5-1 貴様ら全員、喰らいつくしてやるよ
初稿:20/06/05
「――どうやらうまくいったみてぇだな」
隣で私同様に双眼鏡を覗き込んでいたカミルがニヤッと笑った。
手はずどおりニーナがトライセンに激高してみせ、その勢いで散々煽った上で殴られる。そのまま気を失ったふりをしていれば、まず間違いなくトライセンはニーナを運ぼうとするだろうと予想していたんだが、おおむね思惑通りに進んだな。
「しかし、ニーナのやつめ」
思った以上にやるじゃないか。私たちで即興で作った煽り文句だったが、結構迫真の演技だったぞ。今回の一番の功労者決定だな。ボーナスの査定を上げてやろうじゃあないか。
息を潜めて様子を伺い続けていると白装束がニーナを抱え、トライセンは車に乗り込んで首都から離れていく。見えるその姿が十分に小さくなった頃、後ろに控えているアレクセイとカミルに合図した。
「――では追跡を開始する。私が先行、貴様たち二人は後方に注意しながら援護しろ」
予めニーナから渡されたレーダーを取り出せば、赤い点滅が移動していた。よし、問題なく動作してるな。
プロだったら発信機が無いかくらいは調べた上で運ぶんだろうが、そこはやはり素人ということか。白装束連中も、前に私が喰った連中と同じ「空っぽ」なら細かいところには気づきもしないだろうしな。
隠密行動用の術式を展開し、私は空中から、アレクセイたちは地上から追いかける。隠密という点ではノアが適任なんだろうが、戦闘が予想される以上、まだアイツを連れてくるのは時期尚早だろう。そんなわけで、今頃ノアものんびりした夜を過ごしてるはずだ。
『大尉』
「ああ、分かっている」
ニーナ謹製の発信機のおかげで目視できない距離でも見失うことはない。十分離れてレーダーを頼りに追いかけていたが、二人ほど白装束が木陰からゆっくり姿を現した。しかしどうやら我々に気づいたわけではなく、単に警戒に当たっているだけのようだな。
『どうしますか?』
トランシーバーでアレクセイが尋ねてきた。
だが、そんなもの――答えは決まっている。
「全てを喰らい尽くすまでだッ!」
この身に蠢く膨大な魔素の一部を解放した。飛行速度を一気に上げて上昇。木々の間を抜け、生い茂る葉を蹴散らしながら星降る夜空に舞い上がっていく。
体の術式回路に魔素がみなぎる。身体強化、認識強化、防御術式など様々な術式を同時に並行して演算、展開させれば瞳が熱を持って金色に輝き出していく。
魔法陣が全身に浮かび上がり青白く夜空を照らす。気分を高揚させて上空から見下ろせば、のんきな白装束どもがアレクセイたちの方へと少しずつ近づいてきていた。
「木偶人形は――人形らしく転がっておくんだなッ!!」
木々の上から一気に急降下して敵に近づいていく。障壁が無ければ枝葉さえ鋭い刃と化すような速度で落下していけば、連中もさすがに私の存在に気づいたらしい。
だがな。
「反応が遅いッ!!」
連中が術式銃を放ってくるがそれも障壁で蹴散らし、あたかも砲弾の様な勢いで白装束に突っ込んでいく。
ブーツで女の方の顔面を蹴り飛ばして木の幹に強かに叩きつける。同時に勢いを殺して地面に着地すると、背後から男の方が銃を捨てナイフで切りかかってきていた。人形らしい無駄のない動きだ。しかしこの程度、たいしたことはない。強化せずとも十分に目で追える速さだ。
半身になって突き出されたナイフをかわす。そのまま体を回転させて――
「まず一つッ!」
左手が心臓を貫いていく。ずぶりと肉を裂く感触。真っ赤に染まった黒いグローブの上で心臓が弱々しく脈を打っていた。
血塗れの腕を引き抜き、その場で飲み込む。うむ、やはり不味い。味が殆どせんし香りもさっぱりだ。それでも身に溜まっていく魂としては十分だがな。
なんとも食べごたえのない魂に顔をしかめていると、後方から術式が降り注いできた。側転で避けながら飛んできた方を見れば、さっき蹴り飛ばした女がもう復帰してきていた。
だがなぁ……
「……やはりただの人間じゃなさそうだな」
女の腕は折れ、口から血を吐き出しながら平然としてやがる。少しは痛がる素振りでも見せれば人間だと認めてやってもいいが到底無理そうだな。
なおも女が術式をぶっ放そうと手をこちらに向かって掲げた。と、その腕を貫通術式が打ち払う。
アレクセイとカミルが放った術式が次々と撃ち抜いていく。当たる度に人形のように不細工な踊りを踊ってくれたのはいいんだが……常人なら動けなくなってるほどの傷を負いながらこっちに迫ってくる姿を見てると、まるでゾンビを相手にしてるような気分になるよ。
とは言ってもだ。
「いい加減に眠ってろ」
心臓が無ければ木偶人形といえども動けまい。
アレクセイたちが気を引いている間に背後に回り込み、一人目と同じように心臓を左腕で一突きしてやるとようやく静かになった。
すぐに心臓を丸呑みにしてみるがやっぱりさっきの男と同じで、味もクソもないし記憶も感情もない。まるで作り物みたいだな。
「……いや、『みたい』じゃないな。作り物そのものか」
心臓を飲み込んだことで私に宿る魂の何処かしらを刺激したらしく、微かだがふわっと記憶が蘇ってきた。それによればずいぶんと昔にはこういった人間を作る術式が存在したらしい。もっとも、禁忌中の禁忌らしいのでその術式の結果が具体的にどんなもんかは分からんが。
まあそんな事は今は置いといて、だ。
「行くぞ」
不味いとはいえ、おやつも食べて栄養補給は完了した。真っ赤になった口元を拭って壊れた人形二体を掴み上げると、レーダーを確認。よし、まだ信号範囲外にはなってないな。
再び追跡を開始すると小屋が見えて、そこにトライセンの車が止まっていた。何かをするには狭い小屋だな、と思っていると、白装束が裏手の地面に隠されてた扉を開けて、そこにトライセンが入っていった。
「なるほどな、地下か」
あそこがヤツの秘密の研究所、というわけか。
お役御免となったレーダーを仕舞いながら地上を見るとアレクセイたちも追いついてきていた。白装束たちの動きを監視しながら二人の到着を待っていると、ちょうど白装束たちが動き始めた。
「単なる人間なら見逃してやってもいいんだが――」
得体のしれない害虫は、柱が腐ってしまう前に駆除してしまわねばならんからな。
爆列術式を展開する。右腕から術式を発射すると地面を蹴ったばかりの一人が飲み込まれてふっ飛ばされていった。
「盛大な出迎え、感謝してやろうじゃないか。コイツは返してやるよ」
その様子を眺めながら、邪魔な荷物である先程の二人を放り投げて返却し連中の前に姿を現す。
連中は足元に転がった仲間の死体を一瞥するが、それだけだった。慄きもしなければ仲間をやられた憤りも一切感じられない。まさに人の形をした木偶人形だな。
こんな芸当ができる人間には実に興味があるが、コイツらに聞いたところで答えが出てくるわけもないし、アレッサンドロの話が本当ならば組織としては世界的なものだろう。となれば、逃したところでどうせまた別の白装束がやってくるだけだ。
なら――せめて私の栄養になってもらったって構わんだろう?
「どうせ毒にも薬にもならない味なんだろうが行き掛けの駄賃だ
――貴様ら全員、喰らいつくしてやるよ」