第十一話 流転
————昼休み。
昼食を終えたミーアが向かった先は、用務員が作業をしている中庭です。ホウキを手に持ち掃き掃除をする年配の男性を見つけて聞いてみるのですが、結果は芳しくありませんでした。用務員の年齢的にひょっとしたら……! と淡い期待を寄せていたミーアでしたが、なかなか思惑通りにはいかないようです。
聞くところによると、この用務員もかつて若い時分にノーブル学園に在籍していたらしいのですが、当時印象的だった生徒といえば、同学年であった王太子と、その従兄弟であるマーリオの二人ぐらいだったそう。他は当時の友人ぐらいしか覚えていないとの事でした。
「そうそう。気になるのなら、図書室へと行ってご覧? 当時から貸し出し名簿をつけていたから、まだ残っているかもしれないよ?」
「図書室……なるほど! 早速行ってみますね!」
「どういたしまして。お嬢さんの知りたい手掛かりが見つかるよう祈っているよ」
「あ、ありがとうございます! お仕事中すみませんでした。おじいさんこそお身体お大事になさって下さいね!」
————ゴーン、ゴーン。
言い終わるやいなや、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響きます。
ニコっと元気に笑いながら、ミーアは用務員に手を振り、教室へ戻る事にしました。
『図書室ねえ。言われてみれば、そこであの人と出会ったんですもの。最初からそっちに行っておけば良かったわねぇ?』
「ですねっ! ちょっと回り道しちゃったかも知れません」
廊下を歩きながら教室を目指すミーアは、隣でふわふわと浮かびながらついてくるマーリオの言葉に相槌をうちます。新たなヒントを手に入れたからか、マーリオの表情は明るいものとなっていました。こころなしか軽やかに鼻歌なんて歌っています。
「マリー様ってば、嬉しそうですねっ! なんだか今日はいい風が吹いてると思いません? このまますぐにお相手の事がわかったりしてっ!」
『そうね? ああ、なんだか緊張してきちゃったわ! 変よね? あの人がいる訳じゃないのに』
「マリーさま……! ま、まあとにかく放課後が勝負ですねっ! すぐに午後の授業を終わらしてきますから、待ってて下さいね?」
ミーアはこの友人———もといアドバイザーであるマーリオになんとしてもいい結果を持ってきてあげるのだ、だなんて思いながら、教室の扉を開けて自分の席に着き、次の教科の準備をするのでした。
ーー
ーーー
「すみません。やっぱり無理です諦めましょう!!」
『いいえっ! ここまで来たんですもの! 諦めてなるもんですか! いいからさっさとあの司書君に聞きに行ってご覧なさいっ!』
「いやいやいや! 私もさっきまではそう思ってましたけど、よく考えたら司書さんって、マリー様と初めて会った時に私にお説教してきたあの人の事じゃないですかっ! ね? やめましょう? だって、絶対に教えてくれる人の顔じゃありませんもん!」
『アンタそういうところよ? いい? 人間ね、見た目通りの性格じゃあないのっ。もしかしたら生まれつき目つきが悪いだけで、本当は優しい人間なのかもしれないでしょ? 例えば……そうね。まるで獅子のように勇敢で麗しい外見とは裏腹に、中身はお砂糖をたっぷりとまぶした甘くて可愛い乙女かもしれない。 ……そう。このアタシ、マーリオ・ビスコンティーヌのようにねっ!』
「いや今となってはマリー様も大概みたまんま……」
『あんですってぇ……? いぃい? 早く行ってこないと末代まで祟るわよぉッ!!』
「やっぱりマリー様って悪霊なんじゃ……いえ! なんでもないです行ってきます!」
———と。図書室の前でひと問答を繰り返した後、マーリオにトドメの一言を言われたミーアは渋々扉を開いて足を踏みだします。
貸出カウンターの方をチラリと窺うと、やはり、彼女が懸念していた通り、以前ミーアをこっ酷く叱った例の司書が座りながら受付業務をしていました。
ミーアは後ろ手に扉を閉めながら、行くべきか行かないべきか逡巡します。すると、隣から物凄い圧力を感じます。確認するまでもなく、早くいけとばかりにマーリオが凝視しているのですが、彼女は絶対にそちらを見るまいと明後日の方を見続けました。
ただ、このままでいる訳にもいかず、困ったミーアは、意を決してこの司書に近づく事にしました。
「あのう……お仕事中すみません。ちょっと宜しいですか?」
「はい……?」
近くでまじまじと見ると、この司書である彼は整った顔をしているようでした。切れ長の涼やかな瞳は、銀縁眼鏡越しに知的な光を滲ませています。ですが、ミーアの穿った見方のせいでしょうか? こころなしかこの司書が神経質そうにも見えてしまいます。
「すみません……! あのう、40年ぐらい前の貸出記録を見せて欲しいなぁ、だなんて思ってまして……へへ」
「……? どうしてそんなものを。倉庫にしまわれてますから普段は見れませんよ。探すだけでも大変だというのに。……それに、貴女の指定した年代は、ちょうど、かのビスコンティーヌ氏がいた頃ですね? 調べてどうされる気ですか?」
「えっと、そのぉ〜……」
「理由が言えないのでしたらお教えする事は出来ませんね。……最近、ビスコンティーヌ氏の事を嗅ぎ回る怪しい人間がいるので気をつけるようにと、学園長の方からお達しが来ているのです。彼の屋敷が襲撃されたのだという話を貴女はご存知ですか? なんの意図があっての事か知りませんが、疑わしく思われる事は控えた方が良いですよ」
淀みなく言い切った司書は、これで話は終わりだとばかりに止めていた手を動かし、作業を再開します。
「…………マリー様……今の話……」
ミーアは慌てて図書室から飛び出し、隣に浮かぶオネェに囁きます。
『あら。アタシ、もしかして狙われてるのかしらね……?』
『やぁねぇ〜?』だなんて言いながら頬に手を当て、マーリオはたいして困っていないように、のんびりとしているのでした。




