外伝17 着地したその先で
ブランシュが月の古代都市で治療を受けること五日が経過した。
ようやく歩けるようになったブランシュは地上へと戻るため準備をしていた。
「もう行ってしまうのだね」
ブランシュに声をかけたのは、現兎人族の神様アルミラージ・ハクトシンだ。
残念そうな表情からブランシュと離れるのを寂しがっている。
「はい。そろそろ戻らないと副団長に怒られてしまいますからね。一応サボってここに来てしまいましたから……それとダンさんが心配していると思います。めんどくさいことになる前に帰ろうと思います」
ブランシュは聖騎士団白兎でお世話になっている兎人たちの顔を思い浮かべながら言った。
それでもなお、寂しげな表情をするハクトシンだったが、一息吸い込み、我が子を見送る母親のような表情へと変わった。
十二歳ほどの幼女の顔付きだが、それでも母親のような表情へとなる。実際、ブランシュを転生させ、赤子の頃から育てていたのはハクトシンだ。育ての親でもあるのである。
「気が向いたら戻ってくるといい。またティータイムをしよう」
「はい。喜んで。今度はお土産も持ってきます」
「楽しみにしているよ」
会話が切りの良いところで終わったタイミングで、ブランシュはハクトシンから受け取った月の石を『収納スキル』で別空間へと収納した。
そして『裁縫スキル』で完璧に直した聖騎士団白兎の真っ白な制服を着る。
いよいよ出発の時だ。
ハクトシンは準備が整ったブランシュに向かって最後の声をかける。
「……それとブランシュ。キミはお爺様の力を正式に受け継いでいる。それは同時に、いずれ来たる大戦争が起こる前触れでもあるのだ。ブランシュが生きるこの数十年の間に必ず大戦争は起こるだろう。それまでに『黒き者』を見つけるといい。ブランシュ。キミが世界を救う『白き英雄』なのだから」
「はい。わかってます」
「それならいい。では、また会える日を楽しみにしているよ」
「はい。こちらこそ」
ブランシュは胸に手を当ててお辞儀をする。
そのお辞儀は聖騎士団で習った作法。目上の相手に対して行うお辞儀だ。
三秒ほどお辞儀をしたブランシュは顔を上げて、ハクトシンの隠れ家の出口に向かって歩き出した。
出口の扉を開けた先には、老紳士のガルドマンジェが背筋を伸ばして待っていた。
「ブランシュ様。私の『ぴょんぴょん丸号』で地上までお送り致しましょうか?」
ガルドマンジェの横には、白くて丸い機体が停まっている。それは未確認飛行物体のUFOのような機体であるが、その機体を上から覗けば輪切りされたニンジンの断面のようにも見える。そんな機体だ。
「ぴょんぴょん…………いや、大丈夫だ。私は宇宙でも自由に行動できる。一人で帰れるよ」
機体の名前をダサいと思ったブランシュは、機体に乗ってみたいという気持ちが薄れてしまい、反射的に搭乗を断ってしまう。
「そうですか。機体も無しに宇宙から地上へ移動できるのは羨ましい限りでございます」
宇宙空間で自由に行動ができ、地上へと移動できるのは、この世でブランシュのみだ。
それはブランシュが所有している数多のスキル、そして『月の力』のおかげだ。
そのようなスキルが無いガルドマンジェやハクトシンは機体を使わなければ宇宙空間で移動することができないのである。
「ブランシュ様。お気をつけてくださいませ」
「ありがとう。ガルドマンジェも体を大切にな。それとハク様をよろしく頼んだ」
「承知いたしました」
ガルドマンジェに別れを告げたブランシュは跳んだ。
空気を蹴りどんどんと上昇する。そして月の古代都市モチツキの周りを囲う白色の膜から外へ出た。
この白色の膜から外は宇宙空間。酸素が無く無重力の空間だ。
ブランシュは、何不自由なく宇宙空間を移動する。跳んで、歩いて、下降して、地上へと目指していく。
(月の声、兎人族の国はどこら辺にあるかわかるか?)
