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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File4 王立研究所の人間

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33/160

3-1 ミスティックの肉って日持ちするんですか?

初稿:20/05/18

 気がつけばニーナ誘拐未遂事件からだいたい二週間が経過していた。

 拐われかけた原因が分からんのでニーナには詰所での寝泊まりを命じ (そもそもコイツは普段から整備室に住んでるようなものだが)、私も一度週末に教会に戻りはしたものの、基本的にはニーナ共々詰所での嬉しくもなんとも無い共同生活を行っていた。


 で、蓋を開けてみれば、だ。

 私が喰った連中のお仲間が近づいてくるなんてことは一切なかった。

 何回か鼻息の荒いニーナが私のベッドに潜り込んできたので簀巻きにして詰所の軒に吊るすといった小さな事件こそあったが、おおむね天下泰平、日々は平穏無事である。

 というわけで一週間が経過したところで命令はめでたく解除し、私の貞操も無事に守られつつ通常生活へと戻っていった。ちなみにそれを聞いた時のニーナのこの世の終わりみたいな表情は一刻も早く私の記憶から消し去ってしまいたい今日この頃である。お前、何のために寝泊まりしたと思ってるんだ?


「アーシェさんの可愛さを堪能するために決まってるじゃないですかッ!」

「よし。お前、これから私の半径二メートル以内に近づくの禁止な」


 コイツ、こんな性格だったか? とか思うが、よくよく考えれば遭遇した初日も何やら怪しげなセリフを叫んでいた事を思い出して閉口した。おそらくは私が可愛い少女体型だからだろうが、いつかコイツがどこからともなく少女ないしは幼女を誘拐してこないか一抹の不安を覚えたのは無理なからぬことだと固く信じている。


 ま、それはそれとしてだ。


 我々の仕事であるマンシュタイン殿開発の新武装については、翌日にレポートをしっかりと提出した。ニーナがぎっしりとアイデアを詰め込んで送りつけてやると、さすがというかその翌日の夕方にはマンシュタイン殿から直々に礼の電話が掛かってきた。

 電話越しにも喜びと興奮が入り混じっているのが非常によく分かったのだが、しかしどういうわけか、あれから十日以上経っているというのにさっぱり音沙汰がない。

 いつもだったらちょくちょくとレポートの内容の確認なり進捗の話でも届くのだがな。なにやらニーナと難しそうな話をしていたし、もしかしたら開発が難航してるのかもしれんな。

 ともあれ、そんなこんなで時間はいつもどおり過ぎ去っていく。

 いつの間にか私は中尉から大尉になり、それ以外はすっかり元通りとなった我々は今日も勤勉にお仕事に励んでいた。もちろん夜のお仕事を、だ。


『――目標を確認』


 茂みの中で伏せているアレクセイの押し殺した声がトランシーバー越しに届き、私は上空で静かにうなずいた。

 我々がいるのはいつもどおり首都の地下――ではなく、そこから東に数十キロ離れた山の中である。

 なぜそんな場所にいるかと言えばそんな場所でミスティックが見つかったからに他ならない。基本的に仕事場は首都だけのはずなのだが、まあ、大きく見ればその周辺の小さな町や村も首都の経済圏ということなのだろう。一般人からしたら眉唾な噂話まで拾ってくるマティアスの耳の大きさには感心するよ、まったく。

 そんなこんなで我々はえっちらおっちら、型古の軍用自動車に四人すし詰めになって山の中までやってきたわけである。

 帰りもあれに乗るのか、とギチギチな車中を思い出すとため息が勝手に漏れた。それでも気を取り直しながら双眼鏡を覗き込むとその中に、ずいぶんと珍しい目標がズシンズシンと木々をなぎ倒しながら歩いているのを私の方でも確認した。


『……まさか本当に相手にする日が来るとは思いませんでした』

「私もだよ、曹長。こんな首都の近くにいるとは思ってもいなかったな」


 全体的に青みがかった肌に異常に発達した肉体。顔にあるのは大きな一つ目と口。今回の目標であるサイクロプスが一匹、目を真っ赤にしながら山を下っていくた。

 その豪腕な見た目と違って性格は温厚。あんまり人が立ち入らないような山の奥深くで獣とかを狩って静かに生活している、どちらかと言えば神に近い種族だ。そんな種だからそもそも目撃される事自体がレアだし、連中にはあまり触れたくない。だが、残念ながら真っ赤な目が示すように「堕ちて」いるようであるし、人間に手を出して面倒なことにならないようにしなければならん。ったく、おとなしく秘境で霞でも喰ってりゃいいものを。しかしこれも仕事だ。さっさと終わらせてありがたく糧とさせて頂こう。


「カミル、ニーナ。準備はどうだ?」

『こっちゃいつだってオーケーだよ。周囲に拘束用時限術式を展開してる。大物たぁ言え、万一の時に隊長が来るまでの足止めくらいはできるはずだぜ』

『はい。いつでも大丈夫です』


 カミルとニーナにも確認すると速やかに返事が来る。アレクセイにも尋ねると予想通り「いつでもどうぞ」と返ってきた。どうやら準備は整ったようだな。

 ニーナに指示を飛ばし、作戦開始。ニーナの相変わらず惚れ惚れする一投によって放られた魔装具――フラッシュバンが見事に木々の隙間を通り抜けて、アレクセイとサイクロプスの間に飛んでいった。そして激しく光と音を静かな山に撒き散らかすと、その騒がしい物音に注意を引かれた真っ赤な眼がアレクセイの方へと向いて――


