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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File2 第十三警備隊
7/160

2-2 よろしく、ニーナ一等特技兵殿

初稿:20/03/31

改稿:21/05/30(魔装具・魔素に関する説明を追記)

「なんだ?」


 目をこらせば、まっすぐ南から近づいてくる小さな人影が見えた。軍設備に迫っているということで、優秀なアレクセイたちが無言のまま術式銃を構えて警戒に当たる。私の合図があればいつでも攻撃が可能な状態だ。私も集中して耳を澄ませていたのだが、そこにフンメルのため息が混じった。

 ふむ、この様子だと警戒しなくても良さそうだな。アレクセイたちに警戒解除の合図をすると程なく近づいてくる者の姿がハッキリしてきた。


「ひぃーん……! またやっちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」


 泣き言が聞こえてきた。軍用のダークグリーンのパンツに頑丈なブーツを履いて、上は黒いタンクトップ一枚。上着は手に持って全力で前後に振られていることから、どうやら軍の関係者のようだ。しかしまだ春になったばかりの王国の朝でタンクトップ一枚とは、ずいぶん気合が入ってるな。


「げ……!」


 妙な感心をしていると、我々の姿が目に入ったか、女の顔が青ざめてひきつったのが分かった。

 総出で出迎える我々に気を取られたか、道路の段差に蹴躓いて体が宙に浮いた。そのままゴロゴロと地面を転がって最後は見事な顔面スライディングでフィニッシュ。ピタリと私の足元で止まると、もう一度フンメルのため息が聞こえてきた。


「……また遅刻か、トリベール一等特技兵」

「あ、あはははは……またやっちゃいました~」


 ニヘラ、と女――トリベール特技兵は鼻血と砂埃で汚れた顔を上げて頭を掻いた。もう一度懐中時計を取り出してみる。時刻は十時すぎ。始業は八時だから見事なまでの遅刻だな。


「私が言うのも筋違いかもしれないが、いい加減その遅刻癖は治した方が良いと思うぞ? この間もけん責と減給処分を受けたばかりだろう」

「いや~、分かってはいるんですけどね~。どうしてもついつい興が乗っちゃって……」


 どうやら常習犯らしいが、懲りてなさそうだな。

 しかし特技兵、か。トリベール特技兵の頭を見下ろしながら少し思考に耽る。

 特技兵というのは兵種の一つで、王国軍じゃ特に工廠や戦場で魔装具の取り扱いを専門にしている兵士のことを指す。魔装具というのは術式が金属などの道具に予め刻まれたものの総称で、演算結果が魔法陣にメモリされており基本的に魔素さえ溜めておけば誰が使っても同じような効果が発揮できるという便利グッズである。

 通常術式を使うにはエネルギーたる魔素が必要になるが、基本的に魔装具は予め魔素を充填して使用する。だから魔素保有量が少なくて、術式の知識が乏しい人間でも取り扱うことができるし、一時的に魔素が枯渇した人間であっても使用が可能だ。

 魔素は鍛錬による多少の増減があるとはいえ生まれつきほぼその保持量が決まるから、世の過半数の人間は魔素量が少なくて術式がロクに使えない。が、魔装具ならば誰でも関係なく使えるため、今じゃ民間でも広まって生活の一部になってる。

 んで、それは軍でも例外じゃない。なにせ魔装具を使えば術式を使えない一般人でも兵士にすることが可能だからな。直接的な戦闘用から間接支援用までどこぞの大規模商店も真っ青な程に幅広く取り扱ってるし開発から製造、修理まで手広くやってるもんだから、基本的に人手は足りてない。そのおかげで、ウチはいつまで経ってもヘルマンのジジイに頼りっぱなしというわけなんだが。


(若くて腕がある奴は貴重だしな)


 一等特技兵ということは一端以上の腕を持っていることになる。遅刻常習犯とはいえ、腕さえ確かならぜひともウチに引っ張ってきたいものである。なもんで、コイツが一体どういう奴なんだとフンメルを見上げた。と、そこにニュッと女の顔が差し込まれて思わずのけぞってしまった。

 トリベール特技兵は私の顔をじっと覗き込んでくる。そばかすの乗った顔は幼そうだ。おそらくは二〇前後。金色の長い髪を一房に編み込んでいる。私の瞳をまじまじと覗き込む瞳はこの地域にしては珍しい黒色で、だが単なる黒ではなく不思議な色彩を湛えていた。


(こいつ……まさか)


 私の正体に気づいたのか、と身構えたその時。

 気づけば、トリベール特技兵の手が私に向かって伸びてきていた。


(しまった……!)


