第二十五話 ディナー
レジーと別れた後、ヒューバートにバンプキン邸への知らせを入れてもらってから、ミーアは食事へ行く事となりました。
最後まで反対していたレジーには、なるべく人目の多いところで食べるからと言う事で納得してもらう事になったのですが、実際は、さっさとミーアを伴ってレストランに連れて行こうとしたヒューバートに、半ば強引に押し切られた形ともいえます。
ヒューバートが呼んだ馬車に乗りながら、繁華街地区にある、彼の行きつけの一つである高級レストランへと辿り着きます。ここへ到着する前に、ミーアはドレスを1着買ってもらっています。値札を見るととんでもない金額が書かれていた為、ミーアは買わなくて大丈夫だと必死に抵抗したのですが、「いやいや制服じゃあレストランに入れてもらえないでしょ?」とこちらも押し切られてしまい、ミーアが試着している間にドレスの支払いを終えていたようでした。
ヒューバートが選んだのは、淡い水色の柔らかな色彩をしたドレスでした。ミーアのくすんだ金髪に若草色の瞳ですと強い色味に負けてしまいがちなので、彼の見立てたものは彼女によく似合っていました。
しかもヒューバートの瞳の色でもある為、こういう風にちょっとしたところで彼の存在を意識させる事をするからモテるのかもしれないな、というのがミーアが抱いた感想です。マーリオなんかは、『チッ! あのタラシ、やり口が巧妙だわ。ドレスもまあまあじゃない』と嫌そうに褒めているので、相当このチャラ男が気に入らないようでした。
ヒューバートの方もミーアと同様、軽く身なりを整えており、今は灰色のクラバットを纏っています。こちらもまた、銀髪のヒューバートに似合っていましたが。
店内は白を基調とした上品な内装で、それを損なわないよう、計算され尽くした装飾品が飾られていました。
「わあ……! すごく素敵なところですね……! 私、レストランって初めて来ました!」
興奮した様子で周囲をキョロキョロと見回すミーアに、ヒューバートは腕を差し出します。気づいたミーアはおずおずと手を伸ばし、そっと添えました。
「仔猫チャン、フラフラしていると迷子になっちゃうよ? ほら、こっち。夜景が綺麗な席を用意してもらったからおいで?」
「あ、はいっ!」
ウエイターに案内されながらテラス席に辿り着くと、ヒューバートはミーアの後ろに周り、椅子を引いてくれます。ミーアは少々緊張しながら腰を下ろし、向かい側に座ったヒューバートをじっと見つめます。
「どうしたの? そんなに俺を見つめて。 ……もしかして、食べられたくなっちゃったのかな?」
「いえ、それは全くないんですけど。もしかして、ノーツ先生って結構面倒見がいいんじゃないでしょうか? だって、今日誘って頂いたのだって、私が痩せぎすで不健康そうだったからですよね?」
『あぁらそうかしらぁ? アタシは違うと思いますけどぉぉ〜?』
横からチャチャを入れてくるマーリオの声に気が抜けて、表情が崩れてしまいそうになりますが、ミーアは意識して真剣な表情を保ちます。聞かれたヒューバートの方はと言うと、眉ひとつ動かさず、堂々とした態度で腕を組んでいます。
「仔猫チャンは、俺の事をまるで良い人間のように言うんだね? 会ったばかりなのに、随分と評価が高すぎじゃないかな?」
「えっ! そうですかね? 私にとっては充分すぎる程に良くしてもらってますし。こんなに綺麗なドレスだって買って頂きましたもの。ここのお代だって結構するじゃないですか! だから、ノーツ先生はいい人で間違い無いと思いますけど……」
「ふうん。そっか。俺にとってはそこまでの価値は見出せないんだけどなぁ。ドレスもほんの端金で買えるものだし、別に気にする程のものじゃないよ?」
『まあそうね。アタシが現役だったらもっと良いものをミーアに贈ってあげるもの。急ごしらえで用意した割には、そうね……さっきのお店、安い割には仕立てがしっかりしてる方なんじゃない?』
「ええ……そうですかね……?」
ミーアからしたら目玉が飛び出るぐらい高額なものなのですが、ヒューバートやマーリオからしたら大した金額では無いようです。
これが上流階級の常識なのかと、金銭感覚の違いにミーアは目眩がしそうになりましたが、ちょうどウェイターが果実水を運んで来てくれた為、気を取り直して、グラスを手に取ります。
「まずは食事にしようか? たくさん食べて立派にお肉をつけるんだよ? 仔猫チャン」
「あ、えへへ……! では、お言葉に甘えて。 ……それでは失礼しますね? ———乾杯」
「ん。乾杯」
———チン、とグラスの音が響きます。
果実水に軽く口をつけたのを合図に前菜が運ばれ、二人は静かに食事を開始します。あやふやなテーブルマナーをなんとか駆使して、ミーアはぎこちない所作で前菜を食べていきます。対してヒューバートの方はというと洗練された動きでナイフとフォークを駆使していき、美しい貴公子然としています。これだけを見たら彼がタラシのチャラ男だなどと、誰も思わないのではないでしょうか。
「……ノーツ先生って、綺麗に食べますよね? なんだか今ご一緒しているのが信じられないです。雲の上の方って感じがして」
「……別に、俺も普通の人間だから、ね。ほら、もっと食べなよ」
あれ、とミーアは思います。今のヒューバートは先程までのチャラさがすっかりなりを潜めており、配膳されてくる食事も自分の分まで渡してくれます。
なんとなくですが、本来の彼は世話好きな一面があるように思いました。
「あ、ありがとうございます! 私、精一杯頑張ってブクブクに太ってみせますね!」
「そんな事言う子、初めてだよ。やっぱり仔猫チャン、変わってるって言われるでしょ?」
「いや、そんな事ないです。ノーツ先生の方が絶対に変わってますって!」
だってタラシでチャラ男だし。それによく今まで問題にならなかったもんだとミーアは深く思っています。
「俺よりも君の方が変わっているね。 ……それこそ擁護できないくらいには」
「ええー! そんな事ないですよぉー! お友達だってちゃんといますし。 ……まあ、人間じゃないんですけど」
「え……なんだいそれ? まさか空想上のお友達、とか」
「ち、ちがいますよー! ちゃんと生きてますって! 実はウチの畑にいるコ達なんですけどね? えーっとぉ、オケラのサンポールジョアンナさんでしょ〜? それと、ミミズのパーシィレノアさんに……」
指折り数え出したミーアに、ヒューバートは俯きプルプルと震え出しました。友達が虫。これは相当にヤバイ娘を誘ってしまったようです。
「な、名前までつけてるの……? ふふ」
「え、どうして急に笑ってるんです……? ノーツ先生、ちょっと怖いです」
「こ、仔猫チャンに言われたくない……」
図書室で会っていた時よりも随分と打ち解けた様子の二人を眺めながら、マーリオは顎に手を当てて『なるほどね』と呟き、妙に納得しています。
『意外となんとかなってるかも……? 変人には変人をぶつけろって事ね。やだ、この歳にしてもまだまだ学ぶことがあるもんねぇ』
こうして、オネエが生温い目で見守る中、食事の時間は穏やかに過ぎようとしていました。




