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第三十九話 貴方を想う

 人々の楽しそうに弾む声があちこちから聞こえてくる活気に満ちた通りを、ミーアとレジーは歩いていきます。賑やかな繁華街を進んでいくと、隅の方に目的の場所はありました。


 煉瓦造りの上品な外観に、アイアンで出来た店の看板がゆらゆらと風に揺れては存在感を示しています。アランのお勧めだというお店にやって来た二人は、店内の雑貨をゆっくりと見て回ります。


 ショーケースの中には色とりどりのタイにピン等がずらりと並べられており、店内の煌びやかな照明を反射して、より高級感を高めています。


 どれがいいかと顎に手を当てながら真剣に悩んでいるミーアの隣で、話すべきかそれとも……と、レジーが口を開きかけては躊躇うのを繰り返していましたが、どうやら意思を固めたらしく、真剣な表情でミーアに向き直ります。


「あの……ミーアさんさえ宜しければ、私と緑陽祭へ来ていただけませんか? 学園関係者でしたら参加が認められておりまして、それならぜひ貴女と、と思っていたのです。 ……ダメでしょうか?」


 やや自信なさげに話していく言葉の先は、どんどん小さくなっていき、最後の方は掠れてしまいます。まさか誘われるとは思っていなかったミーアは一瞬ぽかんとしてしまいますが、はっと我に返ると慌てて返事をします。


「い、いえ! そんな事ありませんともっ! えっと……そのぅ……私で良ければ、是非」


 ミーアの言葉を受けて、レジーは顔を綻ばせます。


「本当ですかっ!? そ、そうだ、ドレス! 用意するのを失念していました……! え、えーと、今から間に合うでしょうか……?」

「あ、大丈夫ですよっ! 実は私、持ってるんです。ヘリオ君が贈ってくれまして……」

「えっ……! そうなんですね……なんだか、複雑な気分です」


 眉尻を下げながら肩を落とすレジーの顔は、ズーンと効果音がつきそうなくらい落ち込んでいました。エスコートを申し込むのが遅すぎた自分の不甲斐なさにも気落ちしている上に、やっと誘えた相手が、他の男から贈られたドレスを着るのもなんだかやるせない。


 ですが、緑陽祭まで後一週間しかない状況で、今更考えてもしょうがない。そう気を取り直し、レジーは眼鏡のツルをくいっと上げると、ショーケースの中に並べられた商品へ視線を落とします。


「ええと……? レジーさん……?」 

「いえ、なんでもありません。あ、ミーアさん。このタイなんかどうでしょう? ヒューバート君に良く似合いそうではありませんか?」


 レジーが指を差したのは、澄んだ湖面を切り取ったかのような、淡い淡い水色のタイでした。


「わあ! いいですねっ! この淡い色ならヒューバート先生に凄く似合いそうです!」

「ではこれで決まりと言うことで。ミーアさんが後押ししてくれたと知れば、きっと彼も喜ぶでしょうから」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ。間違いありません。 ……さあ、そろそろ帰りましょうか?」

「あ、えーと……レジーさんさえよければ、ご一緒に喫茶店なんていかがですか? 実はアランさんからお金を余分に貰ったんです。一緒においしいモノを食べといで、って」

「学園長が……そうですか。では、お言葉に甘えてしまいましょうか?」

「はいっ!」




 ーー

 ーーー




「ミーアさんは、ヒューバート君の事をどう思いますか?」


 席に案内されてから、メニュー表を眺めてなにを注文しようか悩んでいたミーアに、レジーが思い詰めたような声音で話を振りました。


「えっ、ヒューバート先生ですか? えっと……そうですねぇ」


 急に聞かれて戸惑いながらも、ミーアは手にしていたメニュー表をテーブルに置き、視線を落としてじっと考えてみます。最初の印象からすれば、彼の印象も随分と変わりました。初めはチャラ男でいい加減な大人、といった印象でしたが、今は———


