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世界樹の根  作者: ににん
第一章 霧に狂う森
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高級宿での不思議な体験

 城を旅立ったハルトは、一日中街道を北西に向けて歩き続けた。

 ハミニジの町からゴセリアへの街道はずっと平坦な道だったが、こちらの街道は緩やかな登り道になっていた。そして、やはりこちらの街道も黒い霧に覆われていて村の人たちは家の中で暗く沈んでいるのだった。

 陽が暮れる頃、ハルトはそこそこ大きな町に着いた。バルケルという宿場町で、王都に近いこともあってかこの町にもまだ人がいっぱいで、旅姿の人影もあちこちに見られた。皆それぞれに食事や買い物をしたり、今夜の宿を探したりしている。やはりハルトも暗闇の道を歩くのは疲弊するので、今夜はここに泊まることにしたのだった。

町のあちこちには宿屋の看板が出ていて、門口ごとに篝火がたかれていた。ハルトがどの宿屋がいいだろう、などと考えながら馬を引いて歩いていると、突然知らない男に腕をつかまれた。


   「旦那様、今夜のお宿をお探しですか? それなら是非こちらへどうぞ。安心してお泊まりになれますよ」


「旦那様」などと呼ばれたのは初めてだったので驚いてその男を見ると、頭を下げる男は服の上から長いエプロンを締めていた。


  「どうぞどうぞ、旦那様。国王様のお使いですか? それとも他のお貴族様の? 当店は国王様もお泊まりになられたほどの老舗です。きっとご満足いただけますよ」


やはり宿屋の客引きのようだった。ハルトは立派な鎧兜を身につけているので、王都の貴族の子弟だと思われたのだろう。


  「ああ、いや、俺は……」


ハルトは慌てて説明しようとしたが、客引きの男は耳も貸さずにまくし立てる。


  「大丈夫です、大丈夫です。この店は本当に安心できる、良いお宿でございますから。貴族の皆様方からもいつもご愛顧いただいております。幸い今夜は最高のお部屋がひとつ空いてございます。国王様専用のお部屋の、その次に立派なお部屋です。旦那様にも必ずやご満足いただけますよ。さあ、どうぞどうぞ――」


 そしてハルトは大きな宿屋に引き込まれてしまったのだった。


                 ****


 ハルトが案内された部屋は、確かに立派なものだった。

 分厚い羽毛布団のベッド、純金が用いられた家具、天井のシャンデリア。厚い絨毯を敷き詰めた広い部屋が3つもあって、それだけでハルトの家と同じくらいと思えた。そして一番大きな部屋には立派なテーブルとソファもあって、装飾兼用と思しき水盤が置いてあった。


   「うぅむ」


 ハルトは思わずうなった。

  どう見ても、この部屋はハルト一人には豪華過ぎた。宿代も、きっとかなり高いことだろう。国王から旅費としてかなりの金貨をいただいてはいたが、それを無駄遣いしたくはない。


   「さすがに部屋を変えてもらわないとな……」


 ため息混じりにつぶやきながら、喉が渇いてきたハルトは、部屋の水盤を取ると水を飲もうとした。壁には何かの生き物の彫刻があって、そこからちょろちょろと水が流れ出して水盤に注ぎ込んでいるのでそこに備え付けのコップを差し出すと,突然水盤に注ぐ水がぴたりと止まった。


   「?」


 ハルトが眉をひそめると、今度は着けたままだった籠手の中から光が漏れているのが分かった。はっとして紋章を引き出すと、脈打つように点滅している。そして、その光に応えるかのように、水盤の水面に何かが映り始めた――


                     ****


 それは、渦巻く黒い霧だった。このあたりに立ち込めているよりずっと濃い霧が、流れながら渦を巻き、一カ所に寄り集まっていた。その中心に、なにか黒い丸い影がある。まるで闇そのもののように深くて底なしの暗がりが、霧の渦の中心で徐々にその濃さを増していた。

 やがて、どこか遠くから、こんな音も聞こえてきた。


 バサッバサッ……クケェェ……


 何か大きなものの羽ばたきと、高い鳴き声。

 背筋をぞおっと冷たいものが走り抜け、全身が総毛立ちます。見えない黒い腕が伸びてきてハルトに絡みつき、取りすがってくる。息が詰まり、すさまじい力に全身を持って行かれそうになり――


                     ****

 

 そのとき、入り口のドアをノックして、宿屋の主人が入ってきた。

 はっと気が付くと、紋章の輝きは止んでおり、水盤の上の影も既に消えていて水の上には何も見えなかった。聞こえていた音も、まるで空耳だったようにまったく聞こえなくなり、ハルトの身体もまた自由になっていた。

 ハルトは水盤の縁をつかんで、水の中をのぞき込んだ。だが、今度はいくら目をこらしても何も見えない。ただ澄んだ水が水盤いっぱいにたまっているだけだ。


 小太りの主人を振り返るとうやうやしい物腰でフルートに頭を下げて、


  「これはこれは旦那様。当館にようこそおいでくださいました。お部屋はお気に召しましたでしょうか? ご希望がございましたら、何なりと――」


 宿の主人も、ハルトを貴族と思いこんでいるのだった。しかしハルトはそんなことはかまわずに尋ねた。


  「なあ、この水盤は何だ? ただの水盤じゃあ無いんだろ?」

  「さすが、身分ある方はお目が高い!」


と宿の主人が大げさな声を上げた。


  「これは当旅館の自慢の逸品でして、昔、当館の初代主人の代に、とある大魔法使いが寄贈していった品と伝えられております。 真実を映す魔法の水盤だとかで、事実、時折水の上に何かが映るのだそうでございます。わたくしは残念ながら未だ見たことがございませんが、お客様によっては、そんな話をなさいます。旦那様も何かご覧になられましたか?」


 宿の主人は好奇心に満ちた目をハルトに向けたが、ハルトはそれどころでは無かった。

 真実を映す水盤──では、さっき見えた、あの影は? そして、それと一緒に聞こえた、あの音は……?

水盤越しに伝わってきた邪悪な気配を思い出して、ハルトはぞっと身震いをした。想像していた以上に圧倒的で深い闇。あれがこの黒い霧の中心にあるのだ。

 ハルトが物思いにふけってしまったので、宿の主人はそれ以上言わず引き下がっていった。貴族相手に宿を営んでいるだけあって、礼儀作法はちゃんとわきまえていた。そしてその晩、ハルトは水盤を眺めつつベッドに入ったのだったが…けれども、夜通し見守っていても、水盤はもう二度と何も映し出さなかったのだった。


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