続 ランタン
※「異能」というものがあるパラレル日本が舞台です
※同性愛に偏見がなく、婚姻も出来る世界です。
前作「ランタン」の読了を前提に話が進みます。先にそちらを読んでからお読みください。
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結婚して家出して、一週間。
役所に出した届け出も正式に受理されたので、俺と朧は正式に夫婦ということになっている。
最初の日に転移で一気に県を越えたあとはのんびりと電車や徒歩で移動しているのだが、今の所平和そのものだ。
「この町は平和そうだな」
「だね」
朧の背負うショルダーバッグに引っ掛けられている、小さなランタンが揺れる。
この駅には近くに大きな遊園地があると聞いたが……あ、あの観覧車か?
「……あれ美味しそうだなあ」
「ん?」
きらきらした目で呟く朧の視線の先には、親子らしき美男美女美幼女と、両親の友人なのかそれとも兄弟なのか、幼女と手を繋ぐ美青年がいた。
「あの美形揃い家族が食べてるやつか?」
「うん」
持ってるのはアイスのコーンか?
朧、ああいうの好きだもんなあ。俺も好きだけど。
「たぶんあっちの屋台だよな? 買ってみるか」
「うん! 灯夜は何味にする?」
「ミントかチョコにしようかと思ってる。朧は?」
「キャラメルか……イチゴが美味しそうだなって。あ、でもチョコも食べてみたいな……」
「あー確かにイチゴは美味そう」
「あの女の子が美味しそうに食べてるからちょっと気になっちゃって……。でもみんな美味しそうだから迷うね」
「わかる……。俺もイチゴ気になるな」
「はんぶんこ、する?」
「それだ! 俺チョコ頼むから朧はイチゴにして、あっちのテーブルで食べようぜ!」
そして、丁度順番が回ってきて、進もうとした時だった。
「朧!!」
「げっクソ親父!」
汗だくで随分疲れた様子の、朧の父親だった。
反射的に放たれた俺の言葉にますます顔を赤くするアイツは放置して、すぐ隣に居た朧の手を握る。
「逃げるぞ奥さん!」
「えっあ、う、うん!」
「クソ親父とはなん――」
ふわりと朧が笑ったところで、魔道具が発動した。
はは、セリフの途中で俺たちが消えてアイツは驚いただろうな。ざまぁ。
■
「はー……びっくりしたな」
「ね。なんで分かったんだろ」
機能の失った魔道具……俺が作った転移道具をビニール袋に放り込む。
視線を周りに彷徨わせると、どうやら花屋の前のようだ。普通に人も居るが、特に注目はされていない。
「アイツの髪ぐちゃぐちゃだったし、だいぶ探してたんじゃないか?」
「あの一瞬でよく見てるね、灯夜……」
感心するように朧が呟く。……幼馴染の些細な変化も見逃さないように磨いた動体視力なんだけどな……。まあ久しぶりに役に立ったからいいか。
その時、ふと空気が動いた。
「……あ」
手は繋いだままに、朧がどこか遠いところを見るように目を細める。
それは1分ほど続き、「ありがとう」と朧が呟いたことで終わりを告げた。
「お父さん、息子がさらわれたって言って警察を動かしたみたい。警察の人は僕と灯夜のことも知ってるから全然信じてなくて、灯夜ならどうとでも逃げられるだろうからって素直に監視カメラとかで僕たちを探して情報を渡してたって」
「なるほど……。事実だけど警官がそんなんでいいのか?」
「あはは……。僕たちも移動してたから、けっこう探し回ったみたいだよ」
「そりゃよかった。もうちょい煽ればよかったかな……」