「……チャラ男に見せかけた、寂しがり屋、でしょうか? でも、なんだかんだいって、ヒューバート先生って、面倒見が良いですよね! 憎めない大人って感じです」

「なるほど。 ……好きとかそういうのではないのですね……」 


 ほっと、小さく息を吐き出しながら、安堵の表情を浮かべるレジーの呟きを聞き逃したミーアは、落としていた視線を上げました。


「ん? 今なにか話されませんでした?」

「い、いえ! なんでもありませんっ! では……ミーアさんは、私の事をどう思われてますか……?」

「レジーさん、ですか? うーん……そうですねぇ……」


 そう言って、今度は目の前の人物をじっと見つめます。レジーは真正面から凝視されるのに慣れておらず、緊張からミーアとぶつかりそうになる視線を逸らしてしまいます。


「……うん。レジーさんは凄く慎重な方ですよね? それは人を信じるのにも通じてるかなって。始めの頃のレジーさんと比べると、こんなに仲良くして頂けるなんて思わなかったですし……その点は今でも不思議ですもん」

「う……それは、すみません……あまり人と付き合ってこなかったもので……いけませんね。こういうところで差が出てしまうのです。私もミーアさんと親しくできて良かった。これからも、貴女とこうしてお出かけしたり、長く側にいられる事を願っています。貴女が、許可して下さればいいのですが……」

「? 勿論ですとも! レジーさんなら大歓迎です!」 

「ほ、本当ですか……!」


 ガタンと勢い余って、レジーは椅子から立ち上がります。


「はい! こちらこそ末長く宜しくお願いしますねっ! 友人として!」

「あ…………そっちですか……」


 はぁっと気が抜けたように溜息をつき、レジーはゆるゆると腰を下ろしました。


「あれ、レジーさん? どうされたんですか?」

「いえ、いいのですよ……ミーアさんはそういう方でしたものね……いずれ貴女に分かって頂けるようにのんびり頑張りますから」

「えっと……? すみません、どういう意味なのかわかってなくて……! と、とにかく! 応援してますね?」

「ははは……頑張ります。 ……まあ、折角ですし、ケーキでも食べましょうか? ちなみにここはレモンケーキがおすすめでして……」


 話に花を咲かせながら、時間はゆっくりと過ぎていきます。窓から差し込む光は次第に傾いていき、ケーキを食べ終わった頃には空は茜色を帯びていました。

 タイはミーアが預かる事となり、喫茶店を出た後、レジーに自宅へ送ってもらったのです。



 ーー

 ーーー



 自室の窓を大きく開き、縁に両腕を乗せながら、ミーアは夜空を見上げています。燦々と煌きながらも柔らかな光を放つ月をその瞳に写しながら、月の色によく似た金の髪を持つオネェの姿を思い浮かべて、彼女は小さく小さく囁きます。

 なんとなく、彼が聞いてくれているような、そんな気がして。


「マリー様……貴方のお陰で、私の周りは随分賑やかになったんですよ? それに……なんと緑陽祭にまで誘われたんです。これって凄い事じゃありません? 実は私、初めて行くんですよねぇ。マリー様と出会って、いろんな方々にも出会えて。私自身、ほんのちょっぴり変われたのかもしれません」


 今のミーアの外見は、やっと普通のお嬢さんのように柔らかな肉がついてきています。それでもまだまだほっそりとはしてますが。肌も野良仕事で負った日焼けが治り、彼女の持っていた本来の滑らかなミルク色を取り戻しています。大きな若草色の瞳は、生命力に満ちたキラキラとした輝きを放ち、頬は薔薇色に淡く色づいています。


 月明かりに照らされた彼女の横顔には、少女特有の儚さと、もう会うことの出来ない人を想う憂いを帯びていました。


「貴方は今、どちらにいらっしゃるのでしょうか……お身体も、魂も。貴方が安らかに過ごせるようにお側に花を手向けたいのに、それすらも出来ないだなんてもどかしいです。 ……マリー様。どうか見守っていて下さいね?」 


 それから日々は緩やかに過ぎていき、緑陽祭当日、ミーアの元には送り主不明の大きな包みが届きました。目の覚めるような鮮やかなブルーのリボンへ挟まるようにメッセージカードが添えられており、そこには丁寧な文字でこう、記されていました。


『貴女を彩る最高のドレスをご用意致しました。どうぞこれを着て、本日のパーティーへお越し下さい。妖精の様に可憐なそのお姿を、哀れな私めの前に披露してほしいのです。緑陽祭にてお待ちしております。———貴女の崇拝者より』





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