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第十四話 野薔薇に抱かれしオネェ

『さあ、ここにアタシが眠っているわ? 開けてみて?』

「……ついに辿り着きましたね。なんだか開けるのが怖いです。心の準備が必要っていうか。 ……今更ですけど、マリー様って、本当に生きてますよね……?」

『もう本当に今更ねぇ? ここまで来て何言ってんの? ほら、時間も無いんだから早く早く』

「うう……わかりましたよぉ〜……では開けますよ……? よっと……」




 ————ギィ。




 こちらもやはり軋んだ音を立てながら、ミーアの手により扉が開かれました。室内からは薔薇の甘い香りがふわりと漂います。


「…………この方が、マリー様の本体、なんですね……」


 窓辺に置かれたベットの上。

 そこには摘みたての野薔薇に抱かれた美しい青年が横たわっていました。女性と同じぐらい長い金の巻き毛がシーツの上に流れており、まるで豊かな麦穂畑のようにも見えます。逞しかった筈の筋肉は痩せて衰えており、麗しい彼の顔にも翳りが見えますが、それでもなお、この青年の美貌を損なう事はありませんでした。


 どこか現実感のない彼の存在は、一見すると人形の様にも見えましたが、よく観察すると呼吸をしているようで、僅かに胸が上下しているのが伺えました。四六時中この青年と同じ顔をずっと見ている筈なのに、透き通ってはいない実体を伴う美しい彼の顔に、ミーアは見惚れてしまいます。


「………マリー様、綺麗です」

『まあ! ありがとう? ……アタシの身体、ずっとこうして眠り続けていたのね。40年もの間、たったひとりっきりで』

「マリー様……」


 寂しそうに自身の身体を見下ろすマーリオに、ミーアはなんて声をかけていいかわからず、口を開きかけて———閉じてしまいます。

 40年。なんと気が遠くなる程の時間でしょうか。


 自分が同じ目にあったら耐えられるだろうか。そんなふうにミーアは考えます。もし目覚める事が出来たとしても、その頃にはすっかりおばあちゃんになってる筈だもの———って。


「いや!? いやいやいや! ちょ、ちょっと! マリー様の身体、なんで若いままなんですかっ!! こっちはおじいちゃんの姿か、最悪ポックリ逝ってるのを想像してたんですよっ!? これ本当に40年経ってるんですよね……?」

『ね〜! んもうっ! アタシもビックリしちゃったわよ〜! もしかしたら盛られた薬のせいで老化が止まってるのかしらね?』

「ええ……そんな事ってあります……?」


 カラカラとマーリオは楽しそうに笑いますが、ふいに真面目な顔に戻ります。


『真面目な話、アタシね? こう見えて子供の頃から毒の摂取はしていたの。それこそ毒殺されないように、国内のありとあらゆる毒の全てに耐性があるつもりよ? それなのに、抗えず倒れてしまった。そこが腑に落ちないのよね』

「えっと……? それってどういう……?」


 話の着地点がいまいち見出せず、ミーアは話を促します。


『……バロッサはね? 当時は薬学に精通していたの。人体実験も盛んで、それこそ色んな薬を作っていたのよ? ……特に、不老不死の研究を、ね。まあ、例の皇子が王位についてからは廃止されたみたいだけど。バロッサの研究所で作られた薬の中には、それこそ山のようにたっくさんの失敗作があったみたいよ? 血が吹き出して止まらないやつだったり、細胞が活性化され過ぎて身体が腐り落ちちゃったり。それらをありったけ混ぜたもんでも飲まされたのかしらねぇ〜?』


 それならば。もし、彼が身体に戻る事が出来たのなら、もう一度人生をやり直せるのではないか。ミーアはそう思いました。


「じゃあ……! マリー様は生き返る事が出来るかもしれないって事ですよね……?」 

『どうかしらね……そうなったら嬉しいんだけど。起きた瞬間に身体が一気に劣化して崩れ落ちちゃうかも知れないし、そこは賭けみたいなもんかしら……?』

「そう、なんですね……」


 一瞬、見えかけた希望が、再び小さく萎んでいくのをミーアは感じます。浮かない顔をするマーリオをなんとか勇気づけられればと、彼女は辿々しく声を掛けました。


「マリー様……その、元気出して下さい。私ができる事ならなんだってやりますから。図書室の君の事だって探し出してみせますし、マリー様を目覚めさせるお手伝いだって……!」

『…………ありがとう。ミーア。それにしても、自分で言うのもなんだけど、本当に眠り姫みたいだわぁ〜? 童話の通りなら、王子様のキスで目覚めちゃったりして……って』


 ピタリ、とマーリオの動きが止まります。なにかを思いついたかのような神妙な顔つきをしていました。


『ねえミーア。お願いがあるの。』

「……なんでしょう。すっごく嫌な予感がするのは」

『アンタさっき、自分が出来る事ならなんだってするって言ってくれたわね? 一回だけでいいの。試しにアタシの唇に口づけを……』

「すみませんごめんなさい無理です!!」


 なかば食い気味にミーアは即答しました。相手はいくら気心が知れているとはいえ、未婚の、しかも婚約者ですらない生身の男性です。無理に決まっていました。


『でもアンタ助けてくれるって言ってくれたわよね? お願い。せっかくここまできたんですもの。ものは試しって言うでしょう? ほら、お人形さんにしたと思えばいいから。ね?』

「ね? じゃあないんですよっ! こっちは初めてなんですからっ! ル、ルイズ様にだってしてもらった事ないのに……!」


 ミーアは涙目になりながら、自身の秘密を暴露しました。


『ミーア。軽くでいいのっ! ねえ? お願いよぉ』

「う……! そんな泣きそうな顔したって……」

『…………そうよね。アンタに無理ばっかりさせて、アタシって嫌なヤツだわ。自分の身体を見れただけでも充分ですもの。ごめんなさいね? ミーア。 ……どうか忘れて?』

「マリー様……」


 悲しそうに俯くマーリオを見て、ミーアの心は締め付けられそうになります。こころなしか泣いているかの様にも見えるその姿に、ミーアは再び逡巡しました。


 出来る事はなんだってする。確かにそう言ったじゃないか。ずっと将来伴侶となる男性との口づけを夢見ていたれど、今の自分にはもういないんだもの。


 もし、眠り続けるこの美しい人が目覚める事が出来るなら、私自身がここにいるのが無駄ではなかったのかもしれない。そんなふうに思い直したミーアは、消え入りそうに小さな声で、おずおずとマーリオに是を唱えました。


「……わかりました。頬になら、いいです。それなら私……」

『あらそぉお? なんだか悪いわね?』


 俯いていた顔を上げ、マーリオはパッと振り向きながら笑います。全然泣いていませんでした。


「グッ……! やられた……!」


 くそう、わかってた筈なのに。本当にこのオネェは同情を誘うのが上手い。してやられた悔しさと、半ば慣れつつある自分に苦笑しながら、ミーアは眠るマーリオの隣に屈みました。


「もうヤケです! じゃあしますからね! 起きなくっても落ち込まないで下さいよ?」

『わかったわ。やって頂戴……!』

「では……いきます……!!」



 ーー

 ーーー



『やっぱり目覚めない、か。 ……ミーア、ありがとうね?』

「うう、なにかを失った気がする……!」


 一大決心をした上でのこの結果。ミーアはいろんな喪失感からがっくりと項垂れ、その場に膝から崩れ落ちました。


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