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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File3 理不尽上官

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20/160

2-1 ドブネズミが入り込んでいたらしいな

初稿:20/04/15


 さてさて。あの豚野郎とのやり取りからしばらくは何事もなく平和で精神衛生面でも肉体面でも健康な日々が続いていたが、本日は残念ながら夜のお仕事である。

 もちろん夜がメイン営業の華やかなお店――などではなく、暗くて臭い下水臭にまみれたクソみたいな仕事だ。まったく、契約とはいえうら若き乙女がするべき仕事ではないな。その分食事(エサ)には困らないから助かるのは助かるんだが。


「――ニーナ」

「はいっ!」


 呼びかけると、ニーナが握っていた魔装具を投擲した。女性にしては中々に豪快で惚れ惚れするようなフォームで投げられた魔装具は、逃げようとしていたミスティックを追い抜いたところで炸裂。ミスティックにも効果のあることが先日図らずも証明された透明な術式による「壁」が展開されると、そこにミスティックが激突して転倒した。

 さらにそこにアレクセイとカミルの射撃が正確に手足を撃ち抜いていく。うむ、見事だ。

 動けなくなった敵へ近づいていくと、倒れたそいつは犬のような顔に浮かぶ赤い瞳で私を睨みつけてきた。

 本日の獲物はグールだ。通常なら人間の死体を運び出して食べるだけでなので出会ってしまった時の根源的嫌悪感を無視すればそこまで害はない。が、私たちが出張るということは「堕ちた」グールということ。すなわち、死体を喰らうために人を殺してしまった連中だ。なのでこうして「駆除」対象とせざるを得ない。


「ふぅ……これで終わり――ッッ!?」


 ニーナがため息を漏らして気を抜いた直後、背後で水面が盛り上がった。

 黒く淀んだ水を割って現れたのは、同じく逃げていたグールだ。どうやら下水の中に逃げ込んでいたらしいそいつが飛び上がり、鋭い鉤爪をニーナ目掛けて振り下ろそうとしていた。

 気を抜いていたニーナは完全に反応が遅れてしまっていて、ただ呆然とその鉤爪を見上げていた。

 が。


「――後で説教だぞ、ニーナ」


 グールが腕を振り下ろすより早く、私の首元で魔法陣が青白く光った。それとほぼ同時に頭の中の術式を引っ張り出して高速演算。術式が発動すると白い閃光がグールを飲み込んでいってグールの体を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「よろしいのですか?」

「曹長、貴様は下水塗れの肉を喰いたいと思うか?」


 いくら栄養価の高い食事でも下水臭い肉はさすがにゴメンだ。

 他に残ったミスティックがいないかカミルに確認し終えると、倒れたグールの元へ歩いていく。途中、呆けて座り込んだニーナに戒めの意味でデコピンも忘れない。


「油断するな。戦いの場だと一瞬の油断が命取りになる」

「は、はい……すみません。それと、ありがとうございました」

「部下を守るのは上官の役目だ。だが、初戦にしては中々の動きだった。次も期待しているぞ」


 そう言ってやると落ち込んでいたニーナの表情が一気に明るくなった。なんとも単純な奴だ、と思うが素直なのは悪徳ではあるまい。そんなことを考えながら私は――生きたグールに喰らいついた。

 うえぇ、というニーナのうめきが聞こえてくるが、お構いなしに貪っていく。一口かじる度に飢えが満たされ、血を飲み干す度に体が潤っていくのを感じる。そして心臓を喰らえば濃密な魂がまた一つ私の奥底へとストックされていき、その美味さに口元が緩み思わずため息が漏れてしまう。うん、悪くない。コイツらも結構なお手前だな。

 本日も糧を得られたことに感謝しつつ、こんな運命に突き落としやがった神どもへ心の中で中指をおっ立てながら口の中の肉を飲み下した。


「……ミスティックってそんなに美味しいんですか?」

「私にとってはな。……お前も食べてみるか?」

「食べませんッッ!!」


 いや、まあ冗談ではあったんだがそこまで全力で否定されるとちょっと私も悲しいぞ。

 こんなに美味いのに誰かと共有できないのは残念だな、と最後に残った指先を眺めてむしゃむしゃと飲み込んでいく。


「でも……夜中にこんなことやってたんですね。全く知りませんでした」

「俺らも初めて聞かされた時は耳を疑ったよ。

 ま、シュオーゼ大陸じゃ王国だけがミスティックを受け入れてるからな。どうしても数が多くなるし、おかしなミスティックも増えるってのは至極当然の話だわな」

「市民に害を為す以上、放っておくわけにいかない。人々の生活を守るためにもこういった活動は必要だ、トリベール一等兵」


 人もミスティックも、罪を犯せば罰せられるという原則は変わらない。一方的に迫害する聖教会なんぞよりよっぽど我々の方が寛大だよ。ま、一度堕ちてしまったらもう元に戻ることがないから裁判もなしに死刑(私の腹)直行なのは不幸だとは思うがな。

