第十五話 目覚めないオネェ
しばらくは目覚めることの無い身体を眺めていた二人でしたが、マーリオはやがて思い出したようにベット横のチェストに近寄りミーアを手招きします。
『ね? ミーア。このチェストの一段目、開けてみて頂戴?』
「う……まだ唇に感触が……ま、まあ開けてみますけど……」
ミーアは言われるがままに引き出しを開けます。すると、中からは繊細な装飾の施された宝石箱が出てきました。碧色の陶器で作られた物のようで、表面の蓋の部分には金をふんだんに使用した小さな薔薇が描かれています。落とさないよう慎重に触れながら持ち上げて、ミーアはうっとりと眺めました。
「わあ……! すっごく可愛いです。これマリー様のなんですか?」
『ええ。その中にね、もしもの時の為に金貨をいっっっぱい! 詰めていたのよ? そういえばアタシ、お金だけは持っていたから、幾つか隠して持ってたなって思い出したの。今後のアンタの為に使うんだから、忘れずに持ってお帰んなさい?』
「えっ! ……い、いやいやいや!? 流石にタダで貰えませんってば!」
『いいから。アタシに出来るのはこれぐらいですもの。それにいくらお金があったって、使わなくっちゃ意味ないでしょ? ならミーアに使って欲しいって思ったの。ね? いい子だから持って帰って頂戴。これを使ってアンタが綺麗になってくれたら、アタシ、すっごく嬉しいわ?』
「マリー様ぁ……!」
慈愛に満ちた表情で気遣うマーリオに、ミーアは胸がいっぱいになりました。自分の方が大変な状況な筈なのに、こちらの事まで考えてくれていただなんて。 ……うん。やっぱり、なんとしてでもこの人のお願いを叶えてあげよう。改めて、ミーアは強く思います。
「……それじゃあ、遠慮なく頂きますね?」
『ええ。重いから気をつけるのよ? ……そろそろ帰りましょうか。あんまり帰りが遅くなるといけないもの。今日はここに来れて良かったわ? ……ありがとう、ミーア』
「いえ、いいんです。私も生身のマリー様が見れて良かったですもの。ちゃんと生きていらしたのが分かって安心しました。 ……後はマリー様の想い人が見つかれば良いですね?」
『それと、アンタの元婚約者に復讐、でしょ?』
バチンとウインクをしながらマーリオは付け足します。ミーアは一瞬ポカンとしていましたが、次第に口元を綻ばせ、にへらっと笑います。
「そういえば、そうでしたね? 正直、ルイズ様の事は忘れてましたっ!」
『もう、しっかりして頂戴? 帰ったら早速、ビシバシとシゴクわよ〜? 今から覚悟していてね?』
「えぇーーっ! そんなぁ〜! お手柔らかにお願いしますよぉ! 今日はもう疲れちゃいましたもん。一日ぐらいサボっても……」
『ダメダメっ! 美容は一日にしてならず、よ? 今日から美容体操もするからそのつもりでいなさい? 目指すはボン、キュ、ボン! よ?』
「え〜〜っ!」
2人は軽口を言い合いながら、屋敷から脱出するべく扉を開けて部屋を出て行きました。階下へ向かうミーアの足音が響く中、扉はゆっくりと音を立てて閉まります。そこには野薔薇に抱かれて永い時を眠り続けるマーリオの身体だけが、ただ目覚めを待つ様に取り残されていたのでした。