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先制攻撃の魔法

 風に乗って届く匂い。

 草の動き。

 精霊の流れ。

 そして、長年培った冒険者としての勘。


 それら全てが、森の入り口――その茂みの中に紛れるよう魔物がいることを、フルミリに訴えかけてきていた。


 サリスはこうした気配を読む能力が低い。

 共にいたフルミリが敏感すぎるが故、ずっと頼りきりだったのもあるのだろう。


 だからここで黙っていれば、気付くはずもない。

 サリスが価値があると認めた男であろうとも、それはきっと、変わらな――


「二人とも、ちょっと止まって」


 ――い、と、なる、はず、だったのに……。


「森の入り口、茂みの中に、魔物がいる。

 数は……五匹。

 それもこれは……動物の類じゃない。不定形だ」


 不定形……それはつまり、魔力を使うこの世界において、一定周期で生まれる、魔力のカスが固まり、具現化したようなもの。

 液体が固まったような外見。

 それでいて今回のように、動くものを捕食する時には知恵も働かせる、そんな生物だ。

 本当に“生きている”かどうかは分からないが。


 ちなみに捕食されたものは、酸に溶かされたりジワジワと消えてなくなったり、なんてことはなく、ただ窒息死させられた後吐き出される。

 つまり厳密には、食べている訳ではない。


 ただそうした、ちょっとした知恵を持っているだけの液体の塊みたいなもののため、物理的な攻撃がほとんど通じないのが厄介だが。


「君は……そこまで分かるのかい?」

「“糸”が、教えてくれますから」


 言葉の意味がフルミリには分からなかったが、要は探知魔法のようなものを使えるのだろう、と解釈した。

 実際は、魔力の糸が常時見えるリーディにとって、魔力を纏う人間や魔物という存在は、その場所だけ集中して糸が集まるため、すぐに分かるというだけなのだが。


 それが魔法の準備をしているものや……魔力のカスの塊となれば、より分かりやすい。


「フルミリ、リーディの言葉は信じられないかもしれないけど、ここは――」

「いや、信じるよ。魔物は確かにそこにいる」


 細身の剣を抜き、構え、誰よりも前に出る彼女を見て……彼を信じていない彼女が戦いの準備をしないのでは? というサリスの懸念は、無駄に終わった。

 その、無駄に終わったことを、サリス自身がどこか安心していた。


「……それで、どうする?」


 これまで二回目以降の装飾品作りは、失敗したときのことも警戒し、街の外で作っていた。

 その時も似たような感じで魔物を見つけていたのを、サリスは知っていた。


 だから彼が警戒の言葉を口にした時から、彼女もまた、戦う準備を終えていた。


「私が突っ込もう。それに驚き飛び出てきたところを、サリスと君が退治してくれれば良い」

「あ、ちょっと待ってください」

「なんだい?」

「いえ、白銀級の人に言うことではないんで――じゃなくて、ちょっと、試したいことがあるので、俺からやっても良いですか?」

「試したいこと?」

「あ、アレを試すの?」

「はい」


 サリスはそれだけで分かったのか、フルミリにお願いし、彼女の突撃を次に回してもらうよう頼んだ。


「アレとはなんだ?」

「すぐに分かるよ」


 サリスの言葉を合図にしたかのように、一歩前に出るリーディ。

 そして手の甲を上に向けた右腕を、前へと突き出す。


 その手首には、蒼の宝石があしらわれた腕輪が嵌められていた。

 この宝石にももちろん、魔力の糸が通っている。

 ただ大きさは、ネックレスにしているものの比ではない。

 そもそも宝石自体、リーディが握り込んでも隠れない程度の大きさはある。


 この宝石に通っている魔力の糸は一本ではなく、かなりの本数だ。


 そしてその通る全ての魔力の糸が、宝石内にいる間は常に、この宝石の内部に常駐している魔法の形状へと変化している。

 だから後は、この宝石に魔力を込め、通っている糸全てを、この内部の魔法へと変化させるだけ。


「──氷結──」


 それだけでもう、精霊への変化を果たし終え、魔法の発動準備が完了する。


 宝石のすぐ上に、氷の玉が生まれる。


 それは通っていた糸が──精霊が、球形に成されるよう編み込まれ、視認出来る形に顕現できた証。


 魔法の発現準備。


 そのものだった。


「それは……!」


 驚くフルミリの声を聞きながら、手の甲を上に向けたまま手を振りかぶり、ダンッ! と地面に手の平を叩きつける。


 氷だから適当に放っても森に被害が及ばない……なんてことはあり得ない。

 植物は温度変化に弱い。

 だから氷で凍らせてしまっては、その植物は普通に枯れてしまう。


 そのため必要なのは、より精密な魔法操作。

 精霊と呼ばれる糸が見えているリーディだからこそ、出来るはずのことだった。


 手を叩きつけると同時、生まれていた氷の玉は、糸が解けるように霧散する。

 だが、消えた訳ではない。

 糸へと戻り、魔法と魔力を宿したまま、目的地となる魔物が潜んでいる場所へと向かう。


 茂みの中。

 いや、さらにその下の地面の中――そこで再び玉となるように、グッと、リーディは拳を握り──一気に、手を開きながら、天へと向けた。




 ──瞬間、氷針が山となり生まれた。




 遠目では氷の塊に見えるぐらい、細い氷の針。

 無数に生まれたソレは、傍にある木の高さまで伸びきる。


 だがそのどれもが、植物に全く触れていない。

 傷つけることなく、敵への先制攻撃を果たしていた。


 奇しくもソレは、フルミリが望んでいたこと。

 だから自分から突撃して、敵を驚かせて飛び出させようとしたのだ。

 植物を傷つけないよう、平地で戦うために。


 ただそれは、こちらの攻撃を当てることが出来ない行動でもある。

 しかし彼は、それをやってのけたのだ。

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