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外伝20 月の剣

 ダンから五万ラビを借金したブランシュは、サボっていた分の仕事の一部を切りのいいところまで終わらせて、再び道具屋に訪れていた。

 レーヴィルに頼んである月の石(ムーンストーン)を素材とした剣を受け取るためだ。ついでに鍛冶見学をしているフエベスの出迎えもある。


「失礼します。今戻りました」


「あー、ブーちゃん! やっときたー!」

「お帰りなさいー。ブランシュちゃーん!」


 フエベスとレーヴィルの二人は、笑顔でブランシュに声をかけた。二人の距離はブランシュが出て行ってからと比べるとかなり縮まっており、なぜだか仲良く野菜を切っていた。

 野菜を切っているということは、鍛冶作業は済んだということ。つまり月の石(ムーンストーン)を素材とした剣が完成しているということだ。


 ここでブランシュはあるものに気付く。

 深青の瞳に映る野菜。断面は綺麗に真っ直ぐに切られていて上等な包丁で切られている事がわかる。

 そしてその包丁が()()()上等な包丁ではなく、剣のように鋼の刃が鋭く長い。そしてそれを持つための握りがしっかりとしたものを使用されており、その上にはいかにも剣だと強調するかの如く(つば)が存在している。


「……その長剣は?」


 ブランシュは、どうしても長剣が気になり聞いた。

 それに答えるのは道具屋のルージュ親子ではなくフエベスだった。


「これはブーちゃんの剣だよー! 野菜を斬ってたところー!」


 その答えにブランシュは珍しく声を上げてツッコミを入れる。


「私の長剣でなにしてくれてんだー!」


「だから野菜を斬ってるんだよー! 今日の夕食はカレーなんだってさ。ブーちゃんの剣の試し斬りもしなきゃいけないじゃん? だから試し斬りで野菜を斬っちゃえば一石二鳥ってこと! 夕食の準備と斬れ味を見れちゃうってわけ。私としてはいいアイディアだと思わない? てかてかてか、ブーちゃん! この剣の斬れ味を見てよ! 本物だよ! こんなに斬れ味の良い包丁は初めてだよー! きゃはっ!」


 フエベスとレーヴィルは楽しそうに野菜を切り続けた。

 レーヴィルが長剣を持ち、フエベスが風属性の魔法を使いレーヴィルが持つ長剣を支えながら、野菜を切っているのだ。

 六歳の幼女と子ウサギサイズの妖精。小さな二人だが、知恵を絞り協力して長剣を持っているのである。

 しかし、普段のレーヴィルはこんなことはしない。たとえテーブルナイフを発注したとしてもだ。

 フエベスの説明にもあったようにこれは全てフエベスの案。良かれと思っての行動なのである。


「ブーちゃんも斬ってみなよ。ブーちゃんの剣なんだし野菜で試し斬り! 斬れ味は保証するよー」


「ブランシュちゃん。フエベスちゃんの言う通り、ものすごい斬れ味だよー。これなら何でも斬れちゃうよー。私すごい剣を作っちゃったかもー」


 フエベスとレーヴィルは笑顔のまま長剣をブランシュに差し出した。

 差し出された長剣を受け取らないわけにはいかない。なぜなら野菜の水分が付着しているこの長剣は、ブランシュのものだからだ。


「…………」


 テーブルの上に転がる切られた野菜の数を見てもわかるように、試し斬りの回数はとうに超えている。もう調理の域に達しているのだ。

 そんな切られた野菜と野菜の水分が付着している長剣を交互に見ている時、ブランシュの頭の中でステレオチックな機械音が流れる。


 《ニンジン、ジャガイモ、タマネギ。カレーの定番ですね。断面から判断しても繊維を潰さずに斬ってます。良い長剣です》


(そういう情報は今はいい……)


 いらない情報を『月の声』から聞くブランシュ。視線は無意識にニンジンの方を見ている。


月の石(ムーンストーン)が素材の長剣…………私はニンジンを切って粒子にしてしまうのか? せめて魔獣討伐に使いたかった。断るか? いや、断れない。断れる訳が無い……)


