生まれ変わりのような目覚め
本編1話しかまだ載せていないのに早くも外伝。
しかしアイディア的なものが出てしまったのだから仕方がない。
同じ世界設定で別の転生人のお話です。
要は別の国のお話です。
とりあえずはいつものように十話で完結させて、そこからこの物語をさらにどうするかは、それから考えます。
顎を打ち上げる衝撃は、脳天を突き抜けて、全ての意識を刈り取った。
◇ ◇ ◇
真っ白な部屋こそが、僕のいるべき場所だった。
その部屋にはトイレがあり、多くの似た部屋があるにも関わらず、廊下に出て、移動することもしなかった。
ううん。
しなかった、じゃない。
出来なかった、だ。
子供の頃は出来ていた。
それなのに、歳を重ねれば重ねる程、身体を動かすのもしんどくなり、動かさなくなって……部屋の中での移動が、やっとになってしまった。
薬の副作用だと言われていた。
色々な障害が。
だからこれが、ベッドで寝てばかりなせいで体力が酷く落ちたからなのか、言われた副作用だからなのか、僕自身はまるで分からなかった。
薬だと言われていたのに、点滴で入ってきたソレは、僕の身体を酷く痛めつけた。
その痛みがイヤで、針を刺される前に、泣いて拒絶したこともある。
だけど、それは許されなくて。
そして次第に、その痛みが当たり前になって……。
痛くて痛くて、ベッドの上でのたうち回るのが、当然になって……。
蝕む痛みには慣れないのに、痛みがくることには、慣れてしまった。
何十年も投与されれば、それはまあ、当然と言われたら当然だったのだろう。
そうなると次は、身体の成長に伴って大人びてしまう、心の問題になった。
こうして無理に生かされることに、意味はあるのだろうかと。
親に迷惑ばかりかけて、生きていく理由なんて、あるのだろうかと。
……だから、願わくば。
次に僕が生まれる時は、誰にも負けない身体に、して下さい。
◇ ◇ ◇
それは、いつの記憶だったのか。
男はそれすらも、思い出せない。
だけどそれは、確かに自分のものだという確信はあって……昔自分が、ちゃんと体験したことなのだということが分かった。
前世の記憶。
今の自分は、しがないただの冒険者で、特別な力なんて何も無い。
それは記憶にあった、前世でも同じ。
むしろそちらでの自分は、何かの病気で、ただベッドの上で寝ているばかりの人生だった。
それに比べれば今は、自由に動き回れるだけ、十分に幸せではないか。
……間違いなく、それは男の本心。
本心だけに、思うのだ。
あの時僕は……いや“俺”は、誰にも負けない力を願った。
死ぬことを覚悟して、もう仕方がないと諦めたからこそ……来世では、誰にも負けなくないと。
病気にも、見知らぬ誰かにも。
それなのに今の俺はどうだ。
その辺にいる魔物ですら、一対一で辛うじて。
二体同時に相手となれば、逃げるのに精一杯。
三体に囲まれようものなら死を覚悟する。
だから囲まれないよう立ち回ってばかりの、そんな逃げてばかりの人生だった。
これのどこが誰にも負けない身体なのか。
長剣も振り上げられない力。
満足に魔法を使うこともできない魔力。
ちょっと動けばバテる体力。
それなのに、外の世界への憧れだけは、人一倍。
……むしろ、合点がいった。
前世が病院生活だったから、外への憧れだけは強いのに、こんなにも弱い身体に生まれたのだ。
前世と何も、変わっていない。
いや、風邪一つひかずに育つほどの健康体だけは違う。
でも、それだけだ。
そんなだから、女性冒険者に顎を打ち貫かれるのだ。
原因はただただ単純。
角を曲がる時、お互い急いでいたせいでぶつかった。
ただそれに、余計な不随物が付いただけ。
珍しくその時は、男も倒れることなく踏みとどまれた。
いつもは相手が女性であろうと子供であろうと、たたらを踏んでしまうのが当たり前だっただけに、本当に珍しい。むしろ冒険者になってからは初めてだったように思う。
そんなちょっとした感動があったせいなのか、はたまた喜びから脳内麻薬がドバドバ出たのか、逆に倒れていく女性がやけにスローモーションに見えた。
だからまあ、助けようと思うのは必然で……咄嗟に手を伸ばしてしまうのも、仕方なくて……でもそこに、己の非力さは加味されていなくて……。
結果、ぶつかって、飛ばされて、尻もちをつきそうになっている女性の、その伸ばされた手を何とか伸ばして掴んで……一緒に倒れてしまった。
「……ったた……!」
「ご、ごめんなさい……!」
お互い、そうして謝りあっていた。
そこまでは良かった。
手を掴んだはずの男の手が何故か、その女性の豊満な胸を掴んでいなければ。
