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第三十話 再会

 久しぶりの再会のお陰か、それぞれ言い合いを重ねていたマーリオとアレンドラでしたが、あらかた言葉を言い尽くしたらしく、今は落ち着いた様子です。


 室内には心地よい静けさが漂い、二人はしばらく口を噤んだままでした。

 ミーアはその様子をハラハラとしながら眺めていましたが、ややあって、アレンドラの方から話を切り出します。


「ところで、マーリオ。お前が探しているアランとは一体誰だね? お前、当時はそんな事、ひとっ言も言わなかったくせに。お嬢さんには話せて私には話せないとは、一体どういう事なんだろうねぇ」

『…………別に。聞いたところでお前は知らないだろう』

「でたよ。嫌だねえ! こうはなりたく無いもんだ! お前は本当に友達甲斐の無い男だねぇ。 ……と、言う事でお嬢さん? この男は教える気がないようだから、その人物の事を詳しく教えてはくれないかな?」

「えっ……!」


 突然、話の矛先が自分へ向かい、ミーアは驚きます。話してもいいものか。今度はしっかりとマーリオを見据えながら、目線で伺いをたててみますが、やはり、マーリオは無言のまま、何も言ってはくれません。


 ですが、縋るようにこちらを見つめてくるアレンドラの視線にミーアは遂に耐えきれなくなり、モゴモゴと口籠もりながらも、マーリオの代わりに話す事にしました。


「えっと……実はマーリオ様は、アランさんという人物を探していまして。その方は、マーリオ様の声無きご友人でして、図書室で良くご一緒されてたそうなんです。多くを語れないままに戦争で散り散りになってしまい、安否がわからなくなってしまわれて……幽体となった今でもずっと、マーリオ様は悔いに思われている、というかたちでしょうか……」


 決して核心はつかず、表面をなぞるに留めて、ミーアは続けて事のあらましを伝えました。マーリオとの出会いから、今に至るまでの話を全て。


 いくら親しい友人といえども、流石にマーリオがオネェだと言う事まではアレンドラも知らないのでしょう。現に先程まで男性同士で話すかのような口ぶりでしたし、マーリオの話し方もまた、ミーアの知らない別人のようだったのですから。


 全てを聞き終えてから、アレンドラはゆっくりと目蓋を閉じて、深く、深く、息を吐き出しました。

 それから、彼が再び目蓋を開いた時、納得したように小さく頷きます。


「…………そうか。ああ、なんて青い話だ。実に若者らしい心残りだろうねえ。恋だの愛だのよりもまず先に、どこの誰ともわからない男の事で悩んでいたのだなんて。いやあ水臭いねえ! どうしてお前はそう、変なところで意地を張るのだか。そんなもの、当時の私かレオンのどちらかにでも話していればすぐに見つかっただろうに」

『…………煩い。だからお前達には言いたくなかったんだ』

「そういうところは本当に変わらないなお前は! だが、こう言ってはなんだが、お嬢さんに協力してもらって名簿まで見たのだろう? ……まあ、大方それに載っている私の仮り名を見てこちらに来たクチだろうが。私の事までスッカリ忘れているだなんて流石に傷ついたぞ?」

『………………』

「はあ。都合が悪くなると黙るのはお前の悪い癖だな? だが……」


 アレンドラは一度言葉を区切り、ハア、と小さく溜息を溢します。彼が言おうとしているその先の言葉は、あまり良くないものなのでしょう。なんとなくですが、ミーアにはわかってしまいました。


「……もう気がついていると思うが、お前の探しているアランは既に亡くなっているだろう。 ……いや、正しくは、あの名簿に載っているような男子生徒は皆、戦争で命を散らしたか、寿命でとっくに天からのお迎えが来ているか、だねぇ。現状、生きているのは、私か学園長をしているワーグナー君ぐらいのものだろう。 ……読書嫌いで図書室に近寄りすらしなかったレオンは除いて、ね」

「お詳しいのですね……? あのう、ムッシュ。どうしてそこまでご存知なのですか?」

「ああ簡単な事だよ? 学園卒業後でも、パーティー好きだった我が家では様々な貴族家との交流を持っていたからねぇ。大勢の人との交流を楽しみながら、その中からより良い人材を見つけ出して側に置いておく。それが本当の目的だったから、当時在籍していた生徒の家は殆ど把握しているかな? だがね。この年までいくと、年々交流が途絶えてきて辛くもあるのだよ。 ……みいんな私を置いて、先に亡くなってしまうのだから」