《はい。このまま真っ直ぐに下降していけば、兎人族の国に99.99パーセントの確率で到着します。しかし軌道がずれれば、妖精族の国に50.04パーセント、ユマン王国に35.60パーセントの確率で到着します》
『月の声』が到着する場所の確率を算出した。
妖精族の国は大樹と商業施設が多い妖精族が住むの国だ。ユマン王国は人間族が暮らす国のこと。中心地には聖騎士団の本拠地でもある王都が存在する。
(妖精族の国とユマン王国か……どちらも兎人族の国に近い。調整せずにこのまま下降しよう)
ブランシュは、下降に身を任せて、真っ直ぐに地上へと向かっていく。
宇宙空間から空へ、空から雲、雲から森、そして地面へと着地をした。
隕石のように落下したブランシュだったが、一切衝撃を出さずに着地をする。これは『衝撃大耐性』のスキルと『衝撃吸収』のスキルの影響である。
森の中へと着地したブランシュは、辺りを見渡した。
(兎人族の森……では無いか。どうやら妖精族の森に降りてしまったようだな)
同じ森だが、兎人族の森と妖精族の森では雰囲気が全く違う。
兎人族の森は竹のような茶色い木とニンジンの葉が無数に生えているが、妖精族の森は大小様々な大樹が無数に生えている。
ブランシュの深青の瞳には立派に育った大樹が映っていることから、妖精族の森に降りたのだと判断したのである。
そんなブランシュの深青の瞳には大樹以外に別のものも映っていた。
「あっ……あ、あぁ……あ、あ、あっ……」
それは薄緑色の髪をした妖精族の少女だ。薄水色の瞳をビー玉のように丸く、そして大きく開き、口を限界まで開き驚いた表情でブランシュを見ていた。
さらに両手いっぱいに持っている封がされた食品を全て地面に落としてしまっているのだ。それほどブランシュの登場に衝撃を受けているのである。
(見られてしまったか…………まあ大樹から落ちたと言えば誤魔化せるだろう。無傷なのは魔法で着地したと言えば伝わるだろうし)
ブランシュは目の前の妖精に怪しまれないために誤魔化しの策を瞬時に思いつく。そしてそれを口にする。
「大樹から落ちただけだ。気にしないでくれ。この通り魔法でなんとか着地できたので――」
気にしないでくれと、言おうとした瞬間、ブランシュの深青の瞳に映る妖精族の少女は慌てた様子で口を開いた。
「そ、空から降ってきたよね!? お、お、お、驚いたよ。ど、ど、ど、どうして? もしかして宇宙人とか? それとも兎人族だから月の民とか? どうやって空から降ってきたの? いやいや、そもそもどうやって空に行ったの? でも待って。空に行ったんじゃなくて、空からこっちに来たんだよね。どっち? どっちなの? でもまあ、空から降ってきたのは事実だし、このくりくりお目目でしっかりと見たからどっちでもいいわ。それよりもあなたの正体……ってよく見たら聖騎士団白兎の制服じゃない!? 聖騎士団なの? それじゃあなんかの訓練? それとも空にいる魔獣でも討伐してたの? 討伐だとしたら制服が汚れてないわね。そういえば着地の時もおかしかった。衝撃が伝わらなかったし、魔法も感じなかった。つまりスキルで着地したってことよね。スキル……スキル……着地スキルとか? 着地が上手になるスキル! もしそうだとしたら本当に着地が上手だったよ。音もなかったから驚いちゃった。って……これってまさか、夢? それともあなたは幽霊? それとも――」
「あ、え、いや、えーっと……」
口が止まらない妖精族の少女にブランシュは怯む。
このまま無視して立ち去る手もあるが、それはそれで変な噂が立ちそだと思ったブランシュは、妖精族の少女の話を遮り自己紹介を始めた。
「私は聖騎士団白兎所属の騎士。アンブル・ブランシュだ。幽霊や宇宙人など未知の存在ではない」
ブランシュの自己紹介を小さな耳から聞いた妖精族の少女は、会話のボールが戻ってきた瞬間にブランシュ同様に自己紹介を始めた。
「そ、そうよね。最初は自己紹介からよね。いきなりで驚いちゃって少しだけ慌てちゃってたわ。それで私の名前はフェ・フエベス。フェ家の四女のフエベスちゃんで〜す。フーちゃんって気軽に呼んでね〜。こう見えてもタイジュグループの幹部なんだよ〜。今は食品の管理を任されてるの。ってそんなことはどうでもいいわ。なんで聖騎士団白兎の騎士が空から降ってきたの? 三千年くらい生きてて初めてのことでビックリしちゃったよ。ねえ、お家はどこなの? 私あなたに興味が湧いてきちゃった。一緒に暮らしてもいい? きゃはっ。言っちゃった。言っちゃった。ついつい言っちゃった。きゃはっ。でも初対面で一緒に暮らすとか言われても怖いよね。でも大丈夫。ブーちゃんと私はもうお友達だから」
