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世界樹の根  作者: ににん
プロローグ 晴れない霧
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王都からの勅令

 それから数日待ったが、ギーゼルが戻ってくることもなければ、やはり未だ正体の分からない黒霧も晴れることはなく、むしろ濃くなる一方のように思えた。

 その霧の中、ハミニジの町の人間たちは皆、毎日のように今日こそ霧が消えているのではないかと期待して窓を開けては、その度に絶望的な気持ちになっていたのだった。


  「まったく、いったいどうなっているんだ、この霧は?」

  「霧が晴れる様子が全く無い。このままじゃ畑の作物が枯れちまう」

  「まさか、これが世界の終わりなんじゃ...」


 人々は、顔を合わせるたびにそんな話をしていた。まるでこの黒い霧が人々の心にも不安な闇を運んできているかのようだった。

 ハルトの家でも、父トレーシーがここ数日暗い顔をしていた。


  「牛たちがこの霧に怯えて乳を出さなくなっている。多分だが、これはただの霧じゃない。まっ黒いだけじゃない。なにか、こう...邪悪なものが漂っているようだ」


 そう聞かされても、ハルトやエリー、ブワロには何もできることはなく、ハルトは毎日窓から外を眺めながら、唯一の頼りであるギーゼルが戻ってくるのをじっと待ち続ける他無かった。

 すると、丁度その次の日の朝早く、王都からの使者がやってくると、町の広場に立て札を立てていった。その王家の紋章が入った白い看板を見てみると、こんなことが書かれていたのだった。


『勅令

このベールカン国を謎の黒い霧が覆いつつある。しかしこの霧は人身、および動植物に直接被害を及ぼすものではないと思われる。いたずらに心惑わすことなく、落ち着いて行動をするように。

ついては、この霧を祓う勇者を召喚する。紋章を持つ者は、速やかに我がもとへ登城するように。


                           国王 エゴール四世』


 国王からの命令にはやや難しい言葉も使われていたが、要するに黒い霧には直接の害はないから慌てることがないように、そして証を持つ勇者は国王の城に来るように、ということだった。

 これを読んで、町の人間達は皆驚いた。それは黒い霧がこの辺りだけでなく、ベールカン国全体を広く覆っているらしい、とわかったからだった。この霧は、一体どこから来て、どこまで広がっているのだろうか?けれども霧を吸ったから病気になる、ということはないようだったので、その点は少しだけ安心したのだった。

 一方、国王が金の石の勇者を呼び出したことにもとても驚いていた。魔法の紋章やその勇者のことは、この町の住人どころかこの国の人間ならどんな子どもでも知っている。紋章の正体は知らずとも、この町の西にある魔の森の奥でたくさんの魔物や怪物たちに守られているとも、古い遺跡のおくでひっそりと眠っているとも語り継がれていました。そしてその紋章を持ち帰った者が勇者と呼ばれるのだった。


 そして──ハルトがその紋章を持っているとは、町の人たちは誰も想像もしていないのだった。


 町で国王の勅令を読んだトレーシーが、家に帰ってきて、家族にそれを教えると、エリーはたちまち心配そうな顔になった。


  「それって何かの間違いじゃないの? まさか国王様がハルトをお呼びになるだなんて……。それに、こんな得体の知れない霧の中を、遠い国王様の城まで行かせるだなんて、絶対に無理よ」

  「ギーゼルの話では、勇者がこの国を闇の危険から救うと占い師が予言した、ということだったな?」

  「それが本当だとしたら、国王様は勇者にこの霧を祓わせるおつもりだろう。この霧は闇といってもいいほど暗い。だが、とうていおまえにそんな力があるとは、私にも思えない」


 ハルトは袖の奥へ伸びる紋章を見つめていた。両親にも何も答えようとしない。紋章は時折、奥の方から断続的に鈍い光を放っていた。

そんな息子の様子に、トレーシーはため息をついた。


  「しかし、決めるのはおまえ自身だ。確かに魔法の紋章を持っているんだからな。いったいどうしたいんだ?」


 すると、ハルトは父の顔を見上げた。


  「俺は王城に行く。時が来たら、自分は呼ばれるんだ、って泉の精が言っていたんだ。邪悪な気配のする霧が国中を覆って動かないでいる。きっと、今がその『時』なんだと思う。だから俺は、行かなくちゃいけないんだよ」

そう、迷いのない目をして言ったのだった。

  「まあ、この子ったら――」


 エリーは息子を止めようとしましたが、トレーシーはそれを遮った。


  「勇者には役目がある。そしてハルトがその運命に定められているのなら、私たちが何を言っても止めることはできないんだよ」


 けれどもその口調から、言いたくもないこと言っているのは明らかだった。


  「ありがとう、父さん、母さん。俺、行ってくるから」


 そこで、両親は、大急ぎでハルトの旅支度を整えました。


 両親は牧場の仕事があるので、ハルトと一緒に国王の城まで行くわけにはいかない。息子が出来るだけ安全に一人旅できるように、と二人はあれこれと準備をした。


 食料と水、薬草、毛布や衣類などが、ハルトの馬の背に積み込まれました。先日ギーゼルが準備してくれた栗毛の馬。ハルトは普段着の上に厚地のマントをはおり、腰に自分のショートソードを下げた。

トレーシーは銀貨の入った袋を手渡しながら言った。


  「これは旅費だ。王城まで行って帰って来るには十分とは言えないが、うちで準備してやれるのはこれで精一杯だ。大切に使うんだぞ」


 ハルトは大きくうなずいた。自分の家はそれなりに裕福でも、この状況のせいであることはよく承知していた。


  「せめて、ギーゼルが一緒にいてくれれば……」


 エリーは最後まで心配をしていた。


 ハルトはにやりと笑うと、マントを跳ね上げ腰の剣を見せた。


  「大丈夫だよ、母さん。俺だって自分の身を守れるくらいには強くなったし……いざとなったら、どんな怪我でも治せる紋章があるんだから」

「おまえに、世界樹のご加護があるように」


とトレーシーが道中の無事を祈ってくれた。

 ハルトは両親と弟に手を振り、出発したのだった。


              ****


 ベールカン国王の城は、ハミニジの町から東の方角にあった。城に至る街道は町中を通っていたが、人目につきたくなかったハルトは町の外側の荒野をぐるりと回ると、町はずれのあたりで街道に入った。

 街道のすぐ近くがギーゼルの家だったので、ついでにと寄ってみたが、やはりギーゼルは帰ってきていなかった。ハルトは少しがっかりして、頭を上げると、行く手を見ながら馬に話しかけた。


  「さて、急ごう。王城があるゴセリアの街に行かないとな――」


 目指すは王都ゴセリア。ハルトは振り返ることもなく、前だけを見つめて進んでいったのだった。


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