epilogue
さてさて。
DXMが無事に発動し、仲間たちがみんなそれぞれの場所へと散っていったあの日からカレンダー上で一ヶ月が経った。
過去の日本に渡って、DXMが作り上げた摩訶不思議空間に舞い戻ってからまたアーシェとして生きた世界に幸か不幸か墜落したわけなんだが、まあ分かってたとおり戻った世界は私が生きた世界とは多少なりとも変わってしまっていた。
まず、帝国は王国にも共和国にもどこにも侵攻はしていない。当然ながら私の記憶では古代兵器を駆使してそこら中に電撃的に侵攻をしていたんだが、それはまるっとなかったことにされて、世界は未だ緊張を保ちながらもとりあえずは平和な時間が続いているらしい。
とは言っても、だ。
「別にたいして変わってもいないんだよな……」
王国という国がなくなったわけでもないし、列強は同じく帝国、共和国、皇国にB/Sが居並び、その他の国も軒並み聞き馴染みのあるところばかりである。教会は相変わらず世界中で権勢を誇って絶大な影響力を持ってるし、漏れ聞こえてくる情勢から察するに帝国は相変わらず他国への侵攻を虎視眈々と狙ってるらしい。そういう意味では多少の違いこそあれ、以前に暮らしていた世界とだいたいは同じだ。あの忌まわしい神どもがいなくなったにもかかわらず、だ。
つまりは、である。裏を返せばあのクソッタレどもの存在はその程度でしかなかったわけだ。
アイツらがいようといまいと、個人レベルではそりゃ歴史は変わってるだろうが、総体として世界への影響は微々たるものでしかなくって。威張りくさって「我らが人類を!」だなんてほざいていたが、とんだお笑い草である。
「なんて言ってはみたが――」
変わってるところは変わってるのもまた世界である。
私が知る限りの一番の大きな変化は――マティアスの不在だ。そもそもがアイツは庶子だし、無理やり王族になんかすくい上げられなかったのなら母親や妹と一緒に平穏に暮らし、そのうちあの無駄にイケメンな面を駆使して何処かのお嬢さんをたぶらかしてそのまま一生を終えるべき人間だ。
そしてマティアスが王族にならなけりゃ当然軍人にもならないし、必然的に私と絡むなんてこともあるはずもない。おかげで王国に第十三警備隊なんて不自然な部隊は存在しないし、私も適当なところで軍を除隊したことになってるらしい。この世界で生きたアーシェの記憶じゃそうなってる。
一応この歴史の中でも私はそこそこの功績を残してはいるようで、軍に戻ることだってできそうではあるんだが……まあ、マティアスもいないわけだし、金に困ってるわけでもないからな。無理に軍に戻る理由なんてまったく思いつかん状態なんで、とりあえずは元軍人の一般ピーポーとして生きることにしている。
で、である。
軍を止めた私が何をしていたかといえば――これは私も非常に驚いたわけなのだが――どういうわけかシスターなんぞをやっていたらしい。しかも前みたいになんちゃってシスターで毎日クソに中指をおっ立ててたわけではなく、きちんと教会に所属してそれなりにシスターらしいことをしていたらしいからこれまた驚きである。
「しっかしまあ……ここは賑やかだな」
見上げたそれなりに立派な教会から視線を外して振り返れば、教会の敷地内だというのにそこら中で近所のガキどもが元気に走り回っていて賑やかどころか、もはや騒がしいのレベルである。
前は辺鄙な田舎のさらに山の中にある教会を買い取ってシスターもどきをしていたが、今の私が所属しているのは、やはり田舎ではあるんだが鉄道駅にもほど近い町の教会だ。そんな場所にあるもんだからガキどもはおろか、暇を持て余したジジィとババァどもが居もしない神どもに程々の祈りを捧げた後で井戸端会議に勤しむ、どこぞの診療所待合室みたいな場所になってしまっている。けれどまあ、別に誰それに迷惑を掛けてるわけでもないし、教会内の祈りの邪魔をしてるわけでもないから一向に構わんし誰も文句は言わない。ちなみに私が買い取って過ごしてたあの教会は、この世界だとサマンサが派遣されて静かに暮らしてるらしい。
「アーシェ! アーシェや! ちょいとこっちに来んさい!」
「なんですか、マシューさん?」
「ウチの畑で取れた野菜じゃ! お布施代わりに受け取っとけ!」
「あー、そいつはどうもありがとうございます。神様たちもきっとマシューさんの親切を見てくれてますよ」
そして私はやっぱり相変わらず爺さん婆さんには人気らしく、今みたいに自分の孫に渡すみたいなノリで私に野菜やら果物やらを年がら年中渡してくれる。教会の食費として非常に助かるんだが、個人的にはソーセージとかチーズとかの方がありがたい。ついでに言えば酒をくれればもっとありがたい。決して口には出さないが。
まあ爺さん婆さん連中のことは別にいい。問題は、だ。
「……」
「おいこら、クソガキ」
