135 恋する乙女のむちむちな誘惑
白いミニウサギが二匹と妖精族のビエルネスが湯桶に入り、温泉『夏の湯』の湯の上に浮いていた。
ビエルネスは二匹の白いミニウサギに挟まれながら湯桶に入っている腰あたりまでの湯で『夏の湯』を堪能していた。
薄緑色の髪には小さな白いタオルが置かれていて両サイドの白いミニウサギと肩を組んでいる。その姿はおっさんのようにも見える。
そんなおっさんのように温泉でくつろいでいるビエルネスにマサキは声をかける。
「太鼓とか花火の音とか、本当にここは雰囲気がすごいな。それに足も伸ばせて最高。家だと足風呂までが限界だしな……というかここの温泉を『夏の湯』って言ってたよね。もしかして他の四季をイメージした温泉もこの旅館内にある感じ?」
「もちろんですよ〜マスター。『春の湯』『秋の湯』『冬の湯』もありますよ〜」
「やっぱりあるのね。今日中に全部回るしかないな……っと!」
「ん? ウサギ様をどうするのですか?」
「この子をこうするんだよ」
マサキは温泉気分を堪能していたビエルネスと同じ湯桶の中にいるミニウサギを一匹優しく持ち上げた。そしてマサキの横にいる双子の姉妹のどちらかの頭の上にミニウサギを置いた。
置いた理由は『なんとなく』だ。なんとなく置いてみたくなったのである。
「お、お兄ちゃん?」
「か、可愛いなそれ。もう一匹も……っと!」
ビエルネスと同じ湯桶に入っているもう一匹のミニウサギを優しく持ち上げて双子の姉妹のもう一人の頭に置いた。
これでデールとドールの両方のオレンジ色した髪の上に白いミニウサギが乗ったことになる。
白いミニウサギは鼻をひくひくとさせながらデールとドールの頭の上で落ち着き始めた。
その姿はマサキの頭の上に乗るルナとそっくりだ。やはりウサギはウサギ。種類が違えどウサギなのだとマサキはこの時感じた。
「このウサギちゃんも双子なのかな? というか頭の上にウサギちゃんがいるのめちゃくちゃ可愛いな。俺とルナちゃんもいつもこんな感じなのかな?」
「うん! ルナちゃんみたいだよ!」
「うん! ルナちゃんみたいだよ!」
ミニウサギは「ンッンッ」とは声を漏らさない。しかし鼻はひくひくとして無表情だ。その無表情さが愛くるしい。さらに可愛らしい兎人族の双子の姉妹の頭の上に乗っていたらその可愛さも足し算、否、掛け算になる。
(なんかいいよな。たまにはこんな感じも。ビエルネスの魔法のおかげなのか、ここが日本の夏祭りみたいだからか、それとも温泉だからか、何が要因かわからないけどめちゃくちゃ落ち着く。ネージュたちも早く来てくれるといいな。みんなで温泉に入ってゆっくりしたいな。日頃の疲れを洗い流してリフレッシュって感じにな。というか早く来てくれないと俺のぼせる……)
マサキはここにいないネージュとクレールとルナのことを気にしながら扉の方へと視線を向けた。
すると視線が一気に湯気と白いタオルに塞がった。
「どうしたんッスか? もうのぼせちゃったんッスか?」
マサキの視界を塞いだのは白いタオルで裸を隠す兎人族の美少女ダールだ。
ダールはそのままマサキの右横に移動して、マサキの横で湯に入り始めた。
「まだのぼせてないよ。ウサギちゃんたちと一緒に温泉に入ってるところをルナちゃんに見られたらどう思われるかなって想像してただけ。なんて言うか……浮気みたいな感じに見られるのかなって。いや、家族とはいえ飼い主とペットの関係。浮気みたいな感情芽生えるか? そもそもルナちゃんは他のウサギちゃんのこととがどうも思ってないような……」
「はははっ。浮気ッスか。兄さんの言った通りルナちゃんは気にしないと思うッスよ。でも……」
「ちょっ……ダール、ちかっ」