 そんなことをしゃべりながら、しゃぶっていたグールの指先を飲み込んで立ち上がる。

 と、私の耳が微かな物音を捉えた。

 反射的に術式を魂から引き出し、相手の位置を捕捉。誘導術式に貫通術式を統合。組み上がった魔法陣が頭の中で描かれていく。

 瞳が激しく熱を持つ。首筋に青白い魔法陣が浮かび上がり、ナイフ投げの様に腕を振ると白い閃光が下水道の暗闇を引き裂いていった。

 飛行した術式が高速で曲がり角を折れ曲がっていく。そしてすぐに人間の悲鳴が上がった。


「中尉っ!?」

「どうやら我々の他にもドブネズミが入り込んでいたらしいな」


 悲鳴を聞いてアレクセイとカミルは即座に戦闘態勢に入り、ニーナもそんな二人を見て後ろに下がると、腰にぶら下げた魔装具を握りしめていつでも投擲できる準備をした。

 対応が早い優秀な部下を持ったことに感謝しつつ声へ近づいていく。下水道にうめき声が反響していて、その声は遠ざかっていないから少なくとも逃げられてはいないはずだ。

 果たして角を曲がったところには一人の男が、脚から血をダラダラと流して壁にもたれかかっていた。足先から頭の先まで全身黒づくめで、頭には目出し帽を被っていて見るからに怪しい。少なくとも我々と友好的な関係を築ける相手では無さそうだ。

 男の視線がまずアレクセイとカミルに向かい、次いでニーナ、最後にぐっと下に落ちて私に到着すると目を見張った。


「こ、子どもだと……!?」

「子どもじゃない。二十七の立派な淑女だ」


 後ろから「どう見ても子どもだよなぁ」とか「淑女……?」とか聞こえてくるが無視。失礼な評価の御礼としてスネに爆裂術式(極弱)をお見舞いしてやると、男女仲良く喜んでダンスを踊ってくれた。ざまあみろ。


「さて……見たところホームレスじゃあ無さそうだがお(うち)はどこかな? それともブタ箱(留置場)がお望みかな?」


 夜中にこんな格好で下水道をうろちょろしてるなどまともな奴じゃああるまい。おおかたどこかのスパイだろうが、だとすればぜひとも所属(お家)を聞き出したいところだ。


「くっ!」


 逃げようと私目掛け、隠し持っていた小型の術式銃を男が発砲した。

 発泡した術式が目の前で炸裂する。だがそれは私が展開した防御術式に小さな波紋を広げただけだった。


「っ……!」

「おとなしくしてもらおう。そうすれば痛い目に合わずに――」


 私としては温情をかけたつもりだったのだが、どうやらお相手は気に食わなかったらしい。男は足元で術式を炸裂させると、その姿がまたたく間に煙幕に紛れていく。


「無駄だというのに――ッ!?」


 煙幕で姿を隠そうが、術式で私には居場所は丸わかりだ。すぐさま煙を吹き飛ばし、逃げた男を追いかけようとして。

 しかしそんな必要はなかった。


「……っ!」

「自決しましたか……」


 アレクセイが漏らしたとおり、男はすぐ傍で事切れてやがった。首にナイフを突き刺し、未だ止めどなく血を流しながらガラス玉みたいに濁った青い瞳を私に向けていた。

 クソッタレめ、なんてこった。急いで男に近づいて、血が溢れている首元に私は顔を突っ込んだ。


「ひっ……!」

「……ああ、クソがっ。ダメか」


 血を飲んでみたところで男のことは殆ど分からなくて、思わず壁を強かに叩いた。

 人間に限らず生物というのは記憶も知識も、魂喰い()と繋がらない限り死んだ瞬間から加速度的に抜け落ちていくものだ。

 この男の血を飲んで分かったのはせいぜいがブリティッシュ・サクソニアン人だということくらいで、所属もこんなところにいた目的もさっぱりだ。友人のリスティナみたいな真祖の吸血鬼だったら血だけでももっと情報を引き出せるのかもしれんが、ソウルイーターである私じゃこれ以上は無理だろうな。

 いつもどおり肉を喰らえば多少は情報を得られるだろうが……さすがに今の段階でコイツを喰うには色々と問題がありすぎる。


「逃げられないと分かったらすぐ自殺する見切りの早さ……こりゃ間違いなくプロだな」

「だろうな。マティアスに報告するにしろ、何かネタを持っていきたいんだが……」


 男の身ぐるみを剥がして持ち物を調べてみるが身分を示すような物は何もなし。プロなら当然だが……クソ、持ち物の少なさと言い首を切る潔さと言い何か腹立たしいな。

 最後のあがきでもう一度血を啜ってみるが、やはり何も私の中に入ってこない。が、最後の一滴を飲み下したところで微かな魂の「香り」が鼻腔をくすぐって、自然と眉間にシワが寄っていった。


「どうなされました?」

「いや……なんでもない」


 後ろ暗い仕事ではあるんだが、普段はさぞまっとうな生き方をしているのだろう。コイツの血からは美味そうな魂の味も匂いもしない。が、それとは明らかに異質な匂いがホンの一瞬、確かに過ぎった。


(どこかで嗅いだ事があるような……)


 だがそれがどこか、思い出せない。

 喉の奥を骨でくすぐられているようななんともむず痒い感覚を残し、結局遺体だけを回収して夜の仕事をお開きにしたのだった。




 


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