背後から脚を忍ばせて近づいてきてた小僧どもの後ろに回り込んで、その頭をむんずと掴み上げてやる。
「いててててててッッッ!! 離せよ、この暴力シスター!」
「知ってるんだぞっ! 神様に仕えてる人は、暴力をふるったらいけないんだ!」
「そうか。だけど残念だったな。アイツらは今、信者から巻き上げた金で絶賛ポーカー三昧だ」
まったく、コイツらは。暇さえあればスカートめくりやら落書きやらいたずらばっかやりやがって。
他のシスターたちは散々被害にあって憤慨してるが、私はどこぞに消えた神なんかよりもずっと寛容だからな。泣き叫びだすギリギリまで力を込めてから解放してやる。すると、ガキども二人組は涙目になりながら「バーカバーカ!」「お前の母さんでーべそっ!」なんて捨て台詞吐いて逃げてった。ガキか。いや、ガキだったな。しかし頼むから暴力シスターのアダ名だけは撒き散らさないでくれよ? もう手遅れかもしれんが。
「やれやれ……ん?」
一目散に逃げていったガキどもを見送ってると、腰の辺りをツンツンと突かれた。振り返れば、これまたよく教会に遊びに来る五、六歳くらいの女の子が私を見上げていた。
「どうした?」
「綺麗な石、拾ったの。アーシェお姉ちゃんにあげる」
そう言って女の子が手のひらに乗せた石を差し出してきて。
その石を見た瞬間、私は驚きに目を見開かざるを得なかった。
女の子の手のひらに乗っていたのは碧色の宝石だ。彼女の手のひらにちょこんと乗るくらいの小ささだが、私はそれをつまみ上げて握りしめた。
「……綺麗な宝石だな。感謝する。ところで、これは何処で見つけたんだ?」
「んーとね、分かんない。気がついたらポケットに入ってたの」
「……そうか」
一見すると単なる宝石でしかない。もちろんそれだけでも結構な価値があるものではあるんだが、コイツの正体を私は知っている。
「ミーミルの泉……」
それがコイツの名前だ。
いったいどうしてそれが私のところへ来たのか、なんて考えてもたぶん無駄だな。神はいなくなったとしても、どうやら私という存在の辞書からは平穏な人生という単語が引きちぎられてしまってるらしい。
その証拠に。
「アーシェ・シェヴェロウスキーだな?」
不躾な声に振り向けば、どう贔屓目に見たって教会にふさわしくない連中が立ち並んでいた。
肩に担いだ術式銃に揃いの軍服。しかもその軍服の意匠は王国でも共和国でもない見たことのないものだ。私兵団かあるいは傭兵組織か知らんが、指揮官らしい男が胡散臭い笑みを浮かべながら鼻髭を撫で回していて、その目には人を見下す優越感が堂々と姿を現していた。
「はい、そうですが。いったい軍の方々が何の用でしょうか?」
それには気づかないふりをして、長年鍛え上げた天使スマイルを貼り付けて応じる。少なくとも集団で祈りを捧げたり懺悔しに来たわけでなさそうではあるが。
「なぁに、『紅』として戦場で名を馳せた君に、また新しい活躍の場を用意しようと思ったのだよ。どうかね? 私たちのところで働いてみる気はないかね? もちろん報酬は弾もう」
「勧誘活動のお話でしたか。それにしてはずいぶんと物騒なお誘いですね。ちなみに、お断りした時は?」
「その場合、話は簡単だ」
ニヤリと笑い、男が手を挙げた。
すると後ろに控えていた連中が一斉に銃を向けてきた。しかも私ではなくて、教会で気ままに過ごしているガキやジジババ連中に向けて、だ。
「さて? もう一度聞こうか。私たちと一緒に働いてくれるね?」
……ああ、実に嘆かわしい人生だよ、まったく。期せずして得た今の立場なんだが、この一ヶ月で教会での生活をすっかり気に入った私がいる。この場の結果はどうあれ、どうやらそいつを捨てなきゃならんようだ。
軽く息を吐き出す。コイツらに笑顔を振りまいてやる価値がないことは分かった。貼り付けていた笑顔をどこぞに放り捨てて、口端を吊り上げる。
私の雰囲気が変わったことに気づいたようで男らの顔色が変わるが銃を下ろす素振りはない。良かった。ここで態度を変えられたら――少しだけ喰らうのをためらってしまったかもしれない。特に指揮官の男。コイツからは美味そうな魂の匂いがプンプン漂ってきてるからな。他の奴らはどうあれ、コイツだけはぜひとも賞味したいところだ。
――と、思ってたら。
何処からともなく魔装具が転がってきて、見覚えのあるそれに私は反射的に目を覆った。
「ぐああぁぁっ! 目、目がぁぁっ!!」
「な、なんだ、何が起こった……がっ!?」
直後、凄まじい閃光が撒き散らされ、さらに一瞬遅れて発砲音が鳴り響き、男たちの悲鳴が聞こえてくる。
光が収まってそっと目を開ければ、男たちが全員地面に倒れ伏していた。しかもキチンと存命のようである。まったく――さすがの仕事だよ。
転がってきた魔装具の残骸を拾い上げると、オリジナルの意匠が刻まれていた。しかも、私が見れば一発で制作主が誰か分かるレベルのものである。
