第一章 第二話「一夜」
転生。
それは桐ケ谷霞が授かった固有スキルの名前の一つである。
その名の通り、そのスキルを持つ人間が何らかの要因で命を落とすと、何処かで再生成された体に転生するという能力なのだが、その発動条件を桐ケ谷霞は今現在満たしている。
...要するに、桐ケ谷霞は死亡したのであった。
「...で、そっから転生したのか、自分」
自身が置かれた状況を理解して、彼はもう一度意識を体の内側に向ける。
まず、桐ケ谷霞はなぜ死んだのか。
あの化け物に殺されたからと言ってしまえばそれまでなのだが、問題はあの化け物の強さにある。
少なくとも、桐ケ谷霞は勇者であった。仮にも世界最強の魔王を倒した事があるし、逆に強すぎて世界から嫌われていたくらいには強かった。
なぜなら、彼は神から力を与えれた存在であったから。
だからこそ、あの化け物の強さは異常だったのだ。
あれは強いだとか、弱いだとか、そんな言葉で表せられる程のものではなく、何処かこの世の理から外れたような、そんな異常性を感じた。
あの化け物の正体が何であれ、意識しておいて損はないだろう。
桐ケ谷霞はそう結論づけて、思考を過去から現在へと移動させる。
「ったく...なんで俺がこんなことを...!」
記述していなかったが、桐ケ谷霞は現在肉体年齢七歳にして重労働を強いられている。
なぜそうなっているのかというと、どうやら転生した場所が悪かったらしい。
転生場所の名前は奴隷鉱山という。
どういう場所なのかということを簡潔に説明すると、獣人や巨人などの種族が、奴隷として強制的に働かされている鉱山のことである。魔鉱石という需要も供給も桁違いに高い鉱物が存在する異世界では、この世の鉱山の九割九分がこの奴隷鉱山に分類される。
観光地化されたような鉱山でもなければ、労働者に奴隷以外が選ばれるようなことはまずないのだ。
運良くもらった力で転生できたのに、待っていたのは鬼畜な労働生活だったというのが、桐ケ谷霞の現状である。
「仕事は終わりだ!各々自分の部屋に戻るように!」
彼のいる部屋に、低い男の声が鳴り響いた。
奴隷鉱山とはいっても、その役割はあくまでも鉱石の産出なので、よくファンタジー系の小説で目にするような、生きているのが不思議なくらいの労働環境ではなく、十分に生命維持ができるくらいの食料は提供されているらしい。
とはいえ、奴隷に人権のようなものは適用されず、一日十四時間にも及ぶ肉体労働はかなり辛いものだった。小学生レベルの運動能力しか持ち合わせていない桐ケ谷霞にとっては特に。
鎧を着た男に連れてこられた部屋というよりは牢獄に近いような場所に着くなり、彼は疲れからか死んだように眠りこけてしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
目が覚めたのは、おそらく夜。
自分以外の奴隷たちは全員眠っていて、皆の寝息と微かな足音だけが鳴り響いていた。
そんな状況の中、桐ケ谷霞がなぜ目を覚ましたのかというと。
「いい?今から、アンタを私たちの住処に案内するわ」
目の前にいる少女が原因なのであった。
何か物音が聞こえるなと思い、目を開けてみたら、その少女が眼前五センチの場所に居た。
といっても、辺りが薄暗いために彼にとっては顔の影と鋭い目しか見えなかったため、思わず大声を上げそうになってしまったが、間一髪、その少女に口を塞がれる形で見張りに気づかれることを免れた。
そして、今に至る。
現在はひとまず冷静さを取り戻し、少女の言葉に耳を傾けている彼であった。
「いいからついてきて、理由は後で話すわ」
少女の格好は薄汚れた無地の服に膝が隠れるくらいの長さのズボンといった服装で、頭に猫耳が付いているため、恐らく人間と獣人とのハーフだろう。そこら辺から察するに境遇は同じ奴隷といったところだろうか。