ダールはマサキの体に自分の体を密着させた。むちむちな太ももやおっぱいなどを当てている。
湯の中とは言えぷにぷにとした柔らかい感触は伝わる。ラッキースケベではない以上、マサキも胸やむちむちな太ももを密着させられたことに気付いている。
そのままダールはマサキの耳元で吐息を吐くように声を出した。
「この状況、姉さんたちはどう思いますかね?」
「な、何言ってるんだよ。からかうのはやめろよ!」
マサキは顔を赤らめながらダールから勢いよく離れた。
「兄さん顔赤いッスよ。のぼせたんッスか〜?」
「だからからかうのやめろって!」
マサキの反応を見てダールはクスクスと笑う。そして白いタオルで前を隠しながら離れたマサキに近付く。
マサキは近付いてくるダールから逃げるためにビエルネスが入っている湯桶の後ろに回った。
「オレンジの兎人様やりますね〜。これはこれは面白いものを見させてもらいました。ですが物足りないです。もっと見たいですね〜」
ビエルネスは一人で喋るほどこの状況を楽しんでいた。
ビエルネスの悪巧みのような企みはマサキと兎人ちゃんたちの関係をより親密にしようというものだ。
普段はマサキにベッタリなビエルネスだが、この温泉旅行では傍観者に近い。兎人ちゃんたちの動きを邪魔しないためにもそばで見続けて楽しむのである。
否、裏では何かしらの手引きをしているのでどちらかと言えば恋のキューピットになっているのかもしれない。
そしてまさに今も恋のキューピットは恋する乙女の手助けをしている。
「兄さん、せっかくの混浴なんッスから一緒に入るっすよ〜だから逃げないでくださいッスよ〜」
「一緒に入ってるだろ。距離が近すぎるんだよ!」
「いいじゃないッスか! アタシは心も体も兄さんに捧げた身なんッスから〜」
「俺がいつダールの心と体を捧げられたんだよ!」
「無人販売所イースターパーティーの従業員になった時っすよー!」
追いかけるダールと逃げるマサキ。逃げるマサキの方がやや動きが遅い。
これは『俊足スキル』を使えるダールが速いからではない。ここで『俊足スキル』で走ってしまえば温泉に気持ちよく使っているミニウサギやレッキスたちが吹き飛んでしまう。
マサキが運動不足だから動きが遅いのでもない。先ほども言ったように恋のキューピットがダールの手助けをしているのだ。
(なんでこんなに動きづらいんだよ。この世界のお湯って重さが違うのか? さっきまでこんなに重みを感じなかったのに。底無し沼みたいに暴れれば暴れるほど沈むみたいな感じで動けば動くほど重みを感じるのか?)
そう、湯に浸かっているマサキの体に風属性の魔法でビエルネスが負荷をかけているのだ。そのせいでマサキの思考通りに動けば動くほど動きづらくなっている。
なので当然のことながら逃げるマサキはあっさりとダールに捕まってしまう。
ダールに捕まる際、マサキの背中には『むにゅ』っとマシュマロのように柔らかい感触を感じた。
「わかった、わかったから! そもそもダールから走って逃げるなんて不可能だったわ。大人しくするからダールも大人しくしてくれ。ここは一応温泉だぞ? 妹たちも大人しくしてるだろ?」
「兄さんが逃げなければ大人しくしてたッスよ」
「ダールが変なことしなければ逃げなかったぞ」
捕まったマサキは潔く元の位置へと戻る。ゆっくりと歩きながら戻るマサキ。体の重みが消え再び思考を始めた。
(やっぱり激しく動くと重くなるのか。ただの湯じゃないってことね。確かに肩こりをとったりする成分てマグネシウムだもんな。マグネシウムって金属だよな? 金属だから激しく動くと重くなるのかもしれない。なんか繋がった気がする。俺は天才か?)
