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153 クジラーター

 大浴場露天風呂を目指すマサキたちは、旅館『二千年樹』の中央に設置されているエレベーターの前に来ていた。


「これエレベーターだよな……本当にハイテクだな、妖精族の国は……」


「本当にすごいですよね……お部屋が動いてるだなんて……」


「え? そっち? エレベーター自体に驚いてるの!?」


 マサキとネージュが驚くのも無理はない。このエレベーターは旅館『二千年樹』の本体でもある大樹の中心を、そのままエレベーターにしているのだ。

 旅館自体を支えている柱はなく、支えているとしたら太い幹と中心に設置されているエレベーターのみ。本来あり得ない設計だが、ここは異世界。あり得ない事が、あり得てしまうファンタジー世界なのである


 そうこうしていると、エレベーターの扉が開いた。全てを丸呑みしようとするクジラのようにも見える。


(クジラの口じゃんか……大樹の中にクジラってどんな発想だよ)


 そんな迫力のあるエレベーターの扉にマサキとネージュはエレベーターの中に入るのを躊躇った。

 不思議に思ったビエルネスは、マサキたちをエレベーターに乗せるために先導を始める。


「マスター、白銀の兎人(とじん)様、ウサギ様、クジラーターの口が開きましたよ。乗りましょう」


(これ、エレベーターじゃなくてクジラーターって言うのか……まんまだな。というかエレベーターの技術も妖精族が作ったことになんのかな? マジですごいな。妖精族……)


 マサキは妖精族の技術に感心しながら、先導するビエルネスの後ろをついて行く。

 マサキが歩き出したことによって、手を繋ぐネージュも一歩遅れて歩き出す。


 マサキ、ネージュ、ルナ、ビエルネスの全員がクジラーターと言う名のエレベーターに乗ったことにより扉が閉まる。

 そして上へ目指して動き出した。

 クジラーターが動き出したことにより、エレベーターという乗り物に初めて乗ったネージュが慌て始める。


「どどどどどうしましょう……う、上に動きましたよ……だ、大丈夫なんですか? お、落ちたりしませんか?」


「はい。落ちたりしないので、落ち着いてください。これは屋上へと移動するための乗り物クジラーターです。二千年間一度も事故は起き――」


 起きてませんと、ビエルネスが言おうとした瞬間、マサキが慌てながら声を出しビエルネスの発言を止めた。


「フラグが立つからそれ以上言うなー!」


 そう。『事故は起きていない』は、フラグになってしまう。ならないとしてもフラグを知っている人物からしたら、とんでもないフラグになってしまうので、阻止するしか他にないのだ。


「はぁはぁ……危なかった……助かった……」


「マスターの息が荒く……これって発情期ですか!? ハァハァ……ぜひ私の体で発情してください!」


「違うわ!」


 そんなマサキの会心のツッコミのあと、大樹の内側を上っていたクジラーターに突然光が差した。大樹の内側というのに眩しい光。外に飛び出されたかと思うほど明るくなったのだ。


「ひぃ、ひぃいいいい!」


 視界に光が差し、クジラーター内が明るくなったのと同時にネージュが怯え始めた。


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 そしていつものように怯え始めた。

 ネージュと手を繋ぐマサキにも、ネージュの負の感情が伝染する。


「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」


 ネージュが感じている負の感情は『恐怖心』だ。それをマサキが理解した瞬間、ネージュが恐怖に思っているそのものが視界に映り込んだ。否、視界に映る全てがそれだった。


(そ、外ぉぉ!? 外に放り出された!? 事後が起こるフラグは回避したはずなのに!)


 小刻みに震える体だが、頭は冷静なマサキ。現状を一瞬で把握。というよりもそれ以外にこの状況にふさわしい言葉が思い浮かばない。


 大樹内から上昇したと思われていたクジラーターは、上下左右透明の箱に包まれた状態で外に放り出されているのだ。

 上も下も右も左も景色は森。否、妖精族の森(アンティパスト)そのものだったのだ。


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」

「ンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッンッ」


 小刻みに震えるマサキの振動に合わせて、マサキの頭の上にいるルナも声を漏らしている。

 そんな悲惨とも言える状況を落ち着かせるためにビエルネスが口を開く。


「マスター、白銀の兎人(とじん)様、落ち着いてください! これはクジラーターのオプション。いわゆる醍醐味みたいなものです!」


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」

「ンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッンッ」


 それでも落ち着きを取り戻さないのは無理もない。

 どんなに説明をされても景色は森だ。外に放り出された以外に、人間の頭では考えられないのである。

 しかしビエルネスはめげずに説明を続ける。


「いいですか、この景色はただの映像です。大樹が記憶した妖精族の森(アンティパスト)を映像として映しているだけなんですよ。ほら、その証拠にクジラーターは落ちずに上に進んでますよね?」


