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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File4 王立研究所の人間

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5-4 もう一度酒を飲み交わしたかった

初稿:20/06/13

 そういうこと……そういうことか。やっと理解したよ。

 術式など詳しい原理は分からんが、要するにこのカプセルは「人間を吸い上げる装置」か。身に宿る魂。脳に宿る知性と知識。そいつらを一箇所に吸い上げ、濃縮して成長させていったのがあの宝石というわけか。

 同時に合点がいった。行方不明になってた連中が何故技術者ばかりに偏っていたか。コイツが必要としていたのは高度な知識と知性。なら研究者や技術者といった知的生産者から吸い上げる方が確かに効率的だろうさ。


「ぐぁぁぁぁッッ……!」


 トライセンの胸に突き刺した指を無言で押し込む。

 許せない、などと青臭いことは言わない。私だって生きたまま人を喰らうという、命を冒涜するような事をしているのだからな。たとえそれが、魂喰い(ソウルイーター)というこの身に刻まれた業のせいだとしても、だ。

 だからこれは――自分勝手な怒りだ。ああ、まったく。情けない。マンシュタイン殿と――もう一度酒を飲み交わしたかった、などと感傷を抱いてしまうなんて、私らしくない。

 このままコイツに、最大限の苦痛を。そう思って心臓に指を掛けた直後。

 術式が私を弾き飛ばした。


「くっ!」

「大尉ッ!?」


 気がつけば部屋の壁に叩きつけられ、激痛が全身を襲った。ヌラリとした赤いものが視界を塞いでくる。どうやら頭部から随分と出血しているらしい。何とか立ち上がって手足に走る痛みの元を見れば、ずいぶんな穴がこさえられていた。

 こんなことをしてくれやがったのは誰だ。吐き捨てながら顔を上げればアレクセイが銃を構えていて、その先には――新しい白装束の女が立っていた。


「大尉、大丈夫ですか?」


 アレクセイが白装束から目を離さないまま尋ねてくる。が、いつだって冷静で落ち着きを崩さないその声がずいぶんと震えていた。

 ああ、分かるぞ、曹長。貴様は正しい。目の前にいるそいつはヤバイ(・・・)

 見た目は至って普通の人間の女だ。外面だけで判断するならそこらのなよなよした男でも押し倒せるだろう。

 だが、違う。存在が別物だ。人間の皮を被った、明らかに人間じゃない生き物だ。だからすぐに分かった。

 ――コイツが、「神の使い」だ。


「曹長、動くなよ」

「動きたくても動けませんよ……すみませんが、お力になれそうにありません」

「銃を構えられただけでも十分だ」


 立ち上がりながら、貫かれた手足の孔がふさがっていく。さっきは超絶に痛かったが今はもう痛みはない。デタラメだが、こういう時だけはこの体に感謝してやろうじゃないか。

 術式を展開して警戒する。だが目の前の女――ということにしておこう――は、特にこちらに攻撃を仕掛けてくるでもなく、足元でうめいているトライセンを見下ろした。


「た、すけてくれ……頼む、まだ……まだ研究を進めなければ……」


 トライセンが絶え絶えの息でうめいているが、女は完全に無視してあのミーミルの泉とかいう宝石が入っているガラスケースに向かって片手を突き出した。

 手のひらに術式が浮かんでいく。そして即座に貫通術式らしい術式がガラスケースを貫いた。

 砕け落ちたガラスを踏みしめ、女は繋がっていたケーブル類を引きちぎるとミーミルの泉を無造作にポケットに仕舞って、我々の存在など端っからいなかったかのように踵を返した。


「待て」


 女が振り返る。さも用は済みました、みたいな態度だがな、まだこっちの用は済んでないんだよ。


「それを置いていけ。貴重な証拠を持っていかれるわけにはいかないんだよ」

「……」


 フードに隠れた目がこっちを見つめてるのは分かる。が、応答は無し、と。


「応じる気はないか……

 なら――力づくで奪わせてもらうッ!!」


 鋼鉄でできた床を蹴る。飛行術式を併用して瞬間的に最高速まで加速。普通の人間なら視認することさえ難しいはずだが――女はすでに術式を展開していた。


「ちぃっ!」


 即座に防御術式を展開。通常より注ぐ魔素を遥かに多く、加えて補強の術式を追加。

 だが後退しながら女が放った術式は呆気なく私の術式を貫通し、頬をかすめていった。くそ、これくらいやれば十分だと思ったんだが――


「っ……!」


 一瞬、ほんの一瞬だけ意識が術式に向いただけ。だというのに、後退していたはずの女がいつの間にか目の前にいた。

 術式をまとった拳が突き出され、腕でギリギリ受け流す。次いで蹴りが足元から襲ってきて、それも両腕でブロックした。


「くっ……この馬鹿力がッ!」


 ブロックは間に合ったが、その勢いまでは吸収できなかった。大きく蹴り飛ばされ、着地した時にはすぐ目の前に術式が連続して迫ってきていた。


「舐めるなぁッッ!!」


 防御術式を多重展開。一枚で防げないなら何枚も壁を張ってやれの精神だ。

 身に宿る魂をいくつも使って並列演算を開始。全身の回路に溢れんばかりに魔素を注ぎ込むと、まるでマグマが体の中を巡っているように熱くて痛い。だがそれを無視。

 体のあらゆる部分を青白く光らせながら次々と防御術式を張っていく。障壁に激突して淡い波紋が次々と浮かび上がり、破壊され、しかしその奥の障壁で防ぎ切る。そうしていると、次第に弾幕が弱くなってきた。


