9・これからどうしよう。実は嫁が博識だった件
困った。この世界にはまだ、内燃機関には圧縮が必要という考えが無いらしい。正直、俺は圧縮など当然と考えていたのだが、技術者さんもチートではなかったということだろう。
圧縮に関する理論が無いということは、俺の持っているパーツリストや設計図などを渡したところで、まともな発展は望めないと云うことになる。何せ、所詮、オーパーツはオーパーツであって、誰にでも作れるわけでも、改良して行けるわけでもない。そして、俺には何故圧縮が必要なのかという理論を説明する程の知識はない。子供の頃から当然だったから、ワザワザ考えたこともないんだよな。
技術者さんも帰って圧縮がどの様に有効なのか考えてみるとの事だった。まずはその答えが出るまでは何も出来ない。
俺は技術者さんを見送って宮の中へと戻った。何も出来ないとは言え、技術者さんが来訪した時の準備はしておきたい。
まず、ガソリンは現在の東の流通には乗せられないそうだ。確かに、昔はガソリンが高価だったから、灯油を燃料とする発動機が普及していたのだろう。流通量の問題もあるが、揮発性、引火性が高いガソリンの扱いは気を付ける必要がある。気化ガスが周りに充満しやすい環境や気化膨張に耐えられない構造では困る。それらの対処法を確立させないとガソリンエンジンを普及させるのは難しい訳で、既に燃料として流通している灯油やより取り扱い上の危険性が低い軽油を使用するのが確かに賢明だ。
それに、その方が好都合でもある。俺の職業は農機販売会社勤務だが、やっていたことは、マニア相手の仕事だった。
俺が居た部署は古機課だ。扱っていたのはゆうに50年は前の旧型発動機。今では全国に愛好家が居り、イベントまで行われている。俺の居た会社は定年間際の暇な年寄りやリストラ対象者の追い出し部屋として10年前に古機課を作った。コミュ障気味の俺は営業職への異動を拒否したことで発足初年度に放り込まれたのだが、何の因果か、素行不良が原因で早期退職を迫られながら居座り続ける不良老人も同時に放り込まれた訳だ。仮に俺一人なら何もできずにさっさと退職だったろうが、その不良老人は昔やり手の営業マンだった。
何を思ったのか、県内全域、別に県外での営業も構わないという事で、テリトリー荒らしと嫌がられていた不良老人が元気になってしまった。昔からのツテを頼って愛好家とのコネクションをもって不要発動機の買い取りに動き出した。整備士の俺は買い取った発動機を動くようにしたり、愛好家への技術指導。俺が愛好家から教わることも多々あった。
そんな事を2年やっていたら、愛好家グループとの繋りが隣県にまで拡がり、小規模ながらちゃんと採算の取れる部署に成長していた。俺自身、コミュ障も若い女性以外は大丈夫になっていた。転生間際には俺もようやく正式に部下をもつ所まで来ていたんだがな・・・
そんなわけで、愛好家が多い石油発動機、単気筒ディーゼルに関してはレストア用に設計図一式を持ち、必要な部品は工作所に製造してもらえる態勢にしていた。ん?純正部品?往々にして、既に製造などされていないのだよ。全て特注するしかない。
さて、まず開発可能なのは石油発動機だろう、しかも、4サイクルの習作として一本棒からはじめようと思う。問題は、この国で農機の需要がどのくらい見込めるかだろうな。農耕牛や馬が多ければ、普及は遅くなるし、それでは発動機開発自体に影響するだろう。
そんなとき、目の前を豊音ちゃんが横切った。
「巫女、ちょっと聞きたいんだが、東の農業について何か知らないか?」
ダメもとだ。が、少なくとも俺よりは詳しい筈だ。
「なんじゃ?いきなり。農業の何が知りたいんじゃ?」
「まず、農耕牛や馬がどれくらい居るかかな」
「なら、健太の部屋で説明してやる」
ずいぶんと上から目線の物言いだったが、その姿はなんとも微笑ましいので嫌な気はしなかった。
「じゃあ、頼むよ」
俺は食堂で飲み物を二人分貰って部屋へ向かった。
「で、知りたいのは牛や馬の数か?」
部屋に入るなり、何でも聞いてくれと言う顔でそう聞かれた。
「数を知ってもな。総数よりも、足りているのかどうかが知りたい」
「わかった。まずは・・・」
豊音ちゃんの説明によると、本土の農耕牛、馬は足りていないそうだ。
南に大山脈がそびえるため、通年を通して降水量が少なく、平地は大半が開墾されており、放牧やエサの栽培には使われていないという。
「もちろん、丘陵地などを開墾して牧草地にして牛や馬を増やすことも考えられたが、人間の食料が優先されること、下手に開墾して嵐が来たら災害の原因になりかねない事から、牛や馬の不足が各地で起きているな」
嫁が外見に似合わず博識だった件。
「なんじゃ?わしがこんなことを言うのが変か?」
俺は素直に首肯く。
「豊音の大人っぽいところをはじめてみた」
そう言うとプクッと子供っぽく頬を膨らませるから可愛らしい。
「わしは本来、院の息子に嫁ぐ身だったんじゃ、場合によってはダメ権令に替わって地方を治める気だったぞ」
そんな事を言う。マサに想定外。
「じゃあ、他の島々はどうなんだ?」
待ってましたと笑顔になる嫁。微笑ましいね。
「まず、屋島は針葉樹林が広がる台地だが、台地だけに水場が少なく、放牧には向かない。そんな土地だから農業もあまり盛んではない。近年需要が増えている石油や鉄鉱石の採掘や精製を行う重工業が盛んだな。その南にある小頭の西小島は平地が多くて農業に向いているが、面積は知れておる。東小頭は面積は本土の半分程度あるが、峻険な山が聳え、平地が少ない。丘陵地も望めないので食料は西小島に頼る状態にある。本土より西にある男木、女木のうち男木は小さくて平地は少なく、女木は丘陵地や平地が広く、農業の傍ら男木や小頭への牛供給も行われておる。今は亜熱帯の気候を生かした観光地として売り出そうとしておる」
なるほど、やたらと詳しい・・・
これで見えてきた。農機が売れる余地が随分多い。
「ちなみに、各地方では主に何が主農作物なの?」
「そうじゃの、まず、屋島は芋が主要品目。小頭は西小島の米と麦が主要品目。亜熱帯の男木や女木の場合は食用油の生産、砂糖の生産辺りが主要品目じゃな。本土では麦、米は当然だが、東で砂糖の生産もやっておる」
本土もそれ以外の地域にも、トラクタや耕運機の需要は高そうだ。
後は、技術者さんの返答待ちだな。