 ブランシュの目の前には、長剣の切れ味を持ち主に一秒でも早く実感してほしいと、瞳を輝かせている幼い兎人族と妖精族がいるのだ。

 そんなキラキラに光る瞳から背を向けるなどブランシュにはできないのである。


「……わかった。切るよ。そのまだ切られていないニンジンでいいか?」


「うん! 切ってー切ってー!」


 レーヴィルは横にずれて、切られるニンジンが見えやすい位置に立った。フエベスは半透明の羽を羽ばたかせて少しだけ上昇し、上からニンジンを眺めている。

 レーヴィルの父である道具屋の店主は、座っていた椅子から少しだけ身を乗り出して興味津々の様子だ。斬れ味にというよりも、ブランシュが振るった長剣が粒子になるかどうか、そっちの方に興味があるのである。


 睨み合うニンジンとブランシュ。長剣を持つブランシュの手は震えていた。怯えているわけでも武者震いでもない。葛藤しているのだ。


(……大技を使いたかった……クジラのような魔獣を斬りたかった……思いっきり振りたかった……やめよう。まだ間に合う。でも、もう引き下がれない。二人なら理解してくれるはずだ。でもやっぱり断れない……)


 《マスター。諦めてください》


(……うん。諦める)


 ブランシュの震える手は諦めと共にピタリと止まる。そして深青の瞳にニンジンだけを映し、長剣を左手で構えた。

 数秒後に粒子になる長剣は、最も信頼する兎人からもらった月の石(ムーンストーン)が素材。さらには好敵手のツノを素材にしている。そして上司から借りたお金で購入しようとしている長剣だ。

 そんな長剣でニンジンを一口大に切るだけのために使おうとしている。

 ブランシュは背徳感を感じながら長剣に別れを告げる。


(ありがとう。そしてごめん)


 別れの言葉とともにブランシュの左手でしっかりと握られている長剣は真っ直ぐに、オレンジ色の根菜に向かって降りていく。

 真っ直ぐ。ただ真っ直ぐに。閃光のように刃が光りながら真っ直ぐに降りていく。

 そして刃先がニンジンの皮に到達。そのまま一直線に刃は通る。音もなく、ニンジンが動いてずれることもなく、繊維を潰すことなく、ただただ真っ直ぐに、一直線にニンジンを切った。否、斬った。

 ニンジンを完全に真っ二つに斬ったブランシュの腕は止まる。まな板にぶつかったからだ。それくらいの感覚は初めて握る剣からでも伝わるほど、ブランシュの剣技は上達している。

 そして上達しているからこそ、伝わるのだ。感じるのだ。この次の瞬間、瞬きの刹那の瞬間に何が起きるのかが。

 だからブランシュは瞳を閉じた。そして別れをもう一度告げた。


(……さようなら)


 ブランシュが握る剣は光を放つ。それは粒子になり消失する前の刹那の一瞬の前触れ。

 何百、何千と剣を粒子にしてきたブランシュだ。あっさりとした気持ちであっさりとした結果を受け入れる事ができる。

 しかし、あっさりとした感情で終わろうとしていたブランシュのウサ耳からは、フエベスの騒がしい声が聞こえてくる。


「ブーちゃんブーちゃんブーちゃん! すごいよすごいよー! やっぱりこの剣はすごかったんだよー! 石の時からビンビンとその凄さが伝わってきてたからね! 本当にすごいよー! ブーちゃん!」


(フエベスは長剣が粒子になったことに対して騒いでいるのか? 事前に伝えておくべきだったな。それともやっぱり斬れ味か? ニンジンを斬った時の感覚は相当なものだった。おそらく綺麗な断面だったのだろう。でも、妥当な答えはそのどちらもか)


