第四話 取り憑かれちゃいました⭐︎
「無理ですごめんなさいっ!」
『ちょっと! なに即答してんのよっ! 何もただでやってもらおうって訳じゃないわ? アンタにも、ちゃあんと見返りがあるから! ね? 考え直して頂戴?』
「え……見返り、あるんですか……?」
急いで図書室から出て行こうとしたミーアでしたが、その言葉にぴたりと足を止めます。
———見返り。なんと魅力的な言葉でしょう。今は幽霊となっていますが、マーリオは国の英雄だった人間です。確かに彼ならば、ミーアが思いもしないような、なにか良い考えを教えてくれるかも知れませんでした。
『そうよ? アンタはアタシのお願いを聞いてくれる。代わりにアタシはアンタをこっ酷く振った男と、相手の女に復讐する為の知恵を授けてあげるわ? ね? 中々良いアイデアだと思わない?』
「復讐、ですか……」
『ええ! だって悔しくないの? 相手はアンタという婚約者……まあ、ちゃんと契約してないからモドキみたいなもんだけど! でも口約束だって、よく考えたら立派な契約よね? それを破られた上に、ちゃっかりと新しい女まで作られたのよ? アンタ、やられっぱなしのままでいいの? やられたらやり返す。これが良い女ってもんじゃないの?』
「私は別に……やり返したいだなんて思っていないですもん」
『あぁら? じゃあ、なんで唇を噛み締めてる訳? やっぱり悔しいって思ってるからじゃないの?』
「え……?」
言われて初めて、ミーアは自分が下唇を噛んでいた事に気がつきます。歯を立てていたせいで、薄い皮膚は破れ、じんわりと血が滲んでいるようでした。
……そうかもしれない。私には過ぎたお相手ですもの。それに、私は地味だから。いつもそうやって卑屈に考えていた。だからルイズ様も私を見限り、離れていったのかもしれない。ミーアはそう、思いました。でも……!
「じゃ、じゃあ! 一体どうすれば良いってんですかっ! 言っておきますけどねっ! 私は頭だって良くないんですからね!? 成績だって下から数えた方が早いですし! お金もないし、顔立ちだって! ……じ、地味ですし……ううっ!」
自分で言っていて、ミーアは悲しくなってきました。どう考えても詰んでいる現状、周囲を取り巻く環境から一体どうやって抜け出せばいいのでしょう。彼女には皆目検討つきません。
『アンタ……辛かったわよね……? 今まで誰にも本当の気持ちを言えなかったんでしょう? わかるわ? アタシとおんなじですもの』
耳障りの良い穏やかな声が、ミーアの耳元で囁かれます。声の主を見つめると、鮮やかなサファイアブルーが親しげに微笑んでいました。
マーリオの向ける視線は、長年深く付き合ってきた者へ送るような、親愛の情が籠っているように感じます。初対面の筈なのに、どうしてこんなにも落ち着くのでしょう。 ……不思議。目の前の彼の提案を受けても良いかもしれない。そう、思えてくるようになったのです。
「あのう……本当に、なんとかしてくれるんですか……?」
恐る恐る尋ねると、マーリオはにっこりと笑みを深めます。
『もちろん! アタシがアンタを最っ高のオンナになれるように力を貸してあげるっ!』
「でも……私、地味ですし……それに、マーリオ様の探し人だって、見つけられないかもしれないのに……それでも良いんですか?」
『ええ! それでも充分よ? アタシにとってもアンタの存在は賭けなの。だって、この場所に囚われてから40年、誰一人アタシを見つけてくれた人はいないんですもの。だからね? アタシ達は、ある意味運命共同体って訳! どう? いい響きじゃない?』
「……そうですね! では、これからよろしくお願いしますね? マーリオ様」
『あらやだ! んもう! アタシ達、もうお友達でしょう? アタシの事はマリーって呼んで頂戴? ずっと、こう呼ばれるのが夢だったの。昔は人の目が気になって、こんな事言えなかったから……』