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」

「ンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッンッ」


 説明を受けたマサキとネージュ。頭では理解したつもりなのだろう。小刻みに震えながら頷いている。

 しかし恐怖心は拭えることはなかった。それもそのはず、ネージュにとっては初めてのエレベーター。マサキは異世界人。これほどの出来事を脳で理解して体に信号を送るまでに時間がかかるのだ。


「素敵な景色を見せて驚かせたかったのですが、やっぱり先に言っておくべきでしたね。マスターのことを理解していたつもりでしたが……一生の不覚です。どうか愚かなこの私に罰を! 私の体を好きなように弄んでくださいませ〜ハァハァ……」


 己の体を強く抱きしめながらくるくると回るビエルネス。そして息を荒くしたままマサキの右肩へとゆっくり降下して行った。


「ハァハァ……」


「はぁはぁ……」


 小刻みに震えていたマサキだったが、ゆっくりと呼吸を整えていく。


「ハァハァ……」


「はぁはぁ……」


 変態的に息を荒くするビエルネスと、呼吸を整えるので精一杯のマサキ。二人の荒げる呼吸がクジラーター内で交互に奏であっている。


「ビ、ビエルネス……はぁ……ぜぇ……」


「はい。マスター!」


 よだれを垂らし頬を赤く染めながら元気に返事をするビエルネス。


「な、何階で降りるんだ……こ、このクジラは……」


「二階ですよ」


「に、二階……!?」


 二階で降りるのなら長く乗りすぎている。そう感じたマサキは、苦しみながらもしっかりと驚いた。


(二階って……衝撃的すぎて俺の時間感覚が狂ったか? 明らかに乗りすぎだろのこクジラに……や、やっぱり事故った的な?)


「あっ、でも二階と言っても屋上なんですけどね! ここ二階建てなので!」


「お、屋上……!?」


 先ほどとは違う驚きを見せるマサキ。もはや怖気付いたような感情だ。

 二千年以上も育ち続けた大樹。屋上までどのくらいの距離があるのかマサキには未知数だ。さらには地上から見上げてもこの大樹の天辺が見えたことは一度もないのである。

 なので屋上と言われて怖気付かない方がおかしいのである。


 その途端、落ち着きを取り戻しつつあったネージュが再び小刻みに震え出す。


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


「あ、あぁ、落ち着いてください。白銀の兎人様! 屋上まであっという間ですよ。あっという間!」


 正確な時間を言わなかったのは安心させるためだ。実際、屋上までにかかる時間は二十分。


 この時間設定には理由がある。


 妖精族の森(アンティパスト)の景色を楽しめるということで人気のスポットになったクジラーター。

 そのせいで長く景色を堪能してもらいたいという旅館『二千年樹』の女将ミエルコレスの考えから、十分で到着できるクジラーターの速度を落として二十分で到着するように設定してしまっているのである。