 フエベスが騒いでいる理由を考察するブランシュ。そしてその答え合わせをするために閉じていた瞳を開けて、深青の瞳で自分の左手首からニンジンまでを映した。

 その瞬間、ブランシュに衝撃が走る。


「……う、嘘でしょ」


「ねーねー! すごいでしょー!」


 ブランシュの深青の瞳には、粒子にはならずに左手に残る長剣が映っているのである。

 これは十二年間生きてきて初めての出来事。初めての感覚だ。

 そしてそんな感覚を一瞬で上書きするような出来事がもう一つある。それは先ほどからフエベスとレーヴィルが言っていた斬れ味のこと。

 ブランシュはニンジンだけを斬ったつもりでいた。しかし結果は、ニンジンの下のまな板、さらにその下のテーブルまでも真っ二つに斬っていた。

 さらにもっと下を見れば、鍛冶場の鉄骨で作られた床、さらにその下の地面までも斬っていたのである。


「……こ、これは」


 長剣の斬れ味と粒子にならなかったことに驚くブランシュ。そんなブランシュの脳内ではステレオチックな機械音が解説を始める。


 《長剣が『月の力』に対する『呪い』の影響のみを無効化しました。その結果、粒子にならずにマスターの力を最大限引き出しました》


 今までの剣はブランシュの特能である『月の力』に耐えられず粒子になっていた。それはブランシュの力が最大限発揮されていないことを意味している。つまり力の最高地点に到達できず剣は粒子になっていたことになる。

 しかし、今回の長剣は今までの真逆だ。

 ブランシュの力を最大限にまで引き出して斬る事が可能になったのだ。呪いによって抑えられていた力が解き放たれたのである。


「これはたまげた……まさかここまでの斬れ味だとはな……」


 道具屋の店主は、衝撃的すぎて座っていたはずの椅子から崩れ落ちていた。そのまま立ち上がることもなく尻餅をつきながら言ったのだ。

 ブランシュの横にいる小さな幼女も、あまりの出来事に開いた口が塞がらずにいる。


 ブランシュの周りをやかましくブンブンと飛び回るフエベスだけは、その衝撃的すぎる出来事に感動し、感想を述べ続けていた。


「私たちが斬った時はこんなにならなかったのにすごすぎるよ! 床まで、いいえ、その下の地面までも真っ二つだよ! この剣なら何でも斬れちゃうんじゃない? 何でも斬れる剣かっこいいよー! ブーちゃんもすごいけど、この剣を作った小さな兎人様もすごいよ! 今すぐ姉妹たちに自慢したい。きゃはっ」


「……ああ、本当にこの長剣を作ったレーヴィルはすごい。キミに頼んでおいて正解だった」


 話の中心になったレーヴィルだが、平常心には戻っておらず、目や口を大きく開けてただただ頷くだけだった。

 そんなレーヴィルの頭をフエベスは優しく撫でた。そしてブランシュに質問をする。


「ところでブーちゃん。この剣はブーちゃんのものなんでしょー?」


「ああ、そうだが」


「だったら名前付けてあげないとね。どんな名前にするとか決まってる感じ?」


「名前か……」


 ブランシュは考え始めた。


「私はねー、こんな名前がいいと思うんだー。えーっとね。『斬れ味抜群! 何でも斬れちゃう剣』とか? それか『この世に一本! 最強の剣』とか? それか――」


 大きなウサ耳から聞こえてくるフエベスからの剣の名前の候補には一切気にすることなく、自分だけの世界に入り込む。


(名前……名前……ハク様なら何て名前を考えるだろうか)


 一番尊敬する人物の気持ちになって思考するブランシュ。


(ダメだ。想像できない。私では思いつかないような名前にするだろう。それならガルドマンジェはどうだろうか? …………ぴょんぴょん…………ダメだ。ダサい。ダンさんは娘さんの名前とか付けそうだし……副団長はめんどくさがって名前とか付けないだろうな。私もそれでいいのだが……)


 親しい人物たちの気持ちになって思考する剣の名前だが、全てを却下するブランシュ。


(……やっぱり名前を付けてあげたい。初めて私の特質に合った剣だからな。誰かの気持ちになるんじゃなくて私が私の付けたい名前を付けてあげよう)


 ブランシュは自分が付けたい名前を考え始めた。そしてすぐに名前が決まる。


「決まった。『月の剣』だ」


 それはド直球ストレートな名前だった。


「月の剣……いいねー。シンプルだけどなんかかっこいい! そうか兎人族といえば月だもんね。月の剣かー。いいね。いいね。かっこいいよー!。私が考えてた『一度刃が入ったらスーッと斬れる剣』よりもいいかも。あっ、でもでも他にも考えてたものがあってね、それは――」