「――見事」


 次の瞬間にはサイクロプスの巨体がゆっくりと後ろに倒れていった。その瞳に――小さな孔を開けて。

 はっきり言ってサイクロプスは強敵も強敵だ。なにせ肉体は強靭、殴られれば掠っただけで頭はめでたくザクロ状態。ただの人間が正面切って戦うのは愚の骨頂、阿呆の所業と言っていい。

 では勝つためにどうするか。答えは簡単。正面切って戦わなければ良い。肉体は強靭でも眼や口は柔らかいし、そこを貫かれれば死――にはしないが、当分は動けなくなる。

 そしてアレクセイは暗くて木々生い茂る森の中という悪条件の中でそれを呆気なくやり遂げたわけだ。まさにワンショット・キル。見事という言葉しか出てこないな。

 さて。


「素晴らしい一撃だ、曹長。これなら私が万一不在の時でも何とかなりそうだな」

『ありがとうございます』


 ミスティックに限らず事件は私の存在などお構いなしに起こるものだからな。教育の意味で今回は基本的に三人に対処させたわけだが、どうやら何とかはなりそうだな。

 上空から地上に降りてアレクセイを見上げると、強面が少しだけ相好を崩した。どうやらとても嬉しいらしい。わかりにくい男だが、アレクセイらしいな。


「アーシェさぁんっ!!」


 声に振り向くと、垂れ下がった枝や茂みをかき分けながらニーナたちがやってくるのが見えた。当然二人にも怪我はなし。後はサイクロプスを私が喰らって夜中の仕事は完了――


「っ、隊長ッ!」

「アーシェさんッ! 後ろッッ!!」


 ――と思ったんだが、さっきまでぶっ倒れていたサイクロプスが急に起き上がった。青い巨体を躍り上がらせ、頭上から私の上半身ほどもある拳を振り下ろしてくるのを目撃したらしいニーナが悲鳴を上げた。

 だがまあ、焦る必要はない。


「存外にしぶとかったな。いや、回復が早いだけか」


 予め待機状態にしていた灼熱術式を発動させる。展開された魔法陣から莫大な熱量を伴った光が一瞬でサイクロプスの上半身を焼き尽くし、焦げ臭い匂いを辺りに振りまいた。しまった、ちょっと焼きすぎた。ミディアム・レアくらいが好みなんだが。


「ちょっと締まらなかったが……」


 ともかくもこれにて仕事は完了。終わりよければ全て良しと焦げた皮膚に喰らいつくと若干苦かった。が、それ以上にサイクロプスの魂は結構な味である。予想外だ。ひょっとすると、ここまでで喰らったミスティックの中で一番かもしれん。人間は腐ってるほど魂が美味いが、ミスティックの場合は存在としての強さに味が比例するのかもな。


「できれば食い切らずに持って帰りたいところだな……」

「ミスティックの肉って日持ちするんですか?」

「俺に聞くなよ……」


 むう、残念だ。性能の良い冷凍庫でもあれば酒のツマミとしてちまちま楽しめたんだろうが……しかたない、燻製の作り方でも今度調べてみるか。

 名残惜しみつつ骨まで胃に収めると、我々は再び数時間掛けて首都の詰所へと戻っていった。狭い車内ではニーナが後部座席ですっかり熟睡し、首都の外壁が見えてくる頃には東の空が白み始めていた。


「よし。では本日はここで解散とする。ご苦労だった」

「って言ってももうすぐ早番勤務だけどな」


 オンボロ車を詰所の裏手にある車庫に突っ込んで解散を告げると、カミルがあくびをしながらぼやいた。

 まったく、睡眠時間もロクに撮れないとは、実に不健康な仕事だよ。せめて手当が上がらないか、マティアスに掛け合うだけ掛け合ってみるかね。

 そんな事を考えながら詰所へ脚を向けると、風に吹かれた一枚のビラがちょうど汚れたブーツに巻き付いた。


「ったく……」


 ビラを貼るのは別に構わんが、貼るなら貼るでキチンと管理しろと言いたい。とりあえずひっつかんで、丸めてゴミ箱に捨てようとしたのだが、丸める際にビラの中身がチラリと見えた。

 汚れてくしゃくしゃになったビラは、どうやら探し人のようだった。

 なにせ外壁の中だけで十万人以上が暮らす大都市だ。行方不明になる人間など年に一人や二人じゃ効かんし、まあ、だいたいは家出だからな。事件じゃない限り軍警察は動かないし、事件性がハッキリするまではできるのはこうやってビラをばらまくくらいだろうさ。

 せいぜい家出人が見つかるといいな、と他人事に思いながら何気なくそのビラを開いて。

 固まった。


「アーシェさんっ! こ、これって……!」

「どういうことだ……!?」


 知らずビラが強く握られて、手の中の似顔絵が不格好に歪んだ。

 丸い縁のメガネに柔和な表情。

 似顔絵の顔は、どこをどう見てもマンシュタイン殿そのものだった。





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