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第一章 第一話 「転生」

 質問、勇者とは何か。


 人は、これに何と答えるだろうか。

 無邪気な少年ならば、かっこいい人と答えるだろうし、厳格な老人なら、男の中の男、と答えるだろう。単純にRPGなどの主人公と答える人もいるかもしれない。


 とにかく、一般的にあまり嫌なイメージは抱かれないのが基本である。

 しかし、それは勇者が存在しない世界だけで起こりうる話。

 勇者が存在するのならば、それだけで勇者という二文字が持つ意味は大きく変わってしまうのだ。


 実際に、桐ケ谷霞という勇者が存在する世界がある。

 彼は神という存在の手によってこの世界に転生し、その際に異常なまでの強さを手にし、勇者として真っ当に人々を助け、癒し、ついには人類最大の脅威である魔王を倒すことに成功した。

 それで。

 彼が英雄として讃えられたかと言われれば、そうではない。

 彼は強すぎた。

 彼の持つ圧倒的な力を、人々は何とかして封じ込めようと考え始めたのだ。現実世界で例えるならば、核兵器が意思を持って行動しているようなものなのだろう。そう思えば無理はない。

 当然、彼は抵抗した。自分は力を持っているだけ。それだけで自分という存在が否定されるのが、どうしても許せなかったのだ。

 しかし、人々は知っていた。生物が過剰な力を持つとどうなるかを。過剰な力を持つ魔王が居たからこそ、知っていた。桐ケ谷霞の行く末を。


 質問、勇者とは何か。


 この問いに、彼はこう答えるだろう。

 最も不幸な存在、と。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 桐ケ谷霞は異世界転生者である。


 異世界転生者になった理由は特にない、というよりかは、なんとなく成り行きでそうなってしまった、と言った方が適しているだろう。

 きっかけは十五歳の時に起こった交通事故。

 高校受験を間近に控えた中学三年生の冬に、彼は通学路を制服姿で歩いていた。周囲の人の流れに身を任せつつ、少し悴んだ手を制服のポケットに入れる。

 別に何か特別なことがあったわけでもない。

 桐ケ谷霞にとってはいつもと変わらない朝だった。

 そして吞気に横断歩道を渡っていたら、いつの間にか彼の体は宙を舞っていた。


 一瞬の出来事だった。


 恐怖だとか、痛みだとか、そんなものは無かった。

 というより、死んだという事実にすら気づいていなかった。


 ただ、何かが起こったということを認識した瞬間に、視界が暗転して──、


 気づいたら、見知らぬ場所にいた。

 そこからはお約束にお約束を重ねたような展開だ。

 貴方は不幸にも...的な言葉を神に言われ、死に対するお詫びとして強そうな能力をもらい、転生し、もらった力で異世界生活を謳歌して──、


 そして、今に至る。


 別に生活に困っている訳ではない。

 魔王討伐の報酬で大きな屋敷も買えたし、酒場に行けば食事だって出来る。この世界の文明レベルを考えればかなり恵まれている方だ。

 この世界に飽きたわけでもない。

 娯楽は無数に存在しているし、他人からもらった力を使ってクリアするダンジョンはとてつもなく楽しい。この世界の雰囲気も気に入っている。


 だとしても。


 何をやっても拭い切れない虚無感が、桐ケ谷霞を襲うのだ。


「はぁ...」


 込み上げる虚無感を押さえ切れずに、桐ケ谷霞はため息をついた。


 勇者になって魔王を倒せば、人々から信頼を得れると思っていた。

 自分の持つ力が、決して人々を傷つけないことの証明になると思っていた。


 しかし、その思いはただの思い込みに過ぎなかったようで。

 結果的に、魔王を倒すことは自身の力の強大さをより強く示すこととなってしまった。


「何で勇者になったんだ、俺」


 今は何か目標があるわけでもなく、引きこもって酒に溺れる日々。

 二十歳にして、桐ケ谷霞の人生はお先真っ暗であった。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 喉の渇きを感じ取り、目が覚めたのは夜中のことだった。