天才ではない。見当違いの考察だ。
ただ単にマサキの体にかけていた風属性の魔法を恋のキューピット、もといビエルネスが解いただけだ。
ビエルネスは湯桶の中で『夏の湯』を堪能しながら捕まったマサキと捕まえたダールの背中を見ながらニヤニヤとしていた。
これから始まる展開に妄想を膨らませて楽しんでいるのだ。
元の位置に戻ったマサキとダールはその場に座り足を伸ばした。
「ちょっ、ダール!」
「お、落ち着いてくださいッス! いいじゃないッスか。こういうのもたまには」
マサキの伸びた足の上にダールが足を伸ばしたのである。ダールの太ももやふくらはぎのむちむち感を感じたマサキは慌て出したが、悪気のないダールの言葉に慌てるのをやめた。
そのままダールは、気まずい雰囲気も無駄な思考もさせまいと言葉を続ける。
「兄さんはどのウサギちゃんがいいッスか? アタシは太鼓の上でのぼせてるウサギッスかね」
「俺はルナちゃんが一番だぞ」
堂々とそしてハッキリと答えるマサキ。そんなマサキの回答にダールは呆れた顔をした。ため息は呑み込み吐かなかった。
「そうじゃないッスよ。ここの温泉にいるウサギちゃんならどの子がいいか聞いてるんッスよ」
「ここのか……だったらあのウサギちゃんかな?」
「どれッスか?」
どのウサギかわからずダールは前のめりになる。前のめりになった勢いでさらにマサキに密着する。これはわざとではない。本当にどのウサギかわからずに自然と前のめりになって探し始めたのだ。その結果先ほどのように密着してしまっているのだが。
「ほ、ほらあそこで一匹で隠れながら湯に入ってるウサギちゃん。全然隠れてないけどなんか可愛い。ルナちゃんにも似てるし」
マサキは指を差しながら選んだウサギの説明をする。
そのウサギは――
「ホーランドロップイヤーッスか」
どこか寂しげな声でダールは言った。
マサキが指を差しているウサギはホーランドロップイヤーだ。ウサ耳が垂れた愛くるしい顔をしたウサギ。
イングリッシュロップイヤーのルナのウサ耳のように垂れているが床に着くほど長くはない。そしてルナと同じく背中はチョコレートカラーだ。腹回りだけは白い可愛らしいウサギをマサキは選んだのである。
偶然なのか、ネージュはマサキが選んだホーランドロップイヤーの血筋だ。
ネージュはホーランドロップイヤー、ダールはレッキス、クレールはネザーランドドワーフのように兎人族なら必ずウサギの血筋があるのである。
「か、可愛いッスね。お尻丸出しで隠れきれてないですね」
「多分恥ずかしがり屋なんだろうな」
またしてもネージュと同じ特徴を言うマサキ。マサキ自身ネージュのことを今は考えていない。無意識にそして自然に出た言葉なのだ。
その言葉にダールは返す言葉が見つからなかった。やはりダールはネージュには勝てない。完全敗北。その四文字がダールの心に烙印を捺した。
「あとは……あそこのウサギちゃんも可愛いな」
別のウサギに向けて指を差すマサキ。その指の先をダールの黄色の双眸が追う。
ダールの瞳に映ったウサギはお腹を石床につけて手足をベローンと伸ばしているウサギだ。種類はレッキス。毛色はルナと同じチョコレートカラー。
「さっきまで走り回ってた一番元気なウサギちゃんだったんだよ」
「あの子がッスか? なんか信じられないッスね。無気力に見えるッスよ」
「その無気力さが可愛いんだよ。無表情で無気力。これぞウサギって感じがする。ウサ耳も垂れてないし」
ダールは自分と無気力のレッキスを重ねて見た。『俊足スキル』を発動した後や飽き性で作業に飽きてしまった後のダールと酷似しているためすぐに重ねて見ることができたのである。
それに兎人族のダールの血筋はレッキスだ。チョコレートカラーとオレンジ色は近い色。より一層重ねて見ることができる。
