第十二話 隠し場所
———マーリオが狙われている。
思いもよらなかった可能性が浮上し、ミーアの顔はぎこちなく強張ります。
「で、でも……マリー様の存在って秘匿されているんですよね……? 普通に考えて空き家になってるご実家へ泥棒が入っただけとかじゃ……?」
『いいえ。それはあり得ないわ? さっきの司書君が襲撃されたって言ってたでしょう? 泥棒ならもっと慎重にするものじゃない? ワザと派手に荒らして、こちらが焦って行動に出るのをどこかで見ているんでしょうね。 ……きっとアタシが生きているって話が漏れたのね。もしかしたらだけど……今度こそ、殺されるかもしれないわ?』
「そ、そんな事……」
違う、とは言い切れませんでした。
『ねえ、ミーア。お願い』
「な、なんでしょうか……?」
のんびりとしながらも、少し真剣味を帯びたマーリオの雰囲気に、ミーアは嫌な予感がします。
『こんな事、アンタに頼むのも酷だと思うけど、今のアタシの身体に会いに行って欲しいの。多分、王都にある隠れ家に安置されてる筈よ? 人目を避けてまで遠くに動かせなかったと思うから』
見事に予感が的中し、ミーアは恐る恐る聞き返します。
「……や、やっぱりそう言うんじゃないかと思いました。でも、マリー様の身体って、王城で手厚く保護されている訳じゃないんですね」
『まあ、ね。多分アタシの従兄弟……王太子のヤツが決めたんでしょうね。王城はアタシを殺そうとした人間が今でもいるかもしれないもの。あの子、用心深くて血縁以外誰も信用しないコだったから。特に、ね』
「マリー様……」
へにゃりと眉を下げて心配そうにするミーアの頬に、マーリオはそっと手を添える仕草をします。
『やあね? そんな顔しないで頂戴? 今更ですもの。死んだら死んだで良いの。ただその前に一度、今の自分がどうなってるのか、様子を見ておきたかったって訳』
『でも、安心して?』そう言いながら、マーリオはにっこりと微笑みます。
『隠れ家の方はね? 王都でこっそり過ごす為にアタシ自身が買った場所だから、知ってる人間は当時の同僚と王太子だけ。両親にも秘密にしてたんだからぁ。 ……本邸を襲った人間がそこへ辿り着くにはまだ猶予はある筈よ? だから今のうちに、ね?』
マーリオは優しく語りかけながら、ミーアを安心させるように視線を合わせます。半透明に透き通ったままでしたが、それでもなお輝きを失わない鮮やかなサファイアブルーの瞳に、ミーアはしばし、ぼうっとしてしまいました。
マーリオの美しい貌に見つめられたせいでしょうか。自分の頬がほんのりと赤くなっているような気がしてミーアは勢い良く首を振り、少しオドオドとしながらマーリオを見つめ返します。
「そ、それなら急いで行かなくっちゃじゃないですかっ! 日が暮れるまでまだ時間がありますし、今から早速行きましょうっ!」
若干焦った様に勢い良く立ち上がった彼女は、駆け出そうと足を踏み出して———ピタリ、と止まりました。
「……ちなみにその隠れ家って、どこにあるんですか?」
『あらあら。ヤル気になってくれたのは嬉しいんだけど、そっちじゃないわよ? 王都の市街地を抜けた先に貴族向けの高級住宅街があるでしょう? そこの近くに雑木林があって、今でもひっそりと建っている筈よ。随分と目立たない場所にある上に、周りに外壁もないから、きっと物置小屋みたいに思われているんじゃないかしらね? ……ここから半刻もしないうちに着くかしら?』
「な、なるほど……それならすぐに行ってこれますね? さっ! 急ぎますよマリー様! 早く早く!」
『あぁ、ちょっと待ちなさいよう』
マーリオは、妙に色っぽい声を出しながら、勢い良く駆けていくミーアについていくべく、きゅっと腕を折り曲げて身体の横にピッタリとくっつける———いわゆる乙女のようなポーズをしながらふわふわと飛んで行きます。こういう時走らなくていいから便利だわぁ、だなんて思いながら、マーリオはなんだかぎこちないミーアの様子に首を傾げました。
『あのコ、なんでまた急に張り切りだしたのかしら……?』
まさか自分に惚れた訳でもあるまいし。う〜ん……? だなんて考えていたマーリオでしたが、のんびりと飛んでいたせいでついていくのが遅れていたようです。痺れを切らしたミーアに怒られて、一旦、思考を中断します。
「マリー様ぁ! もう! なにやってんですか遅いですーー! 早くしないと日が暮れちゃいますよぉーーっ!」
『わかったわよぉ! それにしてもアンタ、意外と足速いのね……?』
見ると、ミーアは随分と先まで走っていたようで、彼女の姿は豆粒ぐらいの小ささに見えました。
「えーーーっ? 今なんて言ったんですかーー!?」
『だぁぁあ!! ちょっと待ってなさいって言ってるでしょおがぁぁーー!!』
「えーーーーーっ!? もうちょっと大きい声で言ってくださぁい!!」
『…………いや、これは早く行かないアタシが悪いのよ。怒っちゃだめよマリー? 平常心。平常心が大事なんだからぁぁぁ〜〜ん!!』
だなんて言いながら、マーリオはミーアに追い付くべく、全速力で飛んで行きました。