「あ、煽るのはやめなよ……」
「えー」
冗談言うぐらいはいいじゃんか。
まあ朧が止めなければ有言実行で次に会った時は煽り倒してただろうから、こいつの反応も納得はあるのだが。
「まあいいや。ありがとな朧。教えてくれた人にもお礼言っといてくれ」
「うん。……灯夜もありがとうだって。……うん、また変なことあったら教えてほしいな。灯夜、霊子さん嬉しいって」
「そっか」
……あ、そうそう。
朧は、「幽霊と意思疎通できる」という異能を持っている。よく話す霊には名前も付けていて、霊子さんもその一人だ。
何かの役に立つ訳ではない無能な異能だとあのクソ親父……ごほん、朧の父親は言っていたが、俺はそんなことはないと思う。現に今役に立っているし。
幽霊って普通の人には感じ取れないし、透けてる(らしい)から色んなところに入り放題だし、霊を味方に付ければほんと諜報面では最強だと思う。
異能というものへの偏見は、俺たちの世代ではもう薄い。異能持ちの人が増えたというのもあるし、どんな能力か解明されてきて人々の恐怖が薄れてきたというのもある。
朧の父親も、異能を持って生まれたことは責めなかった。優秀な異能持ちは優遇されるというシステムをよく知っていたのもあるのかもしれない。
アイツが責めたのは、金稼ぎにも防衛にも使えない異能を持ったこと。
朧が孤立してきたのは、家のせいもあるが、この異能のせいだ。
俺も異能持ちではあるが、怖がられた記憶はあまりない。
……でも、それでも朧は怖がられていた。
幽霊が見える、なんて。異能によるものだと分かっていても、子供には怖かったらしい。
それが嫌で、もどかしかった時もある。「俺が異能持ちだと言っても怖がられないのに、朧はなんで」と。
「同じ異能なのに、何が違うんだ」といらだったこともある。
そういう時に宥めてきたのが朧で、「仕返ししたいと思わないのか」なんて聞けば「灯夜がいてくれれば僕は満足だから」なんてはにかむから毒気が抜けて。
幼馴染への庇護欲の中に愛おしさがあることを自覚しだしたのは、確かその頃だったな、なんて思う。
「灯夜?」
「なんでもない」
「そう? って、わっ、突然どうしたの?」
ふわふわの髪をくしゃくしゃと撫でると、文句を言いながらも嬉しそうに笑う。
可愛いな、ほんと。
「んー? 朧は可愛いなーって思っただけ」
「えー、灯夜も可愛いよ?」
「そこはかっこいいじゃないのかよ」
「僕を救ってくれた灯夜はかっこいいけど、僕の旦那さんの灯夜はたまに可愛いよ」
「…………お前、そういうとこ」
そういうのを臆面もなく言い放たれてるとぐっと来るだろ……そういうとこ……。
「えへへ……。灯夜は恥ずかしい時は手で顔を覆うよね」
「そうだな、今みたいにな」
「あはは」
■
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「……なんかこの風景見覚えあるような」
「え? 僕は知らないけど……」
のどかな田園風景が広がるバス停で、俺は妙な既視感に首を傾げた。
朧は知らないってことは最近じゃないな……。中学校にあがってからはほぼずっと一緒に居るし。
幼稚園の頃は俺と親だけでお出掛け、とか無くも無かったんだけどな。小学に入ってからは両親も流石に朧が見てられなくなって放課後に家に匿ったり休日に俺が連れ出して一緒に遊んだりしたし。
小4で親が亡くなった時に相続争いでごたごたして、たまに遠出する羽目になったしその時か……?
