5-3 心配くらいはしたって良いですよね?
初稿:20/10/23
「……はぁ、美味かった」
ものの一分かそこらで男を喰らい尽くせば、思わずため息が漏れた。思い返してみれば人を喰ったのもずいぶんと久しぶりだ。マンシュタイン殿たちを喰って以来で、ましてここまで美味い人間となると……ひょっとしてあのアスペルマイヤーまでさかのぼるか? だとすると、ずいぶんと私も我慢したものだ。
「さぁて、と――」
次は誰にしようかね。真っ赤に染まった口元を拭いながら残った連中の品定めを始めれば、さぞかし衝撃的な光景だったんだろう、坊っちゃん気質のピエールはもちろん、取り巻き連中も全員が呆然と立ち尽くして、私を見つめていた。
「次は、そうだなぁ……お前にしようか。魂も美味そうな匂いさせてるしな」
「ひ、ひひひひぃぃぃぃぃッッ!!」
声を掛けると痩せぎすの男が、まさに脱兎もかくやとばかりに慌てふためいて逃げ出した。つられて他の連中も銃を捨てて逃げ出し始めたが――
「私の家をこんなにしといて、まさか逃げられるとでも思ってたのか?」
束縛術式を飛ばして全員を縛り上げ、最初に逃げ出した人間を喰らう。ふむ、やはりコイツも中々悪くない。
味わいながらまたたく間に体の半分ほどを喰い上げていくと、取り巻きが「坊っちゃん! アレを!」とピエールの肩を強く揺すった。それで何かを思い出したようで、ハッとして別の取り巻きを呼び寄せていた。
「早くッ! 早くそれをよこせッ!!」
そいつが持ってきた袋をひっつかんで中から小さな粒を取り出すと、縛り上げていた連中の口へとピエールが放り込んでいく。
すると、だ。
「凄い……坊っちゃん、これ凄いですよ! 体の中から力が溢れてきて――」
束縛術式で縛られてた連中から生気が一気に溢れ出したのが私にも分かった。頬が紅潮して、何やら腕や脚に術式みたいなものが浮かび上がり始めている。
そして、私の束縛術式が破られた。
「ほぅ……?」
一人だけじゃなくて次々と術式を破って自由になっていく。
仮にもこの私が編んだ術式だ。術式自体はたいしたものじゃないが、頑丈さはそれなりにある。さっきまでの連中の実力からすると到底術式破りができるはずはないんだが……ピエールが食べさせたヤツが原因と見るべきだろうな。
おそらく扱える魔素量や演算速度を底上げするドーピング的なものなんだろうが……王国でも開発されてないそんなものを共和国は持っているということか? だとすれば相当な驚異になるが――
「ハハッ! 凄い、凄いぞ、これは! 坊っちゃんッ! これがあれば『紅』といえどももう恐れる必要なんて――」
感じる体の変化にはしゃいでいたヤツが突然黙り込む。ピエールも怪訝に感じたのか「どうした?」と声を掛けながら近づいていった。
その時だ。
「あ……がががががッッッッッ……!!」
壊れた無線機みたいな声を突然上げたかと思うと、急にガタガタと体を震わせ始めた。顔が恐怖と困惑に染まっていって、だが次第に表情らしいものが抜け落ちていく。
震えてた体がだんだんと膨らんでいき巨大化し始める。そして最後には――背中から翼が伸び、まるきり人間と異なるフォルムへと変わってしまった。
「ば、化け物!?」
「うわぁっ!? 何だ、何が起こったっ!?」
「ぼ、坊っちゃん助け――」
「嫌だ! 化け物になりたくな――」
ピエールが上げた何かを飲み込んだ連中が次々に人間を辞めて化け物に姿を変えていく。もはやこの場にはまともな人間の方が少ないな。もちろん私も含めてな。
まあそれはそれとして、だ。肉体が肥大化して翼が生えるという異形の化け物への変化。堕ちた天使を想像させるフォルムだが、これには見覚えがあった。
(おそらくは――)
ごく最近も見たこの変化。果たして私の想像が正しいのか確かめてみるとするか。そう考えてピエールの方へ踏み出した瞬間、化け物になった取り巻き共が襲いかかってきた。
人間の時とは明らかに違う速度。肥大化した筋肉と、何かしら術式の効果も追加されているのだろう。瞬きする間もなく私の目の前に化け物たちが立ち塞がり、一斉に拳を振り下ろしてきた。
「ちっ、邪魔くさい……クッ!!」
いくつかの攻撃は避けてみたものの、さすがに全部はかわしきれん。最後の一発が私の腕を強かに殴ると、軽い体がまるでフットボールみたく教会の方へふっ飛んでいった。
景色が凄まじい速度で流れていく。それを眺めながら体勢を入れ替えて脚から着地し、ススまみれになった教会の床に押し付けて勢いを殺していく。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「心配するな。こんなの、犬猫に撫でられたのとたいして変わらん」
