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121 園長との再会

 ネージュがマサキのエントリーシートの出場者名(プレイヤーネーム)の欄に勝手に『ぴょんぴょんマスク』と記入した。突然の出来事だったのでマサキの体は反応することができず、ネージュを止めることができなかった。


「ネージュ……もしかしてなんだが、俺の名前を『ぴょんぴょんマスク』って書いたのか?」


「はい! マサキさん出場者名(プレイヤーネーム)に悩んでたみたいなので書いてあげました!」


「いや、悩んでないから! 本名をそのまま書こうと思ってたから!」


「ダメですよ。ウサギさんの覆面マスクも被るんですから可愛らしい名前にしないと」


「可愛らしいって……『ぴょんぴょんマスク』がか?」


「はい!」


 満面の笑みで返事をするネージュ。

 マサキはこの世界に転移した当初から兎人族(とじんぞく)のネーミングセンスの悪さに気付いていた。そして感性の違いもあるのだと最近気付かされた。

 それはプロレスラーのような『ウサギの覆面マスク』を見た兎人ちゃんたちの反応だ。『かっこいい』『強そう』などと思う覆面マスクを兎人ちゃんたちは口を揃えて『可愛い』と言った。

 ネージュだけならともかくダールたち三姉妹やクレールも言ったのだ。それならば兎人族と人間族の感性の違いを認め受け入れるしかない。

 しかしマサキは『ぴょんぴょんマスク』という名をそこまで気に入ってはいない。むしろダサいと思っているほどだ。そんなダサい名前でウサギレースに参加するくらいなら本名の方がいいと思っている。


「さすがに『ぴょんぴょんマスク』は嫌だから変更で! 消しゴムとかある感じ?」


「ケシゴム? というのはわかりませんが、ウサギ様がこちらに手形の判を押さない限りいくらでも変更は可能ですよ」

「文字を消す場合はこれで消せますよー! ケシゴムというものではなく『消しタイ』という名のタイジュグループ の商品です」


 受付にいる薄緑色の髪の妖精族のリンゴが小さな羽をパタパタと動かしながら四角い木をマサキの左手の手のひらの上に置いた。

 文字を消せるということで、これがいわゆる『消しゴム』というものに違いない。形は完全に『消しゴム』そのもの。名前も『消しタイ』ということで『消しゴム』に近い。

 マサキは『消しタイ』の『タイ』は大樹の木の『大』の部分を意味しているのだろうと考察する。


「消しタイか……これで文字が消せるのか。触った感じブニブニしてて消しゴムみたいだ。なんかすごい。久しぶりのカルチャーショックだな」


 見た目は木なのだが触った感じは『消しゴム』と変わらないブニブニとした感触。その感触に懐かしさを感じながらネージュが書いた『ぴょんぴょんマスク』を消そうとマサキの左手はエントリーシートへと向かっていく。