「まあいいや、なるようになるだろ」
「そうだね」
朧と手を繋ぎ直して、灰色のコンクリートに足を踏み出した。
とりあえず散歩して地理把握しとこう。
事件が起きたのは、バス停からしばらく歩き、道に民家らしき一軒家が増えてきた頃。
「あんた、灯夜じゃない!」
「へ?」
「え?」
嬉しそうに話しかけてきたのは、見知らぬ……えー、ふくよかな女性。
…………随分親しげだが、マジで誰だこのおばさん。
「いつの間にか居なくなっててビックリしたんだよ!おっきくなったねえ!」
楽しそうに話す彼女の声が、記憶の中のそれとやっと一致した。
「……あ、実家に居たいって言ってるのに勝手に自分ちに誘拐した親戚か」
「あ……あの時、の?」
相続争いでバタバタして、朧と会える回数も減っていたあの数年間の中の、ほんの数日。
俺は行方不明になって、そんで数日で自力帰還したことがあったのだが……。
やっとうちに帰れたと思ったら玄関先でボロボロの朧がぐすぐす泣いてたから、あの時はほんと心臓が縮んだ。
「誘拐? なに人聞きの悪いこと言ってるんだい。あんな広い家に子供一人なんて危ないだろう?」
「幼馴染と離れたくないから親の遺産からハウスキーパーでも雇うって言ったんだけどなあ……」
つかあれは正真正銘の誘拐だったぞ。旦那引き連れて襲来して当身でオトされて、目が覚めたら車で移動中だったし……。
すっかり忘れたいものとして記憶のゴミ箱に放り込まれていた昔の記憶を思い出していると、朧が一歩前に出た。
「あ、あの」
「ん? あんた誰だい?」
「灯夜の幼馴染だった朧です。……彼は、僕と一緒に居るんです。一緒に居たいって、言ってくれたんです。――じゃ、邪魔しないで……ください」
「……!」
たどたどしく、言葉を選ぶように間を空けながら、それでもしっかりと彼女を見つめて。
朧がこんな強い言葉を人に言えるようになるなんて……!
場違いだが思わず感動する。うっわ、どうしようすごい嬉しい。俺のことで、っていうのが特に嬉しい。
「俺、成人したんです。朧と結婚もしたんですよ。あなたの迷惑な善意はもういらないんです」
なんとか興奮を抑えてそう言い添えると、朧が安心したようにふにゃりと笑った。
…………今日は早めにホテル取ろう……。俺の奥さん可愛い。
「「じゃあ、失礼します」」
声を揃えて、呆然としている女性をそのままに、俺たちは道を引き返した。
■
■
■
「……あっれ、どこだここ」
「えっ」
迷子になった。
狭い路地を、朧の手を引きながら進む。
もう片方の手にはランタン。朧が泣いている時、俺が公園に駆け付ける時、いつも持っていた古い灯りだ。
「なつかしいね」
「……ああ」
初めて朧が泣いているところを見た時……あれは確か、幼稚園で一緒に遊ぶようになった頃だったか。
ぽろぽろと、声を出さずにうずくまって涙を零す朧を見て、心臓が握り潰されるような心地になって慌てて抱きしめたんだよな。
その時、偶然持っていて、抱きしめる時に足元に置いたランタンの光で、朧が泣き止んでくれたんだ。
『あったかいあかりだね』
そう、ほんの少しだけ、はにかむように笑ってくれた朧に。
今思えば、あの時見惚れたのだろうな、と思うのだ。
当時は跳ねあがった鼓動の理由も分からず、ただ嬉しかっただけだったけれど。
景色は壁に挟まれた路地のまま変わらない。
壁は見慣れたコンクリートではなく、むしろファンタジーなアニメで見るような様式。地面も土が剥きだしで、転がっているのは木箱や擦り切れた布地。
――帰れるのか、という不安が頭をもたげた、その時。
「ねえ、灯夜」
「ん?」
「灯夜はね、僕の灯りなんだよ」
訳も分からない状況のはずなのに、安心しきった声で、朧は言った。
「いつも僕を導いて、救ってくれる僕のランタン」
思わず立ち止まって振り返ると、朧は柔らかく笑っていて。
「大丈夫。なんとかなるよ。……いつも、そうだったでしょ?」
根拠なんてないはずなのに、その言葉は無条件に信じられた。
ああ、もう。
これじゃいつもと逆だな、なんて思う。
「……ああ。そうだな」
朧に頷き返した、その次の瞬間。
すとん、と足場が抜け落ちて。
「……あ、あれ?」
「戻って来た……のか……?」
気が付くと、そこは見覚えのある地下室。
俺の家だった。
■
「やっと見つけたぞ!」
「「あ」」
やっべ、アイツのこと忘れてた。
「朧、どうしようか」
「ど、どうするって?」
ピッと指を立てて朧に説明する……前に、怒鳴りつけてくる父親が煩いので音を遮断する装置を設置。
はは、音が聞こえないと一生懸命に口パクしてるみたいでウケるな。
「ざっくり三択だな。恐怖を植え付けて俺と朧に二度と関わりたがらないようにするか、いっそ物理的に埋めるか、あとはこのままのらりくらりと逃げ続けるか」
言いながら、まあ物理はダメだろうなーとは思っている。朧が反対するだろうし、こんなんでも警察を動かせる権力者だし、殺すのは影響が大きすぎる。
あと動機が分かりやすすぎるって俺がすぐ捕まる。それは朧と一緒に居られないからダメだ。殺るなら完全犯罪にしないと。
「物理はダメ!!」
「だよな~」
分かってるからその怖い顔してるつもりなんだろう可愛い顔はやめてくれ奥さん。
「じゃあ精神的に死なせるってことで」
「うー……ほどほどにね?」
「よっしゃ。分かってるヨー」
朧視点の今までの人生を悪夢として見せるまではOKだよな?
