117 ウサギの覆面マスク
ルナの試着会と称したファッションショーが二時間続き、全ての服を着終えた。
カゴに入れていた服以外にも金髪兎人のアパレル店員が追加で持ってきたおかげで長引いてしまったのだ。
その間、気を失ってしまったネージュは一度も起きることはなかった。本当にもったいない。
そんなネージュのためにもマサキは決心する。
「き、決めたぞ……」
マサキは肩を抑えフラフラの状態で立っている。ルナの可愛さに耐え続けた結果だ。
そんなマサキの決心とは
「兄さん。決めたって何をッスか?」
「それはだな……ルナちゃんの服だよ」
「おおー、服ッスね!」
ずらりと並ぶ試着済みのウサギ用の服を黄色の双眸に映すダール。
「この食パンのやつはライオンみたいになって可愛かったもッスねー。これのアフロ頭のやつも可愛いかったッス」
「デールはこのメロンが可愛いと思うよー」
「ドールはこのスイカが可愛いと思うよー」
珍しく意見が食い違う双子の姉妹。それほどルナに似合っていて可愛いかったということだ。
ダールはマサキが決めた服がどの服なのか問いかける。
「それで兄さんはどれの服に決めたんッスか?」
「……全部だ」
「へ?」
聞き取れなかったわけではない。あまりにも大胆なマサキの回答に思わず聞き返してしまったのである。
聞き返されたマサキは先ほどよりもボリュームを一段階上げて答え直した。
「全部だ!」
そう。マサキは試着した全ての衣装を購入するつもりなのだ。
自分たちの服ですら五着も持っていないのに、ウサギのルナの服を四十着購入しようと考えているのである。
そして本来の目的であるリボンが十本もあるが、これも全て購入しようとマサキは考えている。
「そ、それはあまりにも大胆すぎるッスよ」
「いや、気絶したネージュのためだ。ネージュはまだルナちゃんの可愛い可愛い姿を見れてないからな。写真があればいいんだけど、そんなのないし……そんでネージュに見せるためだけにまた試着台を借りるのは店にも迷惑だろうからさ」
「た、確かに迷惑ッスね。でも硬貨はあるんッスか?」
当然の疑問だ。試着した全ての服を購入するためにはお金が必要。貧乏生活を続けているマサキたちにはお金などない。はずなのだが……
「実はだな。思った以上に冷凍餃子が売れてて、今はネージュの財布の中には大量にお金がある! だからお金の心配は必要ない!」
冷凍餃子は二週間ほど前の食品展示会で見つけたもので無人販売所イースターパーティーに新商品として置いた商品だ。
その冷凍餃子が予想以上に売れていてマサキたちの財布が潤っているのである。
「そ、それならいいッスけど、クレールの姉さんはどうなんッスか?」
この場にいるである透明状態のクレールにダールは意見を求めた。
するとウサギ用のコック帽が突然ぷかぷかと浮かび上がった。そのまま円を描くように動いている。
透明スキルの効果で声すらも遮断されているクレールが商品を使って円を描くことによりOKサインを出しているのだ。
マサキとダールはクレールが出すサインをすぐにOKサインだと気付く。
「いいみたいッスね」
「だそうだ」
「で、でもネージュの姉さんはどうッスか? 目が覚めたときに怒ったり」
しないんッスかねと、ダールは言おうとしたがすぐに口を閉じた。
ルナの可愛さに耐えきれずに気絶したネージュだ。ダメだなんでいうはずがないのである。むしろ喜ぶに違いない。ダールはそう思ったのだ。
「わーい! ルナちゃんの洋服いっぱいだー」
「いっぱいだーいっぱいだー」
無邪気な子供のようにはしゃぐデールとドール。正真正銘、無邪気な子供だ。
「というわけでダールたちもレジまで運ぶのをてつだ、ん? なんだ?」
お会計に向かうように指示しようとしたマサキの服が引っ張られる。
何もないところから引っ張られている。ということは透明状態のクレールが引っ張っているということだ。
「ど、どうした?」
透明状態のクレールにどうしたのかと問いかけるマサキ。『透明スキル』の影響でクレールからの声は届いてこない。その代わりクレールは物凄い力で引っ張りアピールをする。
「来いってことなのか?」
「何か見つけたんじゃないッスか?」
「かもしれないな。とりあえずネージュを起こさないと……」
クレールが誘導する場所へと行かなくてもレジに向かうためにはネージュを起こさなければいけない。
どちらにせよ今が気絶をしたネージュを起こす絶好のタイミングだ。
「ネージュ。起きろ」
「姉さん起きてくださいッス!」
「お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
マサキとダール、そして双子の姉妹のデールとドールがネージュを起こすために声をかける。
するとネージュは青く澄んだ瞳を開けてパチパチと瞬きをした。
