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第二十一話 だんだん変わる

「学園長が思い人のアランさんで無くて残念でしたね……そういえば、マリー様、学園長室に入ってから、どうして一言も話してくれなかったんですか?」


 美容成分たっぷりな薬液塗れの覆面をすっぽりと被り、カマキリっぽいポーズの美容体操をしながら、ミーアは空中にふわふわと浮かび続けるマーリオを見上げて話しかけます。


『ああ、うん……そうねえ……』


 ですが、とうのマーリオは心ここにあらずと言った感じでぼんやりとしては、妙にはっきりとしない言い方をして、会話の途中で再び黙ってしまいます。


「もう! マリー様ってば! 今日はなんだかおかしいですよ? なにか気になる事でもあるんですか? ……あ! それともアランさんについてなにか思い出したとか!」


 今度は女豹のポーズをしながら、首を捻って見上げてくるミーアにをチラリと見てしまったのがいけなかったのでしょう。それまでぼんやりとしていた筈のマーリオは、急に明後日の方向に顔を向けプルプルと震えだしました。


『……………んふふ』

「……マリー様! 今、私を見て笑いましたよね……? そういうのって本人にはわかるんですからね?」


 薬液ベシャベシャ覆面を被った少女が拗ねたように唇を尖らせたのがもう駄目でした。『んぐふうっ!』と堪えるのに失敗した笑い声が上空から聞こえて、ミーアは更にムッとします。


「ちょっとー! もう! 本当に失礼なんですからっ! これだから情緒不安定なオカマは面倒なんですっ」


 ————オカマ。前時代的な言葉であるそれを、マーリオの耳はしかと拾いました。


『……アンタぁ、言うようになったじゃないのぉ? 良いわ? 確かにぼんやりしてたアタシにも非があるから、今日は怒らないであげる。でもね! 次言ったらタダじゃおかないからぁぁ!!』


 猛禽類を思わすような鋭い視線で射抜いてくるマーリオに怯えるでもなく、自分の声に反応してくれた事の方にほっとしながら、ミーアはチャチャをいれます。


「やっと反応してくれましたね? 話してるんだからちゃんと会話してくれないと困ります。これじゃあ私が一人で喋ってるみたいじゃないですかっ! ……それで、どうしてだんまりを決めてたんですか? そろそろ訳を話してくれてもいいでしょう?」

『あっ、と。そうねぇ……あのアラン……学園長ね。あのこ、学生時代、良くアタシの事を見ていたな、って思い出したのよ。友人になりたいだなんて思ってくれていたなんてね? アタシもそれに気付いていたくせに、何もしないで放置してしまったの。駄目よねぇ。こういったところが成長出来てないんだって思ったらなんだか気が滅入っちゃって。そんなんだから肝心なところで失敗するんだわ。きっと』


 肝心なところ……彼の失敗はきっと、想い人のアランの事でしょうか。


「あれ……珍しいですね? マリー様が本気で落ち込むだなんて。いっつも鼻で笑って気にすらしないのに」

『……アンタ、本当にいい性格になってきたわねぇ? やあねぇもう! 一体誰に似たのかしら?』


 似たのだとしたらアンタだろう、と内心ミーアは思いましたが黙っている事にしました。言ったら言ったで必ず反論されるのが目に見えていましたので。


『そうだわ? アンタそろそろパックを取ってみたら? つけすぎも良くないのよ?』

「あっ! そうですね? では……んっ、と」


 スポンッ! と頭のてっぺんからマスクを引っこ抜くと、ミーアの素肌が現れます。ここ1ヶ月間、毎朝毎晩付けていたお陰でしょうか? 彼女の肌は再生を迎え、滑らかに整っていました。日に焼けた部分もこころなしか白くなり、艶が出てきたような気がします。


『ん。随分とお肌が綺麗になってきたんじゃない? 体型も女性っぽくなってきたかしらね……まだまだ骨っぽいけど』

「えっ! 本当ですか!? ……って! 骨っぽいは余計です! しょうがないじゃないですかっ! ウチは貧乏なんですからぁ」


 痩せっぽっちなミーアでしたが、今の彼女に出来る事として、ナッツ類を寝る前にポリポリ食べる事で体重の増加を目論んでいます。因みにナッツの購入費用は以前マーリオから貰ったお金で賄っています。


 摂取し過ぎも良くないので程々に。その甲斐あってか、棒切れのようで不健康そうだったミーアの身体は徐々に変化が訪れて、女性らしい丸みが出てきました。もちろん内側から身体を整える為に、自宅付近で採れた渋味の強いベリー類の摂取も忘れません。


「でも……これなら、ルイズ様を吃驚させる事が出来ます……かね?」


 少々自信のない様子でオネェを見上げながら、ミーアはポツリと小さく言ってみます。

 毎日鏡で自分の姿を眺めているけれど、今まで容姿を褒められる事の無い人生を送ってきたからか、あまり実感が湧きません。


 ふよふよと浮かんでいたマーリオはゆっくりと降りて来て、ミーアの頭を優しく撫でます。実際は彼女に触る事は出来ません。ですがなんとなく、してみたくなったのです。眉尻をへにゃりと下げて不安そうにするミーアの顔を覗き込みながら、優しく言い聞かせるように言葉を紡いでいきます。


『ミーア、大丈夫よ? 自信を持って。 ね? アンタはこんなに頑張ってるんですもの。大丈夫。努力は必ず報われるの。ううん、アタシが力尽くで認めさせるわ? その為にはアンタも自信をつけなくっちゃあ駄目よ? ……いい? どーんと構えるの。なんたって、アンタにはこのマーリオ・ビスコンティーヌが付いているんですから! 二人で浮気症のクズをギャフンと言わせてやるのよイーーヒヒヒヒッ!!!!』

「……久しぶりにその高笑いを聞きました。でも、そうですね。うじうじばっかりしてては疲れてしまいますもん。よし! 打倒ルイズ様です! 私、頑張りますねっ!」

『そうよぉ! そのいきよぉっ! じゃあ今日はもう寝ちゃいなさい? 昨日はリストの読みすぎで夜更かしさせちゃったから身体に響いてるでしょうしね。それにね! 明日は忙しくなるわよ? なんたって最後のアランの手掛かりに会いに行くんですもの! あの人に会えるかもしれないって分かると、なんだかソワソワしちゃうわね?』  

「そうですね……! その方がマリー様の探し人だと良いですね? あれ……? マリー様、なんだかお身体が……」

『ん? なあに?』


 首を傾げて見つめ返すマーリオの姿を、ミーアは袖で目を擦ってからまじまじと見つめます。


「いえ、なんでもありません。気のせいだったみたいです。 ……それでは、おやすみなさい。マリー様」

『ええ。おやすみ、ミーア』


 手早く寝支度を済ませた後、ベットに潜り込み、頭上にふわりと浮かぶマーリオに挨拶をします。

 ミーアはいつものように元気な姿に戻って軽口を言うマーリオに、ホッとしてしました。


 ———だから、彼女は思いました。

 マーリオの身体がいつもより透けていただなんて。きっと見間違い。夜が見せた幻なのでしょう。


 そう。 ……気のせい、なのです。


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