プロローグ
『ある騎士の物語』
昔々あるところに、高貴な生まれの騎士がおりました。
騎士は幼い頃から大層可愛がられ、沢山の愛情をその身に注がれながら健やかに育ちました。誰もが彼に親愛の情を抱き、彼はまさしく幸せな人生を送っていたのです。
学園では常に成績トップを走り、文武両道、弱きを助け、悪を挫くのを信条としている彼は、騎士としても優秀です。当たり前のように将来を期待されており、彼自身も周囲の期待に応える為に精進を重ねていきました。彼の人生を邪魔するものなど存在する筈もありません。
騎士は全てを持っていました。
両親からの溺れるような愛も。
気心の知れた友人達も。
類稀なる知性も全て。
そんな順風満帆な生活を送っていたある日、隣国バロッサとの戦争が起こります。愚かにも強欲な彼の国は、我が国の豊富な資源をその手に納めようと、大勢の人々を殺めて回りました。
ですが、騎士の活躍により、戦争は瞬く間に収束していく事となります。
若くして部隊長にまで登り詰めた騎士は躍進を続け、見事、敵将の皇子を捕らえる事に成功したのです。
牢獄の中で皇子は言いました。
『騎士よ。私の首を刎ね、武勲の証としてお前の国に献上するが良い。このまま見せしめとして生かされるくらいなら、私は戦にこの身を捧げた一人の人間として死のう』
騎士は首を振り、バロッサの皇子を説き伏せます。
『いいえ。貴方は生きて国に帰らねばなりません。そして、共にこの愚かな戦争を終わらせるのです。それこそが、戦いで命を散らせた同胞達の餞となりましょう』
騎士の言葉に胸を打たれ、バロッサの皇子は必ずこの戦を終わらせる事を約束します。皇子は国に戻った後に、父王を投獄し、新たな王として戴冠しました。
こうして、両国は和解する事となり、長きに渡る戦争は終焉を迎えたのです。
騎士のいる国———ノーブルでは、疲弊した国の中、なんとか明日への希望の光を灯す為に、王城で祝賀パーティが催されました。
ノーブル王はもちろん、一番の功労者である騎士を讃えます。彼の為に祝いの杯を掲げるべく、その場にいた全ての人間に真っ赤な血のように濁ったワインが行き渡ります。王の声により、杯は高く掲げられ、それぞれが一斉に飲み干しました。
ですが、その中には猛毒の入った杯があったのです。
それも、騎士の手に渡った杯の中に。
毒入りのワインに口をつけてしまった騎士の身体は大きく傾いでいき、彼の命は儚く散ってしまいます。
意識が消えゆく間際、騎士は願いました。淡く、仄かな恋情の想いを抱いていたのに、伝える事が出来なかったあの人に、どうか、いま一度。
騎士には想い人がいたのです。戦争によって消息が掴めなくなってしまった、彼の大事な人が。
———もし神がいると言うのなら、私の願いをお聞きください。もう一度、あの人に会いたいのです。泡沫の僅かな時間でも構わない。この願いが叶うのならば、私は自身の死を受けいれ、この身は露と消えましょう———
騎士は強く強く願いました。そのせいかもしれません。騎士の魂は身体から抜けいでて、気がつくと、学生の頃、騎士が想いを寄せるあの人と過ごした大切な場所へ縛られる事となったのです。
美しく、気高い騎士の名は、マーリオ・ビスコンティーヌ。
彼は今でも思い出の場所に囚われながら、覚める事のない夢を見続けています。
彼は未練を断ち切り、解放される事が出来るのでしょうか。それとも——