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第十八話 あの人の名は

 自宅に帰ってからすぐに夕食をとった後、ミーアは自室の寝台に腰を下ろしながら貸出リストを眺めていました。


 本来、こういった書類は持ち出し厳禁です。こっそりと貸してくれたレジーに迷惑はかけられない為、翌日には返すと約束をし、今日中に調べてしまおうとミーアは意気込みます。隣で同じく寝台の上に寝っ転がりながら、まるで自分の家の様に寛いでいるオネエに声を掛けました。


「レジーさん、わざわざ探してくれたんですね。40年分の中から見つけてくれたんですもの。きっと大変だった筈です。 ……マリー様! 良かったですね?」


 きっとマーリオも喜んでいるに違いない。そう思っていたミーアは、マーリオが両肘をついて顎をのせ、なにやら考えているのに気づきました。


 ずっと一緒にいるからでしょうか。ミーアには分かってしまいました。このオネェ、あんまり宜しくない事を考えているに違いない、と。


『……ねえ、アンタ。あの司書君と結構良い感じだったじゃない? 年齢もそんなに離れてないわよね?』

「えっ、どうしたんですか急に。レジーさんなら私よりも15歳年上ですけど……?」

『あら。そんなに違ったかしら? でも誤差の範囲よね? ……それに相手は独身だった。そうよね?』

「ええ。なんだかもったいないですよね。話してみるとあんなに良い人なのに。レジーさん、初対面の人に警戒する癖があるから、きっとそのせいで損してるんですよ。 ……ってなんですかさっきから。やたらとレジーさんの事を聞いているような……?」

『うふ。アンタの次の婚約者候補にどうかと思ったのっ! アタシと一緒でアンタも猶予がないんだから、この際どうかしら?』


 やっぱりその手の話しだったか。とんでもないと言わんばかりにミーアは両腕を突き出してぶんぶんと振ります。


「いえいえ! 私なんかがお相手になるだなんてレジーさんに失礼ですもん!」 

『そお? まあ、アンタがそう言うんだったら尊重するけど……』


 珍しくマーリオは食い下がる事なく、ミーアの心情をあっさりと受け入れます。


 以前までのミーアが結んでいた婚約……まあ、口約束とも言うのですが、貧しいバンプキン家を建て直す為の苦肉の策として、彼女の父親がなんとか捻じ込んだ婚約でしたので、ただでさえ期待していた両親の気持ちを思うと、ミーアはいつも心苦しく思います。


 放っておけばおく程に、事態は悪化していくだけなのはわかってはいます。ですが、彼女の事情にレジーを巻き込む訳にはいかないのです。ただ、そうして思い詰めた後に、ミーアのやや後ろ向きな性格が顔を出し血迷った発言をするのも、これまた仕方のない事かもしれません。


「……人心掌握術、ルイズ様には効果があるでしょうか……?」

『ハン』


 オネェはもちろん鼻で嘲笑います。保身に走った上にクズに縋るなど、そんなしみったれた真似を、この優美なマーリオ様が許可する訳がないだろう小娘め! 誰がどう見ても、その様に受け取る事が出来ました。


「ま、また鼻で笑われた……! でもでも! それならある意味元鞘に戻りますし! 結構いいと思うんですが……!」

『アンタってば、本当に駄目ねぇ〜? そもそもね? 浮気ってのはしない人間は最初からしないのよ? 貴族だとか庶民だとかそんなの関係ないわ? 仮に元鞘に収まったとしてもまた繰り返すわよぉ? アタシが言うんだから間違い無いわ?』

「そ、うなんですね……」


 うじうじと俯きかけたミーアですが、どうにか考え直します。男性の雄々しい気持ちと、女性のたおやかな気持ちの両方の性質をもつマーリオの言う事ならば、あながち間違いではないのかもしれない。


 それに、彼はただ1人の事をずっと一途に想っているのだから。

 膝の上に視線を落とすと、レジーから借りたばかりのリストが目に入ります。振り返るのはもう辞める。けれど自分の事よりもまず先に、命の危険があるマーリオを優先する事。彼女の中での目標が定まった瞬間でした。


「あの、マリー様。婚約破棄の諸々の事は、もう少し後にしようと思うんです。期限は後二ヶ月もあるでしょう? ですから私、まずはマリー様の事を先に進めたいんです。お命を狙われてるんですもの。私の新しいお相手よりも人命の方がよっぽど大事です。 ……まあ、父様にはちょっと申し訳ないとは思うんですけどね」

『ミーア……あんたって子は……! 決めた! もしあの人に会えてアタシが生き返る事が出来たなら、絶対にアンタに会いにいくわ? それでアンタのお家を陰ながら建て直してあげるの。どう? それなら無理に婚約だなんてしなくってもいいでしょう?』


