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第五話 バンプキン邸にて

 ミーア・バンプキンの朝は早い。


 しがない男爵家の一人娘でド貧乏。そんな彼女の一日は、まだお日様が顔を出す前の、空が群青色に染まっている時から始まります。


 人を雇うだけの余裕のないバンプキン家では、領民に混ざりながら、一家勢揃いでの野良作業が朝一番の大仕事です。


 バンプキン男爵夫妻は身分を気にしないおおらかな人柄もあり、領民達から気さくすぎるくらいに慕われていました。

 今日はバンプキン領名物、芋の収穫が行われています。


 バンプキン男爵家のルーツを辿ると、元より農家の出でありました。ある日、国で起こった大飢饉の最中、一人の農民……もとい、数代前の当主となる若者が、自らの畑で取れた芋を国民に無償で配った事が始まりだのだとされています。彼の功績が当時の王の心をいたく感動させ、若者は男爵位を賜る事となったのです。


 芋の意味でもあるバンプキン家の名前がついた芋は痩せた土地でも良く育ちます。蒸してしっとり、焼いてほっこり。どんな食べ方をしても美味しいとの評判です。現在でもバンプキン領の芋を求める根強いマニアがいるお陰で、ド貧乏ながらも細々と、領地を回していけるぐらいの稼ぎにはなっているようでした。


 大人達に混じりながら、隅っこの方で野良仕事をしていたミーアは、地面から顔を出したオケラやミミズを見つけて、へにゃっと蕩けんばかりの笑顔を向けます。


「あ! オケラのサンポールジョアンナさん、おはよう。今日も素敵なお空ですねっ! ミミズのパーシィレノアさん! こんな所にいたんですね? あなたのお陰で我が家の畑の土が潤ってるんですよ? いつ見てもあなたの艶々とした身体は美しいですね? 栄養がたっぷり詰まってそうで!」


 彼女の友人達———もとい、虫達に挨拶をしているうちに、ぐぅ、とミーアのお腹から音が鳴りました。バンプキン領は貧しい為、食事も量を減らしてなんとか成り立っているのです。収穫したばかりの芋はほとんど出荷してしまいます。ですので———


「……はあ、お腹空いたなぁ……そういえば、虫って食べられるんでしょうか……?」


 耳を疑うような発言が、ミーアの口から溢れました。


『こンのお馬鹿ぁーーっ!! アンタ、仮にも貴族のご令嬢がなにやってんの! すっぴんのまま外に出てたらお肌が荒れるでしょう!! しかも何? ”虫って食べれるんですかー?” って! 本人にそれ聞くのっ!? アンタのお友達なんでしょうっ!? 大体ね! 今時庶民でも虫食してる子なんていないわよぉぉぉ!!』


 オネェの怒涛ツッコミは収まることを知りません。ダダ漏れし続けるボケを見逃さないよう残さずきっちりキャッチした後、ぼけ〜としながら芋を掘る手を止めていたミーアに話しかけました。


「あれ? おかしいなぁ。図書室に居るはずのマリー様がいるぅ〜? やっぱり私、まだ寝ぼけてるんですね? ……そっか! そうですよねぇ! 昨日の事は全部夢だったんだ! 婚約破棄も夢! おかしな生き霊に出会ったのも夢! みんなみぃんな悪い夢だったんですっ! ああ〜良かったぁ〜! 安心した……」

『はい残念でしたぁ〜夢じゃありませぇん! いい? これは立派な現実よ? アンタはアタシのお願いをしっかり聞かなくちゃいけないのっ! アンタは元婚約者に復讐! アタシは思い人を探して欲しい。どう? わかった?』

「……………はぁぁぁぁ〜」

『ちょっと。なにを嫌そうに溜息ついてんのよ? アンタ、結構失礼よね?』


 露骨に嫌そうな顔をするミーアに、マーリオの脳裏には一瞬、この子を選んで失敗だったかも知れない、との不安が過りました。が、ここまで来たのだから手段を選んではいられません。40年にも及ぶ孤独の中、彼を見つける事が出来たのは、ミーアただ一人だけだったのですから。ある種の運命的ともいえるこの出会いを無駄にするだなんて、完璧な彼の前にはあり得ないのです。


 なんとしても今生の心残りを解消しなければ。マーリオは気を取り直して、意図的に人好きのする優しい表情を作りながら、穏やかな声音でミーアに話かけました。

 兎にも角にも、この芋っこいお嬢ちゃんにやる気をださせなければ。


『ねぇえ? アンタの思い浮かべる復讐って、どんな風なの? アタシもね、なにもアンタを苦しめたい訳じゃないの。タダでさえ、アンタに迷惑かけちゃうんですもの。出来るだけアンタの希望に沿って、計画を考えるから。 ……ね?』