「あ、あれ? わ、私、いつの間にか寝てた……?」
「寝てたって言うか気絶してたんだけどな……お会計の前にクレールが見せたいものがあるらしいからそれを見てからお会計するぞ」
「え? あれ? お会計って……ルナちゃんのお洋服決まったんですか? どれですか?」
開いたばかりの青く澄んだ瞳を丸くしながらウサギ用の服が散乱する試着台を見た。
「あー、これ全部だよ」
「これ全部ですか!? ど、ど、ど、ど、どうしてそんな!」
当然のリアクションだ。大量に散乱するウサギ用の服を全て購入すると言っているのだ。爆買いにも程がある。
マサキはすぐさま爆買いに至った経緯を話し始めた。
「ネージュにもルナちゃんの可愛い姿を見せたいと思ってだな……というか見なきゃもったいなさすぎる。それに家でならゆっくりファッションショーができるし……手を繋いでなかったら一人で着替えさせられるだろ?」
「え? すごく嬉しいです! ぐへっ。ルナちゃんのマサキさんはそんな買い物の仕方しないと思ってました。意外ですね!」
「そ、そうか?」
マサキは買った後悔よりも買わなかった時の後悔の方が重たく心にのしかかると考えている。それが愛兎のルナのためであるとなおさらだ。
ネージュのためでもあり自分の心に正直に向き合った判断なのである。
「それでクレールは何を見せようとしてるんですか?」
「わからん。でも引っ張ってるからさ。行ってみようか」
「そうですね」
マサキとネージュは手を繋いだまま木製のベンチから同時に立ち上がった。そして試着台にいるルナを定位置でもあるマサキの頭の上に置いてからクレールが引っ張る方へと歩き出した。
その後ろを「どうしたんだろう」とした表情を浮かべたデールとドールがついていく。さらにその後ろ、最後尾には試着台に置きっぱなしのウサギ用の服を気にしながら歩くダールがいる。
クレールに引っ張られるマサキたちはすぐ近くの商品棚に到着した。その商品棚に並んでいる商品は覆面マスクだ。
「これはさすがにルナちゃんには大きすぎるだろ……って! ガハァッ!」
苦笑いをするマサキの顔に向かって覆面マスクが飛んできた。こんなことができるのは透明状態のクレールだけだ。
その行動によってクレールが伝えたいことが判明する。
「ルナちゃんのじゃなくて、マサキさんのなんじゃないですか?」
「お、俺の? いや、多分そうなんだろうけど……サイズ的に……」
マサキの顔の前をぷかぷかと浮かぶ覆面マスクはウサギを模したデザインだ。
クレールはこの『ウサギの覆面マスク』をマサキにつけてもらいたいのである。
「魔法で落ち着いていたとしても、おにーちゃんなら絶対にウサギレースで緊張する。緊張しすぎると魔法の効果だって早まったりきれちゃったりするかもしれないんだぞー。だからマスクで顔を隠して少しでも緊張しないようにした方がいいと思うんだよー」
透明状態のクレールの声はマサキには届かない。しかしクレールは透明状態のままマサキに覆面マスクを被ってもらいたい理由を説明する。
自分の存在をマスクで隠せば劇的に緊張から解放され安心感に近いものを得ることをクレールは知っている。『透明スキル』の効果を使い透明の姿で生きてきたクレールだからこそ知っていることだ。
遊園地の着ぐるみやヒーローショーのヒーロー衣装、コスプレ衣装なども同じような類だろう。それを着ることによって自分という存在を隠せる。それによって緊張が解れたりスイッチが入ったりする事例もある。
「……念には念をってことだな」
マサキは瞬時にクレールの伝えたいことを理解した。声が聞こえていなくても心は通じ合っているのだ。
「でも流石にこの覆面は……」
マサキは目の前にぷかぷかと浮かぶ『ウサギの覆面マスク』を手に取り苦笑いをする。あまりにもプロレスラー感が強いからだ。
そんな苦笑いをかますマサキの横でネージュはニヤニヤと口元が緩みノリノリだ。
「可愛いルナちゃんと一緒にウサギレースに出るならマサキさんも可愛くならないとダメですよ! クレールもきっとそう思ってるはずです!」
「いや、飼い主側は可愛くなくてもいいだろ。って、この覆面が可愛いのかよ!? この黒い銀行強盗みたいな覆面でいいだろ」
マサキは言葉の通り、銀行強盗が被りそうな覆面マスクを手に取った。
ネージュたちは揃って「ギンコウゴウトウ?」と小首を傾げる。
そのまま銀行強盗の覆面マスクを見ているマサキはぶつぶつと小言を呟き始めた。
「でも逆にこれはさすがに恥ずかしいな……なぜだろうウサギのマスクよりも恥ずかしいかもしれない」
なぜか銀行強盗の覆面マスクの方に羞恥心を感じるマサキ。そもそもこの覆面マスクのイメージが銀行強盗だ。銀行強盗は犯罪。そして恥ずかしいことであるという感覚が強い。
だからこそマサキは『ウサギの覆面マスク』以上に羞恥心を感じたのかもしれない。