 マサキが左手で持つ四角い木『消しタイ』を悲しげな表情で見つめる白銀髪のネージュが口を開く。


「ウサギさんの覆面マスクを被るんですし……ピッタリの良い名前だと思ったんですけどね……」


兎人族(とじんぞく)たちはそうかもしれないけど俺は却下だ」


 そのまま『消しタイ』は容赦無くネージュの文字を消そうとした。その瞬間、マサキの頭から肩までが一気に軽くなる。約五キログラムほどの重さが一気に消えたような感覚だ。

 その軽くなる感覚とともにマサキの黒瞳に映っていた白い紙のエントリーシートがチョコレートカラーのもふもふへと変わった。


「ンッンッ」


 イングリッシュロップイヤーのルナが珍しく自分の意思でマサキの頭の定位置から飛び降りたのである。


「ルナちゃん! 大丈夫か?」


 その瞬間、白い紙のエントリーシートが白色に光を放った。ギルドカードを作った時やルナに名前を付けた時に感じたあの光と同じだ。


「まさか……」


 そのまさかだ。


「これでエントリー完了です」


 エントリー完了を知らせるサバドの声はハッキリとマサキの耳に届いた。

 ルナがマサキの頭の上から飛び降りた際にエントリーシートのウサギの手形の判を捺す部分をちょうど踏んだのである。それによってエントリーは完了してしまったのだ。


「ンッンッ」


 ルナは声を漏らしながらマサキの体を登ろうとしている。マサキの頭の上の定位置に戻りたいのだ。

 マサキは左手でルナを抱き抱えると、抱き抱えられたルナは落ち着きを取り戻した。そして体に力を入れずにマサキに全体重を預けている。まるで人形のように。


 抱き抱えた際にルナのもふもふの背中で眠っている薄緑色の髪の妖精ビエルネスの姿がマサキの黒瞳に映った。マサキは真っ先にビエルネスがルナを頭の定位置から落とした犯人だと疑った。

 しかしビエルネスは何事もなかったかのようにすやすやと眠り続けている。嘘寝ではなくガチ寝だ。

 つまりルナは自分の意思でマサキの頭の定位置から飛び降りたということになる。


「もしかしてルナちゃんもこの名前気に入ってるのか?」


 抱き抱えられているルナの漆黒の瞳を見ながらマサキは問いかけた。

 ルナは鼻をひくひくとさせながら「ンッンッ」と声を漏らし答える。その漏れた声は偶然なのかそれとも本当に返事をしたのか、どちらなのかわからないが、どちらにせよこれでエントリーは完了してしまったのだ。