どこか懐かしそうに。けれど、少し寂しそうに。マーリオは囁きます。彼の周りにはもう、親しかった人達の姿はないのです。その事を思うと、ミーアまでつられてしんみりとしてしまいます。
「マーリオ様……いいえ、マリー様! では私の事はミーアってお呼びください! 私もこの学園に来てからの友人は貴方が初めてですもの! 貴方のお力になれるよう、精一杯努めさせて頂きますねっ!」
『ありがとう、ミーア。 ……これからもよろしくね? ……末永く、ね』
「はい!」
マーリオは感激したように瞳を潤ませて……ニヤリと笑いました。どうしたのでしょう。彼の言葉の端々に、なにやら不穏な雰囲気を感じるような気がします。が、ミーアは特に気づいた様子はなく、鞄を胸元で抱えながらマーリオに言いました。
「そろそろ帰らなくては! あんまり遅くなると両親が心配しますもの! 明日また、図書室に来ますね? マリー様はここから動けないっておっしゃってたから、しばらくは私が通う形になりますね! ……私達、お友達ですし。へへっ!」
学園で初めてできた『友達』という存在に、ミーアは照れたように笑います。そんな彼女を眺めながら、マーリオは頬に手をあて、何故か妙な動きをしだしました。筋骨隆々な身体を器用にくねらせるその様は、邪悪さの中にも育ちの良さを感じさせるという相反するもので、最早見る者に神秘性すら感じさせます。
『んふ。そういえば、アンタに言ってなかったわね。実はさっき、アンタに取り憑いちゃいましたぁ〜! だからね? アンタはアタシからは逃れられない運命なの。これからアタシ達は、いつでもどこでも春夏秋冬、年がら年中ずぅぅぅっと一緒にいられるわ? って事で。今日から宜しくね? 親友!』
「…………は?」
いや何を言ってるのだこのオネェは。ミーアは突然の事に固まりました。さっきと言ってる事が違う! あくまでお互い協力をしようって話じゃ……というか、取り憑いたって。 は? 生き霊なんですよね?
「いや!? いやいやいや!? と、取り憑いたって! え? だって! マリー様はここから動けないって話じゃあ……」
『それはさっきまでのは・な・し! アンタ、言ってくれたでしょう? アタシの力になってくれるって! 嬉しかったわ? アンタがあの人だったらアタシ、この場で襲いかかってたかもしれないわ?』
「いや結構ですッ!! ……じゃあなくって! それがどうして取り憑きオッケーになるんですかっ! 私、許可してませんけどっ!?」
『やぁねぇ。これは契約なのっ! アンタはアタシのお願いに是と唱えたの。これだけで、アンタのその身体はアタシを受け入れる為の歩く器になったのよ。昔から良くある話でしょう? “実態を持たないものと迂闊に話してはいけません。うっかり了承したら最後、あなたが死ぬまで付き纏うでしょう”って。だぁから、アンタはもうアタシの物よ? んもうっ! よく確認もせず了承しちゃあ駄目よ〜? 次からは気をつけるのよ? アタシとのや・く・そ・くっ』
どの口が言うかっ! と思ったミーアの気持ちを、一体誰が止められたでしょう。ですが、もう遅いのです。グラスから溢れた水が元には戻らないように、彼女の失態も巻き戻す事は出来ません。かわいそうですが、仕方のない事なのです。
「こ……」
『うん?』
「この悪霊ーーーーぅッ!!」
お腹の底から声を吐き出して、ミーアは思いっきり叫びました。
彼女の声に呼応するかのように、図書室を震源地としてビリビリ、と学園が揺れたような気がするのは、きっと気のせいではないのでしょう。
そうしてこの日から、ミーアとマーリオの共同生活もとい、お互いの目的を叶える為の、ほんわか復讐生活が幕を開ける事となったのです。
ちなみにこの後、怒りのあまり目を吊り上げた司書に、本日3回目のお説教をくらったのは言うまでも無いことでした。