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第一話 オネェとの出会い

 春の陽射しが降り注ぐ穏やかな午後、ここ、ノーブル王立学園では、何やら騒ぎが起きていました。

 生徒達が憩いの場として訪れる中庭で、一組の男女が揉めているようです。


 一人は目の覚めるほどにくどい顔立ちをした、美しい青年です。


 キャラメルを焦がしたような甘いこげ茶色の髪に同色の瞳。これまた胸焼けする程に甘いマスクをした彼は、10人中10人が美男子と褒め称えるような男子生徒でした。


 対して、そんな彼に向き合うのは、どこぞの芋畑から引き抜いてきたのだと言わんばかりの垢抜けない女生徒です。


 くすんだ金髪をおさげに結び、若草色の瞳はおどおどとしています。目にいっぱいの涙を湛えており、今にも溢れ落ちんばかりです。


 それもその筈。この二人は婚約者でした。 ———つい、先ほどまでは。

 しかも男子生徒の片腕には、なにやらひとりの女生徒がしな垂れかかっているではありませんか。


 子リスのようなふわふわとした柔らかそうな栗色の髪に、まあるい大きな瞳を持つ愛らしいその少女は、最近とある子爵が引き取った庶子であり、数々の高位貴族の子息の心を鷲掴みにしていく凄腕のハンターなのだと恐れられている、巷で話題のご令嬢だったのです。


「ルイズ様ぁ〜! 考え直して下さいよぉ〜!」

「ええい! なんども言っておるだろう! お前とは婚約破棄だ! そもそも親同士の口約束だろう。不満を言われる筋合いなどないわ!」

「そ、そんなぁ〜!」


 そうなのです。彼ことルイズ・カルロは伯爵家三男坊。彼は父親から言われてイヤイヤこの婚約を受け入れていただけだったのです。それもこれも、目の前にいるこの娘の父親が、これまた仲の良かった彼の父親に頼み込んだ為に断れなかっただけなのでした。


 ですが、学園に通い続けるうちに彼は出会ってしまったのです。自身が最も愛してやまない真実の恋人、ベアトリーチェに!


「そういう訳なの。ごめんなさいね? ミーアさん?」


 その真実の恋人は勝ち誇ったように言い放ちます。なにがそういう訳だなどと、一体誰が言えたというのでしょう? ミーアは男爵令嬢。それも実家は超がつくほどのド貧乏です。こちらのベアトリーチェと言う名前のお嬢さんよりも格が下。あちらは庶子でこちらは嫡子。正直どっこいどっこい微々たる差ではありますが、こちらは家の格が下なのです。言い返すだなんてできるわけがありません。


「話は以上だ。我が家の方へは俺から伝えておく。これ以上俺達に関わってくれるなよ」

「うふ。じゃあね?」


 一方的に言い切った後、新たな恋人同士となった二人はその場を後にしました。


「うう……! あんまりだぁ〜! 私のなにが悪かったってんですか! そりゃあウチは貧乏だし、私には傾国の美女ばりの美貌もないですけど! 人手が足りないからって領民に紛れて農作業したっていいじゃないですかっ! 褒められこそすれ責められるだなんてぇぇ!!」


「はあ〜〜!」とお腹の底からでっかい溜息を吐き出して、その女生徒———ミーア・バンプキンは、下を見つめて項垂れました。いじいじと小枝で地面を掘っています。


「……さっきのご令嬢、女性の理想を詰め込んだような感じだったなぁ。すごく可愛かったし、私には無いものばっかりです。きっと見た目も中身もルイズ様の好みだったのかな……」


 そう言いながら、ミーアは先程の子爵令嬢の姿を思い浮かべます。庇護欲を唆るか弱そうな顔立ちに、全体的に華奢なのに、出るところは出ているというお得な身体つき。抱きついたら柔らかそうだったもの。ハッ! まさか、おっぱ……いえ、今更言ってもしょうがないですよね等と彼女が思うのも、これまた誰が止められたというのでしょうか。錯乱したミーアの思考は飛びに飛び……一周回って冷静になったのでした。


「……はあ」


 地面に彼女の友人である、ミミズやオケラのイラストをあらかた描き切っていくうちに、少し気が紛れたようです。ミーアはふいに立ち上がり、とぼとぼとした足取りで図書室へと向かいます。


 ここは学園に入学してから入り浸っていた、彼女のお気に入りの場所です。授業が終わった後の学生達は皆、早々に屋敷へ帰るか繁華街へ遊びに行くかのいずれかなので、あまり訪れる人がいないのです。今のように一人になりたい時なんかにはもってこいの穴場でした。


「それにしても、父様と母様になんて言えばいいんだろう……! ルイズ様を他の女に盗られちゃいました⭐︎ ……だなんて、言える訳ないですよぉ〜!」


 ミーアは図書室の隅にある机に突っ伏しながら悲嘆にくれています。もちろん私語厳禁ですので迷惑にならないよう、制服に包まれた腕に口元をくっつけながら、ふごふごと叫びました。

 声はそのほとんどを生地が吸収してくれたお陰で、くぐもった小さな呻き声が不気味に響きます。


 ここには誰も彼女を慰める人だなんていません。悲しい事ですが、仕方のない事なのです。図書室には受付業務を行う司書以外、誰もいないのですから。


 ———そう、生きている人間は。


『あら、いやねぇ。どこのおチビちゃんが泣いてるのかと思ったら、芋っぽいお嬢ちゃんじゃないのぉ〜? ……ねえ。どうしたの? アタシがお話、聞いてあげるわよ?』

「ふえ……?」


 突如誰もいないはずの空間に男性の声が聞こえました。ミーアは不思議に思い、のそのそと顔を上げます。ですがどうした事でしょう。喋り方が普通の男性とは違うようです。なんというか女性的な……そう、まるで“オネェ”と呼ばれる人種のような……?


 声の方に視線を向けて、ミーアはぎょっと目を剥きました。そこには半透明でフヨフヨと空中に浮かぶ美女の幽霊……ではなく、ゴリゴリにマッチョなオネェの幽霊がいたのです。


「お……」

『お?』

「おばけぇぇーー!!」


 静かだった図書室内に、ミーアの絶叫が響き渡りました。


 ———これが、芋っこ令嬢ミーア・バンプキンと、オネェ系公爵のマーリオ・ビスコンティーヌとの、出会いの一幕だったのです。





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