「ぴょんぴょんマスクか……」


「可愛いじゃないですか! ぴょんぴょんマスク! 私はすごくいいと思いますよ」


「いや、可愛いかどうかは別として……ネージュのノコギリと同じ名前だし……」


「同じじゃありません。ノコギリは『ぴょんぴょん丸』です!」


「どっちも一緒だろ……それにルナちゃんにも『ぴょんぴょん丸』って名前をつけようとしてたよな?」


「う〜ん、そうでしたっけ?」


「ルナちゃんがこの名前にならなかっただけ兎人族の神様に感謝しとくか……改めてネージュのネーミングセンスには驚かされたよ……」


「そうですか? でも気に入ってもらえたのなら嬉しいです」


「気に入ってはない」


 絶妙に話が食い違っている二人だが、それも感性の違いが原因なのだろう。


「あの〜、後ろも並んでますので、開会式が始まるまであちらの観客席でお待ちください」


 そんな受付担当の妖精サバドの声を聞いたマサキとネージュは観客席の方を見た。観客席にはすでにオレンジ色の髪の兎人族の三姉妹が座っている。

 そして後ろを振り向けば五人ほど並んでいた。皆、ウサギレースに参加するために受付へとやってきた参加者だ。


「す、すみませんでしたー!」

「す、すみませんでしたー!」


 マサキとネージュは逃げるように受付から離れ観客席へと向かった。その際、長時間並ばせてしまったであろう参加者たちに向けて口を揃えて謝罪をしたのだった。


「はぁ……はぁ……」


「大丈夫ッスか?」


 レースが始まる前に息切れをするマサキをオレンジ色の髪の兎人族(とじんぞく)の美少女ダールが心配する。


「だ、大丈夫、はぁ……いきなり走ったから……息が、はぁ……はぁ……」


 息を切らすマサキは左手で優しく抱き抱えていたルナを頭の上の定位置に戻した。ルナは後ろ足をマサキの肩に、前足と顎をマサキの頭の上に乗せる。

 そして鼻をひくひくとさせながら「ンッンッ」と、声を漏らし満足気な表情をした。


「それにしても、はぁ……はぁ……参加者、はぁ……多いですね」


 同じく息を切らすネージュが周りの参加者を青く澄んだ瞳に映しながら口を開いた。

 ネージュの言うとおり参加者はかなり多い。ざっと数えても百人は超えているだろう。それほどタイジュグループが主催するウサギレースは人気なのである。


「もしかしてあそこにいるのってマグーレンさんじゃないですか?」


 ネージュの視線の先を辿ると白髪頭の兎人族のおじいちゃんがいる。ネージュの言う通り彼はマグーレンだ。

 マグーレンは兎園(パティシエ)の園長で九百匹以上のウサギを飼育しているウサギのプロフェッショナルだ。

 マサキたちが家族として迎え入れたイングリッシュロップイヤーのルナもマグーレンが管理する兎園(パティシエ)から里親として引き取ったものである。


「マグーレンさんだな。やっぱり参加してたか」


「マグーレンさんのウサギさんはどの子なんですかね?」


「う〜ん。足元まではさすがに見えないよな……」


 目を凝らすマサキだが、マグーレンのウサギを発見できなかった。その代わりマグーレンに挨拶をする兎人がマサキの黒瞳に映った。


「今挨拶してるのって……」


「ブラックさんですね」


「やっぱりそうだよな。懐かしい……」


 ネージュが言う『ブラックさん』とは不動産ブラックハウジングのオーナーのブラック・ノワールのことだ。

 参加者の中でも体は一番大きく、正面で会話をするマグーレンの二回りほど大きい。そして左目には大きな傷がマフィアのように見た目が怖いのが特徴的だ。

 実際には怖い見た目とは裏腹に礼儀正しく心優しい人物なのである。


「マグーレンさんとブラックさんは知り合い同士だったんですね」


「ウサギを飼うんだったらマグーレンさんのところの兎園(パティシエ)に行かなきゃならないから、ここにいる参加者全員マグーレンさんの知り合いなんじゃない?」


「確かにそうですね」


 マサキの言う通りほとんどの参加者がマグーレンの元に挨拶をしに行っている。

 挨拶をする人たちの中でマサキたちにも見覚えのある真っ白な制服を着た人物がいた。


「あの白い制服って……聖騎士団か? こうやってみるとマグーレンさんってすげーな……」


「あの聖騎士団さんって私たちに治癒魔法をかけてくれた兎人さんじゃなかったでしたっけ?」


「あー、言われてみればそうだな。団長さんしか顔を覚えてないから気付かなかった……」


 マサキたちに治癒魔法をかけたのは聖騎士団白兎(びゃっと)所属のズゥジィ・エームだ。彼もマグーレンに挨拶をしている。

 エームの腕の中にいるのは小さな白ウサギだ。抱っこが嫌いなのだろうか、暴れている。その姿はウサギらしいと言えばウサギらしい。


「痛い! 痛いですって! よしよし、落ち着いてください」


 エームは腕の中にいる小さな白ウサギに指を噛まれたようだ。

 そんな暴れる白ウサギの頭をマグーレンは撫でた。すると白ウサギは溶けたように大人しくなる。そして己の小さな頭を押し当てて喜びを表現している。


 マグーレンと再会したウサギたちは皆、嬉しそうにしている。そんなウサギたちを見たマサキは頭の上にいるルナに話しかける。


「ルナちゃんもマグーレンさんに会いたいか?」


「ンッンッ」


「そうだよな。元気なところを見せてあげようか。挨拶もしとかないとだしな」


 観客席についたばかりのマサキはマグーレンに挨拶をするために歩き出した。手を繋いでいるネージュもマサキと同じ歩幅で歩き出す。


「アタシたちも挨拶しに行くッス!」

「デールも!」

「ドールも!」


 オレンジ色の髪の兎人族三姉妹もマグーレンに挨拶をするためにマサキたちの後ろをついていく。

 ダールたちは何度か兎園(パティシエ)に遊びに行っている。その度マグーレンにお世話になっているので挨拶をしたい気持ちがあるのである。


 受付以上に並ぶマグーレンへの挨拶の列。有名人の握手会やサイン会の列に並んでいるのかと思うくらいの行列だ。

 その列に並ぶこと数分。マサキたちはようやくマグーレンと挨拶をする機会を得た。


「おはようございます。マグーレンさん。お久しぶりです」

「ンッンッ」


「おー、お前さんたちか。これはこれは。久しぶりだな」


 マグーレンはマサキの頭の上にいるルナの頭を優しく撫でる。撫でられたルナは「ンッンッ!」と、声を漏らすが、いつも以上に声が大きい。ルナ自身もマグーレンを覚えていて再会を喜んでいるのだ。


