1-2 だって王立研究所ですよっ!
初稿:20/05/04
「話は終わったか?」
「ま、マティアス王子っ!?」
振り返ればマティアスがレベッカを従えて立っていた。
ニーナやノアが素っ頓狂な声を上げたかと思うとガッチガチに緊張して敬礼をした。二人だけじゃなく他のまだ若い隊員どもも普段より緊張した様子で、普段どおりなのはアレクセイとカミルくらいか。
「訓練中に邪魔をするよ。それと、私の前では楽にしてくれて構わないよ」
いかにも王子様な笑みを浮かべてそう言うが、みんなカッチカチのままだった。そういやコイツ、本当はこういう扱いをされるべき人間だったな。普段が普段なのですっかり忘れてたな。
しかたない。部下たちの手前だ。ここは真面目に応対してやるか。
「これはこれは、ツェーリンゲン准将。おもてなしもせずに申し訳ありません。本日はどういった御用でしょうか?」
ということで、目一杯よそ行きの顔で愛らしくニコッと笑ってやった。
だというのに。
「……お前がそうやって可愛らしく笑ってると不気味だ、なっ!?」
このクソ野郎が。ムカついたので被った猫を速攻で放り捨ててスネを軍靴で蹴り飛ばしてやった。なんだマティアス、タップダンスもうまいじゃないか。
そう言って鼻で笑ってやったらアレクセイたち以外、全員がドン引いてた。なに、気にするな。いつものことだからな。
「で、忙しいはずの王子様が何のようだ? わざわざ来たって事はそれなりの用事があったってことだろう?」
「……ああ。二つほど用があってな。とはいっても大した話でもない。街のレストランで昼食でも取るついでに寄っただけだ」
スネを擦りながらマティアスが手を挙げると、傍で控えていた秘書のレベッカ・クローチェ少尉が書類を一枚差し出してきたのでそれを受け取る。なんだ?
「おめでとう、アーシェ・シェヴェロウスキー中尉。貴殿は一週間後の午前零時をもって大尉へ昇進することが決定した。これはその内示書だ。なお職務についてはこれまでどおり変わらない」
「ありがとうございます。アーシェ・シェヴェロウスキー中尉、拝承致しました」
二人揃って形だけの敬礼をして紙を適当に畳んでポケットに放り込む。すると、ニーナとノアが手を叩いて「おめでとうございます!」と祝福してくれた。が、あまり嬉しそうでもない私を見て表情が怪訝なものに変わった。
「嬉しくないんですか?」
「別に。出世をしたいわけでもないしな。ああ、でも給料が増えるのは少し嬉しいか」
もっとも、金にもそんな興味はないがな。とはいえ、祝ってくれるというのは気分がいいな。気を利かせてくれたニーナたちに礼を言いながら、もう一つの用件を促した。
「王立研究所で新装備の試作品が昨日出来上がったと連絡があってな。向こうのスケジュールを空けておいてもらってるから、午後から何人か連れて試射に行ってくれ」
ふむ、了解だが……今回の装備はどうかな? 使えるものが出てくればいいが。
それはそうとして、さて、誰を連れて行こうか。私とアレクセイは決まりとして、ノアを連れて行ってやってもいいが昼の巡回当番だしな。いいや、カミルにするか。
「ん?」
人選した相手に声を掛けていくと、ふと背中からなんとも暑苦しい視線を感じた。振り向けば――ニーナがいかにも「私も連れてって!」とキラキラした眼で訴えていた。
あまりにも暑苦しいんでニーナの視界から消えようとするんだが、右へ動いても左に動いても飛んでもしゃがんでも付いてくる。
なもんで。
「……ニーナも一緒に行くか?」
「はいっ!!」
返事までコンマ〇.一秒。人類の限界を突破した反応を見せたニーナに根負けした私は決して悪くないはずだ。
――とまあ、ニーナが不要みたいな言い方をしたが、よくよく考えれば技術屋であるニーナを連れて行くのも別段悪い話じゃあない。
主目的は実際に運用する側の意見を伝えることだし、となれば整備する側の意見も当然必要だ。ニーナの知識、腕前は年齢以上のものがあるようだし、きっと有意義なディスカッションになるだろう。
というわけで、結局は私、アレクセイ、カミル、そしてニーナの四人で王立研究所を訪れたのである。
「うわぁ……ここが王立研究所なんですね……!」
建物に入るや否や、ニーナは右を向き左を向きと大忙しである。目をランランと輝かせて鼻息荒くずいぶんと興奮している。だが私からすれば、我々生粋の軍人を見下した鼻持ちならない連中ばかりの陰気で湿気た場所とした思えないんだがな。
「だって王立研究所ですよっ! 王国中の選りすぐりのエリートの人たちが最前線の術式装備を研究してる場所ですよっ! そんなとこに私が入って、しかも最先端の技術が生で見られるなんて……ああ、軍に入って良かったですぅ……!」
ああ、ニーナにはそう見えるのか。
確かにここで研究できるのはエリート中のエリートだけだからな。ニーナみたいな魔装具好きには憧れの場所なのかもしれん。もっとも、私は何度来ても好きになれんがね。
そんな会話をしつつ研究所内の試験区画へ到着した。すると白衣を着た大柄な、私もよく知る御人が手を大きく振っているのが見えた。
「やぁ、シェヴェロウスキー中尉! お待ちしてましたよ!」
ボソボソとした喋りが多い研究所の人間の中、そこら中に響き渡るような大声を張り上げて私たちを出迎えてくれた暑苦しい御人は、私たちと一緒に仕事をすることの多いマンシュタイン殿という研究員である。
手入れされていない無精髭に、オールバックに撫でつけてこそいるがボサボサっとした灰色の髪。銀縁の丸メガネの奥にある目はこの日も柔らかく、少し脂肪のついた腹をさすって笑う姿は研究員と言うよりは街の気の良いおっちゃんと言った方がしっくり来るし、まあ性格的にもそんな感じの御人だ。
「こんにちは、マンシュタイン主席。本日は宜しくお願い致します」
「いやいや! こっちこそ忌憚のない意見を楽しみにしていますよ。なにせ第十三警備隊の方々はいつも厳しいですからな!」
エリート意識まるだしの他の連中と違って、すでに五十を過ぎてなお元気一杯なこの人は、どれだけ我々が厳しく意見しても気にせず受け止めてくれる器の大きな人物だ。それどころかこうしてわざわざ出迎えてくれて、私が好感を持つ数少ない人物でもある。
良かった、マンシュタイン殿なら今日は気持ちよく仕事ができそうだな。
「それで、本日はどのような武器を試させてもらえるのですか?」
尋ねるとマンシュタイン殿は我々を試射室に招き入れ、一丁の術式銃を手渡してきた。ふむ、外見を見る限りこれまでの術式銃と変わらないように見えるが。
「なあ、魔法陣が見当たらねぇけどコイツは何の術式が組み込まれてるんだ? それとももしかして実弾タイプだったりするんですかい?」
カミルがそう尋ねて私もようやく気づいたが、確かに術式銃であれば銃身にあるはずの魔法陣がどこにも無かった。
おそらくはそれこそがコイツのミソなんだろうな。そう思ってマンシュタイン殿の大柄な体を見上げれば、よくぞ聞いてくれたとばかりにニンマリと笑った。
「実はコイツはですね、術式を必要としない銃なんですよ」
「……どういうことです?」
「銃本体に術式を刻む代わりにコイツの場合は――これに術式を込めるんですよ」
そう言ってマンシュタイン殿が取り出したのは弾丸だった。




