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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File5 戦禍の残滓

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54/160

5-2 恨んでくれて構わない

初稿:20/08/07




――Bystander





 岩肌を思わせる道を二両の魔導戦車が進んでいた。

 キャリキャリと履帯が威圧するように鳴り響き、踏みしめられた土に深い轍を作りあげていく。戦車の車筐の上で腕を組むリンベルグが振り返れば、完全武装した彼の仲間――否、同志たちが乗った小型トラックが続いていた。

 大小二種類の轍を視線が辿っていき、そしてもう見えなくなったテシェルの駅の方を見つめてリンベルグは目を細めた。


「……恨んでくれて構わない。それさえも我らは喜んで抱え突き進もう」


 すでにテシェルの守備隊は、彼らによって壊滅状態にされていた。

 守備隊は予定のない列車の到着を訝しがっていたが、まさか列車がジャックされているなどとは夢にも思わない。そこに大佐であるリンベルグがさも当然の様に現れればなおさらだ。

 そうして油断したところを、輸送されていた最新式の装備を惜しげもなく使って同志たちが術式の雨を降らせた。同時に列車の壁を突き破って戦車が飛び出し一斉射。テシェルの守備隊は混乱の極みに達し、リンベルグたちに一方的に蹂躙されるだけで為すすべなどあるはずもなかった。

 申し訳ないとリンベルグは心から思う。彼らには何の咎もなく何の罪もない。油断し過ぎだと非難するつもりもない。本来であれば、油断ができる状況こそが望ましいのだから。

 だが、リンベルグたちは止まることはできないのだ。もう何年も平和の中で死に続けていた、彼ら亡者が最後に求めた生きる場所。そこへの歩みを今更止めることなどありえない。


「国境まであとどれくらいかね?」

「はい。このままのペースですと、三十分もすればランカスターの連中が泡食ってる姿をご覧に入れられるかと思います」


 戦車のハッチから上半身を出した軍曹が地図を片手に嬉しそうに報告する。それを聞いたリンベルグは大きく頷き、再び静かに道をにらんだ。

 そこに、後方から叫び声が届いた。


「じょ、上空後方より接近する物体ありッ! 繰り返す、接近する物体ありッ!」

「……来たか」


 その報にも動じることなくリンベルグは口元を撫でた。間に合わないようデモ隊に金を渡して首都を混乱させる手はずだったが、どうやら思ったよりも早く自分たちのことがバレてしまったらしい。

 しかし同時に、よくぞ間に合ってくれたという相反する気持ちがあることにも彼は気づいた。自己矛盾につい苦笑が漏れ、彼は右手を挙げて全軍の停止を命じた。

 その直後、前方で地面が激しく爆ぜた。上空から降り注いだ爆裂術式が地面に大きな孔を穿ち、爆風に砂埃を多分に乗せて撒き散らしていく。

 吹き荒ぶその中を、リンベルグは仁王立ちしたまま動かなかった。口を真一文字に結び、眼鏡の奥からじっと前を――彼らにとって最大の敵となる者の影を見つめていた。


「こ、子ども……!?」


 やがて砂埃が晴れて現れたのは一人の少女――いや、少女の皮をかぶった戦士だった。アーシェは口をへの字にし、小さな体で見下すような視線を彼らに向けていたが、リンベルグと目が合うとその瞳が様々な感情で微かに揺れた。


「……どうしますか、大佐? ――殺しますか?」


 見た感じ子どもだが、軍服を着ている以上敵であることは間違いない。軍曹としては当たり前の質問をしたつもりだったが、リンベルグは思わず口元を緩めた。


「殺す、か……ぜひ試してみたいものだ」

「それはどういう……?」

「『(あか)』だよ、彼女は。こうして私に付いてきた君だ。その名は当然知ってるだろう?」


 ハッチに座っていた軍曹は、リンベルグの言葉に耳を疑った。

 紅。それはアーシェに送られた(あざな)だ。

 軍において、稀な戦績を残した者にのみ名誉とともに送られ、通常ならば国中から称賛と羨望を浴びることになるはずの称号である字。だが、アーシェの場合はそもそも上層部と反りが合わない事やラインラント出身であるため軍から喧伝されることはなく、なにより彼女自身がその戦果を何一つ誇らないために他の字に比べて遥かに無名であった。

 それでも――戦いに魅入られた者であれば知らないはずのない名前である。

 誰よりも前線で活躍し、敵を屠り、味方を生きながらえさせた存在。だが共に戦った人間以外はその正体を知らず、彼らも決して存在を語ろうとしなかったために実像がつかめず、窮地に陥った王国がプロパガンダのために作り出した想像上の人物ではないかとも思われていた。