「今度はこっちから行かせてもらうぞっ!」


 威力を抑え、その代わり膨大な術式を同時展開。浮かび上がった術式で前が見えない程になり、それを一斉に発射した。

 女に着弾はした。だがダメージはおそらくない。この程度でくたばるような相手じゃない事は私だって理解している。

 だから本命は――


「くたばれぇぇぇぇッッッッッ!!」


 爆煙を隠れ蓑にしての近接戦。これで一気にカタをつける!

 煙を斬り裂けば眼前に女の姿が現れた。拳を振りかぶる。だがすでに私の目の前では、女が展開した術式が無数に光っていた。

 避けられない。

 ならばッ――


「うおぉおぉぉぉぉぉッッッッッ!!」


 飛行術式に魔素を注入してさらに加速させ、青白く光る腕を突き出す。

 女が放つ術式と拳がぶつかり合う。その瞬間、視界が一気にまばゆい光に包まれていって――






 気がついた時には、高く積もったガラクタの山に頭から突っ込んでいた。頭がガンガンと痛むし、視界は真っ赤。手足からはとんでもない痛みがダース単位で襲ってきてくれやがっている。


「大尉ッ! 大丈夫ですかッ!?」


 どうやら意識を少し持っていかれてたらしい。全身に押し寄せてくるお痛み様御一行には丁重にお帰りいただきながら体を起こせば、すでに女の姿は何処にも無かった。

 ああ、クソが。何たる事だ。どうやら女はとっくに逃げてしまったらしい。あのミーミルの泉とやらも持ってかれてしまったか。

 まあ終わってしまったことはどうしようもない。


大丈夫だ(ふぁいふぉうふは)


 頭からダラダラと血を垂らしながら立ち上がるが、すぐにそれも止まる。砕けた腕の骨がべきべきと修復される痛みに顔をしかめながら私は――とっさに噛みちぎった女の腕を咀嚼した。

 逃げられはしたものの、何とか腕の一本をもぎ取ってきたわけだ。そんなものじゃ証拠を持って逃げられたことと到底釣り合いは取れんが、ここは痛み分けということにしておこう。

 しかしなぁ……モグモグと食べはするが案の定味はないし、喰ったところで相手のことが分かるわけでもないというのがなんとも辛い。普通、生きてる生物の肉でも喰えば、表現しづらいがそいつの魂に針が引っかかった様な感覚があって、そこから記憶なり知識なりを吸い上げることができるんだが、コイツの場合は全くのカラで吸い上げるものが何も無いんだよな。たぶん魂自体はとてつもなく強いが、肉体は使い捨ての仮初のものなんだろう。


「曹長こそ怪我はないか?」

「はい。問題ありません」


 アレクセイの返答に頷きながら、あの女との戦いで散らばった研究室の壁や天井の瓦礫を踏みしめてトライセンに近寄っていく。

 トライセンはすでに瀕死だった。一応まだ息はあるが、放っておけば遠からず死ぬだろう。すでに一度肉を喰らってるので後でゆっくり喰ってやってもいいんだが……コイツを見ているだけでムカついてきてしょうがない。これ以上ツラも見たくないので先に喰ってしまうか。

 手早く腹に詰め込んでいく。味は案の定美味だった。まあでなきゃこんな、ろくでもないことなんてできるわけがないしな。だがなんというか……こんなにも美味いのに味わいたくない人間(エサ)は久しぶりだった。

 事件の後始末用として適当に片腕と頭を残して喰い終わると私は、今なお淡く輝くカプセルたちを見上げた。

 あれだけの派手な戦闘をしたというのに奇跡的にカプセルには軽い傷がつくだけで済んでいた。装置も未だ稼働していて、行く先のない魂を少しずつ吸い上げ続けている。


「……」


 たぶんマンシュタイン殿だろう、もう到底生きているとは言えないボロボロの肉体に残った眼球と目が合った。そんな気がした。


「……分かってます。そんな目で見ないでください」


 当然意識なんてものはもう残ってないだろうからこれは私の思い込みだと思う。だが、こうするのがきっと正しい。いや、正しいとかじゃなくて私がそうしてやりたいだけ、か。

 つまらん感傷だ。まったく……人間など、距離を詰めるとろくなことがない。

 そうだ。分かっている。だというのに、私は彼が浮かんでいるカプセルめがけて拳を叩きつけた。

 分厚いガラスが呆気なく砕け散り、中から滝のように臭い液体が流れ出す。浮力を失ったせいで原型を留めていない体が倒れてくる。それを私は壊れ物を扱うように抱きとめた。


「……ではいつかまた」


 そして自分の奥底にある私本来の魂が軋む音を聞きながら、抱きしめたその体にかじりついた。

 並んで立っていた――二つのカプセルを見上げながら。






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