 単なる遅刻女だと思って油断した。

 飛び退き、制帽が落ちる。だが反応は間に合わず、トリベールの左手が――私の頭の上にポンッと乗った。


「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ……」


 恐る恐る見上げればトリベールの頬がだらしなく緩みきっていた。


「なんですか、この可愛い子はっ!! どなたのお子さんですっ!? 今度抱きしめにお邪魔していいですかっ!? むしろお持ち帰りしてもいいですかっ!? いいですよねっ!?」


 よだれを垂らしながら目をキラキラさせ、私と後ろの隊員連中に視線を行ったり来たりさせている。その間にもコイツの手は私の髪の毛を高速ナデナデして、もうまもなく摩擦で火が着きそうだ。

 しかし……どうやら本当に私の頭を撫でることだけが目的で他意はないらしい。

 そうかそうか、なら良かった。……って、そんなわけあるか。


「……」

「……」


 フンメル兵長と視線が交差する。お互いなんとも言えない情けない顔をしていることだろう。一日で二度も同じ扱いをされるのは久しぶりだ。背後からは隊員共の忍び笑いが聞こえてくるし、ノアはノアで数時間前の自分を見ているような気分だからか、いくぶん声が引きつっている。お前ら、全員覚えていろ。


「トリベールといったか。初めて見る顔だな」

「あ、そうだね。えっと、はじめまして。私、ニーナ・トリベールっていうの。年明けにノイシャテル……って分かるかなぁ? ここから西の方にある街からやってきたんだ。よろしくね」


 なら街に来て数ヶ月、といったところか。工廠は広いし、私が足を運ぶ場所も限られてるしな。ここまで顔を合わせなかったのもおかしな話ではないか。しかしコイツはいつまで私の頭を撫で続けるつもりだ?

 なんとかしろ、とアイコンタクトを送ると、フンメルは冷や汗を流しながらコホンと大きな咳払いをして私からニーナの注意を引き剥がした。


「あー、トリベール一等特技兵?」

「はい! なんですか! あ、ひょっとしてこの子、フンメルさんのお子さんですか!? ならぜひ今度プライベートで遊びに――」

「いや、残念ながらそうではないんだ。もちろん可愛らしい御方ではあるんだが……」


 そう言いながらフンメルが指先で左胸の辺りを叩くと、不思議そうに首を傾げていたが徐々に視線が私の顔から左胸へと降りていき、そうして胸の階級章に届いたところで動きが止まった。


「ち、中尉(ちうい)……?」

「よろしく、ニーナ・トリベール一等特技兵殿()。アーシェ・シェヴェロウスキー中尉だ。いや、貴君のような向こう見ずで勇敢な(・・・・・・・・・)兵がいてくれるとは、我軍も当分は安泰だな」


 なにせ遅刻はするわ、兵の分際で士官の頭を撫で回すわで怖いもの知らずだからな。そう言ってやるとニーナの口からは「あはははははははは……」と壊れたラジオみたく乾いた笑い声が響いた。


「冗談だ。この程度のことで怒るほど私の心は狭くない」

「あははは……なら良かった――」

「スコッチ二本で許してやる。それ以上は負からん。ノアと二人で買ってこい。ただし安酒は許さん」

「え」

「ぼ、僕もですかっ!?」

「股ぐらに付いているタマをライフルに突っ込んでぶっ放されるのとどっちがいいか選べ」

「……買ってきます」

「よろしい」


 どいつもこいつもまったく、人の頭をなんだと思ってやがる。失礼な奴らばかりだ。

 ともかくもこの話はこれで終いだ。どうせニーナも遅刻でまたたっぷり叱られるだろうからこれ以上冷や汗を流させるのも大変だろう。ぜひとも私の心遣いに感謝してほしい。

 固まったままのニーナ特技兵の肩をポンと叩いて再起動を促し、制帽を被り直す。やれやれ、長話のせいで書類を片付ける時間が削られてしまったな。急いで戻るとするか。


「ではな、兵長、ニーナ特技兵」

「お疲れさまでした、中尉」

「特にニーナ特技兵は、気をしっかり持って上官に――」


 叱られてこい、と伝えようとしたその時だった。

 離れた場所で激しい爆発音が鳴り響く。キーンという耳鳴りに顔をしかめて振り向けば、真っ黒な煙が青空に向かって立ち上っていた。


「な、なんですかぁ!?」


 ノアが素っ頓狂な声を上げたが、無視。煙が立ち上っている根っこの位置から察するに、場所はここから南へ三つほど通りを下った辺り。爆裂術式らしい独特の音がしたが、戦争でトチ狂ったイカレポンチが強制集団自殺でも図ろうとしたか?

 まあ、なんであれ、だ。


「現場へ急行するッ! 全員私に続けッ!!」

「はッ!!」


 十三警備隊()の管轄内で事を起こして、逃げ切れると思うなよ?



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