 バチン! と綺麗なウインクを決めて同意を求めるマーリオに、初めは戸惑っていたミーアでしたが、つられるように微笑みました。


「……ありがとうございます。じゃあ、私も頑張らなくっちゃですね? まずは手始めに、このリストを読んでしまいましょうか? すっごく分厚いですもの。一晩で読み切れるか不安ですけど。なんとかやってみます」

『まあ、いいお返事ね? じゃあ1ページずつ捲ってもらえるかしら? アタシも隣で読ませてもらうから』


「はい!」と元気よく返事をしながらミーアはページを捲っていきます。流石に古いものなので、ページの所々に黄ばみや染みが出来ている為に文字が読み取りにくい箇所もあり、ミーアは一字一字、取りこぼさないよう慎重に眺めていきます。が、ここにきて、そういえばマーリオの思い人の名前を聞いていなかったなと気がつきます。


「ところで、マリー様。その図書室の君の名前はわかるんですか?」

『名前はね、”アラン”よ? 一度だけ、彼がそう呼ばれたのを聞いた事があるの。 ……流石に家名まではわからなかったけれど』


「へえ〜」と相槌を打ちながら、ミーアは口の中で名前を小さく復唱します。アラン、アラン……名前自体は良くある名前です。マーリオのいた時代、言い方を変えるなら、ミーアのお爺さんが学園に在籍していた時代なんかは特に。


「…………あ! そういえば、うちのお爺さまもマリー様と同年代なんですよ? 私が生まれる一年程前に亡くなってしまったからお会いした事はないんですけど。でもでも! 何を隠そう、お爺さまの名前もアランって言うんですっ! もしかして、マリー様の思い人って、お爺さまの事だったりして!」

『……ミーア。こんな事、アンタに言うのも酷だけれど、あの人はもっと儚げで、知性が滲み出ているようなお顔立ちだったの。それこそどこぞの高貴な生まれだったんでしょう。このアタシが言うんだから間違い無いわ? そんな訳で、お芋畑に囲まれるような庶民っぽさは全く無かったの。だから、ね? ……なんだかごめんなさいね……?』

「謝られた……? ちょっと聞き捨てならないのですが。それってどう言う意味ですかっ!」

『悪気はないのよ。でも察して頂戴。ね?』


 眉尻を下げながら困ったように微笑むマーリオに、ミーアはムキになって反論します。


「ね? じゃないです! それって遠回しに悪口言ってますよね……?」

『でも安心して頂戴? アンタはアンタなりに可愛い所があるわ? 愛嬌だけはたっくさんあるから大丈夫、大丈夫よお! アタシが保証するわ!』

「や、やっぱり悪口じゃないですか……! もうっ! 調べてあげませんよ?」

『うふふ。ごめんなさいね? あ! 今アランって書いてあったわ? ほら、メモして頂戴!』 

「えっ! ……今、はぐらかしましたよね……?」

『いいからほらっ! そこ、右下に書いてあるから早くっ!』

「わかりましたよもぉ〜!」


 ————”アラン”

 この名前を手掛かりに、ミーアとマーリオはページをじっくりと調べにかかっていきます。


 該当の名前を見つけてはノートにメモをしていき、次のページを捲るという単純作業を繰り返していくうちに、二人はやがて、最後のページまで辿りつき記載を終えます。


 見つけたアランの文字は、全部で10人。その中でも頻繁に登場する家名を絞ると3人に。ちなみに、この3人の中に、ミーアのお爺さんの名前であるアラン・バンプキンの名が含まれていた為、ミーアはやっぱり家のお爺様が図書室の君なんじゃ……? とマーリオに進言するのですが、案の定、バッサリと否定されて頬を膨らませます。


 これで本当に探している人物がお爺様だったならどうしてくれようか。言ったらまた否定されるだけですので心の中に留めます。

 とにかく、そこから更に、存命している人物を探っていきます。


 ミーアのお爺さんを除くと、残されたアランは2人。


 1人目の名前はアラン・ワーグナー。ノーブル学園の学園長を勤める人物です。


 2人目の名前はアラン・ノーツ。ノーツ侯爵家前当主の名前でした。

 この中でも、特に2人目の人物に会いに行くのは至難の技です。なにせ相手は高位の貴族である上に、ミーアでは会いに行ける程の伝手がないので尚更に。


 まずは校長である1人目のアラン・ワーグナーに会いに行く事を決め、貸出リストの閲覧を終えました。


 その頃には空が白ずんでおり、窓辺からは目覚めを迎えた小鳥の囀りが聞こえ始めました。カーテンの隙間から差し込む朝焼けの爽やかな光が、眠気のせいで、でっかい欠伸をするミーアと、ノートに写したアランの名前を感慨深そうに眺めるマーリオの2人を、柔らかく照らしていたのです。




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