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第三話 マーリオ・ビスコンティーヌという人

 ———マーリオ・ビスコンティーヌは悲劇の人である。


 始めにそう言ったのは、いったい誰だったでしょうか。


 遥か昔から脈々と続く名家として名高い、ビスコンティーヌ公爵家に生まれた彼は、幼い頃からその名に恥じぬ華々しい人生を送っていました。


 幼い頃より武術を嗜み、年上の同門達を片っ端からのしてかかる。兵法や経済学についてその道の精通者と熱い討論を交わしては大人顔負けの知識を語ってみせる彼を、周囲の人々は、こぞって褒め讃えたものでした。


 眩い金色の髪に、鮮やかな碧い瞳。

 虹彩は光の加減によって翠がかって見えるマーリオは、それはそれは美しい少年だったのです。


 慈愛に満ちた秀麗な顔で微笑めば、どんな人間でも恋に堕ちてゆく。彼に不可能はなかったのです。なぜなら彼は全てを持っていたのですから。

 富も、名声も———そして美貌でさえも。


 ただ、神の悪戯か否か、彼には秘密にしていたものがありました。逞しい肉体を纏った外見とは裏腹に、その内面は砂糖菓子のように甘く繊細な乙女の心を宿している。これが、完璧な彼の唯一の欠陥でした。


 家族には到底この秘密を打ち明ける事ができませんでした。溺れる程に愛を注いでくれるこの両親達を悲しませる事になるからです。マーリオには、弟や妹がいません。そんな感情など無くとも家を存続させる手段は幾らでもあるのです。


 親しい友人達にも打ち明けるつもりはありません。気の良い彼等でさえ、この秘密を知ってしまったら不気味に思う事でしょう。きっと、距離を置くに違いない。


 マーリオは常に孤独でした。

 周りは自分を思ってくれる気の良い人間ばかりなのに、本当の自分を曝け出し受け止めてくれる人は誰もいない。何度も何度も自問自答を繰り返しては、ずぶずぶと答えの見えない思考の渦に飲み込まれていくのを、彼は感じていたのでした。


 ですが、そんな彼に転機が訪れたのです。ある日、隣国との戦争の為、まだ学生の身でありながら騎士に叙任します。

 彼は戦いました。己の持てる力を出し尽くし、たとえここで散り果てても構わぬのだと、命を燃やして戦い抜きます。


 隣国との戦いは熾烈を極めました。ひとり、またひとりと同胞達は倒れてゆきます。ですが、マーリオは諦めませんでした。やがて、彼が所属していた隊は皆、命を落とし、最後に彼だけが残されました。


 マーリオは苦楽を共にした皆の誇りと命を背負い、遂には敵将の皇子を捕らえる事に成功します。彼は刃を振り上げ———下ろす事はありませんでした。敵国の皇子も国の威信をかけて戦場に送り込まれたのですが、本当は彼だけは、この戦争に最後まで反対していたのです。


 マーリオの言葉に胸を打たれた皇子の働きかけもあり、両国による不可侵条約が結ばれた後、二つの国はより強固に結束する事となります。


 マーリオはその功績を認められ、国の英雄として讃えられる事となります。

 彼がいれば、二度と恐怖や理不尽な暴力等に脅かされる事等ない。皆、そのように思った事でしょう。


 変化はマーリオの心にも表れました。平和になり、皆に認められた今ならば、本当の自分を曝け出してもいいのかもしれない。乙女のような心を宿す異端な自分を受け入れてもらえたのなら、行方知れずになったあの人を探し出すのです。そして———彼がそう思い始めた時に、事件は起こります。


 そう。お話はこれで終わらなかったのです。隣国との戦争をけしかけたのは、我が国に巣食う醜い野心を持った貴族だったのです。いつの時代も戦争はある種の人間にとって、より良いビジネスとなるのです。


 隣国の王位に近しい貴族と共謀し、大量に製造した武器の密売に、戦争で親を失い浮浪児となった者……それも見目の整ったものを拐い、奴隷と称して他国への売買を行う。計画は順調でした。そう、マーリオが現れるまでは。全てを潰された彼等は怒り狂いました。———あの男さえいなければ巨万の富を得る事が出来たのに。愚者には罰を与えよ。恥辱をもたらしたあの男に、永劫の死を。


 国の凱旋パレードが終わった後に、王城では祝賀パーティが催されました。もちろん一番の功労者であるマーリオが主賓です。

 来賓の者達には真っ赤な血のように鮮やかなワインが並々と注がれたグラスが行き渡ります。王による祝いの言葉を賜った後、グラスは天高く掲げられ、皆が口をつけました。そして、マーリオがその液体を口に含んだ時———


 ごぽり、と口の端から赤い鮮血が溢れ落ちます。そう。ワインには即効性の毒が仕込まれていたのです。この戦争の功労者である、マーリオを亡き者とする為に。


 誰よりも気高く麗しく———そして、誰よりも惨めな彼の命は、こうして儚く散っていったのでした。



 ーーー

 ーーーー



『そうして、アタシは幽霊になっちゃったって訳。どう? 信じてくれた?』

「ええ……って! マーリオって! あのマーリオですかっ!? 40年前に毒殺されたっていう、あのっ!?」

『ええ。 ……でもね、死んだってのは誤りなの。アタシの身体はまだ生きてるわ? 幸か不幸かすぐにお城の治療師に診てもらって、なんとか一命を取り留めたの。今でも仮死状態のまま、屋敷で眠り続けているのよ?』

「そ、うだったんですね……」


 公では、マーリオ・ビスコンティーヌは40年前の毒殺事件で亡くなった事になっている筈。それが本当は生きていたのだと知れたら、いつまた彼に魔の手が迫るか。それを恐れた当時の王が、彼の存在を秘匿としたのでしょう。


『今更生き返りたいだとか、そんな大層な事、考えちゃいないわ? アタシの身体だってヨボヨボのお爺ちゃんになってるでしょうし、もちろん復讐だって考えてないのよ?』

「ええっ!? いいんですか? でも、自分の命を狙った人間が憎くないんです?」

『そりゃあ、多少は思うところもあるわよ? でもね、40年経ったのよ? 流石にアタシを殺そうとした連中も皆死んじゃってるでしょうし。それか、しぶとくヒヒジジイのまま生きてるかもねっ!』

「はぁ……」


 随分と自身の事を明るく話す人だ。ミーアはそう思いました。自らの身に降りかかった不幸をものともせず、復讐すらも考えていない。自分がもし同じ目にあったらどう思っただろうか。少なくとも、彼のように明るく話す自信はない。そう感じたからこそ、ミーアは半ば無意識のうちに、マーリオに話を促します。


「それで、私に協力して欲しい事ってなんでしょうか?」

『あら! 協力してくれるのねっ!? んまぁ〜! アンタなんて良い子なのかしらっ!? アタシが生身だったら感激しておもわずキスしてたところよっ!』

「いや結構ですけど……」


 オバケでよかった。やや的外れな感想を抱いたミーアはホッと胸を撫で下ろしながら、あらそぉ〜お? だなんて言っているオネエを半眼で眺めます。

 そんな彼女に気付いているのかいないのか、マーリオは続けて口を開きました。


『実はね……アンタに頼みたいのは、アタシの初恋の人を探してもらいたいのっ!』



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