第二十三話 ヒューバート
レジーに羽交い締めにされながら引き剥がされたヒューバートをぼーっと眺めていたミーアでしたが、気を取り直して、早速彼のお爺さん、アランについて話を聞いてみる事にします。
「あのう、ノーツ先生にお聞きしたい事があるのですが……先生のお爺様、アランさんって言うんですよね? 宜しければその方とお話しする機会を頂きたいのですが……」
「やだよ?」
「えっ」
「俺、身内とは距離を置いているからねぇ。仔猫チャンがどうしてウチの爺さんに会いたいのか知らないけど……ごめんね?」
————即答。
どうやらヒューバートは家族との折り合いが悪いようです。侯爵家という名誉ある家ならば、彼のように軽い性格は受け入れ難かったのではないか、だなんてミーアは思います。
「えっと……そうなんですか……? ちなみにこちらがお会いしたい理由とか説明しても……」
「うん。悪いけど、嫌、かな?」
「そうですか……」
まさか開口一番断られるとは思っていなかったミーアは途方にくれてしまいました。直球で聞けばなにかしら教えてもらえると思っていたので尚更に。
なにか良い案が浮かぶわけでもなく、どうしようかと考え込んでいると、レジーはヒューバートを抑え込む手を緩めないまま提案してくれます。
「ヒューバート先生。彼女は大切な方の為に貴方のお爺様の事を知りたいのだそうです。決して貴方に迷惑をかけるような事をする子ではありません。どうか話だけでも聞いてあげては如何ですか?」
「うぅん。 ……どうしよっかなぁ……?」
ヒューバートはチラリ、とミーアの様子を窺います。このお嬢さんが如何に自分を楽しませてくれるのか。頭の中の天秤にそっとかけてみます。
家を継ぐ事が出来なくとも、彼が願った事は昔から叶うのです。異性だって、自分のこの顔を目当てに勝手に集まってくるのですから。仕事にも熱意を見出せず、無気力に、ただ流されるままに生きている。彼は自分の人生に退屈していたのです。
じっと、このお嬢さんを見定めているうちに、ヒューバートは提案にのってもいいような気持ちになりました。華やかさのカケラもないこの子なら、もしかしたら自分のなにかを変える、きっかけをくれるかもしれない、と。
「……しょうがないね? レジーセンセの頼みだし、仔猫チャンの言う事を聞いてあげてもイイかな?」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございま……」
「その代わり。仔猫チャンは毎日俺に会いに来る事。もちろん二人っきりで。 ……良いね?」
ミーアの言葉に被せ気味に、ヒューバートは条件を述べます。ミーアとしては簡単なこの条件に願ったり叶ったりであったので、まあ、会うぐらいなら別に……ぐらいの呑気な気持ちでいました。ですので———
「あ、はい。それぐらいでしたら大丈夫です」
と、即答した彼女にレジーとマーリオはギョッとします。
「バ、バンプキンさん! 流石に彼と二人っきりは危ないですよ……? ヒューバート君は女性関係に信用が無いのですから。私としては許可出来ません」
『そうよぉ! アンタ、あの男の事、もっとよく見て見なさいよ? どう見てもタラシのクズよ? いくらアンタが骨っぽくってもねえ、世の中には物好きもいるんだから!』
「ええ……そこまで言います……?」
レジーとマーリオから同時に却下されて、ミーアはこのタラシ教師がちょっと可哀想に思えてきました。素行の悪い人間とはこうもボロクソに叩かれるのか。あまり遭遇する機会のない事なので、彼女にとってはある意味貴重な体験です。
やっぱり人間まともに生きなくちゃダメだな等と心のメモに書き留めていると、ヒューバートはやれやれとでも言いたげに両手を上げながら、鼻に掛かった甘ったるい声で弁解しました。
「レジーセンセってば、酷いなあ。俺は自分の感じたままに生きているだけなのに。それに彼女だって、目的を達せられるんだから万々歳デショ? ね? 仔猫チャン?」
同意を求められて頷くミーアですが、先程からどうしても受け入れられない事がありました。それは———
「ちなみにその仔猫チャンって言うのを辞めてもらっても……?」
そう。仔猫チャン呼びです。小さい子ならいざ知らず、流石にこの年齢で呼ばれるとこっ恥ずかしくて仕方がありません。
ですが、まさかこの呼び方を嫌がる子がいるとは露ほども思っていないヒューバートは、不思議そうにしながら口を開きます。
「んー? そうかい? じゃあ、ベイビーちゃんっていうのは……」
「あ、仔猫チャンで大丈夫です」
悪化するぐらいならもう仔猫チャンでいいや。ミーアは開き直りました。
「では二人で会う時は図書室に来てください。それでしたら私の目も届きますし、ほとんど人も来ませんので、学園内でバンプキンさんとヒューバート君が会っていても変な噂は立ちづらいでしょう」
メガネの蔓をくいっと上げ、レジーが提案してくれます。これが彼なりの最大の譲歩といったところでしょうか。
『あら、いいんじゃない? 何かあったらアタシじゃ助けてあげられないんですもの。それなら安心だわ?』
マーリオも、レジーの意見に賛成のようです。
「ん。じゃあ決まりだね? 会う時は放課後になるのかなぁ? ……これから宜しくね? 仔猫チャン?」
「あ、ハァイ」
色気たっぷりな投げキッスをされて、どういった反応をしていいかわからなくなったミーアは、気の抜けたような声で生返事をしたのでした。




