元相方との再会
振り返ったそこには、背の高い女性がいた。
リーディの身長は、男性の割には高くない。
ひ弱な身体そのまんまな見た目と言ってもいい。
そのためサリスにすら身長が追い抜かれ、目線の高さはほぼ一緒だ。
だけど彼女は、そんなレベルではない。
おそらくは百七十センチ後半。もしかしたら百八十あるかもしれない。
サリスのように大きくはないが、確かに女性と分かる大きさをした胸だけを隠すような、水着のような服装。
肩もお腹も背中も露出しており、水辺で会っていないことに違和感を覚えるほどだ。
下は腰に少し長い布を結び付けているだけで、下着が見えること前提で着こなしているように見える。
ただそうした腰の位置が高い、足の長さを見せつけるような服装や、自らの肉体美を誇るような堂々とした態度のせいなのか、いやらしさやエロさといったものはあまり感じない。
むしろ下手に隠してチラりと横っ腹を見せるサリスの方がエロいほどだ。
この服装とは違う、身体のラインを隠すようなものだったら、ひと目しか見れていないと男性だと間違えてしまっていたかもしれない。
腰に差した細身の剣を見ての通り、素早い動きで敵を翻弄し、一撃で急所を狙うような戦いを得意としている。
褐色の肌に短い銀色の髪がよく映えており、その動きはきっと、銀の風が舞うように綺麗なのだろうと想像できた。
「フルミリ!」
リーディと同じく振り返ったサリスは、彼女の名を呼び近づいて……手を握ってギルドの外へと追い出し、入り口から少しズレる。
「もう、またこんな人の邪魔になるような所で声かけてきて! この前ここで話し込んだせいで皆に迷惑かけたこと、もう忘れたの?」
「ははは! いや悪い悪い。サリスを見かけたことが嬉しくてね」
「だったら建物の中で声をかけてくれたら良いのに」
もう、とちょっとスネたような態度は、先ほどからのやり取りも踏まえると、二人の仲が良好であることを知るには十分だった。
「あ、紹介するね」
そんな二人を黙ってみていたリーディは、突然手を握られてちょっと焦った。
「彼が前にも話したリーディ。
昨日でリハビリも終えたから、ギルドに報告に来たところ」
「どうも、初めまして」
「ふむ……君が、サリスの話していた男か」
ギルド内で感じた視線と同種の、値踏みするような視線がこそばゆい。
不特定多数ではなく一人の美人となるだけで、ここまで気持ちに変化が訪れるのは、男性の悲しい性というものだろう。
「では、サリスはもう青銅級への申請は済んだのか?」
「ええ。
だからこれから、ちょっと採取依頼に行くつもり」
「……ん? 聞き間違いかな? 採取依頼? 討伐依頼ではなくて?」
「ええ。だって白銀級の人なんていないでしょ?」
「わたしがいるじゃないか」
まるでアピールでもするかのように、両手を広げる。
「わたしは君の友人だろ? こういう時こそ頼ってほしいものだ」
「そりゃ、いつかは頼るつもりだったよ? でも今日は採取依頼」
「何故だ? もう彼の面倒を見る必要はなくなったのだろ? だったら早く討伐依頼をこなして、元のランクに戻るべきだ」
「面倒を見る必要が無くなったから、同じ冒険者として、一緒に冒険に行くの」
「おいおい……なんの冗談だい? サリス。
本人を前にして言うのは申し訳ないが、彼は強くないだろ?」
佇まい、魔力の量から、彼の実力を推し量ったのだろう。
「フルミリには分からない?」
「何か、秘密があるとでも?」
「あいにくと、ここで話すつもりはないの」
周囲を、視線だけで指し示す。
隅っこに寄ったとはいえ、ここはギルドの出入口。人の往来が激しいことは言うまでもない。
「知りたかったら、これから一緒に採取依頼に来てみない? そしたら、元々彼が試そうとしてたこと、あなたの前で見せてくれるかもね」
「……分かった。同行しよう」