「マリー様……」


 慈愛に満ちたマーリオの表情にコロッと引っかかったミーアは、いたく感動したように両手を組んだ後、「そうですねぇ……」と、熟考に入りました。


 復讐———なにやらおっかない響きをもったこんな言葉をじっくりと考える事になるだなんて、今まで思いもしなかったのです。そのせいか、彼女の頭にはこれといったアイデアが閃きそうもないかと思われました。


 が、二つほど、恐ろしい行いを思いついてしまったのです。それは、巷で話題のロマンス小説でのひと幕———もとい、婚約破棄後の場面が描かれたページでした。


 ミーアと同じように婚約破棄をされた美しいご令嬢の物語で、そのご令嬢は、婚約者を奪い取ろうと近寄る子爵令嬢に嵌められて、いわれのない罪をなすり付けられてしまうのです。実際は婚約者に言い寄っていた子爵令嬢の自作自演だったのですが、確か、その時の内容が……


「こんなのはどうですか? ベアトリーチェさんの教科書を隠してしまうんです! どうです? すっごく悪党みたいではありません?」

『ハン』


 オネェは鼻で笑いました。

 先程までの慈愛の眼差しはどこかへ消し飛び、真顔でミーアを見下しています。


 そのような三下が行うような真似、この気高いマーリオ様が認める訳がないだろう愚かな小娘めっ!

 誰がどう見ても、彼の麗しい表情からはそのように汲み取れました。


「は、鼻で笑われた……じゃ、じゃあ! こんなのはどうです? ベアトリーチェさんの靴を……う! こんなのあんまりだ……いいえ! ここは心を鬼にしなければ! どこか遠くへ放り投げてしまうんです! どうですかっ! こんな非道な真似、他の誰にもできませんよ!」

『…………』


 最早オネエは無言です。

 小娘に向ける視線は、まるで虫けらでも見るような目つきでした。


『ねえアンタ。 ……いや、いいわ。何も聞かないことにする。アンタに聞いたアタシが悪かったの。ごめんなさいね……?』

「な、なんか謝られた……! なんでしょう、釈然としないのですが……?」


 ミーアは納得がいかないとばかりに不満げです。彼女の中では渾身の出来のアイデア———もとい、嫌がらせを発表したというのにこの扱い。


 心にモヤモヤとしたものを感じながら、じゃあ一体どうすればいいんだ! という気持ちを込めてオネエを見つめ返しました。


「そう言うからにはマリー様にはさぞいいアイデアがあるんですよね? だって私じゃこれが限界ですもん。 ……はっ! そうですよ! なんならマリー様が一から全部考えてくださいよぉぉぉ!!」

『ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ? まあ、ね。一応考えてる事はあるのよ?』

「え!? ほんとうですかっ!!」


 ミーアはガバリと頭を振り上げました。そのせいでマーリオの胴体に顔が突き刺さってしまい、側から見たら酷い構図になっています。基本、幽体のマーリオは人やモノに触れる事は出来ません。それは勿論こちらにも当てはまる訳で。ミーアの顔も貫通しています。つまりは———


「ひぃっ! な、中身が丸見えじゃないですかっ! ……あ! ここ! 肝臓の辺りがドス黒いですよっ! さてはマリー様、生前お酒ばっかり飲んでたでしょ〜? 不摂生ですよ? あ、内臓にもガタがでてますね? もうっ! ちゃんと定期検診行ってたんですか?」

『いやあぁぁ! ちょっとどこ見てんのよこの変態! 肝臓が変色してるのは毒のせいよ悪かったわね! ……って! 今はそんな事どうでも良いのよ! いいからちょっと離れなさい! アタシはね? アンタがモテモテになれるよう力を貸してあげるっていうのっ!』 

「え……!」


 今となっては完全に悪霊の類いだとしか思っていなかったこのオネェが、本当は色々考えてくれている事に、ミーアは少し感動しました。めり込んでいた顔をもう一度引き戻し、期待のこもった眼差しで、マーリオを見上げます。


「もしかしてマリー様、私がルイズ様と復縁出来るように手伝ってくださるんですかっ!?」

『やあねえ〜あんなクズ男とより戻してどうすんのよお? そうじゃなくって、アタシがアンタをとびっきり美しくなる様に磨いてあげるわ? それからあのドクズをオトしにいってらっしゃいっ! あんたにメロメロの骨抜きにしてからこっぴどく振ってやるのよイーッヒヒヒヒヒヒーーーッ!!』

「ええ……」


 このオネェ、なかなか良い性格をしている。まるで物語に出てる悪い魔女のように笑い声を上げるマーリオを見て、やっぱりこのオネェ、悪霊では……? だなんて思いながら、ミーアはなんとも言えない顔で眺めているのでした。


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