 屋敷の二階にある寝室から一階に下り、小さな樽に取っ手を付けたようなコップを手に取る。


「ふぁ...井戸の方に行くか」


 この世界には上下水道の概念がない。

 いつもは汲み置きの水を浄化魔法で浄化して使っているのだが、生憎今はそれを切らしてしまっている。

 そういうわけで、桐ケ谷霞は屋敷の裏にある井戸を使う外無かった。


「寒っ...さっさと済ませよう」


 辺りはすでに真っ暗で、その分空には星が煌々と輝いている。

 しかし、その星々の輝きを楽しめる程の余裕は無く、如何せん寒さが厳しい。

 さっさと井戸水を汲んできて、屋敷で珈琲でも淹れよう。それが桐ケ谷霞の本心であった。


「やあ、勇者様」


 吞気にそんなことを考えていた桐ケ谷霞の耳に、重く、それでいて透き通った声が木霊した。

 振り返ると、屋敷の屋根に人が座っている姿がうっすらと見える。


「...誰だ」


 声の高さからして恐らく男だということは分かる。

 というよりも、それだけしか分からなかった。

 視覚からの情報は着ている服が辛うじて分かる程度で、それ以外は暗闇に包まれて見えなくなっている。


「名乗れるほどの身分じゃないよ。強いてな言うなら、一般市民ってとこかな」


「...何をしに来た」


 とりあえず相手の情報を出来るだけ引き出しておく。

 貰った力を過信せず、まずは冷静に相手の力量と、自分に対して敵か、味方かを判断する。心を開くのは信頼のおける仲間だけにしている。

 それが桐ケ谷霞のスタンスであり、幸か不幸か、魔王を倒すことが出来た理由でもある。


「君と話すこと。それが僕の役目さ」


「...はぁ?何言ってんだ、お前」


「君は僕とここで話してなきゃいけないんだよ。彼のためにも、ね」


「...」


 はぁ?と、桐ケ谷霞が二度目の疑問を口にするよりも早く。

 ドゴォン!と。


 凄まじい爆音とともに、屋敷裏の崖上から放たれた光が夜の闇をかき消した。


「なっ...!」


 何が起こっているのか、桐ケ谷霞は理解できなかった。

 これを事前に知っていたのか、あの男はもう屋根の上に座っていないし、放たれた光が強すぎて1メートル先の景色すらもまともに見えない状態になっている。

 光が勢いを失い、桐ケ谷霞が状況を理解しのは、数十秒ほどの時間が経過した後だった。


「嘘だろ...」


 状況を理解して、桐ケ谷霞は愕然とした。

 光を放っていた崖の上に、筆舌に尽くし難い化け物が居た。

 人のような形をしているが、首から額にかけて赤紫色の痣があり、その双眸は真っ赤に染まっている。

 両手は異常に長く、手首から先は大きく肥大し、その部分の皮膚は裂け、骨やら筋肉やらが見え隠れしているが、無理やり魔力で押し固めたのか、指先は固く硬化していた。


 そして、その化け物の両目がギョロリと桐ケ谷霞を睨み。


「がっ...がぁっ!」


 生物であることを疑うような速さで、彼に向かって一直線に跳んできた。


「まずいっ!」


 咄嗟に、彼は思いつく限りすべての防御魔法を展開する。

 魔力を押し固めて結界を作り、それを何重にも重ね、更には魔力で細胞を強化して自らを硬化させる。普段はこんなにも魔力を大量消費して戦うことはないのだが、そうしなければ負けると、自らの心が強く叫んでいた。


 急いで防御態勢を整え、最後の結界を張り終えた直後。

 ガガガッ!と大きな音を立てて、両者が衝突した。


 衝突の勢いで、展開した結界の半数が割れた。魔王ですら、一撃ごとに一枚しか割れなかった結界が。

 化け物は、衝突の時に使った右手を大きく後ろに振り、そのままの勢いで体を回転させ、次々と結界を破壊しにかかる。

 対して、桐ケ谷霞は次々と壊れた結界を再構築することでしか対処できなかった。

 それほどまでに、連撃の勢いが強すぎたのだ。

 少しずつ、少しずつ結界は削れ、化け物の爪は桐ケ谷霞の体をも傷つけ始めている。


 このままでは成す術なくやられてしまう。

 どうする、どうする、どうする。桐ケ谷霞の脳内を、徐々に焦りや恐怖が埋め尽くしていく。


「くっ...ぐ、ぐぉぉおああ!」


 桐ケ谷霞は最後の力を振り絞った。

 右手を大きく振りかぶり、結界ごと化け物を吹き飛ばす。


「あ?」


 不意を突かれたのか、化け物はそのまま五メートルほどゴロゴロと地面を転がった。


 今しかない。


 桐ケ谷霞はそのままとある術式を展開した。

 その名を崩壊術式という。

 その凶悪そうな名前の通り、自らの持つ魔力のすべてを使って対象を破壊する術式である。

 しかし、崩壊するのは攻撃の対象だけではない。

 その術式を発動した本人の体すらも、死ぬことは無いが体の大部分が消し飛んでしまう。

 故に崩壊術式なのである。


「だとしてもっ...!」


 ここで倒さなければ、やられてしまう。


「があぁぁぁぁっ!」


 両手の平を前に向け、桐ケ谷霞はすべての魔力を解放した。

 ドゴォ!という爆音とともに、目の前のありとあらゆるものが破壊されてゆく。

 大地は抉れ、植物は灰になり、その代償として桐ケ谷霞の腕から鮮血が吹き出してゆく。


 自らの持つ魔力の強大さを、彼は改めて気づかされた。

 これはもう、人間が持っていい力の限界をはるかに超えているだろう。

 災害レベルのこの力をまともに受ければ、流石にあの化け物さえも生きてはいられないはずだ。


「はあ...はあ...」


 全ての魔力を出し切って、桐ケ谷霞はその場に倒れこんだ。

 もう、体内に力はほとんど残っていない。


 しかし、ここまでの代償を背負ってまで放った一撃なら、もう化け物はこの世にいないだろう。

 全てが、終わった。

 彼がその事実を確信した、その時だった。


「が、があぁっ!」


 化け物が、瓦礫の中から飛び出してきた。


「...へ?」


 突然の出来事に、桐ケ谷霞の口から間の抜けた声が漏れ出す。

 何故だ。おかしい、確かに化け物はあの攻撃をまともに食らったはずだ。

 そんな文言が、桐ケ谷霞の脳内に木霊する。

 ただ、えも言われぬ恐怖の感情が、じわじわと彼の精神環境を侵食していった。


 化け物は、一歩、また一歩と桐ケ谷霞の元へと近づいてくる。

 まずい、殺される。

 何とかして、抗わなければ。抗ったとして、結局殺されるだけじゃないのか?どうすればいい? 


 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。

 恐怖と、憤りと、焦りがぐるぐると目まぐるしく脳内を回って、桐ケ谷霞の視界が暗転したその瞬間。


 化け物の爪が、桐ケ谷霞の首を刎ね飛ばしていた。

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