4-1 ニーナは二度宙を舞った
初稿:20/10/04
不意にパッと目が覚めた。
いつの間にか辺りは真っ暗。記憶はすっぱりと途絶えてしまっていて、一体ここはどこで何時であり自分はどうなったのかさっぱりである。未だおぼろげでまったくの役立たずな頭をそれでもなんとか動かしてみて、ああ、そういえばと思い出した。
(確か、酒をしこたま飲みながらニーナに昔の話をしたんだったな……)
恥ずかしさを紛らわすためにずいぶんと大量に安酒を飲んだはずなのだが、すでに大半のアルコールは抜けてしまってるらしい。十歳くらいの肉体のままなのにまったくもって便利な体である。どうせならアルコールと一緒に記憶も抜け落ちてしまえば良かったのに、クソが。
「とはいえ――」
気分は悪くない。悪くないどころか、だ。ニーナが来る前の、酒を飲みながら鬱々としてた頃に比べれば胸の奥のモヤモヤも、何一つ救えなかった悔しさもどこかに溶けていってしまってて間違いなくスッキリしている。自分一人で解決できなかった点については何とも悔しいが、ニーナのおかげというのは認めざるを得ないだろう。
「そういやニーナのやつは――」
どこに行った、とアイツに思考を向けたところで突然体が抱き寄せられた。次いで私を出迎えてくれたのは――豊満な胸の温もりだったりする。
「ふご、ニー、ナ……!」
ギュッと顔に胸を押し付けられて呼吸もロクにできやしない。いったいどこからこんな力が出てくるんだと思いながらなんとか拘束から抜け出して起き上がれば、布団がめくれてニーナの裸体が目に飛び込んできた。
なんでコイツは裸なんだと思いつつ何気なく自分の体も確認してみれば――同じく私もまた裸体であった。
おかしい。ここは私のベッドで、まあ……一万歩譲ってニーナと一緒になってるのは許そう。他にベッドもないしな。だが私は確か礼拝堂で酔い潰れたはずで、間違っても酒に酔ったからといって服を脱ぎ散らかす恥ずかしい性癖は持ち合わせていない。
となれば誰かに脱がされたわけで。
「むにゃむにゃ……ぐへへへ……アーシェさんのちっぱいもまた可愛いじゃないですかぁ……もっと見せてくださいよぅ……」
そして傍らには、私と同じく全裸でベッドで眠りこけたうえでンな怪しい寝言をほざいている部下の存在。おまけに何の夢を見てるのか手をワキワキとさせて「ん~」とか言いながら口を尖らせてる間抜けな姿を晒してくれている。
つまりである。
私は――殺らねばならない。
「むにゃむにゃ――へぶぅらぁっはぃっっ!!」
助走をつけてドロップキック。するとニーナは奇声を上げながら勢いよく部屋のガラス窓をぶち破って、そのまんま階段から一階に転がり落ちていった。
「ふんっ……」
なにやら一階からぐしゃあ、と音がした気がしたが無視して着替えていく。念の為体をチェックしてみたが、どうやら寝てる間にどうこうされたわけではなさそうである。もっとも、それ以外については調べようもないのだが。
「ひ、ひ、ひどくない……ですか……?」
「自業自得だ、バカ」
ふらふらと柱にしがみつきながら戻ってきたニーナの非難を一蹴した。別に私は生娘ではないからこの程度で騒ぐほど可愛らしい人間ではない。が、それはそれとして制裁は必要だという点については誰も異論はあるまい。
「私は別にやましいことなんてしてません! そんな人間に思われてるなら心外です!」
「ふん……つまりニーナ、貴様は誓っていかがわしいことはしていない。そう言うんだな?」
「もちろんです! 私はただアーシェさんが暑くて寝苦しそうだったから服を脱がしただけなんです! 本当ですよ!」
「そうか」
私服に着替え終え、ニーナに振り向いて近づいていく。そしてニッコリと可愛らしい笑みを彼女に向けた。
「いや、すまない。疑って悪かった」
「いえ、いいんです。分かってくれれば」
「いいや、それでも可愛い部下を疑ってしまったことは反省しなければならない。
ところで――私の唇は気持ちよかったか?」
「そりゃもう当然です! ぷにぷにしてて甘い匂いなんてもう最高――」
――言うまでもなくニーナは二度宙を舞った。
「……ひどくないですか?」
「知るか、バカ」
歴戦の戦士よろしく全身傷だらけでぼやくニーナを適当にあしらいつつ、私たちはふもと町へと向かっていた。
ベッドで目を覚ました時点で外は真っ暗だったが、幸いにもさほど夜は更けてなかったらしい。
晩飯には頃合いの時間なので何か腹に入れたいところではあったのだが、メシを作ってくれるサマンサはいないし、食材もロクなのがないうえに私も作る気がないときたものである。なので階段下で寝転がってるニーナを強制覚醒させ、飯を食いがてら口直しの酒を飲もうと山道を下っているというわけだ。
「本当にいやらしいことなんてしてませんから。唇だってちょっと……こう、指先でつついちゃったくらいで……」
「本音は?」
「めっちゃくちゃチューしたかったです」
お前はもう少し欲望を隠す努力をしろ。
ともかくも、コイツがロリコンで百合百合してるのはよーく分かった。別に私はどっちでもいける性質だが、キス程度にしろそう簡単に体を許す女じゃあない。とりあえず今晩のコイツの寝床は外で決定だな。
坂を下りながらそう宣告するとニーナの目から光が消えた気がしたが見てないふりをした。
さて、そうこうしてるうちに町に到着したわけだが……さて、どの店に向かうかね?