「あんなにベローンってなってたら疲れてるのか腹を空かしてるのか勝手に想像して心配になるけど、意外と大丈夫なんだよな。ルナちゃんを飼い始めてからウサギちゃんの気持ちがなんとなくだけどわかるような気がしてきたんだ。だから無気力でも無表情でもウサギちゃんはウサギちゃんなりに何か考えてるんだろうなって思う。そう考えるようになったら無気力無表情のウサギちゃんが好きになった。もう可愛く見えてしょうがないんだよね」
ウサギの魅力をこれでもかと話すマサキ。そのマサキのウサギ論を聞いたダールは少しだけ顔を赤くする。
ダールはのぼせたのではない。自分と重ねて見ていたレッキスが褒められていることが間接的に自分も褒められていると思い込んでしまい、少しだけ照れてしまっているのだ。
そして照れと同時に鼓動が早く打ち恋する乙女のようになっている。
「す、好きなんッスか?」
「好きだよ。一番好き」
動物の中で一番好きということだ。
日本人の多くはイヌやネコを一番好きと言うだろう。しかしマサキはウサギが一番好きになっている。これもこの世界に来て多くの兎人族と関わるようになったから。多くのウサギたちと関わるようになったから。そしてルナちゃんと出会ったからだ。
「ア、アタシも……アタシもそ、その……好きッスよ」
兄さんのことが、なんて言えない。今はウサギのことを話しているのだから。それくらいはダールでもわかる。でもダールはマサキの事が好きなんだと伝えた。マサキにはそのことは伝わっていなくても伝えたのだ。
(いつかちゃんと告白する時のための練習ッス。アタシだって兄さんのことが好きなんッスから。自分の気持ちに正直になってもいいッスよね。結果はどうなってもいつか絶対告白してみせるッス。だから今はこのままの関係で……)
ダールはさらにマサキに密着する。マサキの肩に頭を乗せて横にピッタリとくっつきながら座る。
その体勢になったのでマサキの足の上に置いていた誘惑のむちむちの太ももやふくらはぎは、マサキの足の上から離れた。そしてマサキの足の横でマサキの足と同じようにまっすぐと伸びた。
「ダ、ダールさっきからおかしいぞ? 大丈夫か?」
肩の上に頭を置いただけだ。嫌がったり離れたりはしない。その代わり様子がおかしいことを疑問に思う。
いつもと違うダールを少しだけ気にかけたのである。
「ちょっとだけのぼせちゃっただけッスよ」
「そ、そうか……それじゃあそろそろ出るか?」
「もう少しだけこのままがいいッス」
「お、おう……」
そのまま二人は目の前のウサギたちや夏の雰囲気を静かに眺めた。
ダールはこの時間がずっと続けばいいと、打ち上げられる映像の花火に願いを込めたのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
温泉『夏の湯』でのダールの誘惑いかがだったでしょうか?
『夏の湯』は夏祭り会場の中心に温泉の湯があるようなイメージで天井は花火の映像が流れたりしています。
日本の温泉を探しても夏をイメージした温泉ってないですよね。
これを思いついた時、温泉の旅館を起業したいと思いました。
冗談はここまでにして、次回は『春の湯』に行ければいいなと思ってます。
とりあえずどうやってマサキを動かすか考えてますのでしばらくお待ちください。
マイペースにゆっくりと更新していきますね。
ちなみに来年は卯年ですよね?
なので今年完結予定でしたが完結させずに来年の卯年に完結しようと思ってます。
二日に一本ペースで更新すると来年2023年の12月31日までには350本近く話数が増えるかもしれませんね。
まだまだ先の話ですが楽しみながら頑張ります!