 超おしゃべりなフエベスにも慣れてきたブランシュは、フエベスの話を右から左に流し聞きしながら別のことに集中できるようになっていた。


「ルージュさん」


 ブランシュは立ち上がれずにいた道具屋の店主に手を差し伸べる。


「ありがとうよ」


 ブランシュの手を取り何とか立ち上がった店主は、そのまま言葉を続けた。


「『月の剣』いい名前じゃねえか。よかったな。粒子にならなくてよ」


「はい。ありがとうございました」


「俺は何もしてねーよ。それに感謝するのはこっちの方だな。娘にとってはいい経験だと思うぜ。こんな剣を作れたんだ。仕事に自信が作ってもんよ。あっという間に俺を抜かしちまうかもな。というか、今日で抜かされた? がっはっはっは。俺もやる気が出たわ。ありがとうよ」


「はい。こちらこそ」


「それとだな。お代はいらねーよ。今までたくさん払ってもらってたしな。それに、お前さんの妖精に唆されたとはいえ、俺も一緒に野菜で試し斬りしてたからな。だからお代はいらねえ」


 店主も一緒になって野菜を切っていた事が判明した。

 これも全てルージュ親子を唆したフエベスのせい。おしゃべりなだけではなく口達者だったのだ。

 そのおかげで無償で剣を手に入れる事ができたが、感謝しようにもできない状況にブランシュは困惑する。


「ルージュさんもやってたんですね……」


「す、少しだけだぞ。レーヴィルの経験のためだ!」


「……経験ってそれも含まれてるんですね」


「……本当にすまん。『月の剣』よ。直接謝る。娘の経験のためと言われてついつい。悪気はなかったんだ。だから許してくれ〜」


 店主は『月の剣』に直接謝罪をする。道具屋として道具と話をする事自体不思議なことではないからだ。むしろ日常茶飯事。普通のことである。

 そしてルージュもまた娘思いの親バカなのである。娘のためだと唆されてしまえば、悪い道に繋がっていようと動いてしまうのだ。


「フエベスが悪いってことはわかりました。もう大丈夫ですよ」


「おっ、そうかそうか。よかったよ。でもお代はいらねえってのは変わらないからな。感謝の気持ちと謝罪の気持ち。それと祝いの気持ちだ」


「祝い?」


「ああ、ここ数年お前さんのことを見ていたからな。お前さんが剣やらナイフやらを受け取る時、浮かない顔してたのを俺は知ってる。すぐに粒子にしちまうから申し訳ない気持ちだったんだろ? そんで今日やっと、自分の力にあった剣に出会ったじゃねーか。その祝いだ」


 ブランシュが聖騎士団に入団してから通っていた道具屋。剣がなくなれば訪れ剣を作ってもらう。そんな日々を約四年間続けていたのだ。

 そんなブランシュを店主は見てきた。だから粒子にならなかった剣を見て心から嬉しいと思っているのだ。その気持ちを祝いの気持ちとしてブランシュに受け取ってほしいのである。


「で、でも」


 ブランシュは躊躇った。ダンからお金を借りたからではない。対価を支払わず無償で剣を貰うことに躊躇ったのだ。


「受け取ってくれ」


 店主の真っ直ぐな緋色の瞳にブランシュの心は動いた。


「ありがとうございます」


「おうよ。今後は来る頻度が下がると思うが、気が向いたら遊びにきてくれよな。それと『月の剣』のメンテナンスはぜひ当店をご利用ください。ってな!」


「はい。もちろんです」


 こうしてブランシュは『月の力』の『呪い』の影響を受けない『月の剣』を手に入れた。十二年間生きていて初めて剣と呼べる剣に出会った瞬間だ。

 ブランシュはこの時、飛び跳ねたくなるほど嬉しかったが、クールを装い喜びの気持ちを隠していた。


「でもテーブルと床を真っ二つにした分の代金はきちんと払ってもらうからな」


「は、はい……弁償します……と、とりあえず五万ラビお支払いします」


 ブランシュは借金を積み重ねていくのであった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


今回にてこの章の外伝は終わりです。

ブランシュ十二歳のちょっとした物語でした。


これからもどんどん強くなっていくブランシュ。

そして密かに動き出す世界を脅かす敵。

次回の外伝は十六歳のブランシュを予定してます。


そして次回は登場人物紹介3をやって、本編に戻ろうと思います。


ちなみに外伝を書いていると最終回の設定ばかり考えてしまい、早く最終回を書きたいってなってます。

でも最終回はまだまだですので、これからもどうか応援よろしくお願いします。

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