「そうかそうか。元気に暮らしてるか。よかったよかった」


「ンッンッ!」


 ルナの気持ちが伝わったのだろうか。マグーレンはルナの頭を撫でながら水色の瞳でルナの漆黒の瞳を見続け言葉を交わした。

 マグーレンはルナの長くて大きなウサ耳を触り、状態を確認しながら飼い主であるマサキとネージュに向かって口を開く。


「お前さんたちもおりがとうよ。ちゃんと世話してくれてるみたいでな」


「はい。もちろんですよ」

「もちろんです!」

「ンッンッ!」


「ハッハッハッ。ウサギの幸せそうな顔を見るのも好きだが、飼い主の幸せそうな顔を見るのもいいもんだな。だけどよ、今日のウサギレースは負けないからな」


 雰囲気が一変。ウサギレースに情熱を注ぐ選手の顔へとなる。その圧を全身に感じたマサキとネージュは後ずさった。

 二人が後ずさったタイミングでオレンジ色のボブヘアーのダールが双子の妹たちを連れて口を開く。


「マグーレンさんおはようございますッス。マグーレンさんのウサギさんはどこッスか?」


「ワシのウサギはそこで寝てるやつだ」


 マグーレンが指を差した方向をダールたちは向いた。もちろん後ずさったマサキとネージュも同じ方向を向く。

 マグーレンの指の先、そこにはカンガルーのような生き物が箱座りをしていた。


「おおきーい」

「おおきーい」


 双子の姉妹デールとドールが同じタイミングで同じ感想を口にした。


(おいおい、嘘だろ。デカすぎるだろ。ウサギというよりもカンガルーじゃねーかー!)


 声には出さなかったが、マサキも開いた口が塞がらないほど衝撃的だった。

 そんなカンガルーのようなウサギを見てネージュは口を開く。


「あ、あの……すごい筋肉なんですけど……ほ、本当にウサギですか?」


「ハッハッハッハッ。何を言ってる。正真正銘ウサギだ。すっかり歳を取ったが、この大会の三連続優勝記録を持っておる」


「さ、さ、さ、三連続優勝!?」


 四年に一度開催されるウサギレース。そのウサギレースの三連続優勝の記録保持者こそマグーレンとそのパートナーだ。


「こいつは今年で引退だ。四連続優勝をしてウサギレースに名を刻んでみせよう」


「がんばってー!」

「がんばってー!」


「お嬢ちゃんたちありがとうよ」


 デールとドールの頭を優しく撫でるマグーレン。その姿は孫とおじいちゃんだ。ウサギの撫で方が上手いマグーレンは子供の撫で方も上手いらしくデールとドールは撫でられて嬉しそうにしている。


 マグーレンのパートナーであるウサギは今年で引退が最後のウサギレース。だからこそマグーレンも圧を放出するほど気合が入っているのである。


『皆様、お待たせしました。第三十二回大樹杯(タイジュカップ)ウサギレースの開会式を始めさせていただきます。特設ステージの前へとお集まりください』


 突然アナウンスが流れた。参加者、そして観戦者はアナウンスの指示通りに特設ステージへと一斉に移動を始める。


「いよいよ始まるな。お前さんたちも()()()目指して頑張るんだぞ。ハッハッハッハ」


「は、はい! 頑張ります!」

「ンッンッ!」


 強気のマグーレンは優勝を譲らないつもりだ。それほど自信があるのである。さすが三連続優勝の記録保持者と言ったところだ。

 しかしマサキたちは優勝を目指していない。目指しているのは準優勝だ。強気のマグーレンの言葉が的を得た一番の応援になったのである。


 マグーレンとの会話を終わらせたマサキたちも群衆に流されながら特設ステージへと移動を始めた。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。


兎園の園長マグーレンの再登場!

そしてブラックハウジングのブラックと聖騎士団白兎のエームも再登場しました!


次回は開会式!

その後はいよいよウサギレースが始まります!

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