「なんでマサキさんは黒いものばかり選ぶんですか。クレールが選んでくれたんですしこのウサギさんの可愛いマスクにしましょうよー」
そんなネージュの言葉にマサキは銀行強盗の覆面マスクを元あった位置に戻した。そしていまだにぷかぷかと浮かんでいる『ウサギの覆面マスク』を黒瞳に映す。
「よく見たらこっちもこっちで恥ずかしいんだけど……いや、よく見なくても恥ずかしいわ」
「大丈夫ですよ。きっと似合いますよ。ほらほら〜!」
ネージュの「ほらほら」に合わせて『ウサギの覆面マスク』がマサキの顔に向かってグイグイと動く。
側から見ればネージュが『ウサギの覆面マスク』を超能力か何かで操っているように見える。それほど言葉と動きがリンクしているのだ。
「姉さんのいう通りッスよ。この可愛いウサギのマスクを被るッスよー!」
「お兄ちゃんの被ってるところ見てみたい!」
「お兄ちゃんの被ってるところ見てみたい!」
三姉妹も乗り気だ。このタイミングでせがまれてしまえば断られるものも断れなくなってしまう。
そして何より兎人族の美少女たちの瞳だ。キラッキラと輝いていて余計に断ることができない。
「わ、わかった。わかったから落ち着いてくれ……」
諦めたマサキは渋々『ウサギの覆面マスク』を手にとった。そしてじっくりと己の黒瞳で見る。
(可愛いってどんな感覚なんだよ。普通にプロレスラーの覆面なんだよな……)
心の中で呟きながらマサキは『ウサギの覆面マスク』から手を離した。もちろん落下したりはしない。なぜならクレールが持っているからだ。クレールが持っていると感じたからこそマサキは離したのである。
そして頭の上にいるルナを片手で丁寧に持ち上げて抱き抱えた。
移動させられるルナは体をビヨーンと伸ばしながら「ンッンッ」と声を漏らす。決して暴れることはない。
「そ、それじゃあクレール。このマスクを被らせてくれ……サイズが合わなかったり似合わなかったら買わないからな」
マサキの最後の望み。それはサイズだ。サイズが合わなければ買う意味がない。なので必然的に買わなくて済むのである。
マサキはその場にしゃがんだ。低身長のクレールに合わせてしゃがんだのだ。
そのまま『ウサギの覆面マスク』はマサキの顔に吸い込まれていくかのように動いていく。そして覆面マスクの後ろのマジックテープがくっついて完成だ。
「「「おー」」」
そんな声がマサキの耳に届く。声が出るほど似合っているということだ。
「サ、サイズはどうですか?」
ネージュは不安そうな表情で肝心の覆面のサイズを聞いた。サイズが合わなければ購入されないからである。
そしてマサキの周りには同じように不安そうな表情のオレンジ色の髪の三姉妹がいる。
マサキは覆面マスクを被った感想を正直に話す。不安そうな表情の兎人ちゃんたちを見て嘘をつくわけにはいかないと思ったのだ。
「し、信じられないほどジャストフィットだ……」
そんなマサキの言葉に不安の表情から満面の笑みへと変わるネージュと三姉妹。『ジャストフィット』という意味は異世界人のマサキ以外わかっていないが、その言葉の響きから良かったのだろうと思ったのである。
「そ、それじゃこのマスクは?」
「か、買うしかないよな……」
「やったー!」
大喜びの一同。ハイタッチをしてぴょんぴょんと飛び跳ねている。その中でも一番に喜んでいるのは透明状態のクレールだ。ハイタッチはできないが、誰よりもぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「でもなんでだろう。覆面を被ってる時の方が恥ずかしくない……」
覆面マスクを被ってから感じる覆面マスクの凄さ。いざ被ってみれば恥ずかしさなど一切ない。むしろ力が漲ってくる。自分ではないもう一人の自分が自分自身の背中を押してくれるそんな感覚だ。
「それじゃ、この覆面とルナちゃんの服を全部買うぞー!」
こうしてマサキたちは目的を果たした。本来の目的から多少はズレていても目的のリボンの購入さえ達成していればいいのである。
その代償にネージュの財布の中身、つまりマサキたちの貯金はそこを尽きてしまったのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
マサキが購入を決意した、というか購入を促された『ウサギの覆面マスク』は、プロレスラーが被るような覆面です。
兎人ちゃんたちの感覚ではそれがとても可愛く見えるみたいです。
ちょっとおかしな感覚なのです。
ペットの服って人間の服よりもちょっと値段高めですよね。
なんでなんですかね?やっぱり技術とかデザイン性とか数が限られているからですかね?
なので爆買いしてしまったネージュの財布の中身は空っぽになってしまいました。
また貧乏生活が始まってしまう…