 楽しんでもらいたい、堪能してもらいたい、という気持ちが逆にマサキとネージュを苦しめてしまっているのである。


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」

「ンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッンッ」


 マサキとネージュは、広大な景色を見ることなく、二十分が経過し屋上に到着した。

 無音のままクジラーターの扉が開かれ、マサキたちの目の前に大浴場露天風呂の脱衣所が姿を現れた。


「到着でーす!」


 と、元気に先導するビエルネス。しかしマサキとネージュは小刻みに震え続けていた。


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」

「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッ……」

「ンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッツンッンッンッ」


 クジラーターに乗っていた際の余韻が残っているのだ。

 ルナはマサキが小刻みに震えるたびに、振動を感じ声を漏らしている。

 手を繋ぐマサキとネージュは小刻みに震えながら同時に歩き出す。そしてゆっくりと、クジラーターの口から外へと出た。

 全身が外に出た瞬間、腰を抜かしたかのように、その場に座り込んでしまった。


「ガ、ガッガガガガガ……ネ、ネージュ……ガッガガ……つ、ついたぞ……」


「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


「も、もう大丈夫だ……ガッガガガガ……だ、大丈夫だ……大丈夫……大丈夫……」


 ゆっくりと落ち着きを取り戻して行くマサキ。小刻みに震え続けるネージュに声をかけて落ち着かせようとしているのだ。


「ガタガタガタガタ……も、もう……ガタガタガタガタガタ……だ、だいじょう、ぶ? ガタガタ……」


「ガガッガ……も、もう大丈夫だよ。ほ、ほら、デールとドールの声が聞こえるぞ。み、みんないるぞ……」


「よ、よかった……ちゃんと……ちゃんと……到着したんですね……」


 安堵から力が抜けたネージュは、マサキの右肩に寄りかかり体重を預けた。

 マサキは寄りかかってきたネージュを右半身でしっかりと受け止める。そしてマサキ自身もネージュに体重を預けて、その場で落ち着いてしまった。

 到着したことに対しての達成感だろう。本来の目的である大浴場露天風呂に入っていないが、二人は満足した様子でいた。

 そんな二人に声をかけるのはビエルネスだ。


「マスター、白銀の兎人様、まだ到着したばかりですよー。ここで満足しちゃ、もったいないですよー! 皆様一緒に入れるチャンスですよー」


 ビエルネスの言葉でマサキとネージュの目が覚めた。


「た、確かにそうだ……今日は温泉旅行の最終日……まだ全員で温泉に入ってないじゃないか……」


「そ、そうですね……最後はみんな一緒に温泉に入りたいです」


「おう。結果よければ全て良しってやつだな。みんな待ってるし……着替えるとするか」


「はい!」


 マサキとネージュは生まれたての子ウサギのように、脚をブルブルと震わせながら、互いが互いを支え合いながら立ち上がった。

 そして脱衣所の脱いだ服を置く棚へと歩いて行く。一歩、二歩、三歩、遅い足取りだが、着実に棚へと近付いて行く。そして到着。


「よ、よし、脱ぐか」


「そ、そうですね。で、でも問題が……」


「問題?」


「はい。こ、この状況です……」


 ネージュが言う問題とは、マサキとネージュが一緒にいることだ。

 仕切りなどがない脱衣所。そして手を繋いでいる二人。どうやって服を脱げばいいのだろうか。


「た、確かに……服脱げねぇ……と、とりあえず手を離して背中合わせで脱ぐか……」


「それが一番なんですが、絶対に見ないでくださいよ」


「み、見ないよ。なんなら俺が先に脱ごうか? そんで先に脱衣所を出れば問題解決だろ」


「そ、それは嫌です。私を置いて行かないでください! それに独りにしないでください!」


「じゃ、じゃあこの状況、我慢するしかないぞ」


「が、我慢します」


 恥ずかしさのあまり顔を赤らめるネージュ。そのまま手を離しマサキに背中を向けた。


「絶対に見ないでくださいよ」


「わかってるって……ネージュも見るなよな」


「み、見ませんよ!」


 このまま二人は『見ない』という約束を守り、無事に脱衣することができた。そして真っ白なタオルを身に纏い準備万端だ。


「行こうか」


「はい!」


 二人は手を繋ぎながらデールとドールとダールとクレールの楽しそうな声が聞こえる大浴場露天風呂へ繋がる扉へと向かったのであった。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


旅館『二千年樹』は、一階フロアと屋上フロアのみ存在します。

一階フロアは客室や食堂、受付や春夏秋冬をイメージした温泉があります。

屋上フロアは大浴場露天風呂のみです。

大樹は上に向かうたびに面積が小さくなっていくのです。普通の木を見てもらえれば一目瞭然ですよね。

そして上にいくためには中央に設備されたクジラーターと呼ばれるエレベーターに乗らないとダメなんです。

動力は魔法です。動かす仕組みは魔法と技術って感じですね。

そんな感じの構造になってます。



という感じで次回でこの章を終わらせそうな気がします。

まとめられるように頑張ります!

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