体が軽いから簡単にふっ飛んだが、威力はそれほどじゃあない。もちろん普通の人間が殴られたら頭が体に「テュース」してゴルフボールよろしく吹っ飛んでくんだろうが、この体なら余裕で耐えられるレベルでしかない。まだ大佐殿に殴られた時の方が痛かった。
視線をニーナから化け物連中へ向ける。異形と化してもピエールをまだ主と認めているのか、それともただ単に興味がないだけか分からんが、全員私の方へゆっくり歩いてきていた。
「逃げられる前にまずは――」
ピエールを捕まえておくとするか。
軽く息を吐きだすと、少々魔素を込めた術式をぶっ放す。化け物たちの目の前で破裂し、その勢いで連中は体を大きくのけぞらせ、その隙に一気に距離を詰めていく。だが連中は痛みを感じる頭も無くなったのか、多少なりとも肉が吹き飛ばされたというのに意に介した様子はなく拳を叩きつけてきた。
思った以上に頑丈だなと感心しながら軽くステップをして避ける。引き続いて次々と攻撃が繰り出されてくるが、落ち着いて拳の間をすり抜けていき。
「ひぇっ……!」
そしてピエールのもとへたどり着いた。
腰を抜かしてズリズリと這いずりながら逃げ出そうとし、そこにピエールのそばでずっと指示を飛ばしていた取り巻きが立ちふさがった。
間髪入れず流れるような動きで銃の引き金を引く。が、単なる術式銃が私の防御術式を貫通できるはずもない。
「邪魔をするな」
「ひぎゃああぁぁぁッッッ……!?」
銃を掴んで力任せに引き寄せ、取り巻きの首元を噛みちぎる。耳障りな悲鳴がまたたく間に弱まっていき、力を失った体を蹴り飛ばせば、一人取り残されたピエールの傍らに転がって情けない悲鳴が上がった。
「や、やめ……助け……」
「ついさっきまで私を殺すとかぬかしてなかったか? ずいぶん都合のいい口なことだ」
だがまあコイツは生かしといてやろう。バカで時流も読めない人間だが、魂の匂い的にはそこまで腐ってもなさそうだ。そんなヤツを喰っても美味しくもないし、立場を考えるなら喰った後も面倒そうだ。なら生かしてベルンに連れて帰ってからマティアスにでも渡して、教会の弁償をさせた方がよっぽどマシだな。
てなわけでガタガタ震えるピエールの腹に一発食らわせて意識を刈り取ると、ぐったりと倒れたピエールを肩に担ぎ上げる。その隙に背後から怪物どもが術式を放ってくるが、それを避けながらピエールのポケットから先程の袋を取り出した。
「――やっぱりか」
ピエールが仲間たちの飲ませていたもの。袋の中に入っていたのは淡く緑色に輝く小さな宝石だった。そして感じるのはその中に込められた魔素と魂の存在。間違いなく――ミーミルの泉だな。
「こんなものを持っている、となると……」
おそらくいるはずだ。神の使徒、もしくはそれに準じる存在が近くに。
「――いた」
化け物になったヤツ含め、この場にいる連中をつぶさに観察すれば、一人だけ明らかに普通じゃない人間がいた。木々の奥でひっそりと息を潜め、感情に乏しい人間らしさのない存在がじっとこちらの様子を観察している。だが私がそいつに気づいた途端、すぐに森の奥の方へと消えていった。
「追いかけるのは……難しいか」
そいつを逃がすように次々と怪物たちが術式を放ちながら私たちの方へ迫ってくる。ニーナたちを放置するわけにはいかんし、どうやら今逃げたヤツも前に腕を食い千切ってやったあの使徒とは違いそうだ。なら深追いするまでもないだろう。
「ニーナ、これも持っておけ」
「なんですか、これ?」
「人間を化け物に変える魔法の薬ってところだな」
ピエール共々袋を押し付けて正体をばらしてやると、ニーナが汚いものを触るように指先で摘んだ。気持ちは分かるが、使いようによってはお前を守る武器にもなるだろうからな。大切に扱えよ。
「あ、でも綺麗な宝石……」
「大量の魔素が蓄積されてるから、お前の魔装具に応用すれば非常時にも守ってくれるかもな」
「ネックレスやブレスレットにすれば持ち歩きもしやすそう……これって色々試してみても大丈夫なんですか?」
「喰う以外なら好きにしろ」
最後には私が喰らうからな。劣化コピーでもさぞ魂が蓄積されることだろう。
さて、と。改めてこの場にいる存在を眺めていく。
私たちを除けば、生きている人間はもういない。いるのは私に喰われた死人か、ミーミルの泉に飲み込まれた怪物たちだけだ。
ならば――遠慮はいらないな。
「……気をつけてくださいね?」
「私を誰だと思ってるんだ?」
「分かった上で言ってるんです。心配くらいはしたって良いですよね?」
もちろんだとも。ニーナに軽くサムズアップして笑ってやると安心したのか少し表情が緩んだ。
さぁて。ならニーナを心配させないように――少々本気を出すとしようか。