 そんな存在が、目の前にいる。


「彼女が、『紅』……!」


 軍曹は戦慄とともにアーシェを見つめた。その名の元となった赤毛が風に揺れ、自分たちの方をじっと睨みつけている。その視線にさらされただけで勝手に体が震えてきた。


「……まさか、『紅』があのような子どもだったとは思いませんでした」

「だろうな。だがその見た目に騙されれば、必ず君は後悔するだろう。戦場にいながら、戦うことさえできずに死んでしまったことを」

「それはぜひとも遠慮したいですね」軍曹はヘルメットを深く被り直し、ハッチの奥へ潜っていく。「戦わずに死ぬなど軍人としての恥です。そんなことになればここまでやってきた意味がありません。死ぬならせめて、この砲弾の一発でもぶちかましてからでなければ」

「であればその機会を君に与えよう」


 そう告げるとリンベルグは戦車の車筐から飛び降り、アーシェに向かって叫んだ。


「何故ここにいる、シェヴェロウスキー大尉!」

「それはこちらのセリフです、リンベルグ大佐。軍の新型戦車なんぞを引き連れて、いったいどちらに向かおうというのです?」

「そんなもの言わずとも知れている。この先にある敵の地に盛大な花火を放つのだよ。君も一緒にどうかね?」

「お断りしましょう」


 アーシェの歯が下唇に食い込んだ。


「戦争はすでに終わったのです。今更攻め込む意味などありませんのでね」

「戦争は終わってはおらぬ!」リンベルグの目が鋭く見開かれた。「我々の戦争はまだ……まだ終わっていない! 我々が生きている限り我々の戦争は続くのだ!」

「終わったのですよ、大佐殿」アーシェはその目を鋭く、そして寂しそうに細めた。「戦いは終わったのです。一時(いっとき)かもしれませんが、平和な時が訪れてるのですよ。戦禍に苦しむことのない時間が今、流れているのです。そこに私たちのような存在に居場所はない。物置の隅に忘れられた古道具のように静かに時を過ごすべきなのです。だから大佐殿、お願いです。諦めて投降してください」

「終わらぬっ!」リンベルグが剣を抜いた。「まだ、終わらぬッ!! 我らは生き延びるのだ、生き続けたいのだ……! そのためにも我らは帰らねばならぬッ! 血とッ、砲弾とッ、絶望の叫びが木霊するあの戦場にッ!」


 リンベルグの右腕が空へ掲げられた。それが勢いよくアーシェに向かって振り下ろされる。

 次の瞬間、魔導戦車の砲身が轟音を鳴り響かせた。衝撃が後方へと突き抜け、音が圧力となってリンベルグたちにのしかかる。

 放たれた砲弾は、仁王立ちするアーシェの元に瞬きする間もなく着弾した。個人の術式とは比べ物にならない程に激しい火炎が山道を形成する木々を瞬時に焦がし、爆風が一気になぎ倒して道幅を広げていった。


「目標付近に着弾ッ!」


 車長である先程の軍曹が着弾を観測し、喜色をにじませてリンベルグに報告した。

 魔導戦車の砲撃である。いかにアーシェ・シェヴェロウスキーが「紅」であったとしてもこの一撃に耐えられるはずがないし、このタイミングで避けられようはずもない。軍曹は汗を拭いながらリンベルグの方を見た。

 リンベルグは軍曹の報告に応えなかった。じっと爆煙が立ち込める先を睨みつけている。やがてそのまぶたがピクリと動いた。

 煙の中に現れる小さなシルエット。それが次第に大きくなっていき――五体満足のアーシェが姿を現した。


「ッ……!」


 迷彩服が多少ススと埃に汚れてはいるものの、それ以外はほぼ無傷で歩いていた。着弾地点のクレーターを背に表情一つ変えずに近づいてくるその姿に、軍曹を始め他の兵たちも背筋に冷たいものを感じていた。


「……これが答え、ということで宜しいですね?」

「そのとおりだ」


 感情を押し殺した声で問うてくるアーシェに、リンベルグもまた感情のこもらない平坦な声で応じる。そして彼は同志たちの方へと振り返り、一転して目を見開き雄叫びを上げた。


「諸君ッッッッ!!」空気が震えた。「ここが我々の生きる場所であるッ! 今この時よりこの場は戦地となった! 最終目的は唯一つ! ランカスターに攻め込み、戦火を、戦場を拡大し我らの生きる場所を拡大することであるッ! そのためにもこの場を全力で以て切り抜けることを期待するッ!!」


 瞬間、彼の言葉に呼応した怒号が地響きのように轟いていく。ここまで付き従ってきた数十人の兵たち。各々術式銃を空へ放ち、武器を地面に叩きつけて自らを鼓舞し血を滾らせていく。

 そして。


「全軍――目標を駆逐せよッ! |進めッ、進めッ、進めッ《ゲーヘン、ゲーヘン、ゲーヘン》!!! 死してなお、我らの道を切り拓くのだッッッッ!!」


 彼らの戦争が、再び始まったのだった。






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