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魂喰いのアーシェ  作者: しんとうさとる
File8 人が消えた山奥で彼/彼女は願う
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4-2. こりゃあ逃げるしかねぇわ

初稿:21/03/27



「うぅ、やっぱり冷えますねぇ……」


 前を歩くニーナが体を震わせたのを見て、私は空を見上げた。

 周囲には木々が所狭しと並んでて、頭上は鬱蒼とした常緑樹の葉で覆い隠されている。そのおかげで見える空はかなり狭い。ただでさえ日光が差さないというのに上に広がってるのは青空なんて爽やかなもんじゃなくて、今にも白いものが落ちてきそうな分厚い曇り空である。おかげで体感的にはかなり寒い。

 とか考えてたら、早速雪が舞い降り始めた。


「……ちっ、降ってきやがったな」

「この分だと、積もるかもしれんな」


 ちらちらと降るくらいなら問題ないが、見る見る間に勢いが増していくのを眺めてるとついため息が漏れた。ここ数日は天気も良くて比較的暖かかったせいか積雪量はさほどでもないが、この勢いのままだと明日の朝には足首が埋まるくらいには積もってるかもしれんな。


「はぁ……いい景色ですねぇ」


 揃ってため息をつく私とカミルをよそに、ニーナは両手を広げながら空を見上げて楽しそうにクルクルと回り始めた。今の今まで寒いだなんだと言ってたのによくそんな口が利けるもんだ。


「雪ってなんだかテンション上がりません?」

「まったく」


 てか、むしろ急降下だよ。この間も話したが、雪の日ってのはだいたいロクな記憶がない。カミルも露骨に渋い顔してるしな。


「で、だ。結構歩いたと思うが、貴様らが見つけたとか言う血痕はどこらへんだ?」

「えーっとですねぇ……どこでしたっけ?」

「あっちだな。目印つけといたから間違いねぇ」


 さすがカミル。抜かり無いな。普段の言動からしてちゃらんぽらんな印象を持たれがちだが、こういうところは抜け目なくて助かる。


「……なるほど、確かにこれは血痕に見えるな」


 カミルに連れられて斜面を登り確認する。土の上だと分かりづらいが、枯れて白くなった草の上には赤黒い血のようなものが数十センチの範囲に渡って点在していた。念の為鼻を近づけて嗅いでみたが間違いない。これは血液だ。


「しかしこれは、血痕というか血溜まりの方が近いな」


 正直血溜まりというには量が少ないが単なる血痕で片付けるには多すぎる、そんな量だ。人も少ない田舎であるし、事件というよりは野生動物同士の争いの跡だと言われた方が納得できそうだが、この量なら結構な重傷だろう。野生動物ならそこらに死体が転がってるはずで、だが周囲を見回してもそれらしいものは見当たらなかった。

 他の動物に食べられただけかもしれんが現状では手がかりがこの血の痕だけだし、とりあえず跡を辿ってみる。地面に這いつくばりながら血の匂いを追っているとふと視線を感じて、見上げればカミルとニーナの二人が口元を押さえていた。おい、言いたいことがあるならハッキリ言え。


「いや、悪い。その、なんだ。そうやって匂い嗅いでると……」

「ワンちゃんみたいで、なんだかこうゾクゾクっと妙な気分になっちゃって」

「……ふんっ!」

「あいたぁっ!?」


 やかましい。私だって犬みたいだなとは思ってたさ。だが捜査のためだ。仕方ないだろう。

 とりあえずむかついたので二人に足払いをかけておく。さあ、みんな一緒に地面と仲良しになろうじゃないか。

 二人に向かって鼻を鳴らしてから視線を地面に戻す。すると一度視点を変えたせいか、妙なことに気づいた。


「どうしたんですか?」

「……血の跡が不自然に途切れてる」


 血溜まりっぽい場所から一本の線のように跡が伸びてたんだが、それが少し進んだところで突然ぷつりと途絶えていた。かと思えば、妙なところから枝分かれして、そいつも先が途切れている。

 その先の匂いを嗅ぐ。間違いない。途切れた跡でも血の匂いは微かだがしてくる。しかもよく見れば、途切れてる場所では枯れ草も変に途絶えて土肌が露出していた。


「カミル、シャベルは持ってるか?」

「ん? ああ、小せぇのは持ってきてるぜ」


 カミルからハンドスコップをもらって不自然に見える地面を削っていく。

 慎重に、慎重に。まるで発掘作業しているように表面を少しずつ削る。いや、違うか。「ように」じゃなくてそのまんま発掘作業だな。もし、予想が正しければ埋められた土の下には――


「――やっぱり」

「これは……」


 果たして、血の線の続きがあった。土に紛れてまばらに見えるが確かに血の線は続いていた。しかもそれは相当に長い線になっていて、周辺の地面も削りながら現れた線を追ってはみたが、どこまで行ってもキリがなさそうだった。