「何か食べたいものあるか?」
「私はどんなお店があるか知りませんからアーシェさんにお任せしますけど……そうですね、しっかりお腹に入れたいなぁとは思ってます」
ふむ……ならばあの店かな、と町に入ってから数分のところにある酒場にニーナを連れて入る。普段はサマンサがいるからそんなに頻度は高くないが、それなりに利用させてもらって店主ともすでに顔なじみだし、ここなら変なものは出てこないと自信を持って言えるからな。
「いらっしゃい……なんだ、アーシェか」
入るやいなや、店主からの歓迎されてるのかされてないのかよく分からん返事と、店内の客からの不躾な視線が向けられた。五割は明らかに「なんでガキが酒場に?」という訝しげな視線で、三割はニタニタだったり舌打ちだったりと到底友好的とは言えないものだった。なお、残りの二割は――
「……なんか一部、露骨に目を逸らしてる人たちがいるんですけど」
「気のせいだ」
常連連中はよっぽど私と関わりたくないらしい。
とりあえずニーナの指摘をスルーして空いてたカウンター席に着くと、店主がお決まりの一杯目を即座に出してくれた。うん、相変わらず気が利いてるな、とか思ってると店主が強面を私とニーナに近づけて、舌打ちして睨んできてる連中をコソッと指差した。
「ったく……滅多に顔出さねぇくせに、どうしてテメェはこういう連中がいる日に限って来るんだよ?」
「私に言ったってしょうがないだろうが。嫌なら客を選べ。あと今日はツレがいるから美味い肉料理をくれ」
「バカ野郎。こんな田舎で客選んでて商売が成り立つかっての。まあいい。頼むから店だけは壊すなよ」
「壊れた方が逆に儲かってるだろ?」
「直すのが面倒なんだよ。で、肉料理だな? 良い肉が入ったから出してやるよ。それで、そっちの嬢ちゃんは何頼むんだ?」
「あ、はい。ええっと……ソーセージを追加してもらって、そうですねぇ、お肉料理に合うお酒をお願いします」
「ウチはそういうオーダーは受けてねぇんだがなぁ……」
ぼやきつつも店主は棚から酒を取り出してニーナの前に出してやった。何だかんだ口うるさいがちゃんと応じてくれるんだよな。だからこそこの店を選んだというのもあるが。
「ん~……美味しいっ! すっごい美味しいです、これっ!」
で、程なく運ばれてきたプレートいっぱいのステーキを頬張ったニーナが、なんとも幸せそうな歓声を上げた。その笑顔につられてあまり食べる気も無かった私もつついてみる。ほう、なるほど。これは美味いな。
「すみません、おかわりくださいっ!」
「へぇ、嬢ちゃん。女のくせになかなか良い飲みっぷりじゃねぇか。気に入った。アーシェのツレだし、とっておきを一杯だけサービスしてやるよ」
「いいんですかっ?」
「一杯だけなんて言わずに飲み放題にしてやる、くらい言ってみたらどうだ?」
「馬鹿言うんじゃねぇ。テメェのツレだろ? ならこの嬢ちゃんもウワバミに決まってるだろうが。ンな事したらウチの店なんざあっという間に潰れちまうわ」
ちっ、バレたか。さすが飲兵衛ばかりを相手にしてるだけの事はある。上手くいけばニーナの酒代浮かせると思ったんだがなぁ。ま、しかたないか。元々礼のつもりでおごる予定だったしな。
だがまあ、いつもならそろそろ金づるが近づいてくる頃合いだ。幸か不幸か、私のなりはそうした連中をひきつけてしまうらしいし、ならば利用しない手はない。
上手くいけば私の懐はほとんど痛まないんだが、はてさて、どうなるかね。
「――おい見ろよ。どうやら俺らは託児所に間違えて入っちまったみたいだぜ?」
とか考えていると、そんな私を当てこすった男の声が聞こえてきた。
それを聞いて私はカモがネギを背負ってやってきたとニンマリと笑い、ニーナはキョトンと、そして店主は諦めたように天を仰いだのだった。




