の頭じゃよくわかんないや…………ただハクトシンさんは世界を守ろうとしてるのだけは、しっかり伝わった。伝わったからこそ、心が揺らんでんのかもな……でも世界よりもルナちゃん。これだけは譲れない……そう決めたばかりじゃんか。自分の気持ちにまで疑ったらもう何も信じられないぞ……)
暗い表情で考え込むマサキ。そんなマサキの指をマサキの膝の上に乗るルナがペロペロと舐めた。
「ルナちゃん?」
マサキの暗い感情が伝わったのだろうか。それによって励まそうとマサキの右手の指を舐めたのだろうか。
マサキはルナの気持ちに応えようと、舐められていない方の左手でルナの小さな額を撫でる。
「ンッンッ! ンッンッ!」
ルナはマサキが額を撫でるタイミングで声を漏らす。珍しく気持ちよさそうな表情をしている。
『いずれ来る大戦争』そして『三千年前の亜人戦争』について聞いた青年は心に何を思うのか。そして『いずれ来る大戦争』にどう立ち向かうのか。
戦争に無縁の青年は大切なものを守るために戦争について真剣に考える。
「そう深刻そうな顔をするな。ボクたちが世界を守るから、セトヤ・マサキ、キミは幻獣様を守ってくれ」
「は、はい」
「それともう一つ。『黒き者』と出会えば、世界を守るようにと伝えてくれ。『幻獣様』やボクと出会ったキミなら『黒き者』にも出会うかもしれないからね」
「わかりました。でも、誰だかわからないですよね。どうやって『黒き者』だと判断すればいいんですか?」
誰も存在がわからない『黒き者』。神様すらわからないのならマサキにもわかるはずがない。
「判断の仕方か。それはボクにもわからないが、キミの直感や運命のようなものでいいんじゃないかな?」
「そ、そんなのでいいんですか?」
「ああ、それが一番良いとボクは思うよ。」
ニコッと微笑むハクトシン。大雑把な方法ではあるが、この大雑把な方法こそ一番良い方法なのである。
マサキとルナが出会ったように。月の古代都市にまで来れたように。そして異世界転移したように。
「わかりました。いや、正直よくわかってないけど……わかりました」
「うん。そのくらいの気持ちがちょうどいい。任せたよ」
「は、はい。でも見つけられたとしても喋れるかどうか…………今こうして普通に喋ってますけど、普段なら怯えて喋れないんですよ。ネージュがいれば少しマシなんですけど…………」
会話の途中でマサキは唖然とし始めた。
(な、なんでこんな大変なことに気が付かなかったんだ……)
今まで気付いてなかったことに気付いてしまったマサキ。無意識に両の手が震え出す。そして貧乏ゆすりが激しくなる。
冷や汗も出て全身から危険信号が走り出した。
「……い、今すぐ帰らないと……ネージュが、ネージュがやばい!!」
マサキは膝に置いていたルナを抱き抱えてから立ち上がった。
そしてソワソワとし始める。
「どうしたんだい? まだティーパーティーは途中だよ」
「ど、どうしたもこうしたも、早く帰らないと……ネージュが苦しんでる! 平常心を保ってたせいで完全に忘れてたよ。俺とネージュの呪いのような特性を……」
マサキは異常なまでに平常心を保ってた。それは紅茶の成分やハクトシンに対して安心感にも似たような感情があったからだ。
そのせいで怯えて震えてしまう普段の心の病を忘れてしまっていたのだ。
そしてここに連れて来られる前の『死ぬほどの苦しみ』までも忘れていた。
マサキが味わったということは、ネージュも味わっているはずの『死なほどの苦しみ』だ。
「今もあの苦しみを味わってるって考えたら…………ハ、ハクトシンさん! 俺とルナを帰してくれ! 大至急!」
「紅茶でも飲んで落ち着いてくれ」
「いやいやいや、この状況落ち着くわけにはいかないんだって……まさか、知ってしまったからには生きて帰らせない的なあのパターン!?」
マサキはアニメや映画などでスパイが捕まった後によくあるシーンが、脳裏に浮かんだ。
その瞬間、恐怖心と不安感が増幅し怯えだす。
「ガガガッガガガガッガガガガッガ……は、早く……ガガガッガガガガッガ……帰らないと……ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
紅茶の成分が切れたのか、それ以上の負の感情が溢れ出たのか、どちらにせよマサキは小刻みに震え出してしまった。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
「ンッンッンッンッンッンッ」
マサキが小刻みに震えるたびに抱っこされているルナは小さく声を漏らす。
そんなマサキの異常なまでの怯えぶりを見たハクトシンは静かに口を開く。
「そうか。久しぶりの客人で楽しかったのだが、帰らなければいけないのなら仕方がないな。幻獣様と話が出来てボクの目的は果たされたからね。残念だけどそろそろお開きにしようか」
ハクトシンはティーカップに残っている紅茶を一気に飲み干した。そして艶めく薄桃色の唇を震わせながら口を開いた。
「ガルドマンジェ。送ってあげてくれ」
「かしこまりました」
ガルドマンジェは胸に手を当てながらお辞儀をする。
「では、セトヤ様。こちらへ」
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
マサキは小刻みに震えながらガルドマンジェの指示に従い歩き出す。
今にも倒れてしまいそうなほど震えているマサキ。ゆっくり、ゆっくりと、一歩ずつ進む。
「ンッンッ! ンッンッ!」
帰り際、ルナがハクトシンの方を見ながら声を漏らした。
「ああ、そうだね。彼と話をして幻獣様の考えがよくわかったよ。けれどまだ確定ではないがね」
「ンッンッンッンッ」
「ああ、こちらこそ楽しかったよ。世界が平和になったらまたティーパーティーを開こうじゃないか」
「ンッンッンッンッ」
「そうだね。今度は、ニンジン味のクッキーでも用意するとするよ」
「ンッンッ!」
「それじゃよろしく頼んだよ。幻獣様」
「ンッンッンッンッ」
月の上のティーパーティーは、突然幕を閉じたのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
少しだけ触れた三千年前の亜人戦争。
神たちの力によって世界が豊かになっていったのですが、敵側が復活を果たして復讐しようと目論んでます。
それが『いずれ来る大戦争』ってことです。
ハクトシンがルナと会話しているのは、特殊なスキルのおかげです。
万物の言葉がわかる的なスキルです。
外伝でもブランシュの『月の声』とも会話が可能でした。