「……こりゃあ、どう見たって誰かが描いた線だな」


 カミルが覗き込みながら言った。ああ、間違いないだろう。そして他にも何箇所かあるという似たような血溜まり付近も同じように血の線が出てくるはずだ。

 となると問題は、だ。


「何のために描いたか、だな」


 誰か、というのはもう吸血鬼、もしくはその関係者で間違いないだろう。というか他に思いつかん。

 目的についてはまださっぱりだが、この血の線はおそらくは魔法陣だ。そして血で描いている以上その威力の底上げを狙っていて、加えて魔法陣そのものも結構高度な術式だろうことは想像がつく。

 魔法陣の線はどんなもので描こうが差はない。が、血だけは別だ。扱いは格段に難しいがその分威力を底上げし、何より高度な術式ほどその効果は高くなる。つまり、それだけの術式がここには構築されているということでもある。


「しかし……」


 さすがにこの一部だけじゃどんな術式かはさっぱりだな。もうちょっと全容が分かればいいんだが。


「……人を集めるか」

「こんな冬山ン中で遺跡発掘作業ですかい? ぞっとしねぇ話だ」

「同感だ。だがこのまま見逃すわけにもいくまいし、我々だけで発掘するなぞ、その方が非現実的だな」


 カミルが教えてくれた他の痕跡は、ここからまた数分歩いた近場にあるし探せば他に見つかるだろう。捜査範囲は結構な領域になるはずで、その広大な範囲を三人で地道に削り続けるなんて狂気の沙汰でしかない。絶対途中で発狂して辺り一帯ぶっ飛ばしてしまう自信がある。


「アーシェさんの術式で全部ぶっ飛ばしちゃうのってダメなんですか?」

「ダメだな」


 もちろんそうしてしまいたいのは山々なんだがな。手っ取り早いし。

 術式を機械に組み込む側のニーナは意識しなくても当然なんだが、術式を本格的に構築する立場から言わせてもらえば、よく分かってない魔法陣を下手に破壊するなんてのは避けるべきリストの上位に入る。何故かといえば、何が起きるかよく分からんからだ。

 魔法陣に込められた術式を完全に解読できてるなら、どこを壊せば無効化できるかも分かるだろうから問題ない。が、よく分からんまま適当にぶっ壊せば、下手をすれば大暴走を引き起こしかねん。魔装具につけられる程度の小規模なものなら大した話じゃないだろうが、こんな見るからに大規模な、しかも血で描かれたような代物を下手にぶっ壊せば誤作動起こして――


「最悪、このあたり一帯がまとめて吹き飛びかねん」

「……マジですか?」

「大マジな話だ。私はともかく、貴様らなぞ跡形なく消し飛ぶ可能性だってあるぞ」


 何があろうとそれだけは避けねばならん。だからここは慎重に、破壊するにしてもせめてある程度の術式全貌は読み解いたうえでなければ――


「……なんだ?」


 ニーナに懇切丁寧に説明してやっていたその時、私の耳が微かな声を拾った。

 方角は斜面の下の方。薄暗いのと木々が林立してるせいで姿は見えんが、おそらくは人間の声だ。


「こっちに近づいてくる。人間のようだが二人とも、念の為警戒しろ」


 カミルたちに注意を促しながら耳を澄ませる。足音と激しい息遣い。こちらに走ってきているようだが……妙だな。


「何がです?」

「足音は二、三人分だが、それ以外にも何か音が聞こえる」


 地鳴りじゃないが、ゴゴゴゴ……とでも形容できるそうなそんな音がしていた。だが、音の正体を考えるよりも早く人間たちが姿を現した。

 やってきたのは三人。全員男で五十を越えたような、中年どころかそろそろ老年と言っても良さそうなオッサン連中だ。足音からなんとなく分かっちゃいたが、揃いも揃って息を切らして今にも死にそうな様相である。そんな汗だくの状態だというのに顔色は一様に真っ青で私たちの姿を見つけるや否や、「た、助けてくれぇっ!」と叫びながら縋り付いてきた。これはただごとじゃあなさそうだな。


「あ、あ、アンタら、軍の人間だよな? そうだよな?」

「そうだ。助けろというなら助ける。だからまず落ち着け。それから貴様らは何者だ?」

「お、俺らは近くの集落で暮らしてる者だ……」

「近くの集落!? まだ住んでる人がいたんですか!?」

「そんな簡単に村を捨てられるはずねぇだろっ! 生まれ育った村なんだぞっ!!」

「それはどうだっていい。それより何があった? どうして逃げている? 他に残ってた人間はいるか?」

「他にもいる! けど……どうなったかは分かんねぇ!」

「お、俺らも逃げるのに必死で……あ、あんな恐ろしいのがゾロゾロやってくるの見ちまったら――」


 まだパニック状態ではあるが、それでもなんとか説明しようとしてくれる。

 が……どうやらその説明は必要なさそうだ。


「ひっ……」

「ああ、なるほどな。こりゃあ……逃げるしかねぇわな」


 ニーナの口からは悲鳴が、カミルの口からは緊張した声色のぼやきが漏れた。

 まったく、百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので、男たちの背後に目をやった瞬間、彼らが語ろうとしていたことのすべてを悟った。

 彼らが、そして私たちが目撃した光景。それは。


「……シャイセ(クソが)


 赤い目をした大量のミスティックたちが波となって押し寄せてくる、凄絶な光景だった。





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