水色の髪に鋭角的な印象を受ける透き通った赤い瞳が特徴的で、その見た目は少女というよりは女の子という表現の方が似合いそうだった。
面倒事には極力巻き込まれたくない性格の桐ケ谷霞であったが、ここに居たままでは将来的に絶対過労死するし、面倒事と同じくらいに孤独を嫌う彼としては、少女についていくというのは悪くない選択だ。
「んで、住処に行くったって、どうやるんだ?」
「ふん。それはね...」
少女は立ち上がって、得意げに胸の前で手の平を合わせると、
「えいっ!」
小さいながらも陽気さを感じさせる掛け声が鳴ると同時に、少女の姿が見えなくなった。
「なるほどね...」
「ふふん。凄いでしょ!」
「...ああ」
彼が少女の言葉を肯定すると、少女の方から彼の手を握ってきた。
「こっちよ!」
次の瞬間、二人の姿が虚空へと消えていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
少女の名前はエリスといった。
彼女の固有スキルは所謂透明化というやつで、自身と、自身が触れたものを第三者から認識できないようにできるという、便利かつ中々に強いものである。
まあ、彼女自身は固有スキルという概念をあまりよく理解していなかったようだが。
それで、現在桐ケ谷達はエリスの透明化を利用して、彼女が言う住処とやらに到着していた。
「んで、俺をここに連れてきた理由を説明してもらおうか」
住処というのは、ただ死角になりやすい位置からギリギリ子供が通れるような穴を掘り、そこから部屋となる空間を掘り広げたものだった。
奴隷鉱山を含め、奴隷の管理は基本的にかなり緩いので、奴隷が一人二人脱走したり失踪したりしたところで、大した問題には発展しない。桐ケ谷霞がそこまで奴隷という立場にそこまで悲観的になっていなかったのもこれの影響が大きいのである。
「アンタもここにいるのなら、この鉱山から出たいと思う筈よね?」
「あ?まあ、そうだが」
「だったら話は早いわ」
すると、彼女はおもむろに近くにある木製の箱を開け、
「これを何とか使いたいんだけれど...」
彼女が取り出したのは、一つの魔力爆弾だった。
大きさや形的に軍事用のものではなく、工事や鉱石の採掘に使うものだったので、倉庫かどっかから盗ってきたものだろうか。火と風の魔鉱石を砕いて練り合わせたタイプの爆弾で、比較的威力は少ない方なのだが、それでも子供が扱えるような代物ではない。
(なるほど...)
割と深い位置にあるこの部屋からばれずに鉱山から脱出するには、かなりの距離を掘り進めなければならない。
つまるところ、脱出用のトンネルをもっと早く掘りたくて、爆弾を持ってきたのはいいが、その使い方がわからない、と。
「それで、ここでは数少ない子供の俺に協力してほしい、ってことであってるか?」
そういうと、彼女は箱から身を乗り出し、表情を輝かせ、
「そう!何か知ってることはない?」
「いやまあ...爆弾くらいなら使えるが」
これはもっと有効活用できるかもしれない。
彼はそう考えていた。
そんな彼の考えを知る由もなく、彼女は一段と表情を明るくすると、
「よし、じゃあ決まりね!」
そう言いながら、部屋からつながる通路の方から、自分より一回りほど小さい男の子を連れてきた。
「この子、私の弟!仲良くしてね」
「あ、あの...ケレスっていいます...よろしく、です...」
コミュニケーション能力の塊のような姉とは裏腹に、彼から受ける印象はあまりにも小さく、貧弱だ。
ただ、鋭角的な目元だったり寒色系の髪だったりと、所々似ている辺りはさすが姉弟といったところだろうか。
「...」
ほんの少しだけの不安を味わいながら、元勇者は考えた。
日の光を浴びれる日は近いのかもしれない、と。