当事者たるリーディを置いて、話はトントンと進んでいき……気が付けば、白銀級がただの採取依頼に付き添うという、よく分からない事態にまで発展していた。
◇ ◇ ◇
「フルミリは、私の元バートナーなの」
街を出て、採取場所である森に向かう途中、サリスはリーディに話してくれた。
「元、ってことは、解消したんだよね? もしかして、俺のせい?」
「違――わないか。まあ、私があなたの顎を砕いたことで、パートナーを解消したのは事実だし。
でもそれは、私からお願いしたことなの。
白銀級にまでなった人を、私の失敗に巻き込みたくなくて」
「…………」
「でもそこから彼女は、誰ともパーティを組まないで、一人で他のパーティの助っ人に入る形を、ずっと続けてきたの」
「君の帰りを待っていたんだよ、サリス」
と、少し後ろを歩いていたフルミリが口を挟む。
「一生介護が必要になるなら、さすがのわたしも別のパーティを考えたかもしれない。
でも君は、戻ってくれると私に、喜んで報告してくれたじゃないか」
「あれは……うん、その通りなんだけど。
まさか、リーディが治療の魔法を使えるなんて思えなかったから、つい嬉しくなって」
「治療の魔法……? サリスが誰かに頼んだのではなかったのか?」
「あ、そっか。白銀級にまで戻れるかもって興奮で、ちゃんと話してなかったのか。
そう。彼は彼自身で、自分の傷を治療したの」
「それは……なるほど。だからまだ一緒にいるのか」
「え?」
「そうなれば確かに、利用価値はあるからね。
骨を粉々にしたのにすべてくっつけて、普通に話せるほどの魔法が使える回復術師……手放さない価値はない。
となれば、彼もそれなりにランクの高い人なのかな?」
「ううん、廃鉄級」
「……どういうことだ?」
そこでようやく、フルミリはリーディを見た。
値踏みするようなものではない、彼自身を見るような瞳。
それを向けられた彼は、自分自身でも分からないとばかりに、苦笑いを浮かべる。
「前までの俺は、魔法なんて何一つ使えなかった。でも、顎を砕かれた衝撃か何かは知らないけど、ふと使えるようになってね。それで治療も出来るようになったって訳さ」
「あり得ない……が、現にあり得ているのなら、あり得ることなんだろうね」
驚きから興味へと、その視線の色が変わったのが、リーディでも分かった。
それにしても……利用価値か、とリーディは一人落ち込んだ。
確かに。冷静に考えれば、白銀級の人が自分に興味を持つ理由なんて、ソレしかない。
自分を回復でき、魔法道具を作れる魔法。
そんなものが他の手に渡るぐらいなら、自分のそばにいさせようと考えるのは、至って普通の考えだ。
ただただ介護していた相手と一緒に冒険に出る理由なんて、そういうものがなければむしろおかしいだろう。
面倒見ていた相手に好意を抱くはずない。
「……はぁ……」
「リーディ?」
「あ、ううん。なんでもない」
つい出てしまったため息に、心配そうにしてくれるサリス。
その優しさが今は、ちょっとだけ辛い。
……だけど、そうだ。
今は確かに利用価値でしか一緒にいてくれないけれど、ここからなのだ。
やっと、介護するものされるもの、という上下の関係ではなく……同じ冒険者として、見てもらえるようになったのだ。
一緒にいれば、好意を持ってもらう機会なんて、いくらでも出来る。
今はまだ、能力だけしか見ていなかったとしても……だ。
「……よしっ」
小さく、今度は隣を歩くサリスにすら聞こえない程度の声で、意気込む。
好みの女性に好かれたい。そして自分自身も、好みの女性のことをもっと知りたい。
そのための、スタートラインに立つための能力だと言うのなら……これ以上を望むのなら、自分で頑張るしかないのだ。
「…………」
その覚悟を決めた姿を、フルミリは静かに見定める。
「……っ」
だから、敢えて言わなかった。
前方に、魔物の気配があることを。