「……ブーちゃん?」
「ん? そう。ブーちゃん。だって名前がブランシュなんでしょ〜。だからブーちゃん。愛称で呼び合った方が友達っぽくていいじゃん。それでそれでお家はどこなの? 聖騎士団だから立派な大樹に住んでたりする? すごい楽しみ」
「い、いや、一緒に住んでいいとは言ってない」
「えー、そんな恥ずかしがらなくてもいいんだよ。もしかして私の可愛さに緊張してるのー?」
「いや、緊張というか……驚いてる」
ブランシュは喋りが止まらない超お喋りな妖精族に驚いている。そして驚いているのはそれだけじゃない。大胆かつ強引な距離の詰め方にも驚いているのだ。
「驚いてるって、驚いてるのはこっちの方だよ〜。だってブーちゃんは空から降ってきたんだよ。それを目撃したのはこの私だけ。この事実を私とブーちゃんしか知らない。これってもう友達ってことだよね。二人しか知らない秘密。きゃはっ。友達超えて親友になっちゃった? この短時間で親友までなるだなんて、私たち気が合うね〜。それでねそれでね――」
雨のように降り注ぐ話は一向に止む気配が無い。
ブランシュはフエベスの話を右から左に受け流し、脳内の自分の声とステレオチックな機械音だけに集中を始めた。
(なあ、月の声。この状況どうしたらいい?)
《そうですね。マスターは個体名フェ・フエベスに気に入られてしまいました。一緒に暮らしたいという意見に対しては、個体名フェ・フエベスの性格上、お断りしたとしても付いてくる可能性百パーセントです。これは逃れることができないです》
(強制イベントというものか……)
《はい。悪い妖精ではないのでしばらくの間、一緒に暮らしてみるのもいいかもしれませんよ。暮らしていくうちにマスターへの興味が薄れることもあるかもしれません》
(いや、たった数分でここまで喋る妖精族だ。一緒に暮らすなんて私は無理だ。強制イベントでも私は負けない)
ブランシュは『月の声』の意見を完全に無視する。そして目の前の妖精を深青の瞳で一度だけ映して足腰に力を込めた。
そして――
「俊足スキル」
ブランシュは『俊足スキル』を発動してその場から走り出した。
時速二百キロメートルで走れるブランシュの『俊足スキル』。このスキルを使いフエベスの止まらぬマシンガントークから逃れようとしたのだ。
(これなら強制イベントを回避することが――)
時速二百キロメートルで走るブランシュは深青の瞳に映る違和感に衝撃を受けた。そして急停止する。
「まさか……」
ブランシュの右肩には先ほどまで雨霰のマシンガントークを繰り広げていたフエベスが掴まっていたのだ。
「ちょ、ちょっと……ブーちゃん。いきなり走り出すなんて……驚いたじゃない。それはそうとブーちゃんって足が速いんだね。これもスキル? それとも聖騎士団はみんなこれくらい足が速いの? 風を浴びるのは慣れてるけど今みたいに速い風は初めて。すっごい心臓がドキドキする。ビックリしたのもあるけど、楽しかったって気持ちもあるの。なんだろうこの気持ち――」
と、フエベスは今の心情を語り始めた。
そんな中、ブランシュはフエベスの心情など全く聞かず、頭が真っ白になっていた。
(こ、これが強制イベントの強制力……なんて強制力なんだ……)
この日、ブランシュはフエベスから逃げるのを諦めた。そして渋々、兎人族の里にある自分の家へと連れて行ったのだった。
戦闘ではないが、ブランシュの心に初めて敗北の文字が刻まれた瞬間だった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
本編に登場していたキャラクター、フエベスの登場です!!
フエベスとブランシュはこんな出会い方をしていました!
そして本編でフエベスが言っていた『ブーちゃん』とはブランシュのことだったのです!
伏線とか言えるほどのレベルではないですが、この時のことを思いながら本編も書いていました。
やっと書けた嬉しいです。
そしてもう少しで今回の外伝も終わります。
ブランシュの目的である月の石を入手することができたので、あとやることといえば、剣にすることだけです。
外伝は10話ずつやっていこうと思っていましたが、キリが良ければ無理やり10話にしなくてもいいよね。
逆にもっと書きたいって時は増やしてもいいよね。という感じです。
残り3話内で終わると思います。最後までよろしくお願いします。
そして外伝の後は、本編に戻るのですが、何を書こうか悩み中です。
どうしようどうしよう。
そんな感じで読んでくれる人たちのために頑張っていきます!