「っ……!」
「えっ……?」
それに気付いた段階で、すぐに腕を引いてさえいれば良かった。
それなのに男は何故か、そこで一揉みしてしまった。
そこで、顎を打ち貫かれたのだ。
倒れた姿勢だということを忘れさせるほどキレイな、弧を描いたアッパー。
体幹の動きだけで放たれたとは思えないその一撃によって、彼は文字通り、上空を舞った。
女性が悲鳴を上げたかどうか。
柔らかいという感想を抱いたその直後に打ち上げられ、気絶してしまった男に、ソレをわかる術はなかった。
◇ ◇ ◇
「……んん……」
まどろみの中にあった意識が、引っ張り上げられるように現実へと引き戻される。
不思議と、先程まで見ていた夢のようなものが、記憶の中に強く残っている。
……いや、夢じゃなかったのかと、そこで男は思い至った。
キッカケはどうであれ、前世の記憶が戻ったことによるものなのだろう、と。
……そこでふと、自分の記憶が、しっかりと定まっていないことを自覚した。
ただソレは、厳密には違う。
定まっていないのではなく、前世の記憶と今までの記憶が、混じり合っているのだ。
思い出した中での必要なものを固定させ、不要なものは再び記憶の中へと閉じ込める。
もちろん、今までの記憶も同様だ。
その取捨選択の繰り返しによって、記憶が混濁しているに過ぎない。
「あ!」
だから、そんな中で隣に誰かが座っていようとも、満足に意識が向くはずもない。
「嘘っ!? 目が覚めた!?」
高くて大きな女性の声。
頭がグルグルしている中でのその声は、頭痛の種にしかならなかった。
「う、うぅ……」
うるさい、と言おうとして、何も喋れないことに気づく。
「どうしたの!? 大丈夫っ!?」
いや大丈夫じゃないか! と自分の言葉にツッコミを入れている女性を見ることも出来ない。
何かで首が固定されている。
感触だけでそれが分かる。
何で固定されているのか確認しようと手を上げようとしたが、それが出来る体力もない。
足も動かない。
それも体力不足だ。
いや、体力というよりは気力か。
何の栄養も取っていない身体が動くはずがないと、悲鳴を上げている。
どれぐらい倒れていたのか。
ただそれを確認することも出来ない。
顎も何かに固定されている。
顎から頭に渡ってグルリと何かで巻かれ、口が開かない。
おそらくは包帯か。
そのせいだ。
いや違う。
そもそも、動かせない中固定されている。
コレが外されても動かせない。
大きな怪我だ。
顎の骨が粉々だ。
「…………?」
そこで自分が、どうしてそのことに気付いたのかについて疑問が向く。
痛みがあるのは確かだが、顎の骨が粉々だなんて、分かるはずもない。
顎が砕かれた記憶はあるが、粉々ということを“感覚で分かっている”。
……ふと気付く。
今まで見えていなかったものが、そこら中に見えている。
糸だ。
透明な糸。
白ではなく、透明。
輪郭が見えているその線を、糸と表現しているに過ぎない。
それが、そこら中に舞っている。
しかし不思議と、気持ち悪くはない。
昔から見えていたものじゃないのに、その変化を、嫌に受け止められる自分がいることも、男は不思議に思いながらも、受け入れられた。
……そして自然と、その糸に向けて念じる。
叶えてほしい願いを。
そうすることこそが、自然であるかのように。
この糸について、何も知らないはずなのに。
「…………」
糸が舞う。
数センチ・数十センチしかなかったそれらの先端が重なり・結ばれ・目が無くなり・メートルはあろう一本の長い糸に。
それが何本も何本も生み出され……中空にあったそれが、顎に集まる。
片方の先端が顎に吸収されると同時、もう片方の先端が、自分の胸の近く──身体の中心へ。
──途端、男の中にあった何かが、喪失する感覚。
だけどそれは、魔力が使われた証。
今まで生きてきた中でもあった記憶。
そして、今まで知らなかったこの糸が見える能力も──それの使い方を知っているのも、生まれ変わる時に得ていた記憶。
育っていく中で忘れていたものが、思い出されたもの。
昔からあったものと、生きていく上で学んだもの。
その二つのおかげで出来ている、この自分の現象が、ほんのちょっと、おかしく感じて……。
「…………」
動く頬で僅かに笑みを浮かべたあと、男はそのまま、再び眠りについた。
外伝の短編はちゃんとサブタイトルを別のに変える努力をしたいなと思う、今日この頃。
今回の十話が終わった後、また別の転生人の話を書きたくなった時のことを思うと、そんなことをすると大変なのは分かるんですが、そこは未来の自分に託すということで。