「ムッシュ……」


 寂しそうに力無く笑うアレンドラへ、ミーアはなんて声を掛けたらいいのかわからなくなりました。 ……それに、マーリオにも。探していた相手はとうの昔に亡くなっていたのです。マーリオの抱える喪失感を、ミーアには窺い知る事が出来ません。その深い深い悲しみは、まだ年若い彼女には想像もつかないものでした。


 誰もが言葉を発せないまま、部屋の中を静寂が包みます。長い時が経ったかのように錯覚を覚える頃———実際には、5分程の経過でしたが、しばらくして、アレンドラが口を開きました。


「……ああ。まもなく息子夫婦が帰ってくる時間だ。すまないね? お嬢さん。そろそろここを出た方が良い。ヒューバートはね、彼等が苦手なんだ。血を分けた家族なのに、こうも上手くいかないだなんて皮肉なものだねぇ」


 話を切り替えるかのように、アレンドラは皮肉げに笑いながらゆるゆると首を振ります。これ以上はここには留まってはいけないのだと。ヒューバートの両親に鉢合わせてはミーアが面倒毎に巻き込まれるのだと、遠回しに伝えてくれているようです。


「そ、うなんですね。では、そろそろお暇させて頂きます。 ……お話、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ、こんな老人の長話に付き合ってくれてありがとう。 ……君にはヒューバートの生い立ちも話しておいた方が良いのかもしれないね?」

「いえ! 大丈夫です。 そういうデリケートなお話は、本人が話したくなったらするべきですし! いくらお身内の方といえども、人から聞いて知っただなんてわかったら、ヒューバート先生に嫌がられそうですもん」

「…………そうか。いやあ、お嬢さんは貴族にしては実にいい性格をしているねえ! 私がもっと若ければ絶対に手を出していただろう。いやあ、実に惜しい!」

「えっと……?」


 それは褒めているのかいないのか。ただ、僅かな時間でわかった事は、この老紳士は取り繕うような事は言わず、裏表の無い人物だという事です。とりあえず良い意味で言ってくれているのだろう、という風に受け止める事にしたミーアは、にっこりと笑顔で返す事にします。


「お褒め頂き光栄です! ムッシュ。貴方とお話できて、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。きっと、マーリオ様だって、貴方に会えて嬉しかった筈です。 ……ね? マーリオ様?」

『……………』


 再び黙ったまま、マーリオはじっとアレンドラを見下ろします。無表情のようにも見えますが、良く見ると口元は笑みの形を作っていました。


「ほらまただんまりだ。この男、随分と扱いづらいだろう? さぞかしお嬢さんも苦労しているんじゃないかね?」

「いえ! 今はちょっとおかしいですけど、マーリオ様、普段はベラベラお喋りしてるんですよ? 私からすれば、なんだか今のマーリオ様の方が別人みたいです!」

「ほう、それは本当かね? 面白いなあ。 ……お嬢さん、後で詳しく教えてもらえないかな? こっそり手紙とかで知らせてくれればいいから」

「はい! もちろ……ひえっ」


 ジトッと殺気だった目で真横から覗き込まれ、ミーアは悲鳴を漏らします。その様子に気がついたアレンドラは苦笑しながら、マーリオへ声をかけました。


「こらマーリオ、いたいけなお嬢さんをいじめるものではないよ? ……では、達者で暮らすのだよ、マーリオ。それに、お嬢さんも」

「はい。ムッシュも。 ……では、失礼しますね?」

「ああ。お嬢さん、くれぐれもヒューバートをよろしく」

「ええ! わかりましたっ」


 ミーアはスカートの裾を摘みながら軽く膝を落とし、淑女のお辞儀をすると、にこっと笑います。待機していた家令が扉を開いてくれたのにお礼を言い、廊下へと足を踏み出しました。その後をマーリオは進もうとして、後ろを振り返ります。


 軽く手を上げて微笑むアレンドラの姿を視界に収めてから小さく頷くと、マーリオは、ミーアの後を追っていきました。


 これが、アレンドラ・ノーツが元気でいられた最後の日になろうとは、その時の彼等は知る由もなかったのです。




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