「まったく、アイツは……」
私がこの世界に存在しているかどうかも分からんというのに。けれども、相変わらず私のことを考えてくれているらしい彼女の気持ちが嬉しくもあるし、こうして必要な時に駆けつけてくれる彼らが頼もしい。
「遅いじゃないか」
が、そんなことはおくびにも出さず私の口からはついつい悪態めいたものが出てきてしまう。まあ、なんだ。照れ隠しみたいなもんだから許してほしい。
「申し訳ありません、大尉」
「おいおい、一所懸命探したってのにずいぶんな挨拶じゃねぇか、隊長」
顔を上げれば、そこに居並ぶのはかつての仲間たち。
アレクセイ、カミルに昔からの部下連中。そして――
「アーシェさん……」
「……ただいま、ニーナ」
照れ隠しで頬を掻きながらそう伝える。するとニーナが飛びついてきて、抱きしめられた。
耳元に微かに届く嗚咽。伝わってくる彼女の体温と感情。
ここに戻ってきて、良かった。その気持ちを伝えたくて、だが言葉にはならなくて、代わりに軍人としては細いニーナの体を強く抱きしめてやる。
さて。個人的な感情としてはこのまんまニーナと再会を喜び合い続けたいところではあるんだが、それも程々にしておこう。なんせ下世話な連中が私たちを見てさっきからニヤニヤしっぱなしなんでな。
最後にニーナの頭をガシガシと強めに撫でてから体を離す。被っていたシスター服のフードを剥ぎ取り、仲間たちの前に立つと息を吸い込んだ。
「待たせたな、諸君」
「いいんですぜ、隊長。なんならこんままニーナと二人でどこぞの宿にしけこんでも」
下品な話を始めたカミルのケツの穴に、爆裂術式 (微弱)をお見舞いしてやると、もんどり打って地面に突っ伏した。久しぶりのこの馬鹿げた流れにもついつい笑みが零れそうになるが頬の筋肉を引き締める。あと、ニーナ。貴様はまんざらでもない顔をするんじゃない。
「まずは諸君らに感謝を。おかげでガキどもに凄惨な現場を見せずに済んだよ」
「アタタ……でもどうせ後で喰うつもりなんだろ?」
まあな。とは言え、さすがに人目につかないところで喰うが。
「諸君らのおかげでここの平穏は保たれた。
しかし、だ。せっかく人が気ままな毎日を享受してるっていうのに、敵は私にずいぶんとご執心のようでな。おちおち休んでもいられんというなんとも嘆かわしい状況だ。
ところが、あいにくと私は状況に翻弄されるのを座して待つような可愛らしい性格をしていない。諸君らはすでに十分に理解しているだろうが」
「違いありませんね」
「誰に喧嘩を売ったのか、魂まで喰らい尽くして存分に教えてやらねばならん。しかしながら――私一人の力では中々限界もあってな。諸君らにはもう一度私に付いてきてもらいたいんだが……」
「そんなの、言うまでもないですよ!」
「いまさらですぜ!」
「そのつもりじゃなきゃこんな場所まで来やしませんって!」
ニーナを皮切りに、部下たちが私の懸念を笑い飛ばしてくれた。
ああ、まったく。実に、実に良い部下たちを持ったよ。ならばもう迷うこともない。
「諸君らの献身に感謝しよう。では……そうだな、二日後だ。二日後に鉄道駅で再会といこうじゃないか」
「二日後、ですか?」
「ああ、そうだ。これでもシスターでな、神と契約してる立場なんだ。もっとも神はとっくの昔から留守ではあるんだが、さすがに今の仕事を唐突にすっぽかすわけにはいかんからな」
「なるほど、承知しました」
ではな、と敬礼をすると彼らも綺麗に揃った返礼をしてくれた。そして彼らに一旦背を向け、さて、遠巻きに私たちを凝視してる神父様や他のシスターたちになんて説明しようか、と考えていると「ところで」とアレクセイが声を掛けてきた。
「今度の敵は何者でしょうか? 大尉の方で把握されている情報はありますか?」
「敵が何者か、か……そんなの、決まってる」
立ち止まって振り返れば、まだ全員がその場にいた。
ならちょうどいい。この場で新しいクソッタレについて宣言しておこうじゃないか。
ミーミルの泉を握りしめた拳を、抜けるような青空目掛けて突き上げる。
そうして私は、生涯をかけて戦うであろう相手の名を告げた。
「――運命だ」
終劇
ども。作者です。
この度は拙作に最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。
本当に本当に御礼申し上げます。むしろ土下寝です<(_ _)>
連載を開始して約1年半。応援頂きましたからこそ、完結までたどり着くことができました。
また本作も一時的にとはいえ、ジャンル別でランキング上位にもなれ、大変励みになりました。
これにて本作はお終いですが、新作も少しずつ書き進めていますので、その時にまたお会いできればと思います。
それではまた。最後に改めて、ありがとうございました<(_ _)>