朧が受けたダメージを忠実に再現できるように、上手く変換させるのもありだよな?
こんなこともあろうかと、昔からコツコツ道具は作ってたんだよな!
朧にとっての俺っていう救済措置は未実装だから結構きついと思うけど……まあ廃人にはならないだろ、うん。
「大丈夫かな……。…………まあ、灯夜が楽しそうだからいっか」
おしまい。
補足コーナー
灯夜のおうち:実は富裕層。家も結構立派。ご両親はとても良い人で、一人息子が暮らすためのお金もちゃんと遺してくれていた。が、その遺産目当てで寄って来る自称親戚も多かったので、小4~中1ぐらいまではゴタゴタしていた。
朧のおうち:とりあえず親父さんは警察を動かせるツテがある。お金持ち。それ以外はほとんど考えていない。
朧の異能:幽霊が見え、意思疎通することが出来る異能。一応友好的な幽霊しか見えない不思議仕様なので、グロ注意なものが見えたりはしていない。
見た目は特に生きている人と変わりないが、全身が透けているので見分けはつく。
よく話してくれる幽霊は「霊子さん」「帽子さん」「太郎さん」「花子ちゃん」の4人。
灯夜の異能:作りたいものが作れる異能(ただし材料の限界はある)
正確には、作りたいものを作るために必要なものが頭に浮かぶ異能。こういう風にパーツを配置すればどんなことが出来るとか、この材料を使えばこういう感じに出来るとか、そういうイメージが浮かんでくる。
灯夜の手先が器用なのは本人の生来の才能で、異能由来ではない。
アイスを食べていた親子:
店員さん「そちらの弟さんは何になさいますか?」
婚約者「……えっと……」
娘ちゃん「かれは私のこんやくしゃです! お父さんのおとうとじゃないです!」
婚約者「世間体大事って言ったのは瑠華じゃないですかあああ!」
お父さん「弟……娘の婿が弟……(笑いをこらえている)」
息子くん「おねえちゃん……なんかパパがへん……」
お母さん「ツボったらしい留斗も含めて面白すぎる……」
※息子くんも実は居たけど2人は気づきませんでした
親戚のおばさん:一回思い込んだら軌道修正できずにひたすら突っ走る人。行動力がありすぎる。一応悪い人ではないです。
迷い込んだ場所:もうちょっと歩いていたら、長い耳の青年と悪戯好きな女の子に出会って帰してもらうことになっていたかもしれない。
日本の建物はコンクリートが多いけれど、あの場所の建物は木材で出来ていた。
ランタン:灯夜の両親が遺したもののひとつ。灯夜はいつも、これを手に朧を迎えに行っていた。
家出した今もしっかり持ち歩いていて、普段はストレージカードの中に仕舞われている。
冒頭で朧の鞄に付いていたランタンは灯夜のランタンのレプリカで、鞄に付けても邪魔にならないように二回りぐらい小さいサイズになっているがちゃんと使える。
朧の父親:この後、灯夜と朧を見ると真っ青になって避けるようになった。あと、自分の顔を見ると夢のトラウマが刺激されるようになった。
(いつの間にか灯夜さんが思ったより過激になっててちょっと焦ったのは内緒)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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